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【箱】短編

吾輩も猫である(我が御主人の日常)

作者: FRIDAY

 我らが偉大なる先達せんだつ奇妙奇天烈キミョウキテレツな人間に囲まれ大層面白おかしく生き井戸の底にて大往生を果たしたそうだが、どうやら私の御主人はそれほど社交的な人間ではないようで、「わんるーむ」なる空間にて静かに暮らしている。そのことに不満はないのだが、どうやら御主人は酒の類が得意ではないようで、近頃びーるなるものに滾々こんこんと興味の湧き出て尽きない私としてはそれを舐める機会がないのが残念ではある。


 何でも人間の間では猫と結婚の「じんくす」というものがあるようで、時々やってくる御主人の友人が「独身アラサー女が猫なんて飼い始めたらフラグだよ。それフラグだよ。一生独身フラグだよ」などと一説ぶっていくのだが、対して御主人は膝で丸くなる私を撫でながらそうかなあと笑うばかりであった。


 人間の美醜びしゅうなどというものはとんと理解しかねるが(もっともこれは私に限ったことではなく、世の同胞どうほう諸兄しょけいにも同意してもらえることだが)、成程どうやら私の御主人は可もなく不可もない顔立ちのようだ。と言っても、それは例の友人君の談であって私の所見ではない。第一、あんなつるっとして髭の一本もないつらに愛嬌も何も感じられるわけもない。そして、何でも積極性に欠ける御主人は「結婚」なる縁組にも難があるらしい。この結婚というものもよくよく理解しかねる。どうやら子孫を残すためのつがい探しのようなのだが、そんなものは来るべき時期に外をぶらっと出歩いて、出くわした同胞とイチャコラすれば子の五玉や六玉はころころと生まれるものなのだが、全く人間というものはまどろっこしい。



 御主人の生活は至って閑静である。外に出ることを許されていない私は日がな一日日光を毛皮に蓄えたり、毛玉を右から左へ左から右へと運搬して過ごしているのだが、この間御主人は労働に出ているのだそうだ。それの一体何が楽しいのかわからない、これについては例の友人君が口を開けば不平不満のだばだばと垂れ流すのが常なのだが、御主人は特に文句を言うでもなく飽きもせずに毎朝出ていき、日が暮れてから帰ってくる。


 帰ってきた御主人はまず風呂に入る。私もたまにあそこに突っ込まれ毎度悪夢を見るのだが、これに御主人は好き好んで入る。一度入ったらしばらく出てこない。暇なので私は大概、御主人が脱いだものの突っ込まれた籠を蹴散らして遊ぶ。


 風呂を出た御主人は私のまき散らした衣服をまた籠に仕舞い、寝間着を着ると台所に立つ。機嫌のいい日には横で座って見上げている私に魚などをくれる。己の飯の支度が終わる頃に、私にも飯を一山持ってくれる。このカリカリした奴も嫌いではないが、たまにはあちらの、白くほかほかとしたあれもしょくしてみたいところだ。


 食事を終えた御主人は一冊の本を取り、「そふぁ」に深々と座り込んでそれを読み始める。すると私は当然のような顔をして御主人の膝の上、ときには腹の上に乗る。御主人は黙々と本を読み、私は御主人の呼吸に合わせて上下する腹の上でうつらうつらする。



 余談だが、このとき私は見上げても御主人の顔が見えない。何やらふたつの大きな半球状の物体が遮っている。ときに御主人はその上に本を載せて読んでいるのだが、これが大変に面白い。触ってみると何だかぽよぽよと柔らかく、言いようのない不思議な気持ちになるので、御主人が本を読んでいる間はずっとそれで遊んでいたりする。狙い目はやはり風呂上がりで、普段はこれをやってもそれほど柔らかくなく興に欠ける。長風呂によってよりまろやかになるのかは知らんが、にもかくにも風呂上りが格別だ。これが大層楽しいのだが、御主人は私のこの遊戯があまり気に入らないようで、夢中で連打しすぎると腹の上から投げ落とされてしまう。その頃合いを見計るには慣れが重要だ。まだ私は腹を介して機嫌を探るすべを会得していないが、食事の支度の際に魚をくれた日は寛大なようだ。未だ明治の大先輩には遠く及ばず、精進しょうじんせねばならないところである。ちなみにこれ、例の友人君の場合、この山があるにはあるのだが御主人より遥かに低く、山と言うよりは丘である。あれは面白みに欠ける。



 夜がけてきた頃に御主人は本を置き、布団に入る。御主人は滅多に私に話しかけない。抱く、撫でる、投げるなど触れ合いはあり、無視しているわけではないのだが、話しかけることだけはまずない。呼ばれないのだから名すらなく、期せずしてかの大先輩と同じく名無しの身の上である。反比例するように例の友人君は何かと私に猫も出さないような猫なで声で話しかけてくる。あれはあれで鬱陶うっとうしい。

 御主人が布団に落ち着く頃合いを見計らって、私も脇から侵入する。特等位置は御主人の例の山の谷間だ。ふかふかとしたそれの間に挟まって眠ると大変心地よい。こればかりは何度投げ飛ばされてもやめられない。


 翌朝、御主人はまた仕事に向かう。私は悠々自適に時間を過ごす。毎日が変わらずこの調子だが、私は思いのほか気に入っている。今しばらくは、居てやってもいいくらいだ。

時空モノガタリに投稿したものの原稿です。

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[一言] 登録されたジャンル ヒューマンドラマ 読んだ感じ 一致(なろうでは他の選択肢が用意されていないような) 寸評 日常淡々系の掌編。淡々の中でもとくに淡々で、大きな起伏はない。のんびりとした気…
[一言] ジャンル ヒューマンドラマ 読んだ感じ 大甘で一致 寸評 読んだ感じは猫視点エッセイにも見える。たんたんとしている文体が「吾輩は猫である」を彷彿とさせる。 文章 ◎ 表現 狙って書いたな…
2017/03/20 01:46 退会済み
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