第十二話
将棋を始めたのが、五歳。
祖父に小遣いをもらうために、将棋を指した。
最初は、なんと面白くないゲームだと思ったのをよく覚えている。
だいたい、一番理解できないのが、将棋の駒のルールだ。
「歩」は、まだ、1マスしか動かせないので、覚えることはできるが、「金」や「銀」は、どちらが、横に動けて、どちらが、斜めしか動かせないのか、覚えるのだけでも苦労した。
まだ、そのころ、俺は、将棋の駒の漢字すらよめなかったからね。
よくわからん記号がかいてある物を動かし、最後、「王将」の逃げ場がなくなれば、それで、ゲームが終了ということしか、理解できなかった。
だから、最初のうちは、当然、「飛車」や「角」など大駒の価値もわからず、いつも、この2枚の駒を取られ、攻め手がなくなり、負けていた。
しかし、いつも、同じパターンで負けていると、バカでも学習するものである。
いつのまにか、俺は、「飛車」、「角」の使い方を覚え、また、「歩」など、弱い駒でも、使い方によっては、最強の一手になることも、理解し始めた。
そのころからである、将棋が面白いと思い始めたのは。
自分の駒を使い、様々な陣形をくみ上げ、一つの作品を作り上げるように、相手の「王」を追い詰めていく。
勝っても、負けても、テレビゲームや、他のゲームにない快感が将棋にあったのだ。
今から思うと、まだ、将棋の勝ち負けにこだわる必要がなかった小学生のころは、実に幸せだったと思う。
それぐらいからかな。
祖父だけ相手するのは、つまらなくなり、大阪駅周辺の下町の将棋道場に通い始めたのは。
なんて、昔を思い出しながら、都心開発が進み、今は、すっかり変わってしまった大阪の中心街、梅田を気晴らしに散歩する。
大阪の中心街の気温は、まだまだ、高く、半袖、半ズボンでも、汗がにじみ出てくる。
今日は、休日で、大阪は、人、人でにぎわっており、男女で、手をつないで、仲良しそうに歩いている二人組や、外国旅行者だろうか、あきらかに異国風の髪型をした人たちの集団もちらほら見られる。
その中で、明らかに縦縞のユニホームを着た奇抜な服装をした集団にも見られた。
そういえば、今日は、神戸にある甲子園で、野球の試合がある日だ。
野球に関しては、今は、ほとんど興味がないが、子どもの頃は、熱狂的とは言わないまでも、地元の野球チーム、阪神タイガースを応援していた。
阪神タイガースが、勝っている試合は、よく家でテレビにかじり付いて見ていたのを覚えている。
(明らかにボロ負けしている試合には、テレビを見る気がなくなっていた。)
はあ、誰が俺に、人生のアドバイスをしてくれ。
俺のこれからの人生を知っている神様がいるのなら、どうすれば、うまく人生を生き抜けるか教えてくれ。
と、俺は、心の中で、念じながら、人ごみ中を歩く。
だいたい、周りの同級生が青春を楽しんでいる間、俺は、必死で、我慢して将棋に打ち込んできたのに、まだ、プロになってこんなに苦しい思いをしなければならいのか。
確かに、プロ棋士になれただけでも、神様に感謝するべきだろう。
多くの奨励会員のうち、プロになれるのは、1~2割程度。
ほとんど会員が、年齢制限や、家庭に事情で去っていく。
だが、プロになったからと言って、将来が安定しているとか、仕事が他の人より楽とかそんなことはない。
むしろ、さらなる厳しい戦いがプロ同士行われるため、常に将棋を研究し、自分を磨いていかなければならない。
そして、その競争に負ければ、棋士を辞め、プロ棋士という肩書すらなくり、ただの人になってしまうのだ。
一体、俺は、どうしたらいいんだ。
どこの誰でも、いいから俺に答えを教えてくれ。
「何をぶつぶついっているんだ、小僧。」
「えっ。」
俺は、いきなり見知らぬ男に声を掛けられ、ふっと、周りを見る。
梅田特有の高層ビルが立ち並び、人であふれかえっている景色ではなく、小さな店が立ち並ぶ下町風景、それも、怪しげな風俗関係の店街に自分がいることに気付く。
空も、赤見かがり、日が落ち始めており、服は、汗でびっしょりである。
どうやら、俺は、梅田から、1時間以上も歩き続けていたらしい。
「何を、ぶつぶついっていたのか知らんが、もう少し前を見て歩くといいぜ、兄ちゃん。」
「すいません。ちょっと、考え事をしていたんで。」
俺は、すぐさま謝る。
俺自身、将棋のことで、イライラしていたが、自分に声を掛けてきた男が、見ただけでヤバい人物とわかったからだ。
服は、黒色のスーツ、髪は、刈り上げ、顔には、サングラス。
どう考えても、ヤクザか、暴力団、そうではなくても、自分が関わってはいけない人物だろう。
誰が、見てもここは、素直に謝り即刻立ち去るべき。
が、俺の気持ちに反して、男の方は、俺をさらにじろじろと見てくる。
なんだよ。俺から、何か金目のものを巻き上げようとするのかよ。
今日は、散歩のついでだから、金は、せいぜい3000円ぐらいしか持ってねぇ。
だが、男の口からは、意外な言葉が出てきた。
「兄ちゃん、もしかして馬頭竜一じゃねえのか。」
へぇっ?
俺は、思わず、自分の耳を疑った。




