剣の授業/零条 切夜/メリア
俺はもう、死ぬんだ。
あんな化け物からは、逃げられない。
「グルルゥゥゥ」
化け物は無数の触手のうちの一本をこっちへ伸ばす。
嫌だ、嫌だ!
俺には愛する妻がいるんだ!
「心配はいらないよ」
一瞬視界が真っ白に染まった。
視界が戻ると、目の前に一人の男が立っていた。
右手に神々しい光の剣を握っている。
「ああ、この剣かい?転生するときに女神に貰ったんだよ。元々は普通の高校生だったのに、チートって凄いよね」
ちょっと何を言ってるのか分からないが、この男が助けてくれたことは確かだ。
「僕自信は剣の素人だけど、剣自体が凄くてね、ほら」
男が剣を薙ぐ。
すると、こっちに伸ばされた無数の触手が消し飛んだ。
男はそのまま化け物へ走る。
動きは完全に素人だ。
だが、あの剣は今まで見てきたどんな剣よりも圧倒的に強い。
神話の世界にあるような、普通の剣とは根本的に違う剣。
ドガァァァン
化け物の上に、何かが降り立ち、化け物はぺしゃりと潰れた。
降り立ったのは、真っ赤な骸骨。
魔術ギルドの連中と同じローブを着ている。
骸骨が男に指先を向ける。
するとその先に直径1.5メートル程の炎の玉が現れ、男に向かって飛んでいく。
「よけろ!」
思わず叫んでしまった。
俺はあの魔術を知っている。
あれは【獄炎球】。
俺の仲間はあれで三人死んだ。
「大丈夫。他にもチートはあるんだよ」
少しだけ振り向いた男の瞳は、黄金に光っていた。
【獄炎球】が男に迫るが、途中で霧散した。
「お返しだよ」
男が【獄炎球】を骸骨に放った。
あれはよほど高位の魔術師でないと使えない魔術なので、あの男は相当な魔術師なのだろう。
骸骨は迫る【獄炎球】に対し、手を向ける。
するとそこから細長い漆黒の龍が現れ、【獄炎球】を打ち消して男に迫る。
しかし、男の瞳が黄金に光ると同時に、それも霧散する。
もう一度男の瞳が輝き、頭上に無数の漆黒の龍が顕現する。
あ、ありえない……
どこの神話の戦いだこれは!
漆黒の龍が一斉に骸骨に迫り、気持ち悪いほど密集する。
漆黒の龍が消えると、骸骨は跡形もなく消えていた。
俺はもう呆けるしかない。
これで終わったと思ったのだが……
「GAAAAAAAAaaaaaaaaaaa!!!!!!!!!」
上空に、そいつはいた。
三つの頭に、六枚の翼を持つ漆黒のドラゴン。
太古からの言い伝えで、ドラゴン達を統べる王だと言われている最凶最悪のドラゴン、エンペラードラゴン。
男はそいつを睨み付けていた。
どんな度胸してんだあいつ。
エンペラードラゴンが漆黒のブレスを吐き、そこで俺の意識は途切れた。
▲▼▲▼
入学して二日目。
剣の実習の授業。
「まずはみんなの実力を見ようと思う。一人ずつ俺と手合わせだ」
このムキムキのおじさんは、僕達の剣の先生、ベヒント先生だ。
凄腕の冒険者だったらしい。
「魔法は禁止だぞ。剣の授業なんだからな」
魔法なんて使える人はごく僅かだ。
素質を持つ人は結構いるらしいけど、使えるとなると一気に少なくなる。
だから、クリスは凄いのだ。
「じゃあ一列に並べ」
そそくさと一列に並び、順に先生と剣を合わせる。
「えっと、よ、よろしく!」
「……よろしく」
僕は前の都会な感じの清楚で可愛い黒髪の女の子に話しかけてみた。
心臓爆発するかと思った。
順番はあっという間にきた。
みんな手も足もでずにやられてしょげている。
今は僕の前の女の子。
「名前は?」
「ヒスイです」
「いつでも来なさい」
「はい」
ヒスイって言うんだ。
変わった名前だ。
いや、都会だとあるあるなのかな?
ヒスイは両手で模擬剣を持ち、目で追いきれないくらいの速さで剣を振るう。
明らかに他の生徒とはレベルが違う。
先生はそれをばっちり受けた。
「ほう」
先生は嬉しそうに息をついた。
あれを受けてもまだ余裕が見受けられる。
先生凄い。
「もういいぞ」
「え、まだ――」
「いや、もう分かった。ヒスイと言ったな、お前はしばらく自分で練習しろ。他の生徒とレベルが違いすぎる」
「そんな――」
「同レベルの奴はこちらで用意する。そいつと剣を打ち合ってろ」
「……はい」
なんかヒスイのあとにやるのすっごい嫌なんだけど……
「はい次」
「は、はい」
「名前は?」
「メリアです」
「んじゃ、いつでも来い」
まあ精々頑張るか。
僕は何気なく右手で剣を持ち、だらりと下げる。
「おい、やる気あんのか?」
「え、え?ありますよ?」
「じゃあなんだその構えは……」
「え?」
「まず両手で持て。これは基本だろ……」
「え、は、はい」
なんで僕は剣を片手で持ったんだろう?
そしてそっちの方がしっくりきたのはなんでだろう?
「ほら、来い」
「やーー!!」
僕は思いっきり踏み込んで、両手で剣を降り下ろす。
ガキンッ
僕の剣は先生に横から弾かれ、くるくる回って遠くに落ちた。
「はい次」
うん、ちょっと、しょげちゃおうかな?
いいよね?