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レジェンド オブ ソルナド  作者: ポンタロー
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闇の章 第四節

闇の章 第四節


 マギアスを出たカルとピュアは、先ほどのこともあってか、しばらくの間無言だった。

 このままではいかん。何か話題を振らなければ。しかし、何を言えば……

 少し前から、内心でそのように思いながら必死にピュアの興味を引きそうな話題を探すカル。しかし、元々そんなに話し上手でもないのでとっさに会話が出てこない。

 しかし、ずっとこのままというわけにもいかず、カルは何とか頭を絞ってピュアに話しかけた。

「ピュア、ずいぶんと楽しそうに子供達と遊んでいたが、子供が好きなのか?」

 カルの言葉を聞いていたピュアが、笑顔で答える。

「あっ、はい! 教会領の孤児院にいた時も、そこにいた子供達が、記憶のない私をずっと励ましてくれて。だから、子供は大好きです。私、将来は子供がいっぱい欲しいんです。家族が欲しくって」

「そ、そうか」

 ピュアの言葉を聞いたカルの体に電撃が走る。思わず手綱を持つ手が緩みかけたが、何とか立て直し、内心の動揺を必死に押し隠した。

「私、将来はお花屋さんを開いて、そこで家族皆で住むのが夢なんです。いい人がいればですけど……」

 そう言って、ピュアが恥ずかしそうに俯く。

 カルも、唇をうまく動かせぬまま何とか口を開いた。

「そ、そ、そうか。それはいい夢だな」

 そのいい人に自分が立候補する。そう内心では言えるのだが声に出しては言えないカル。

 またも無言の時間が流れる。

 そんな無言の時間の中で、二人を乗せた馬はゆっくりと次の目的地へと向かっていた。


 ローレルには着いたのは昼を少し回った頃。

 フードを深く被ったカルは、とりあえず馬を預けるために宿を探す。

 幸いなことに宿はすぐに見つかった。

 そして、宿に馬と荷物を預け、街へと繰り出す二人。

 やはり観光業を営むローレルだけあって人が多い。

 しかし、カルには逆にチャンスであった。

「ピュア、はぐれるといけないから、て、て、手を繋いでおくか?」

 噛みながらもなけなしの勇気を振り絞って、カルはピュアに声をかける。

 しかし、その隣には、先ほどまで一緒だったはずのピュアの姿がなかった。

「ピュア?」

 カルが慌てて周りを見回す。

 しかし、やはりどこにもピュアの姿はなかった。

 カルの目の前が一瞬真っ白になる。

 はぐれたことに気づくのに、しばらく時間がかかった。


 ピュアとはぐれたカルは、ローレルの祭り会場を虱潰しに探し回っていた。

 今日はちょうど安休日。多くの民がその仕事を休む日だ。

 そのため、ただでさえ人の多い祭り会場がさらにすごいことになっていた。

 こんな場所だ。一人でいる女に声をかける男も多い。中には強引な男もいるだろう。

 ピュアが見知らぬ男の毒牙にかかっているかと思うと、カルは気が気でなかった。

 いっそのこと、ライ・アバロンの名を出して、祭りを中断してやろうかと半ば本気で思い始めていたその時、カルの前方、ちょうど屋台が途切れて人影の少ないところで、一人の女に声をかけている若い二人の男を発見した。

 男達はカルと同じか少し上くらいの年齢に見えた。冒険者なのか一人は腰に剣を、もう一人は手斧を持っている。

 女の容姿は、男達の体が邪魔になってよく見えない。

 しかし、その隙間から、わずかに長い銀髪のようなものが見えた。

(ピュア!)

 カルが一目散に男達へと迫る。

 男達は目の前の女を口説くのに夢中で、カルの接近に全く気づいていなかった。

「なあ、ちょっと付き合えよ」

「こんなところを一人で歩いてんだ。お前だって声をかけられるのを待ってたんだろ?」

 下卑た男達の声に、わずかに見える隙間から、女の肩が震えているのが分かる。

 カルの怒りの炎がさらに激しく燃え上がった。

 今すぐ首を切り落として、その頭蓋骨を踏み砕いてやりたい衝動に襲われる。

 しかし、カルは渾身の努力を持ってその殺意を押さえ込んだ。

「おい!」

 そして、男達に声をかける。

 突然の背後からの声に、男達はビクッと肩を跳ね上げて振り向いた。

「その女は私の連れだ」

 そう宣言して、女と男達の間に割って入るカル。

 当然、男達はカルに突っかかった。

「何だ、てめえは?」

「この女は俺達が先に目をつけたんだよ。てめえは他を……!」

 そこまでが限界だった。カルが押さえ込んでいた殺意を剥き出しにして、男達を睨みつける。

「失せろ。殺すぞ」

 その声は決して大きいものではなかった。

 ただ淡々と告げるだけ。しかし、カルの表情とその言葉を聞いた男達は、腰をぬかして歯をガチガチと鳴らしている。

 歳は近くても、自分はファリア聖教会最強のロイヤルガード。これまでに潜った修羅場は並大抵のものではない。そんな自分が本気で殺意を向ければ、未熟な若造如き、手を下すまでもなかった。

 腰をぬかした男達は、我先にと這うようにしてその場を去る。

 そしてその場には、カルと、声をかけられていた銀髪の女だけが残された。

「ふう。やれやれ。大丈夫か、ピュア?」

 一息吐いて後ろを振り向くカル。

 しかし、そこにいたのはピュアではなかった。

 銀髪は同じだったが、歳はピュアよりはるかに上で、自分と同じくらい。

 よく見ればピュアよりもはるかに体が成熟しているし、胸元の大きく開いた服から覗くその谷間は、確かに道行く男達の欲望を刺激するには十分だった。

 しかし、彼女はピュアではなかった。つまり、これは人違い。

 カルは内心で頭を抱える。

 目の前の女は、そんなカルの内心など露知らずに、うっとりとした目つきでカルを見上げていた。

「ありがとうございます、剣士様。本当に助かりました」

 そう言って、両手で包み込むようにカルの手を握り締める女。

 普通なら、これほどの美女に熱い視線を向けられればドギマギするものだが、残念ながら今のカルはそれどころではなかった。

「いや、ご無事で何より。では、私は所用があるのでこれにて失礼する」

 早くピュア探しに戻りたい一心で、カルは足早にその場を離れようとする。

 しかし、女は中々カルの手を放さない。

「お待ちください。ぜひ、お礼をさせてくださいまし。私、セレナ・リズベリーと申します。よろしければお名前を教えていただけますか?」

「えっ、いや……」

 本音を言えば、今すぐに掴まれている手を振りほどいてピュアを探しに行きたいカルだったが、相手が女性なのでさすがにそれはできなかった。

 仕方なくカルは、逸る気持ちを抑えて、やんわりとその手を振りほどき丁寧に名乗りをあげる。

「私の名はライ・アバロン。困っている人を助けるのは騎士として当然のこと。礼には及びません。では、仕事がありますので私はこれで」

 そう言って、ようやくピュア探しを再開するカル。

 しかし、カルは焦りのあまり気づいていなかった。

 自分が仮の名前であるカル・イグナスではなく、本名のライ・アバロンと名乗っていたことを。


 祭り会場を三度ほど回って、ようやくカルはピュアを見つけることができた。

 なんてことはない。最初にはぐれた場所の近くにある小さな屋台の前に、じっと座り込んでいたのだ。

 この人ごみの中で座り込まれては、さすがに見つからないのも無理はなかった。

 そこは装飾品を取り扱う屋台だった。装飾品といっても、大きな宝石の散りばめられた高価な物ではなく、安物の金属やガラスでできた簡素な作りの物だ。

 何度も探し回った苛立ちよりも、見つかった安堵感の方がはるかに強かったカルは、一つ息を吐いて屋台の前に座り込んでいるピュアに声をかけた。

「ピュア! 探したぞ!」

 カルの声に気づいたピュアが、慌てて振り返る。

「あっ! カル。ごめんなさい。はぐれてしまって」

 申し訳なさそうな声で頭を下げるピュア。

 カルは、そんなピュアの頭を優しく撫でて口を開いた。

「いや、無事ならそれでいい。それより、何を見ていたんだ?」

 カルが、ピュアの覗き込んでいた場所に目を向ける。

 ピュアがじっと見ていたのは、その中にある小さなペンダントだった。安っぽい感じはするものの、花の紋様をあしらった可愛らしい作りの物だ。

「これが欲しいのか?」

 思わずピュアに尋ねるカル。こんな安物が、と付け加えようとしたが、あまりにもじっと見つめているピュアに対して、それを言うことは躊躇われた。

 ピュアは、一瞬だけチラッとペンダントに目を向けた後、慌てて首を振る。

「いえ、そんなことないです。ただ私、今までこういうの着けたことないから珍しくて……」

 そうは言うものの、やはり欲しがっているのは分かる。

 その言葉を真に受けるほど、カルは朴念仁ではなかった。

 しかし、どうやら買っても素直には受け取ってくれそうもない。

 カルはしばらく熟考した後、屋台の店主に声をかけた。

「店主、このペンダントをくれ」

「えっ!」

 カルの言葉に最初に反応したのはピュアだった。

 カルは、屋台の店主に金を支払ってペンダントを受け取る。

 そして、そのペンダントを困惑するピュアの前に差し出した。

「んっ!」

 顔を紅潮させて、ペンダントを差し出すカル。

「えっ? えっと、あの、その……」

 ピュアは、まだどう対応したらいいのか分からず困った顔を浮かべている。

 このままでは埒があかないと思ったカルは、引きつった声でピュアに向かって口を開いた。

「これは……その、れ、礼だ!」

「…………」

 いきなりの言葉に、顔に疑問符を浮かべるピュア。

 しかし、カルはここで引くこともできずに、勢いに任せて早口でまくし立てた。

「その、この旅に君が同行してくれて、私は本当に助かっている。だ、だから、これはその礼だ」

 カルは半ば強引にピュアにペンダントを押し付けた。

「わ、私が持っていても意味がないからな。できれば受け取ってほしい」

 徐々に尻すぼみになっていくカルの声に、ピュアは最初こそ困惑していたものの、やがて満面の笑顔で頷いた。

「はい! ありがとうございます! 大切にしますね、カル!」

 その笑顔は、今までカルが見てきた中で最も美しいものだった。


 祭り会場を出た二人は、そのまま高台へと移動していた。祭りのメインである花火を見るためだ。

 高台はすでに多くの恋人達で賑わっており、カルとピュアは若干顔を赤らめたまま空いている場所を探した。

 何とか二人分の場所を確保できた時、ちょうど花火が始まった。七色に走る火花。大きな音を立てて打ちあがる光の芸術。多くの人達がその光景に目を奪われている。

「綺麗……」

 ピュアも打ちあがった花火に目を奪われていた。

「ああ、本当に綺麗だ」

「ピュアが」と最後に続けようとしたが、やはり言えないカル。なんて甲斐性のない男なんだと、内心で自分を非難する。

「私、この旅に付いてきてよかったです」

 一人で葛藤するカルをよそに、ピュアが小さい声で言った。

 七色の閃光に彩られた美しいその横顔に、カルの鼓動が一気に加速する。

「それに、……カルにも会えたし」

「えっ!」

 消え入りそうなその言葉を聞いた瞬間、カルの体にこれまでの人生で最大の衝撃が走る。

 周りが暗くて助かった。今の自分は顔の熱でパンが焼けるくらい熱く、そして赤くなっていることだろう。

 カルの心の中で、もう一人の自分が語りかける。

(言え! 今しかない! このチャンスを不意にしたら次はないぞ! 素直に気持ちを伝えるんだ! 行け! 行くんだカル!)

 もう一人の自分に押されるようにして、カルはゆっくりとピュアの肩に手を回そうとした。

 心臓がバクバク鳴っている。今にも張り裂けそうだ。

「本当に、もう十分すぎるくらい……」

 その言葉に、ピュアの肩に伸ばそうとしていたカルの手が、一瞬その動きを止める。

 ピュアは儚げな笑みを湛えて花火を見ている。

 しかし、何故だろう? カルには先ほどのピュアの言葉が遺言のように聞こえた。

 そう、まるで永久の別れのような……

 そんな考えを振り払い、カルが一世一代の告白をしようとしたその時……

「コホッ、コホッ」

 ピュアが、突然大きく咳き込んで蹲った。

 カルは一瞬むせただけかと思ったが、そうではなかった。

 ピュアの咳が徐々に激しくなっていく。顔を苦しそうに歪め、額に大粒の汗を掻きながら、必死に酸素を求めて喘ぐピュア。

「ピュア! ピュア! 大丈夫か!」

 突然の事態に、カルは取り乱すことしかできなかった。

 そして、ピュアはそのまま意識を失い、カルの胸に倒れこんだ。


 倒れたピュアをベッドに寝かせて、カルはすぐさまローレル在住の治癒士を呼んだ。

 部屋に入ってきたのは、見た目は二十代前半に見える若い女性のエルフだった。

 今日は安休日であり多くの人が訪れていたため、その分怪我人も多く最初は断られたのだが、カルはライ・アバロンの名を使って強引に呼び出した。

 治癒士は緊張した面持ちで口を開く。

「ライ・アバロン殿。この度はお目にかかれて……」

「挨拶はいい! それより、早くこの娘を診てくれ! こんなに苦しんでいるんだ!」

 治癒士の挨拶を中断してカルが叫ぶ。

 鬼気迫るカルの叫びに、治癒士はビクッと肩を震わせて、急ぎ診察を開始した。

「酷く衰弱していますが、体内のマナの流れは正常ですね。これといった外傷も見当たりません」

 治癒士が、ピュアの体にワンドをかざして診察する。

「しかし、ひどく苦しんでいるぞ」

「ええ、確かにその通りなんですが、原因が分かりません。とりあえず、ヒーレストをかけさせていただきます」

 ヒーレストとは治癒士の使う最上級の治癒魔法であり、この魔法を使えることこそが高位の治癒士の証と言えた。

 ゆっくりとした動作で詠唱に入る治癒士。カルはその様子をもどかしそうに見つめている。

 やがて魔法が完成し、治癒士はピュアに向かって解き放った。

「ヒーレスト!」

 そして、ピュアが光に包まれる。

 やがて光が収束した後、ゆっくりとカルが目を開くと、そこには先ほどと変わらずに苦しんでいるピュアの姿があった。

「おい! どういうことだ!」

 カルが思わず声を荒げて治癒士に詰め寄る。

 治癒士は困惑した表情で口を開いた。

「わ、分かりません。ヒーレストは最上級の治癒魔法です。これ以上のものは存在しません。ヒーレストでも治らないとなると、私にはもうどうしようも……」

 申し訳なさそうな表情を浮かべて頭を下げる治癒士に、カルは小さく舌打ちして治癒士から離れた。

「くそっ! もう他に手はないのか……」

 そう一人で呻くカルに、治癒士が小さな声で呟く。

「エリクサーならあるいは……」

 その言葉にカルがすぐさま反応した。

「エリクサー? あのメディアスの国宝エリクサーか!」

「はい、あのどんな病でも一瞬にして治してしまうというエリクサーならば、あるいは……」

 メディアスへは通常なら一週間ほどかかるが、自分ならば三日でいける。

 一条の光明が見えたカルは、急ぎ部屋を出て馬の準備に向かった。

 医療大国メディアスへと向かうために。



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