プロローグ
『アルテア・オンライン』……アイマスク型の機械を装着するだけで、誰もが夢見たファンタジーの世界に入ることができるこのゲームは発売前から話題沸騰だった。
あらゆる人間から期待されながら発売されたAOは期待を裏切らない傑作で、『AO(アルテア・オンラインの略称)は全てのVRMMOの先駆けにして最高傑作』とまでいわれるほどだった。
現にAOの後を追うようにして発売されたVRMMOにはバグでまともにプレイできないものなども多い、それほど作るのが難しいのだ。
あるプログラマーが謝罪文に書いた『全能でも何でもないのに神をやらされている気分になった……』はネットでいろいろな意味で話題になった。
そんな中未だにバグはおろか修正する必要のあるミスすらおかしたことのないAOの運営はどれだけ優秀なスタッフが集まっているのだろうか。
だがしかし、VRMMOとしては凄くともゲームとしてはバグがないなど当たり前の事、AOが後発のVRMMOを凌いで最高傑作だといわれる所以はそれだけではない。
類稀なる自由度の高さ……職業だけでも100個以上はあるうえ、更にはステータスポイントや職業スキルによって自分唯一のキャラを作ることは実にたやすい。
そしてこのゲーム、恐ろしいことに武器の数が際限ないと思われるほど多いのだ。
同じ素材、同じ系統の武器を同じように強化しても、出来上がる武器の名前も性能も見た目も全くもって異なる。
また発売から数年たった今でもアップデートによる追加職業、モンスター、ステージは配信され続けている。
それによってこのゲームは並みいるVRMMOの頂点に君臨し続けているのだ。
……とここまではAOの素晴らしいところを説明してきたがそうはいってもやはり不満の一つや二つはある。
その一つが今から説明する職業『鍛冶屋』のことだ。
まずこのゲーム、1人につき1つのアバターしか認められていない、いわゆるサブアカ禁止というやつだ。
詳しくは知らないが別アカを作ろうとしても脳波がなんちゃらとかで弾かれてしまうらしい。
これはサービス開始以前から何度も注意されていた事なので問題ないのだが、そのせいでまた違う問題が発生してしまった。
ゲーム世界でやりたいことといえば多くの人は戦闘だろう、現実世界にはない剣や魔法でモンスターと戦う、大体の人がVRMMOに求めるのそれだ。
だからサービス開始からやっているようなゲーマー達は初期職業は戦闘系のものを選んだ、生産系を選んだ数少ない人間も戦闘系の人が楽しそうにとモンスターと戦っているのを見てズルズルとひきづられていった。
よってこの世界のトップランカー達には生産系統の者はまずいない、複アカ禁止が招いた悲劇というものだろう。
まあ途中で生産職に鞍替えした奴もいるのだが、このゲーム、難易度は結構シビアでデスペナやクラスチェンジの変更によるステータスダウンも重めだ。わざわざそこまでして生産系に鞍替えするものは少ない。
そして更なる問題、この世界の職業『鍛冶屋』は武器や盾を作るだけのよくある鍛冶屋なのだが、これまたいくつか厳しい制限がある。
レベルが高い素材は仕事を沢山こなして職業スキルを上げなければ加工することができない、これもまあネトゲでよくある制度だ。
次に鍛冶屋の武器作成の時間について、武器作成の時間は鍛冶屋の職業スキルレベルが高いほど長くなる、これが辛い。
ようは高レベルの鍛冶屋が最高クラスの武器を作るのにも初期装備レベルの武器を作るのにも同じ時間がかかってしまうのだ。
しかもトップランクの鍛冶屋は作成する武器の種類によっては2時間や3時間かかる、その間は武器の強化はできるが作成は平行して行うことはできない。
そして極め付けが報酬だ。もちろん武器のレベルが高ければ高いほど貰える金や経験地は多い。更にこのゲームでは作成するのに使った素材を一つずつ受け取ることができるのだ。
なので加工素材は必ず2個以上を必要とする、1個では鍛冶屋に渡してはいさよなら、武器に影響を及ぼさなくなってしまうのだ。
ここまでの言えば誰でもわかるだろうが、つまるところ鍛冶屋は同レベル帯の人間以外の仕事を受ける旨味がないのだ。
わざわざ低レベルの仕事を引き受けても報酬がしょぼくなるだけなのでメリットがない、絶対数が少ないせいで依頼が途絶えることもないので暇つぶしに低レベルの手伝いを……ということもないのだ。
序盤はNPCの店売り装備でも何とかはなるのだが中堅層はそうもいかない、だんだんと強くなっていく敵にはいかに極限強化をした店売り装備だととしても限界を感じてくる。
しかし公式の回答で、『鍛冶屋に関して修正はございません』と言われてしまっているのでは修正は望めない。
彼らはしかたなく自分より高レベルの者から武器を直接買い取ったり、レアドロップのドロップ武器を狙って狩場に向かったり、それぞれの工夫で何とかしているのが現状だ。
そんな中堅層の間では今、嘘か本当かある一つの噂が流れている。
どんなレベルの奴でも関係なく武器を作ってくれる変わり者の鍛冶屋がいると。
この話を客から聞いたときは思わず苦笑したものだ、それは間違いなく俺のことだろう。
街の片隅に隠れるように建つ小さな子や、鍛冶屋『ヘイルメリー』、店主は俺、ブラムドだ。