灰色の恐怖/メリア
「ねえ」
「なに?」
エリルちゃんがふわふわの金髪を揺らして振り返る。
「エリルちゃんは、なにか好きなものある?」
「うーんとねー……やっぱり私は『破滅の勇者の物語』が好きかな」
「あー。みんな好きだよね、それ」
『破滅の勇者の物語』。
一度だけ読んだことがあるけど、バッドエンドの物語で、僕はあまり好きじゃない。
「昔ばなしって、いっつもハッピーエンドじゃない?ちょっと飽きてたんだよねー」
なるほど。
確かに言われてみると昔ばなしってハッピーエンドのやつばっかりだ。
『破滅の勇者の物語』か。
バッドエンドってことしか覚えてないな。
「どんなストーリーだっけ?」
「よーっし!説明しちゃうぞー。えっと、主人公は勇者だね。まあ他の昔ばなしと同じで、魔王を倒しに旅に出るんだよ」
エリルちゃんは、楽しそうに。
嬉しそうに、興奮ぎみに、話を始めた。
「まあいろいろあって魔王を倒した訳ですよ」
「早!」
「だけど実は、その魔王は、世界を守るために、ある宝玉を守っていたんだよ」
「カオスストーン?」
「そうそう。魔王は元は歴代最強の封印の巫女で、そのカオスストーンには邪神が封印されていたんだ。魔王は邪神から世界を救っていたんだよ」
「巫女?魔王って女の人なの?」
「そうだよ。それで、巫女が死んだらその封印も解けて、世界が終わってしまうんだ。だから魔王は、あらゆる非道を尽くして自分の寿命を急激に延ばす実験とか、人工的に強力な巫女をつくろうとしたんだけど……あ、最初は非道なことなんてしなかったんだよ?でも、それじゃ出来ないって分かったから」
「ふむふむ」
「せめて自分と同じくらいの強さの巫女が現れない限り、死ねない訳ですよ。だから、自分を殺しに来るやつは全員無惨に殺して、人々に恐怖を植え付けた訳ですよ。そしたら勇者が来て、激闘の末に魔王は死んじゃったんだよ。魔王は話し合おうとしたんだけど、勇者が聴かなくてね」
「え、じゃあ世界は終わるの?」
「そうだよ。邪神が復活して世界は終わったっていうのがみんなの知ってる方の話」
「?」
「結末は二つあってね、もう一つの方はマイナーだからあんまり分かんないけど、天使が舞い降りて、邪神を倒したっていう話らしいよ」
「へえー。どうもありがとう」
「いえいえ」
そんな話だったんだ。
前者だったら完全にフィクションだけど、後者だったらノンフィクションの可能性もあるね。
「下の階層に行くよー☆」
この階層に転移陣は無かったか……
あー、怖い。
行きたくない。
でもまあ、仕方ない。
上に戻ってくのも遠いし。
ガサガサッ
「誰だ!」
「……メリ……アくん?どうしたの?」
「い、いや、何でもない」
何かに見られているという感覚を軽視しなかったら、小さな音に過剰に反応してしまった。
ネズミか何かかな?
「メリアくんって……その……そんな顔も、するんだね」
エリルちゃんがちょっと頬を染めながら下を向く。
「ああ、ごめんね。何でもないんだ」
ちょっと怖かったかな?
まあいいや。
下に行こう。
「ん?」
スノウさんが進まない。
いつもの笑顔を消して、鋭い眼光で音がした方を睨んでいる。
「スノウ、さん?」
「ああ、何でもないよ☆」
行きましょー☆と、普段の笑顔で下り坂を降りていく。
スノウさんの睨んでいた方向を見ていると、
「早く行って」
後ろからヒスイが背中を押してきた。
「そういえば、体大丈夫?」
「大丈夫だから早く行って」
「わ、分かった」
大丈夫そうだ。
でもさっきの吐血が心配でならない。
下の階層に行くと、なんかよく分からない灰色で人形のモンスターがいた。
「あれは……」
ヒスイが驚愕している。
初めて見た。
どっちも。
「………」
スノウさんが笑みを消す。
同時に、僕の頭の中に音声が響く。
『ナビゲーションシステム起動』
さっきまでは起動しなかったのに、突然起動した。
灰色のモンスターの上に、オレンジ色のひし形が僕の視界に表示される。
『魔石の位置を特定します。少々お待ちください』
正直、この音声邪魔。
魔石の位置とか分かった所で、別に戦わないから意味ないし。
『魔石は存在しませんでした』
あの、音声いらないんで。
『ナビゲーションシステムを中止しますか?』
うん。
次からもいらない。
『では、呼びかけがあるまでスリープモードに入ります』
ドンッ
爆発音と共にスノウさんの姿が掻き消え、灰色のモンスターに剣を突き刺した状態で現れた。
「あああ……あぁぁ!!」
灰色のモンスターは物凄い速度で回転し、スノウさんは一旦離れる。
風がここまでくる。
回転を終え、灰色のモンスターの肉体は再生を始める。
いや、再生って……
スノウさんは眉を潜めて詠唱を始める。
「《その狂気をもって、真なる炎よ顕現せよ――」
灰色のモンスターは、危険を察知したのか、焦ったように怒濤の攻撃を始める。
「――ただただ焼き尽くせ、『インフェルノ』》」
スノウさんはそれを剣でいなしながら詠唱を終え――
ゴオオオオ!!!!
駄目だ。
何にも見えない。
一面真っ白。
魔法すげーー。
視界が晴れると、灰色のモンスターは黒焦げの肉塊になっていた。
「……嫌」
今の声……ヒスイ?
何が嫌なのかな?
どうにも僕にしか聞こえなかったようで、僕だけがヒスイへ振り向く。
ヒスイは無表情で口をおさえていた。
でも目が泳いでいる。
「大丈夫?」
「なにが?」
「……いや、何でもない」
まあいいや。
スノウさんは先に行くので、ついていかなければ。
スノウさんの歩調が速い。
そして無言。
「あなたたちはだれですか?」
幼女だ。
僕達の進行方向に、白いひらひらの服を着た幼女が立っている。
不自然極まりない。
こんな小さな子がこのダンジョンで生き残れるはずがない。
いや、モンスターの数が少ないから、エンカウントしてないのかな?
それともこの幼女、実は凄い強い?
「あー。俺達はね―――」
スノウさんが手で僕達を制する。
鋭い目で幼女をじっくりと眺め、そしていつものように笑う。
「この子達は学生だよ☆。スノウ達は実習授業でここにきてるの☆」
「そーなんですか」
それだけ言い残してとてとてとどこかへ歩き去ろうとする幼女。
……いやいや、流石に放っておけないよ。
「待っ――」
「待ちなさい」
ヒスイの透き通るような声が僕の声を掻き消す。
艶やかな黒髪を靡かせ、程よくふくらんだ胸を揺らし、ヒスイはみんなの前に出て、いかにもみんなの代表のような雰囲気を醸し出す。
「放っておけると思う?」
「……放って……おけない、ですか?」
「ええ、無理よ」
「そう、ですか」
「私達に付いてきなさい」
有無を言わさぬ迫力があった。
「分かりました。よろしくです」
しっかりした幼女だ。
それにしても、見た感じ、傷がひとつもない。
綺麗な体をしている。
ぷくぷくのほっぺはすべすべで触ると気持ちいいんだろうな。
髪もさらさらで、一回撫でてみた――
ヒスイが汚物を見るような目で僕を見ていたので、思考を止めた。
「うっわ~可愛い~~」
「お持ち帰りしたーい」
とか、女の子達が騒ぎ出す。
幼女は照れてうつむいた。
「きゃあ~~♡」
女の子達がよりいっそう悶える。
みんなでイソキンチャクみたいにクネクネしている。
幼女はおろおろと僕達を見渡し、とてとてと走ってくる。
――僕の方へ。
そして、僕の脚に飛びついてきた。
そのまま顔を上げ、
「よろしくです。お兄ちゃん」
この子、世界で一番可愛いんじゃないだろうか?
いや、うちの妹も負けず劣らず可愛いけど。
ここはもう、同立一番ということで。
もう、目尻が垂れて鼻の下が伸びきっていることが自分で分かる。
「お名前はなんていうのかな~?」
僕の声とは思えないほど高い声がでた。
幼女は瞳をきらきらさせて言う。
「ユーはユーです」
「ユウ?」
「そうです!ユーです!お兄ちゃんは?」
「僕はメリアって言うんだ」
「分かったです!お兄ちゃんです!」
「うん。それでいいよ」
頭をなでなで。
ほっぺをぷにぷに。
ぞくっ
女の子達が、もはや殺気に近い嫉妬の目を向けてきていた。
僕はごまかしも含めて、スノウさんに視線を送る。
「じゃ、行こっか~☆」
僕達は再び進み始める。
僕は幼女と手を繋いで小股で歩く。
「触らせて~」
「おい、触らせろよ」
男女問わず集まってくるけど、ユウは僕の脚に顔を押しつけて拒絶する。
まったく。
僕のユウにちょっかいをかけないで欲しい。
やっぱり小股だと遅くなるので、だっこすることにした。
ユウは僕の方を向いて、首に手を回している。
僕はユウのぷにぷにのお尻を堪能しながら、小声で質問する。
「どうして、僕なの?」
ユウはにっこりと笑って答える。
「お兄ちゃんは、大丈夫だから」
答え的に、消去法っぽい。
だけど、他の人をどうやって消去したのだろう?
「お兄ちゃんは、死なないから」
ユウが小声で何か言ったけど、聞き取れなかった。
聞き返そうとしたとき、
「遅いわよ。早く来なさい」
ヒスイに注意された。
言われてみると、いつの間にかみんなと距離があいていた。
慌てて走ってみんなに混ざる。
その間、ユウはヒスイをじっと見ていた。