ブラコン末期/メリア+ルーク+零条 切夜+シヴァ+オロチ
王女ユアは、一心不乱に暗記する。
「えっと、『は、初めまして勇者様。わたたたくしはぅおうじょゆあああ!』だ、駄目です……」
その美貌は、今は緊張でがちがちに固まっている。
「ふう」
彼女は一旦紅茶を口に含み、心を落ち着かせる。
がちがちだった顔はほぐれ、本来のやわらかい雪のような美貌を取り戻す。
彼女の周りに、美しい花畑でも幻視しそうな、優美な空気が漂う。
透き通るような水色の髪が、日の光を浴びて輝く。
彼女は、落ち着き払った声で、再び朗読を始める。
「こほん……『ひゃじめまして勇者様ぁぁ。わたたたくしは王女ゆゆゆゆゆゆゆ』」
――勇者召喚の日は近い。
▲▼▲▼
………また会った。
「あなた、ストーカーですの?」
イリーナさんと会うのは、最初に見かけた時を除き、これで七回目。
山奥、学校の屋上、人気のない公園、ダンジョン、とある上空1000メートル、つぶれそうな喫茶店。
そしてここ―――女子トイレ。
いづれも、二人きりのシチュエーション。
運命すら感じるような、偶然。
「あの――」
「近寄らないでくださいこの変態!」
徹底的に拒絶だ。
なんと言い訳すればいいか……。
間違えて女子トイレに入ってしまったことを説明すべきだろうか?
それとも今までの遭遇は全て偶然で、運命すら感じてくれていいことを説明すべきだろうか?
「今までのは偶――」
「喋らないでくださいこの変態!」
「間違―――」
「死んでくださいこの変態!」
駄目だ。
会話が出来ない。
とにかく会話が出来なければ、誤解も解けない。
仕方ないので、僕は強引に彼女を押し倒し、両手を押さえる。
「聞いてくだ――」
「へへへへへへんたぁぁぁい!!!」
イリーナさんの美しい声が僕の鼓膜をいじめる。
「なに?!変態だと?!」
「どこだ!この声、イリーナ様だ!!」
「イリーナ様だと!!どこの不届きものだぁぁ!!」
あっちゃー……。
逃げよう。
僕はイリーナさんの手首を放し、逆に掴んでくるイリーナさんの手の軌道を指で変えて、イリーナさん自身の手首を握らせる。
「逃がしませんわ……あれ?」
混乱している隙に、逃げ出した。
イリーナさんの呪詛を背に。
▲▼▲▼
メリアの妹、ミクは、もと兄の部屋の、もと兄のベッドで、もと兄の枕をくんかくんかしていた。
「む……お兄ちゃん成分が薄れてきてる……」
由々しき事態だ。
早急に対処せねばならない。
だが、出来ることが――ない。
兄には会えない。
その上、兄のものに染み込んだ兄の匂いさえ薄れてきている。
これをミクは、どうすることも――出来ない。
「そ、そんな……」
絶望した。
世界は、残酷だ。
だが、そんな世界に、抗ってみせる!
ミクは、覚悟をきめる。
―――断兄!
約一年の断兄をし、ダンジョンに潜り、強くなる。
そして来年、兄と同じ学校に入学するという、悲壮な決断。
これも兄に会うためだ。
約一年、兄成分を補充しないという過酷な試練を経た先には、兄との夢のような学園イチャラブが待っているのだ。
「ミク~、ご飯よ~」
ミクは血の涙を流しながら、食卓に向かった。