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奴隷生活/雪夜 真広

 




 私は退屈していた。

 名家のお嬢様達とのお喋り。

 専属教師によるピアノのレッスン。

 あらゆる日常につきまとう、貴族としての作法。

 その全てが退屈。

 私の日々は、灰色だった。


「外に連れてってやるよ」


 彼が現れるまでは。


「でも私、外には出るなって言われてるし」


「知らねーよ。アナスタシア、お前は外に出たいのか?」


「うん」


「ならそれでいいじゃんか。俺が連れてってやる」


 迷いは一瞬。

 私は、彼の手をとった。



 ▲▼▲▼




「うちのクラスに、Bランクの冒険者が来てくれたぞ!」


「うっす!よろしく!」


 チャラい感じの男が前に立っている。

 クラスの女子が色めき立っている。


 視界が変わり、洞窟っぽいところ。


「ユーはユーです」


 突然幼女が話しかけてきた。

 そこでまた視界が変わる。

 目が回りそうだ。


「いやああ!!」


「誰か助けてぇ!」


「くっ、まだヒミコを呼ぶ準備が!」


「なんなんだあの化け物は!」


 目の前には灰色のゾンビみたいな化け物ごうじゃうじゃいた。

 クラスメイトが殺されていく地獄絵図。

 気がつくと皆死んでいた。


「ああああああああ!!!!!」


 化け物に胸を貫かれながらも、俺は皆の死に絶望していた。

 こんな思いをするくらいなら、いっそ最初から仲良くなんてしなきゃよかった。この時の俺はその思いを夢のなかの俺と共有した。


 また視点が変わり、俺はどこかの屋根の上にいた。


「楽勝すぎてつまりませんわ」


「それは我慢してもらわないと困るね」


「変態もそうは思いませんこと?」


「僕はイリーナさんといるだけでいつも楽しいよ」


「ああああなた馬鹿ですの!?」


「社交辞令だよ」


「死になさいこの馬鹿!」


 どうも夢の中では一人称が違うらしい。

 銀髪の美少女といちゃいちゃという、俺の欲望全開の夢の一場面はすぐに終わり、俺と美少女は上空へ目を向ける。


「対象を発見」


 真っ白な少女が浮いていた。








 昔からたまに見る夢だ。

 といってもその内容はすぐに忘れてしまうのだが、夢から覚めて数秒は、昔からたまに見る夢だということと同様に覚えている。

 ……あれ?どんな夢だっけ?


「目を覚ましました」


「漸くですか」


 メイドらしき女性達が俺を覗き込んでいた。

 俺はふかふかのベッドの上にいる。


 状況が分からない。


「ここは一体?」


「百代家の屋敷です」


 モモシロケ?

 なるほど。どこかの裕福な家庭の屋敷か。


 かちゃっと扉が開く。


「………」


 和服の少女が俺のいる部屋に入ってくる。

 少女と目が合うが、少女は特に興味を示さず、俺から視線を外す。

 そのまま俺の横を通りすぎ、そこに置いてあるバナナを取った。


「……あの」


 メイドよりも立場は上であろう雰囲気だったので話しかけたが、少女は反応せずに部屋から出ていった。

 ……なんだよあいつ。耳が悪いのか?


 メイドは少女が出ていった方に一礼し、俺に向き直る。


「あなたは百代家の戦闘奴隷として連れて来られました」


「………は?」


 戦闘奴隷だと?

 あの指輪があるならまだしも、今の俺なんかただの高校生だぞ。

 そういえば女神の加護が効いてるんだっけ。それにしても戦闘とか無理だぞ。


「名前は?」


 俺のことを訊かれるか。

 俺は恐らく国家から狙われている身。

 名前を明かす訳にはいかない。

 出身とかも効かれたら厄介だな。

 俺が何者であると仮定しても、辻褄合わせが面倒だ。

 記憶喪失でいくか。


「………分かりません」


「………ふざけているのですか?」


 メイドの声が急に低くなった。


「もう一度問います。名前は?」


 メイドはどこから取り出したのか、黒いナイフを俺の首にあてがってきた。

 こんなことで殺されるとか勘弁してくれよ。


「……分かりません。いっつ……!」


 ナイフが首に食い込んだ。

 血が流れているのが分かる。


「もう一度、問います。名前は?」


「分かりま、せん!」


「………分かりました。何故かは知りませんが、記憶がないようですね」


 メイドはナイフを退ける。


「しかしあなたが百代家の戦闘奴隷となったことは動かぬ事実。本来ベッドに横たわるなど許されぬことなのですが、お嬢様の命令とあらば、仕方のないこと。短い命でしょうが、お嬢様のために尽くしなさい」


 なるほど。

 戦闘奴隷の死亡率はかなり高いようだ。

 隙を見て逃げなければいけないな。


「返事は?」


「はい」


「……では訓練場へ」


「了解しました。ついてきなさい」


 違うメイドが部屋を出ていく。

 俺は重い体を動かし、下に置いてあった靴を履き、彼女の後を追う。


 暗い屋敷だ。

 娘は和服だったが、屋敷の造りは和風ではなく洋風。


「ここに入りなさい」


 連れてこられた建物の中は血や何らかの体液などでとても汚れていて、臭い。

 何十人かの男達が戦闘訓練をしていた。

 といっても動きは洗練されておらず、想像の中の騎士とはかけ離れていた。

 服はぼろぼろで汚れていて、体も汗や垢などでてかてかしている。

 体を洗う習慣がないのだろう。

 見事なまでに、『奴隷』だった。


「その服は我々が預かります。これに着替えなさい」


 うす汚れた服を渡され、メイドの監視下で着替える。

 メイドは全く恥ずかしがる様子もみせず、全く目をそらさず、淡々と監視し、俺が脱いだ制服を受け取った。

 奴隷は人間と思われていないのかもしれない。


「あとは奴隷共に訊きなさい」


 メイドは出ていった。

 俺は一人、立ち尽くす。

 あの中に入っていく勇気がない。


「モンスターが侵入しました。裏門です。直ちに向かいなさい」


 どこからか声が響いた。

 奴隷達は戦闘をやめ、こっちに走ってくる。

 俺のことなど全く気にせず、彼らは出ていった。

 俺も後を追う。


 しばらく走り、皆の動きが止まった。

 一匹の黒い化け物と対峙していた。

 いや、一人の、の方が正しいか?

 いや、今は人間じゃないから、一匹でいいか。

 あれは巻き戻る前に見たクラスメイトの成れの果て。


「……イビル」


 奴隷の一人が呟いた。

 やはりあれがイビルか。

 ユア達が俺達勇者を呼び出した理由。

 あの時は注意深く観察する余裕が無かったが、今度はちゃんと観察しよう。


「ああああああ!!」


「うわあああああ!!」


 戦闘奴隷達が剣を振り上げて向かっていく。

 くそっ、人が多すぎてよく見えない。

 だが、どろどろの戦いをしていることは、ぐちゃっぐちゃっという音で分かる。


 音が治まった。

 人が退いていくと、五つの戦闘奴隷の死体と、頭部に剣が刺さって死んでいるイビルがいた。

 結局よく見れなかった。

 奴隷達は何も言わずに戻っていく。


「邪魔です」


 メイドが淡々と死体の処理を始めた。

 ……これが日常かよ。

 絶対いつか逃げ出してやる。



 ▲▼▲▼



「待ってよルルト!」


 森のなかを走り回る。

 ああ楽しい。

 彼は私にたくさん楽しいことを教えてくれた。


「あはは!おせーよアナ!」


 このドキドキを恋なのかな。

 少なくとも、大なり小なり彼に好意を持っているのは確かだ。


 しかし、現実は残酷だ。

 ある日、親は告げた。


「アナスタシア。そろそろ婚約者を決めますが、絶対に我が家より身分の低い家の子は選びませんので、安心しなさい」


 私に自由はなかった。



 ▲▼▲▼



 俺がこの屋敷に来て、まだ一日も経っていない。

 なのに、すぐに新しい奴隷が連れてこられた。


「さっさと入りなさい」


 連れてこられたのは、俺と同じくらいの年の少年だった。

 連れてこられた時には既に全身が汚れていた。


「よう」


 一人で寂しかった俺は、早速声をかけた。


「……う、うん」


 小さな返事が返ってきた。

 それだけでも俺はうれしかった。


「名前は?」


「……ない」


 名前がない、だと。

 どんな境遇で生きてきたんだお前は。

 ここにいる奴隷達だと、普通なのか?


「どうやってここに連れてこられたんだ?」


「ばしゃ」


「どこから?」


「どれいしょう」


 奴隷商ね。

 買われたってことか。それが普通か。

 俺が名前を訊かれたのは、他の奴隷達と違って奴隷商で買われた者ではないからか。


「戦闘経験は?」


「……せんとうけいけん?」


 なるほど。

 奴隷達の教育の実態が少し見えてきたそぞ。


「……戦ったことはある?」


「ない」


 それはすぐ死ぬわ。

 戦闘奴隷は、死んだらまた補充する、使い捨ての戦力ということか。

 それにしてもこれではまともな戦力にならないぞ。


 他に、きちんと訓練を積んだ騎士を雇っているのか?

 雑魚は安価な戦力である戦闘奴隷に任せ、本当に脅威になる敵には騎士が、もしくは戦闘奴隷を使い捨てながら、騎士を併用するというシステムか?


 どっちにしろ、やってられるか。


「逃げたいとは思わないか?」


「………?……にげたい?」


『逃げたい』という言葉の意味が理解できないのか、この世界では『逃げたい』という言葉が違う言葉で代用されているのか。


「……おもわない」


 言葉の意味を理解した上で、その発想を知らなかったという反応。

 逃げて、その先になにがあるという話か。

 確かに、逃げても仕事がなければ飢えて死んでいくだけ。

 まともな教育を受けていない彼らが就ける職業は限られているということか。


「半分でいいので、ついてきなさい。モンスターが出ました」


 メイドが顔を出した。

 奴隷達は顔を見合わせる。

 そりゃあ行かない方の半分に入りたいよな。


「さっさと来なさい」


 メイドが偶々近くにいた俺の腕をつかんで引きずっていく。

 俺は近くにあった剣を掴み、取り合えず戦力は確保した。


 少し歩き、草原のような場所に出た。

 ぞろぞろと付いてきた奴隷の数は明らかに半分もない。


「ブルルルルル」


 猪のようなモンスターがいた。


「あれと同じのが三匹いるから、殺しておきなさい」


 そう言い残してメイドは去っていく。

 なるほど。あの猪を探してるふりをしておけば自由に歩き回っていい訳だな。


「ブルルルルル……ブフゥゥゥ」


 猪が炎の玉を飛ばしてきた。

 まじか。遠距離攻撃あるのか。

 まあ速度は遅いのであまり脅威ではないが、ここがそういう世界であることを忘れていた。


「俺も魔法使えないのか?女神の加護とやらで……ファイアーボール!」


 ……まあ無理だよな。

 確か女神の加護は、身体能力の向上と魔法への耐性ってユアが言ってたし。

 それもリヴァルの入れ知恵なら、女神の加護の存在からして嘘かもしれないが、指輪でちゃんと力は発現したし、面倒くさいので、そこらへんは取り合えず本当だと考えておこう。


「はああああ!!」


 奴隷達が猪へ猪のように突進していくのを尻目に、俺は踵を返して歩き始める。

 散歩だ。

 脱出するときのために、この屋敷の構造は把握しておきたい。


「ブルルルルルァァ」


 うわっ、猪こっち来たし。

 奴隷達もこっちに来る。


 俺も剣を持っているので戦うことは出来るはずだが、足がすくんで動けない。

 ははは。元クラスメイトだったイビル達相手にはあんなに俊敏に走り回っていたのに。そこまで追い詰められないと、俺はへたれなのか。


「何をしているの。さっさと殺せ」


 木の影から和服の少女が姿を現す。

 そのつまらなそうな瞳は俺を見ている。


「シサラ様。ここは危ないので離れましょう」


 いつからいたのか、少女のそばのメイドが言った。

 ……シサラ。

 それがあいつの名前か。


「ブフゥゥゥ」


 猪が少女――シサラの方へ方向転換した。

 あ、これってシサラが怪我でもしたら、一番近かったのに猪を仕留められなかった俺が処刑されたり……する、気がする。やばい。


「待てや猪ぃぃ!!」


 俺は全力で走る。かなり速いはずだ。なんせ俺は、クラスで二番目に速いのだ。

 だが、その俺を追い抜き、今さっき出会ったばかりの彼が猪に迫る。

 あいつあんな速いのか。


「あああぁぁ!!」


 ある程度近づき、彼は猪に飛びかかった。


「グファァ!」


 見事猪を捕らえた彼は、猪と共に地面をごろごろと転がる。

 猪はつらそうな鳴き声をだしている。


「ガガ!……キュゥン」


 転がりながらも、彼は猪の頭部に剣を突き刺し、とどめを刺した。

 彼と猪の死体はまだ転がり、シサラの足下までいった。


「……服、汚れた」


 土や血や汗まみれの体が、少し和服の端にあたってしまったらしい。


「………」


 メイドは無言で彼と猪の死体を蹴飛ばす。


「ぐふっ」


 彼は苦しそうに呻く。

 メイドは足音をたてずに彼に近づき、懐から取り出した黒いナイフを彼の首に突き刺した。

 あまりに呆気なく、彼は息絶えた。


 俺は、茫然と立ち尽くす。

 あんなに必死に猪を仕留めた彼を、殺した……。

 彼はシサラを守ったのだ。なぜ殺されなければいけない。

 彼の命は、服の汚れ以下なのか。

 これが、奴隷……なのか。


 他の奴隷達も、シサラも、何事もなかったかのようにどこかへ行く。

 メイドは淡々と死体を処理。

 ……俺はどれだけ平和な世界で暮らしていたんだ。








サブタイが少し混沌としていたので、整理しました。

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