イビル騒乱/メリア+ルーク+零条 切夜+シヴァ+オロチ
「宮廷魔導師になるには、『グレートヒール』は使えないと駄目ですよ。怪我をした騎士を癒し、更に相手への攻撃も出来る、便利な人材になりましょう」
授業に集中出来ない。
ふむ。
この、胸がざわつく感覚。
「騎士になるならまず剣術を磨かなくては駄目ですよ。無駄に体を鍛えても、無駄な筋肉がつくだけですから」
何かが起こる。
いや、既に起きている。
「先生!トイレ行きます!」
「え、はい、どうぞ」
僕は急いで教室を出て、トイレへ駆け込む。
「【空間転移】」
メリアの去った教室では、皆唖然としていた。
「メリア、そんなに我慢してたのか」
「鬼気迫る表情してたよ。無事にトイレに着いたかな……」
▲▼▲▼
イビルだ。
大量のイビルが学校に迫っている。
その数は数万にも及ぶ。
町はパニックになっているのに、学校では普通に授業を続けている。
これはおかしい。
これを意図したのは、一体誰だろう。
「や、やめてやめてやめてぎゃああああ!!!」
「いやあああ!!!」
「もうやめてえええ!!!」
阿鼻叫喚と言うには、生きている人が少なすぎる。
イビルの出す有毒の気体で、一帯は生存活動の不可能な状態になっている。
生き残っている人達も、もう手遅れだろう。
「……ん?」
ちらりと、銀色のなにかが見えた。
……見覚えがある。
たぶん間違いないけれど、一応確認してみる。
僕は剣を振り、紫色に染まった視界を晴らす。
イリーナさんが、魔法で広範囲のイビルを切り刻んでいた。
イリーナさんは即座に僕に気づく。
「あ!変態!」
んんん?誰のことだろう?
………ああ、分かっている。不本意ながら、僕だ。
「飛行魔法を使えるのなら、もう少し高く飛んだ方が広範囲に攻撃が出来ると思うけど」
「………うるさいですわ」
イリーナさんが顔をしかめる。
どうやら気に障ることを言ってしまったようだ。
「あれはイビルの上位種かな?」
「おそらくそうですわ」
遠くに、一際巨大な生物がいる。
二足歩行ではないけど、頭部や外骨格はイビルにそっくりだ。
「変態はあれを相手に出来ますの?」
「ああ、出来るよ」
イリーナさんは僕の顔を数秒見つめ、口の端を吊り上げる。
「見せてみなさい」
「ふむ」
僕は【空間転移】で巨大生物の背後へ出現し、ブレアの渦巻く右腕を仙術で更に加速させ、上から頭部を押し潰すと同時に、仙術でかかる力の範囲を拡大し、その巨体諸とも押し潰す。
「くっ」
やけに疲労がたまる。
やはり僕は少しずつ弱体化している。
理由が思い当たらないのが、とても不安だ。
「まあいい」
僕は再び【空間転移】で元の場所に戻る。
イリーナさんは僕が転移していた方を睨んでいる。
「え?……え?」
なにやら混乱しているようだ。
「言われた通り見せたよ」
「わひぁああ!!『ヘルファイア』!」
突然炎の奔流が迫ってきたので、その流れをずらして辺りに拡散させ、イビルを焼き尽くす。
「へ、変態?!」
炎の奔流が止む。
「突然攻撃される謂れがないのだけど」
「そ、その……変態の実力を試したのですわ!」
ふむ。
僕が対処出来なかったら、どうしていたのだろう。
「詠唱を破棄出来るとは、素晴らしいね」
「お世辞は結構ですわ。どうせ変態も出来るのでしょう?」
「いや、そもそも僕は魔法を使えないよ」
「………は?」
不思議な顔をされた。
何かおかしなことを言っただろうか?
ドクン
不味い、動悸が激しい。
魔力が残り少ないようだ。
「ギチギチ」
イビルは途切れることなく迫ってくる。
だけど、僕達は空中にいるので安全だ。
「魔法でないのならどうやって浮いていますの?」
「周りの空間を歪めているんだよ」
「…………」
【虚無の波紋】は魔力消費が激しいから、控えたい。
【黒龍】は長くもつけど、一匹一匹地道に処理しなければいけない分、殲滅までにかかる時間がバカにならない。
【終焉の炎】辺りが妥当か。
「少しの間離れていてくれるかい?」
「ふん、わたくしに指図するなど、図々しいですわ。立場をわきまえなさい、変態が」
文句を言いながらも、イリーナさんは離れてくれた。
さて。
――【終焉の炎】
僕を中心として、半径十メートル程を、球状に黒い炎が渦巻く。
地面が半球状に消滅する。
僕は半球状に顕現した黒い炎を慎重に操り、地面に向けてゆっくり放つ。
そして丁度良いところで横に拡散させる。
黒い円が広がっていく。
この炎は一度対象についたら、その対象を『消滅』させるまで、絶対に消えない。
焼かれたイビルの体は灰となることすら許されず、その分子、原子まで焼き尽くされる。
それは一般に『燃焼』と言われる現象ではない。
焼き尽くされた原子は、『消滅』する。
それは僕自身であっても変わらない。
だから、僕に引火しないように、細心の注意を払わなくてはいけない。
そろそろ限界だ。
【終焉の炎】を消すと、円状に更地が出来ていた。
【虚無の波紋】より低コストで同じような効果を得ることが出来た。
行幸だ。
「い、今のは一体………」
やはり、対大軍勢だと、魔術が一番便利だ。
魔力切れは避けたいので、魔力をどうにか摂取しておきたいところだ。
大気からの魔力摂取は時間がかかるので、人体からの直接の受け渡しが望ましい。
「ギシャアアアアアア!!」
「おや」
紫色のブレスが迫ってくる。
現在イリーナさんが張っている風の障壁は突破されるだろう。
この量を全て流すのも面倒くさい。
「え………ちょっ!やめなさい!」
僕はイリーナさんを抱えて上空へ飛んだ。
「あんなの魔法で吹き飛ばせますわ!」
「あそこにいたんじゃあ、次から次に毒のブレスがきてきりがないと思うよ」
それに、ここの方が魔法を広く当てられる。
「い、いや、高い……いや」
イリーナさんが急に元気をなくした。
どうしたのだろうか?
「降ろして……」
精彩を欠いている。
どこか怪我をしたのだろうか?
「どこか怪我を――」
「降ろして!」
ぶるぶると震えている。
仕方がないので、イリーナさんをそこら辺の教会に降ろしにいく。
僕がイリーナさんを抱えて降ろしている間、イリーナさんはずっと目を瞑っていた。
「ゆ、許しませんわ」
許されないことの身に覚えがない。
▲▼▲▼
学園では、鉄壁を誇る防御結界の張ってある部分はイビルでは手も足も出ず、唯一結界の張ってない入口では、エリート教師陣や三年生によって、侵入を阻まれていた。
そこに唯一混ざる一年生、ヒスイは、現在ヒミコだった。
「メリアきゅんはどこじゃああ!!」
そして激怒していた。
▲▼▲▼
「すまないけど、魔力をくれないかな?」
「はい?魔力なんか受け取ってどうするんですの?空気中の魔力で魔法は使えますわよ?」
「僕は体内の魔力を使うんだよ」
「……聞いたことありませんわね。そもそも、魔力の受け渡しなんて出来ますの?」
「出来るよ。僕に触れてくれるかい?」
「はい?変態に触れるなんて嫌にきまっているでしょう?」
流石に傷つく。
説得は面倒くさそうなので、僕はイリーナさんの手を強引に掴んだ。
「きゃっ!この!離しなさい!」
体に魔力が満ちていく。
「あぁ……」
イリーナさんが艶っぽい吐息をもらす。
「………なにをしておるのじゃ?」
「ななな、なんですの?!」
突然の声に振り向くと、ヒスイ……いや、ヒミコがいた。
光のない、深淵のような紅眼で僕達を見ている。
ヒミコはふらふらと、ゾンビみたいな動きで近づいてきて、おもむろに僕の首を絞めてきた。
「え……ちょ……苦じいんだげど……」
「………あ、あれ?すまぬ」
良かった。
ヒミコの瞳に光が戻ると、手を慌てて離してくれた。
だけど、僕に強引に掴まれているイリーナさんの手を見ると、また光を失っていく。
慌てて離すと、光を取り戻していく。
握ると、光を失っていく。
また離すと、また光を取り戻していく。
ふむ。だいぶ法則性が分かった。
これからはヒミコの前でイリーナさんの手を掴まないようにしよう。
「あなたは、誰ですの?」
「儂はヒミコじゃ。ぬしは誰じゃ?」
「わたくしはイリーナですわ。その変なしゃべり方はなんですの?」
「うにゅ?変なしゃべり方……とは?」
「その、お婆さんみたいな?『じゃ』とか『ぬし』とか」
「知らぬ。それよりぬしとメリアきゅんはどういう関係なのじゃ?」
……メリアきゅん?
「変態とわたくしの関係は……そうですわね……なんでしょう?」
「ふむ。………恋人?………え、じょ、冗談……」
ヒミコの瞳から光が消え失せ、僕の首を絞めてきた。
僕は、分かってしまった。
この人、危ない人だ。
「あ、あの……そこの変態、死んじゃいますわよ?」
「はっ!……す、すまぬ」
▲▼▲▼
「スノウさん!私と結婚してください!」
「すみません。スノウには心に決めた殿方がいるので、お気持ちにこたえることはできません」
「そ、そんな……高貴な私が、どうして、どうして……」
「すみません。スノウはその殿方に一生寄り添うと決めているのです」
「それは、さぞ素晴らしい殿方なのでしょう。ど、どうぞお幸せに……ふえええん!」
「他にもあなたの理想の女性がきっといます」
「スノウさん以外、いる訳が……。ところで、どのようなお方なのですか?」
「よく分からないのです」
「よ、よく分からない?」
「ですが名前だけは分かります」
「なんというお名前なのですか?」
「マヒロ……と、言っていました」
「マヒロ……ですか」
「いつになったら、会えるのかなぁ~」
国内有数の貴族である男をふったスノウは、潤んだ瞳で、うっとりと溜め息をついた。
あ、スノウさんはヒロイン候補から外しませんよ