続く小さな2本足。
人間らしくやり返す、と言ってもサンは人間ではないし、俺も立派な人間とは呼べない。
これと言って、復讐方法が思い付かないのに腹だけは減っていく。食わずして生きていけたらなぁ、とかよく思う。つうか毎日思う。なんなら腹が減る度に思う。
まあそうだな。
腹が減っては戦は出来ぬって、ことわざ(うろ覚え)もあるくらいだからな、腹ごしらえをしよう。
丁度飯時だし。
今日も昨日も、きっと明日だって俺はパンとリンゴを盗みに行く。必要なら、飲み物も。
飲み物はまあ、今まででそんなに困ったことがない。何故なら道の端に、溝があるからだ。それはもちろん不味いし、衛生面も何もあったもんじゃないけれど、タダってのが大きい。
そんなことは出来る限りしたくないのだけれど、最終手段として溝があるから、飲み物は大した問題にはならない。
雨が降ればラッキーだ。雨水は溝と比べると遥かにマシだからな。
それはそうと、今日はいつも盗みを働く露商店にパンやリンゴが置いてない。
「よっ、ばあちゃん。今日はリンゴ置いてねえの?」
俺は気軽に尋ねる。
「あんた…よくもまあ毎日毎日盗みを働いてるくせに、顔出せたね…。あたしゃ呆れるよ。最近は不況だなんだで、ウチもろくに商品を置けないんだよ。分かったらとっとと、盗んだ分の金置いてきな」
「そりゃばあちゃん、無理な話だぜ。なんせ俺は無一文だからな」
どや顔で不格好なことを平然と言えるのが俺である。最早無一文であることにコンプレックスなどない。
「あんたもさっさと働き口見つけなさいな。いい大人が恥ずかしくないのかい?ほら、そこの小さな女の子ですら…」
そう言ってばあちゃんは、近くにいた女の子を指差した。
「おいおい、ばあちゃん。俺にはあの子が俺と同じように盗みを働いているようにしか見えないんだけど?」
事実、回りをキョロキョロと見回して走り去った。それも裏路地に入ってもう見えなくなっていた。
「ありゃ、ホントだ。しかもあれはウチの商品じゃないか。おいお前さん、あの子を捕まえとくれ。でないと、今までの盗みをお役所さんにばらしちまうよ?」
「脅しかよ…。いいじゃねえか、商品の1つや2つ。いつも俺がやってることじゃねえの」
「馬鹿もん、お前さんは手遅れだからともかく、あんな年端もいかない小さな女の子に犯罪をさせちゃあいけないだろう。いいから早く連れ戻して来な。それが出来たら、今日の昼飯くらいは作ってやる」
俺はその言葉を聞き逃さなかった。
「言ったな?ばあちゃん。サンの飯もよろしく」
「はいはい、いいから早く走る!」
ばあちゃんはこれまでになく怖い眼差しで言った。
俺はその時少しだけ思った。
こんなくそったれた街でも、子供の将来を心配できるばあちゃんが居るんだな。
なんて上から目線か?
とは言え、あのガキんちょどこ行った?
裏路地に入って行くのは見えた。
そこから先、どこへ行ったのかなんて分かるはずもない。
「おいサン。あのガキんちょの匂いを追え」
出来るなんて思っちゃいないが、そんなのにすらすがりたくなるほど、追える自信がない。
まあ、匂いを覚えられるほど近くに居たわけでもない。他の匂いだって混ざっているだろうしな。
そんなことを考えながらどうしようかと悩んでいたら、唐突にサンが走り出した。
「ワンワン!」
「ちょ、待てよ!」
名言をパクりつつ、サンを追いかける。
裏路地からさらに細い路地へ。
そこから2、3度曲がった先にあのガキんちょ、つまりさっきの少女がいた。
よく見ると、着ている服もただの布切れだ。
俺と同じように。寒さすら凌げなさそうな布切れだった。ぼろ雑巾の方がまだキレイなのではないかと、疑いたくなるほどの。
「おい、その手に持ってるもの返せ」
俺は出来るだけ優しく言ったつもりだ。
少女はビクッと体を震わせてこちらに向き直った。目には涙が浮かんでいる。
「い、いやだ!これは私のもんだ!」
「いいや、違う。それは、ばあちゃんのもんだ。ばあちゃんのとこの商品だ。盗みなんてガキにはまだ早い」
「でも!私が取ったんだ!」
「取ったんじゃねえよ。盗んだんだよ。その違いすら分かんねえならやっぱガキなんだよ」
お説教なんて出来るほど俺は偉くねえけど。出来た人間でもねえけど。そんなこととうの昔に知っている。だからと言って、こんなガキんちょに同じ道を歩かせる訳にもいかねえだろう。
「じゃあ私に死ねって言うのか!?」
「そんなこと誰も言ってないだろうがよ…極端過ぎんだろ」
「けど…けど!もう1週間くらい何も食ってない!何も飲んでない!食わなきゃ死ぬじゃんよ!」
「だからって、盗みが正当化するわけじゃあないんだよ」
なぜだろう。自分で言ってて耳が痛い。
特大のブーメランが返ってきた感じだ。
「そこらの通行人に土下座でもなんでもしてみろ。食い物くらい恵んでくれるかもしんねえぞ?」
「じゃあお前が私に何か食い物恵んでくれよ。土下座でもなんでもしてやるから」
少女は頭をゴツンと、地面に当てた。
ゴツン、ゴツンと。
何度も頭を打った。
「お願いします。何も食ってないんです。食えていないんです。…何でもしますから」
サンはさっきまで大人しくしていたのに、ガキんちょに近寄って顔をペロペロと舐め始めた。
…いつかを思い出す。
あの雨の日を思い出す。
生きるために必死になって、生きること以外を、自分以外を捨てたあの日。
ああ、俺もこのガキんちょみたいに素直に頭を下げられたなら、今と違った人生だったのかな?
俺はもう遅いけど、こいつはまだ遅くない。
「何でもするって言ったな?じゃあまず、ばあちゃんのとこに行ってそのミカン返して謝る。それが出来たら俺が頭下げる番だ。頭下げてばあちゃんに、お前の分の飯も作ってもらってやる」
「ホント?ホントにホント?」
涙ぐんでいた目元からは涙が零れ落ちていた。
そんな顔すんなって。
「その代わりもう2度と盗みなんてするんじゃねえ。ガキの遊びじゃねえんだ」
「何してんの?おじさん。早く謝りに行くよ」
…行動の早いガキんちょである。
久し振りの更新。
5本から7本へ。