交錯の予感/雪夜 真広
「星野ちゃん、メアド交換しない?」
ゴキブリが話しかけてきた。
えっと名前は………覚えてないや。じゃあゴキ君で。
「もちろんです」
「よし!じゃあ赤外線で!」
「ええ………登録完了ね」
私のスマホに、新たなゴキブリのメアドが登録された。
「俺の名前覚えてる?この前カフェで会った時に自己紹介したと思うけど、もう一度するよ。俺の名前は▲¢*▼▽だよ。よろしく、星野ちゃん」
ゴキ君が手を差し出してした。
ああ、握手か。
「こちらこそよろしく」
「あ、左利きなのかな」
にぎにぎ……ああ、気持ち悪い。
後で一時間は手を洗わないと………。
その気持ち悪い笑顔、いつまで見なきゃいけないのだろう。
眼球抉りたくなる。
今丁度鞄に包丁が入ってるし。
「あ、ほたるもー。姫神 蛍でーす!よろしく」
姫神 蛍……ね、覚えたわ、世界の害虫。
もう姫も神も蛍も嫌いになってしまった。
ん?なにその手……。
あ、握手か。
「ええ、よろしく。姫神さん」
「ん?あ、左手?」
手、小さいわね。
はは、握り潰したいわ。
爪とか剥がしてやりたい。
「俺は◎¥@○■。よろしく!」
「僕は◎○∞◎▲です。よろしくお願いします」
「私は▲▼¢*▼。よろしく、日奈子ちゃん」
虫共がぞろぞろ集まってきた。
どうしよう、服に虫の臭いとか付いちゃわないかな。
………ん?
「くんくん」
これは………。
この匂いは……!
こっちに来ている。
扉の向こうにいるわ♡
ガラガラガラ
扉が開き、そこから世界が華やかに色づく。
ああ、体が自然と魅惑の香りに引き付けられる。
「ん?お前ら何やってんの?」
「おお雪夜、星野ちゃんに自己紹介だよ」
「あっそう」
まひろの声が私の鼓膜を震わせる。
ああ、とろけそう。
ゴキ君の鳴き声はシャットアウト。
「えっと、おはよう」
「おはようございます♡」
「お、おう……」
いや!後ずさらないで!
その困ったような笑顔をずっと私に向けていて!
「雪夜も自己紹介したら?」
ナイスゴキ君。
「は?なんで?」
「星野ちゃんまだ転校してきたばっかだから、お前の名前もまだ覚えてないだろうし」
「うんうん、お願いします!」
私、雪夜真広15歳O型乙女座8月9日生まれ趣味は将棋好きな食べ物はアボカド入りカレー嫌いな食べ物はトマト身長172センチ体重52キロ右利き使用している消しゴムはMONO視力1.2と1.3一人っ子幼馴染みは星野日奈子好きな女性のタイプは明るい人よく読むエロ本の中の人の比率巨乳6:普通1:貧乳3一日のトイレの回数平均7平均入浴時間15分のことなんて、全然知らない。
「雪夜 真広。よろしく」
「星野 日奈子です。よろしくお願いします。はい」
私はまひろの為にとっておいた右手を差し出す。
「あーはいはい」
……もう右手洗えない。
▲▼▲▼
少女は眼前で顎に手をやりながら思い悩む男の背中をつつく。
「あのー」
男は応えない。
少女を無視している訳ではない。
単に気がついていないといった様子。
「あ、あの!」
少女は思いきって大きな声で呼び掛けた。
といっても、少女にとって大きな声というだけで、常人にとってのちょっと小さめの声と変わりはない。
しかしその小さな声も、男を振り向かせるには充分だったようで、
「おや、姫様。どうかなさいましたか?」
振り返ったのは、少し目付きの鋭い初老の男性。
顔つきとは違い、声は穏やかだ。
「その、先程から質問をしているのですが……」
「これはこれは申し訳ない。私も歳ですかな、姫様の麗しい御声を聞きそびれるとは。して、質問とは?」
「あの、その、本当に、異世界から人を呼び出す必要があるのですか?そもそもそれは可能なのでしょうか?」
少女はふわふわとカールのかかった水色の髪を揺らしながら、懇願するような姿勢で質問をする。
男は一拍の間を置き、切れ長の目の端にしわをよせて微笑む。
「姫様。緊張は仕方のないことですが、これは貴女にしか出来ないことなのです」
「き、緊張など……」
「異世界に来て初めて目にする者が私のような老いぼれでは、愛想を尽かされてしまいます。やはりこの仕事は、貴女のような美姫でなくては」
「そ、そんな、恥ずかしいです………」
少女は白磁器のように白い肌を僅かに染め、もじもじと恥じらう。
妖精のような少女が頬を染めて恥じらう姿は、万人を骨抜きにしてしまう程の魅力があるが、男は平然と微笑んでいる。
「その、わたくし、その御方と、その……お友達っ!……になりたいのです」
正に告白でもしようかという程に顔を真っ赤にして、言い切った。
息遣いを少し荒げて、髪と同じく蒼穹のような瞳で男を見上げる。
「ええ、姫様なら必ずやその者と親しい仲になれるでしょう。しかし、姫様は一つ勘違いをしておられるようですな」
「勘違い、と申しますと?」
「『その御方』とおっしゃったことです。可能性の話ではありますが、現れる者が一人ではない……ということも」
「まあ!……それでは、たくさんお友達が出来ますね!」
少女は蒼穹の瞳をぱちりと開き、素直な感激を表す。
まるで青い薔薇が咲いたような笑顔。
幻想的であり、無邪気さを残しながらも高貴な笑み。
「はい、そうですね」
対称的に、男の笑みには影があった。
▲▼▲▼
「さあぁぁ!始まりました!バジュラ杯!果たして、伝説の宝玉、カオスストーンのレプリカは誰の手に!」
各地の戦闘狂が集う祭典、バジュラ杯。
決着は、相手が降参するか死ぬまで着かない。
毎年死者を多数出すこの祭典だが、人気は衰えない。
「第一試合、早くも登場!カイザー・ドレイク!」
コロッセウムを彷彿とさせる会場の真ん中へ、大声援を浴びなから一人の男が進みでる。
二メートルを越す巨体。
上半身は裸なので、みっちりと覆われた鋼のような筋肉が晒される。
対するは、こちらもなかなかの肉体を持ってはいるが、カイザーに比べると少し見劣りする、冒険者を生業とする男。
カイザーが無手なのに対し、相手は日の光を浴びてキラキラと輝く白銀の剣を持っている。
見た目からして、ただの剣でないことは明らか。
「試合、スタァァトォォォ!!」
カイザーが駆ける。
巨体に似合わず、疾風のように駆ける。
相手は白銀の剣で迎え撃つが、
ガシャンッ
いとも容易く、剣は砕け散る。
絶望に目を見開く男の顔面に、落雷のごとき爆音と共にカイザーの拳が叩き込まれる。
相手は見るも無惨な姿に成り果てている。
息がないことは明らか。
―――首から上が無いのだから。
会場に、万雷の拍手が鳴り響く。
人が死ぬことなど、よくあること。
これが、バジュラ杯。
今回のバジュラ杯は参加人数が異様に多い。
よほどカオスストーンが魅力的なのだろう。レプリカではあるが。
カイザーは一撃で相手の息の根を止めていく。
降参する暇など与えない。
十連勝、それも一撃で。
そんな快挙を成し遂げたカイザーに当たることになった相手は、恐れをなして棄権していく。
そんなカイザーの前に、一人の男が立ちふさがる。
「謎多き魔法剣士、ゼロォォォ!」
黒目黒髪、黒のロングコートに黒い刀。
全身黒ずくめの謎の男。
細身で一見弱々しいが、ここまで勝ち残ってきたということは、ただ者では無いということ。
「ははっ!おもしれぇ」
今までの相手とは趣が違うが、カイザーは余裕を崩さない。
自分には、鍛えあげられた肉体と、天性の才能がある。
それで充分だ。
「始めぇぇぇぇぇ!!」
同時に駆ける。
謎の男は動かない。
明らかにカイザーの動きを捉えきれていない。
「ちっ、つまんねぇ」
失望と共に必殺の一撃を放つ。
「あ、あれ?」
おかしい。
あの男がいない。
それよりも。
それよりも―――
「「「――――っ!!」」」
カイザーの視界には、満天の青空。
端の方に、ちらりと男の姿が映った。
男は血に濡れた刀を一振りし、鞘に収める。
そしてさらに端には、倒れ行く自分の体。
―――ようやくカイザーは理解した。
「「「うおぉぉぉぉ!!!」」」
沸き上がる会場。
掃除係がカイザーの死体を片付けている間も、歓声は止まない。
バジュラ杯への登録は偽名でも可だ。
おそらく偽名であろうゼロという男の素性は誰にも分からない。
この謎多きところも、会場を沸かせた一つの要因だ。
その後数試合、ゼロは刀一つで圧倒する。
そして迎えた決勝。
「―――そして相手は、ヘンタイドコー!」
ゼロの相手は、フードを被った、ふざけた名前の人物。
体型からして、女性だろう。
「試合、始めぇぇぇぇぇ!!」
今まで刀一本で戦ってきたゼロだが、決勝戦ということもあり、今回は全力でいくようだ。
刀を深紅の炎が包んでいく。
ちなみに無詠唱であり、魔法技術の高さがうかがわれる。
さらに、ゼロの全身から漆黒のオーラが噴き出す。
禍々しいそのオーラの周りを、さらに黄金のオーラが渦巻く。
まるで神話のようなその光景に、観客は目を奪われる。
「綺麗………」
「まじで……ありえねぇ………」
そしてゼロは死んだ。
唐突だった。
漆黒のオーラも、黄金のオーラも霧散し、炎の消えた刀が地に落ちる。
刀は硝子のように砕け散る。
倒れ行くゼロに、皆呆然。
倒れたゼロの体は、刀と同じく砕け散った。
「……………し、勝者、ヘンタイドコー………」
フードの女、イリーナ・ローズフェリスは、失望したように溜め息をついた。




