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レジェンド オブ ソルナド  作者: ポンタロー
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光の章 第四節

光の章 第四節


「ピュア? どうしたんですか?」

 リュシオンからローレルまでの行程は約五日。今は大体中間辺り。

 馬車を走らせながら、少しぼーっとしているピュアに、ライが声をかける。

「……ああ、いや、ちょっとな」

「トイレですか? 紙ならここグフッ!」

 毎度恒例のハリセンを喰らったライが、頭を抱えて悶絶する。

 そんなライを見ながら、ピュアが恥ずかしそうに切り出した。

「いや、何というか……、あの二人を見ていると、結婚するのも悪くないなどと考えてしまってな」

「なっ!」

 その言葉を聞いたライが、信じられないといった顔をする。

「ど、どうしたんですか、ピュア? 何か悪いものでも食べたんですか? 残念ながら、今は薬の持ち合わせがないから戻りましょう。その方が……ウグッ!」

 またもピュアがハリセンで一閃。その強烈な一撃が、先ほどと同じ箇所に命中する。

「お前、実は私のこと嫌いだろう?」

「いえ、そんな。とんでもない。僕はただ、従者としての責務をですね……」

 目を逸らして必死に弁解を始めるライ。

 そんなライを見ながら、ピュアは一つため息を吐いて続ける。

「はあ、まあいい。何というかだな、あの二人を見ていると、闇騎士を倒した後のことなどを考えてしまってだな」

「…………」

「もちろん、剣士として悪者退治を続けていこうという思いもある。しかし、幸せそうなあの家族を見ていると、家庭に入って子供を育ててみるのも悪くないと思ってな」

「ピュア!」

しばらく黙って話を聞いていたライが、突然叫び声を上げてピュアの肩をガシッと掴む。  

ピュアは驚きのあまり固まったまま、為すがままにされていた。

「ピュア! あなたは一つ大事なことを忘れています!」

 苦い表情を浮かべながらそう告げるライ。

「……何だ? 言ってみろ」

 どうせろくでもないことに決まってる、露骨にそんな表情を浮かべたピュアが先を促した。

「あのね、子供を授かるには恋人、というか男の人が必要なのですよ?」

「無論知っているが。……それで?」

「あなたに恋人ができると思いまグハッ!」

 やはりろくでもないことだった。ピュアのハリセンが、今までの一・五倍の威力で振り下ろされる。

「やっぱりお前、私のことが嫌いだろう?」

「いえいえ、とんでもない。そうじゃなくて、最後まで聞いてくださいよ。今のあなたじゃ恋人なんてできっこないんです。アドン峠からトロールでも連れてくれば話は別ですが……って、待って待って、最後まで聞いて」

 再びハリセンを構えたピュアに、慌てて待ったをかけるライ。

「いいですか、ピュア。幸い、あなたは顔『だけ』はいいんです」

「その『だけ』の部分が妙に強調されているのが気に入らんが……それで?」

「だからですね。ここは一つ、予行演習も兼ねてですね、次の目的地までお淑やかに振る舞ってみるというのはどうでしょう?」

「ほう、お前にしては中々……」

 面白いことを言う、と言おうとしたピュアが、妙にニコニコしているライにさりげなくポツリと言った。

「して、その心は?」

「たまには平穏な時間が欲し……はっ!」

 斬!

 またも強烈なハリセンの一撃を喰らい、ライは堪らず撃沈した。

「そんなことだろうと思った。まったく、人が真面目な話をしているのに冷やかしおって。本当にどうしようもないな、お前は」

 最近ハリセンによるダメージに耐性ができたのか、意外に早く復活したライがため息を吐いて口を開く。

「やれやれ、そんなんじゃ家庭に入るなんて一生無理ですよ。まあ仕方ないから、もし嫁の貰い手がなかったら僕が貰ってあげます」

「なっ!」

 突然のライの言葉に、ピュアの顔がみるみる赤くなる。顔だけでなく耳まで真っ赤。

 あまりに体温が上がりすぎて、思わずハリセンを落としてしまった。

「な、な、何を言っておるか、貴様!」

「だって、あなたみたいな暴力剣士を誰がもらってくれるんです? 顔が良くても中身がオーガじゃ誰も貰ってくれませんよ。そんな惨めな人生を送らせるのも可哀想ですから、もし嫁の貰い手がなかったら、僕が貰って差し上げます」

 上から目線で言うライに、ピュアが慌てふためいて叫ぶ。

「ふ、ふ、ふざけるな! 誰がお前なんぞと。大体、従者のくせにご主人様を娶ろうなど一〇〇年早いわ!」

「そうですかね? 物語なんかじゃよくある展開だと思いますけど」

「う、うるさいうるさい。とにかく、ないったらないんだ。もう下がって寝ていろ。この病弱従者が!」

「はいはい」

 そして馬車は、そんな二人を乗せてゆっくりと次の目的地へと向かっていった。


 祭り大国アルトシカの歓楽都市ローレル。

 元々は賭博を主な収入源として発展してきた国であったが、ファリア大戦時の戦乱に巻き込まれて国が一時崩壊した。

 しかし、平和条約締結後、他の国々からの支援を受けて復興したこの国は、賭博業から一転して観光業へと力を入れた。中でもローレルは、他の国々から様々な興行や祭典を誘致することで、アルトシカ全体を早期復興させるのに一役買った都市だった。

 それこそが、アルトシカが、別名祭り大国と呼ばれる所以である。

 まだ日も高いうちにローレルに着いた二人は、まずは恒例の宿探し。観光業を営むだけあってローレルの宿は高級志向のものが多かった。


 ピュアは、どうせなら大浴場付きの豪華なところに泊まりたいと一瞬思ったが、結局、高級宿の隣にポツンとあった一般的な安宿へと足を向けた。贅沢は敵である。

 ライも、特に反論もなくこれに従った。

 馬車と荷物を宿に置いて、さっそく祭り会場へと赴く二人。

 多くの屋台とそれに並ぶ長蛇の列。サーカスやパレードなどが、そこかしこで行われている。

 珍しい菓子や各国の郷土料理が所狭しと並ぶ屋台を回りながら、ピュアが目を輝かせてその中の一つを指差した。

「ライ! ライ! 肉の串焼きがあるぞ! あれが食いたい!」

 キラキラした目で、肉の串焼きをねだるピュア。

 ピュアの路銀の大半は馬車に消えてしまったため、今の金の出どころは、その大半がライの野盗討伐の賞金である。

「はいはい。分かりましたから。ちょっと落ち着いて」

 興奮を抑えきれないといった感じのピュアをなだめつつ、「これではどちらが主人か分かりませんよ」などど言いながら、ライはフードを被ったまま、串焼きを売る屋台へと近づく。

「すいません。この串焼きを二つ」

「あいよ! 毎度あり!」

 ライが、威勢のいい親父から二本の串を受け取り、金を支払う。香ばしい香りが二人の鼻をくすぐった。

「ライ! 早く、早く!」

「はいはい」

 そして、そのうちの一本をピュアに渡す。

 串を受け取ったピュアは、そのまま大きな口を開けて肉にかぶりつく。

「うまい! うますぎる! 祭りというのはいいものだな!」

 口の周りにソースをべったりと付けたまま、至福の表情を浮かべるピュア。

「そうか。ピュアは祭りは初めてでしたっけ?」

「うむ。今までフェリアス領内を出たことはなかったからな」

「そうですか。よかったですね」

「うむ。祭りサイコーなのだ!」

 そして、ピュアが再び肉へとかぶりつく。あっという間に、肉はピュアの腹へと収まった。

「うむ。余は満足なのだ!」

 食べ終わったピュアが満面の笑みを浮かべる。

「ほらほら、満足なのは分かりましたから、口を拭いてくださいよ。全く、世話のかかるご主人様ですね」

 こちらも肉を食べ終わったライが、ポケットからハンカチを取り出してピュアの口を拭おうとした。

 ライのハンカチがピュアの口元に触れようとしたその瞬間、ピュアが真っ赤になって、その場を飛び退く。

「な、何をする!」

「何をするって、口を拭こうとしてるだけじゃないですか。ほら、大人しくしてください。みっともないですよ」

 再びピュアに近づくライ。ピュアは一瞬抵抗しようとしたが、みっともないのも嫌だったので大人しくライの言うことに従った。

「子供扱いしよって。私の方が年上なんだぞ」

「だったら年上らしく振る舞ってくださいよ。年頃の娘が口元にソースをべったり付けて、みっともない」

「う、うるさいうるさい! 初めての祭りだからちょっと舞い上がってしまっただけだ。普段はもっとしっかりしている」

 両腕をバタバタと振り回して抗議するピュアに、ライが疑惑の視線を向ける。

「えー、ホントですかー?」

「な、何だ、その疑惑の眼差しは?」

「いえいえ。ただ、一緒に旅をするようになってから、あなたがしっかりしているところを見たことがないものですから」

「ぐぬぬ……」

 ピュアが、ライの皮肉に悔しそうに唇を噛む。

 しかし、ライの言う通りなだけに言い返せない。

「私だって、その、何だ、一生けんめ……あっ!」

 ライに言い返そうとしたピュアが、ふと何かを見つけてその足を止める。

 ピュアの視線の先にあったのは、指輪やペンダントといった装飾品を取り扱っている屋台だった。ピュアは、先ほどまでのライとのやりとりなど忘れて、その中にある大きなルビーの指輪に釘付けになっている。

「これ……綺麗だな」

 その指輪を手に取って、ポツリと呟くピュア。

「お嬢さん。そいつが気に入ったのかい?」

 じっと指輪を見ていたピュアに、屋台の店主らしき老人が声をかけた。

「あっ、うむ。すごく……綺麗だ」

 ピュアは、まるで魅了されたようにうっとりとした表情で指輪を見つめ続けている。

「ご老人、この指輪はいくらだ?」

「お嬢さん、お目が高いねえ。そいつはたったの金貨百枚だよ」

「なっ!」

 金額を聞いたピュアが思わず目を見張る。金貨百枚といったらピュアの乗っている馬車よりもはるかに高い。国にもよるが、小さな家が買えるくらいの金額だった。

 とても今のピュアに手の出せる金額ではない。

「それ、欲しいんですか?」

「うわ! いるならいるって言え! びっくりするだろ!」

「いや、さっきからずっと隣にいたじゃないですか。それより、その指輪欲しいんですか?」

「あっ、うむ。でも、金が……」

「いやー、意外ですねえ。ピュアが宝石に興味を持つなんて」

「はっ?」

 いきなりのライの言葉に、ピュアが思わずそう返した。

「日頃の言動を見ていると忘れがちですが、ピュアも一応女性だったんですねえ。そうですかあ、あのピュアが宝石をねえー」

 何やら一人で物思いに耽るライ。

 ピュアは、それをただ黙って聞いていた。しかし、わずかに肩がプルプルと震えている。

「でもピュア、そういうのは自分で買ってはいけませんよ。くれる人がいないって言っているようなものですから。空しさ全開じゃないですか。でも、どうしても欲しいんなら、僕がお金を貸してあげてグホッ!」

 スナップをきかせたピュアの裏拳が、ライに最後まで言葉を言わせず、その顔面に深々と突き刺さった。ライはそのまま後方へと大きく吹き飛び、背後に積まれていた木箱の山へと頭から突っ込む。

 指輪を元に戻したピュアは、ライを置き去りにして、足早にその場を去っていった。


「ピュア。ピュアってば、返事をしてくださいよー」

 先ほどの一悶着の後、無言で祭り会場を進むピュア。ずっとライが呼びかけているが、当然無視した。

「ピュア、謝りますから機嫌直してくださいよー。さっきのは冗談ですよ。いつかきっとピュアにも素敵な恋人ができますから。……人じゃないかもしれないけど」

 小声で言ったライの最後の一言をしっかりと聞いていたピュアが、ベヒモスのような顔で振り返る。

「何か言ったか?」

「いいえ、何も」

 ピュアの顔を見たライが、即座に首を振った。

 ピュアの目は「返答次第では殺す!」と雄弁に語っている。

「まったく、貴様という奴は。どうしてこうデリカ……」

「ライ様!」

 ピュアの言葉は、突然の背後からの声で中断された。

 二人が声の方に顔を向けると、そこにはピュアと同じ銀髪の女性が立っている。

 歳はピュアより三つばかり上といったところか。美しく手入れされた銀髪に、どんな男も一発で虜にしてしまいそうな妖艶な肢体。そして、その魅力を十二分に引き出す、胸元の大きく開いたドレスに身を包んだ美女がそこには立っていた。

 ピュアが瞬時に自分と比較する。胸、大敗。腰、(若干、贔屓目に見て)引き分け。尻、完敗。即ち、完全敗北。

 ピュアが心の中で泣き叫ぶ。「何なのだ、この反則お色気女は!」と。

 どうやら、ライの知り合いのようだが……

「ライ、知り合いか?」

 ピュアがライの方に目を向けると、ライは驚いた様子で目を見開いていた。

「セレナ……リズベリー?」

「はい! お久しぶりでございます! ライ様!」

 ライが自分の名前を覚えていたのがよほど嬉しかったのか、妖艶な肢体とは裏腹に、子供っぽい無邪気な笑みを浮かべてライに抱きつくセレナ。その豊満な胸が、惜しげもなくライの腕に押し付けられる。

 ライの顔がだらしなく緩んだ。

「ラ~イ~!」

 ピュアが射殺すような視線でライを睨みつける。

 体に突き刺さりそうな視線を受けたライは、自らも視線だけでピュアに訴えてきた。

(「ピュア、落ち着いて! 僕の話を聞いてください!」

「ほう、遺言か? 手短にな」

「違いますよ! 彼女のことです!」

「彼女? 彼女というのは、今私の目の前でそのけしからん脂肪の塊をお前に押し付けている娼婦もどきのことか?」

「ピュア……何か激しくキャラが変わっていますよ」

「気にするな。ところでその女、お前の知り合いのようだが……」

「知り合いじゃありませんよ! 初対面です!」

「だが、名前は知っていただろうが!」

「そりゃ、知ってますよ。彼女、セレナ・リズベリーです」

「セレナ・リズベリー? 誰だ、それは?」

「去年のミス・ファリアですよ! 知らないんですか?」

「知らん。去年のことなら、私はまだフェアリスの実家に監禁されていたからな」

「……ああ、そうでしたね」

「で、何でそのミス・ファリアがお前のことを知ってるんだ?」

「さあ。僕が記憶を失う前に会ってたんじゃないでしょうか?」

「ああ、その可能性はあるな」)

 この間のやりとり、わずか五秒。

 ちなみにこれは、念話やテレパシーといった、互いのマナを使った特殊な能力ではない。

 強いて言えば、しばらく共に旅をしてきたデコボココンビの不思議な意思疎通能力とでも言おうか。

 とにかく、そんな不思議な会話? がこの短時間に行われていた。

「ライ様! 本当にお会いしとうございました!」

 豊満な胸を惜しげもなくライの腕に押し付けていたセレナが、目に涙を浮かべてライを見上げている。

 どんな男でもたちまち魅了してしまいそうな魅惑の表情。

 それは、ピュアの目の前にいる咳き込み従者も例外ではなかった。

「そ、そうですか。実は僕も会いたかったんですよ。ははは……」

 鼻の下をダラーンと伸ばしきっているライ。ピュアの時とは、えらく対応に差があった。

 ピュアの怒りゲージ充填率、現在一〇パーセント。

「本当ですか! 嬉しいです、ライ様! 私、あの時あなた様に助けていただいて以来、こうして再会できるのをずっと楽しみにしておりました」

 そう言って、恋する乙女全開の表情を浮かべるセレナ。

 ピュアの怒りゲージ充填率、現在二〇パーセント。

「それは光栄だなあ。でもセレナ、どうして去年のミス・ファリアがこんなところに?」

 ライがセレナの言葉に満更でもないといった表情を浮かべて尋ねる。

 ピュアの怒りゲージ充填率現在三〇パーセント。

「平和条約締結から五年の節目を祝う式典が、ここローレルで行われておりまして、私はその親善大使として招待されましたの」

 ライの問いにセレナはニコニコと笑顔で答えた。

 ピュアの怒りゲージ充填率、現在四〇パーセント。

「ああ! ずっと願っていたライ様との再会場所が、あの時助けていただいたローレルだなんて。私、何か運命的なものを感じてしまいますわ」

 ライを見つめるセレナの目が、うっとりとしたものになっている。

 当然ピュアは面白くない。ピュアの怒りゲージ充填率、現在五〇パーセント突破。すでにピュアのおでこには無数の青筋が浮かんでいる。

「そうだわ! ライ様、私、今日は一日自由ですの。もしよろしければ、これから一緒にお祭りを見て回りませんか? その後、ライ様さえよろしければ私の部屋へ……」

「うおっほん!」

 もはや、完全に空気扱いとなっていたピュアが、うっとり顔のセレナに最後まで言わせず、大きく咳払いした。

 鼻の下を伸ばしたまま、セレナの提案に頷きかけていたライが慌てて我に返る。

 そして、申し訳なさと残念さが入り混じったような声でセレナに言った。

「すいません。今はちょっと。連れがいまして……」

 ライの言葉を聞いたセレナが、わざとらしく辺りを見回す。

「えっ、どこにですか? 私には見えませんが……」

「ここだ!」

 ライのすぐ隣に立っていたピュアが、大きく声を張り上げて自分の存在を示す。

 内心で、「お前のすぐ目の前にいただろうが。どこに目ー付けてんだ。この○バズレが!」と激しく罵りながら。

「あら、すみません。私、ライ様に夢中でまっったく気づきませんでしたわ。ライ様、こちらは?」

 尋ねられたライが、困った表情を浮かべて答える。

「彼女はピュアと言いまして、僕のしゅじ……じゃなかった、従者なんです。今、僕達はお忍びで旅をしている最中でして……」

 ギラッ!

 この世の全ての者を刺殺できそうなピュアの視線(という名のプレッシャー)を受けたライの体に戦慄が走る。

 ちなみに、ピュアの怒りゲージはすでに臨界点をはるかに超えていた。

 そして、二人は再び不思議な意思疎通の世界へ。

(「待って待って。ピュア、ちょっと話を聞いて」

「ほう、遺言か? 先ほどは慈悲の心で遺言くらいは聞いてやろうと思ったが、今はそんな気は微塵もないな。即、死ね!」

「いやいや、待ってください。いくらなんでも決断が早すぎます」

「ほう、ご主人様を従者呼ばわりする馬鹿者には適切な処置だと思うが?」

「だって、しょうがないじゃないですか。彼女は僕が記憶を失くしているなんて知らないんですから。ライ・アバロンが従者をしているなんて、普通は思わないでしょ?」

「しかし、現に今しているではないか」

「いや、まあそうなんですけど。とにかくですね、ピュア、とりあえず今日は自由行動ということにしませんか?」

「何だと!」

「とりあえず、ある程度付き合えば彼女も納得すると思いますし。適当なところで切り上げて、明日には合流しますから」

「ほう、その適当なところが何故明日になるのかな? つまり、お前は適当なところではなく最後まで付き合うつもりでいると?」

「うっ!」

「そして、今日は主人であるこの私に一人で祭りを見て回れと、そういうことか?」

「ううっ……」

「どうやら本当に死にたいらしいな」

「……ふう、やれやれ。ピュア、従者にも安休日は必要ですよ」

「何?」

「いいじゃないですか、一日くらい。ローレルなら戦闘の危険もないでしょうし。元々僕達は正式な主従関係じゃないんです。一日くらい休みをくれたって……」

「……いいだろう」

「へっ?」

「休みたければ好きなだけ休むといい」

「本当ですか? ありがとうございます、ピュア。お言葉に甘えて、今日一日ゆっくりとたのしませて……」)

 唐変木ことデリカシーゼロのライに力いっぱいハリセンを投げつけて、ピュアは逃げるようにしてその場を走り去った。


 そして今、ピュアは一人で祭りを回っていた。途中で声をかけてきた有象無象を視線だけで黙らせて。

 本来は楽しいはずの祭り。しかし、今はちっとも楽しくなかった。

 今頃、ライはあのお色気色情魔と……

「やれやれ、探しましたよ。こんなところにいたんですか」

 ピュアのすぐ後ろで声が聞こえる。誰の声かは確かめるまでもなかった。

「泣いて、いるんですか?」

 そう言って、自分の正面へと回ろうとしていたライに気づいたピュアは、慌てて右手で涙を拭った。

「ふ、ふざけるな! 誰も泣いてなどいない!」

 大声で叫びながら、赤く腫れ上がった目を必死に隠すピュア。

「そうですか……」

 そんなピュアを見つめながら、ライはそれきり黙りこんだ。

「それよりお前、こんなところで何をしているんだ? お前の好きなセレナ・リズベリーと一緒に祭りを回っていたんじゃなかったのか?」

 ピュアがどこで息継ぎをしているんだと不思議に思うくらいの早口で続ける。

「きょ、今日は一日好きにしていいと言っただろ。四六時中、従者を縛りつけるのも可哀想だからな。この寛大なご主人様に感謝するがいい。はっはっはっ」

 そしてピュアは、最後に無理やり笑顔を作る。

「…………」

 ライは、ただ黙ってピュアを見つめていた。

「ほら、何をしている。さっさと……!」

 その言葉が最後まで続くことはなかった。

 気づいた時には、ライがピュアの唇をそっと自分の唇で塞いでいた。

 どれくらいそうしていただろう。

 やがて、ゆっくりとライが唇を離す。

 ピュアはしばらく呆然としていたが、やがて真っ赤になって、

「ラ、ライ。お前、何……!」

 何かを言おうとしたが、再びライに唇を塞がれてそれはできなかった。

 そして、再び唇が離れる。

「お、お……」

 ピュアは、あまりの熱にうまく言葉を紡ぐことができない。

「愛してます。ピュア」

「…………」

 それは突然の告白だった。

 ピュアは赤面に加えて、さらにプルプルと震えながら固まっている。

「僕が愛しているのはあなたなんです。ピュア」

 ライの声は決して大きなものではなかった。ただ真摯な、真っ直ぐな告白。

 そのライの真摯な瞳に、ピュアがようやく正気に返る。

「うっ……」

「うッ?」

「う、うえええんーー!」

 しかし、今度は突然泣き出した。

「ええっ! 何で泣き出すんですか?」

 これにはライも慌てた。

 しかし、ピュアはそんなライの狼狽などお構いなしに、大粒の涙をこぼしながらライの胸をポカポカと叩く。

「バカ!」

 泣きながらライを叩き続けるピュア。

「バカ! バカ! バカ!」

 ライはただされるがままになっている。

「何でいきなりそういうことを言うんだ、お前は。私にだって心の準備があるんだ。いきなりそんなこと言われても困るだろ。少しはご主人様のことを考えろ、バカ!」

 体裁などそっちのけでピュアがわめき散らす。

 ライは困った表情でポリポリと頬を掻いた。

「えーと、それはつまりフラレたと解釈すれ「バカ!」」

 ライに最後まで言わせず、ピュアはいきなりライの胸に飛び込んだ。

「誰もそんなこと言ってないだろ。人の話を最後まで聞け。このバカ!」

「はあ、すいません」

「ホントにダメな奴だな。お前は」

「すいません」

「私はご主人様だぞ。そのご主人様を好きになるとは。ホントにお前はダメな奴だ」

「すいません」

 これはどう考えても敗色濃厚と感じたらしく、ライはとりあえずピュアの言葉に謝罪を繰り返す。

 さらにブツブツと何やら言っていたピュアだったが、やがて小さく呟くようにポツリと言った。

「……大事にするか?」

「えっ?」

「ご主人様のこと大事にするか?」

「あっ、はい。それはもちろん」

「よし!」

 何やら一人で納得するピュア。

 ライは展開に付いていけずに固まったまま。

「じゃあ、許してやる」

「え? 何をですか?」

 頭にはてなを浮かべて尋ねるライに、ピュアが顔を真っ赤にして叫んだ。

「お前の恋人になってやる!」

「…………」

 いきなりの展開に再び固まるライ。

 そして、叫び終わったピュアは恥ずかしさに耐え切れず、ライの胸に顔を埋めた。

「ご主人様で、恋人だぞ! ……大事にしろよ」

 ライの胸に顔を埋めたまま、ピュアは消え入りそうな声でそう呟いた。

「……はい!」

 そんなピュアを見つめながら、ライは大きく頷いて力いっぱいピュアを抱きしめた。


 一騒動も無事決着がつき、宿へと帰ってきた二人。

 さっそく宿に入ろうとしたピュアに、思い出したようにライが声をかける。

「あ、そうだ! ピュア、忘れてました」

 繋いでいた手を放して、ごそごそとポケットをまさぐるライ。

「ん? 何だ?」

「これを……ゴホッ!」

 ピュアに何かを渡しそうとしたライがいきなり咳き込む。

 咳き込むのはいつものことだが、今回はいつもとは様子が違った。

「ライ! 大丈夫か!」

「ええ、すみませゴホ! ゴホッ!」

 何とか作り笑いを浮かべようとしたライが、再び咳き込んでその場に膝をつく。

 そう、いつもの咳き込みとは違う。

 今、ライの顔はいつもよりさらに蒼白になっており、まるで死人のような顔になっていた。

「ライ!」

「はは、大丈夫ですよ。すぐにおさま……ゴホッ!」

 ライはそう言うが、全く大丈夫そうには見えない。

 そして、何度も激しく咳き込んだ後、ライはそのまま意識を失い、その場に倒れこんだ。


 ライが倒れこんで早半刻。

 ピュアはすぐさまライを部屋へと運び、ローレル在住の治癒士を呼んだ。

 ベッドの上に苦しげな様子で横たわるライ。

 治癒士は静かに目を閉じて魔法の詠唱に入る。

 やがて詠唱が終わり、治癒士は流麗な仕草でワンドを振って魔法を唱えた。

「万物の根源たるマナよ。我が意思により、この者の病を癒せ。ヒーレスト!」

 治癒士が魔法を唱えた直後、杖の先が大きく光り、その光がゆっくりとライの体を包み込む。そして、やがて光は収まった。

 しかし、ライの苦しげな表情は変わらない。

 治癒士は再度魔法を試みたが、やはり結果は変わらなかった。

「何故だ! 何故ライは回復しないんだ!」

 取り乱したピュアが治癒士に詰め寄る。

 治癒士は狼狽しながら、何と説明したらいいのか分からない様子だった。

「ごめんなさい。原因が分からないの。こう見えても、私は準最高位の治癒士。最上級の治癒魔法であるヒーレストなら、大抵の病気はすぐに治る。でも、彼には全く効果がない。目立った外傷もないし、そうなると私も何が原因で彼が苦しんでいるのか分からない」

 申し訳なさそうな表情で顔を伏せる治癒士。

 ピュアは悔しげな顔で呻いた。

「じゃあ、ライはもう助からないのか?」

 ピュアが、目に涙を溜めて、搾り出すように呻く。

 治癒士はしばらく無言だったが、やがて独り言のように呟いた。

「本当にごめんなさい。私には、どうすることも……。後はもう、エリクサーでも飲ませるしか……」

「…………」

 その言葉に、突然ピュアの頭が上がる。

 そうだ。エリクサー。どんな病でもたちどころに治してしまうという医療大国メディアスの国宝。以前にライも言っていた。あれがあれば……

「メディアスへはどれくらいかかる?」

「そうね、普通に行けば一週間くらいだけど……。でも、エリクサーはメディアスの国宝よ。そう簡単には……って、ちょっと!」

 ピュアは治癒士の言葉を最後まで聞かずに部屋を飛び出した。


 馬車を取りに部屋を出たピュアに、宿泊客の馬番をしているらしい赤髪の青年が声をかけた。

「お客さん、もう発たれるんですかい?」

「ああ、急ぎの用ができてな。すぐに出せるか?」

「もちろんでさ。ちょっとお待ちくだせい」

 青年は慣れた手つきで準備を始める。

「ひょっとして、お客さんも闇騎士討伐ですかい?」

「えっ?」

 突然の言葉に驚いたピュアが素っ頓狂な声を上げた。

「あれ、知らないんですかい。どうやら、また闇騎士が出たらしいですぜ。今回殺されたのは、あのリュシオン王スタン・バルトミス・リュシオン三八世だとか。いやー、怖いですよねえ。でも、あの王様は七光りのボンボンって有名でしたから、国民もたいして動揺してないみたいですがね」

「馬鹿な。リュシオン王だと……」

 そこも少し前までピュア達が滞在していた国だ。どうやら、また自分達と入れ違いになったらしい。しかし、ついに一国の王にまで手を出すとは……

「賞金も一気に上がったみたいですぜ。いっちょお客さんも狙ってみちゃどうです?」

 その言葉にピュアは少し考えこんでから答えた。

「いや、あいにくと私の連れが体調を崩してな。まずはメディアスへ治療に向かう。闇騎士のことはその後に考えることにするよ」

 そう、闇騎士の動向は確かに気になるが、自分にはもっと大事なことがある。

 ピュアは急いで馬車に乗り込んだ。

 一刻も早く、医療大国メディアスへと向かうために。


▲▲▲

「ぎゃああーー」

 断末魔の叫びと共に、一人の男が地に崩れ落ちた。

 男はミドス王国第四二代国王、シュトライン・フォン・ミドスその人であった。

 ソルナド事変の際に黒いマナを浴びて崩御した先代ミドス王の実子で、地上におけるソルナドのマナを巡って、再びアドンと開戦するべきだと主張する急進派の王であった。

 豪奢な造りの絨毯が鮮血で赤く染まる。

 ミドス王国は入国時の審査が恐ろしく厳重な代わりに、王宮内はそれほど強固な警備を敷いているわけではなかった。

 つまり、国に入れさえすれば、闇騎士にとって王宮内に入り込むのは容易なこと。

 この数年で自分が殺した人数は、すでに覚えていない。数えるのが嫌になるほど殺してきた。

 そのほとんどが、ファリア大陸にある国々の要人。それも、悪政を行うと評判の者ばかりだった。

 しかし、まだ足りない。こんなものでは。

 こんなものではこの世界は壊せない。

 ふと、闇騎士が目の前にあった大きな鏡台に映った自分の姿を見る。

 そこには、返り血を浴びて赤々と染まった自分と、その首に下がる小さなペンダントが映っていた。

 そのペンダントを見ている時だけ、闇騎士の心にわずかな火が灯る。

 そして、思い出す。自分の心の奥底に眠る、幸せだったあの日々を。

▲▲▲


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