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レジェンド オブ ソルナド  作者: ポンタロー
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闇の章 第三節

闇の章 第三節


リュシオンの王都マギアスに着いたカルとピュアは、馬を下りて街中を歩いていた。

 マギアスは高低差があり斜面も多いため、馬で歩くには適していない。

 さすがに王都だけあって人通りも多い。カルはとりあえずフードを被った。

 まずは宿を探すことにした二人だったが、ふと気が付くと、小さな手がピュアのローブの裾を引っ張っていた。

「えっ?」

 視線を向けるピュア。そこにいたのは五歳くらいの少年だった。べそを掻きながらピュアのローブを掴んでいる。

「うぐっ、えぐっ」

 少年はポロポロとこぼれる涙を懸命に拭っている。

 ピュアはそんな少年の頭を優しく撫でながら口を開いた。

「どうしたの?」

 ピュアの優しい笑顔に、少年はゴシゴシと目元を拭って答える。

「お家、分かんなくなっちゃった」

 そう言って、またもべそを掻く少年。ピュアは困った表情を浮かべてライを見上げた。

 その顔を見たカルが一つ頷いて答える。

「放っておくわけにもいくまい。先にこの少年を送り届けよう」

 カルの言葉にピュアが笑顔を浮かべて大きく頷く。

 そして、三人は街の中を進んでいった。


 幸いなことに少年の家はすぐに見つかった。

 というのも、付近の住民がその少年のことを知っていたのだ。少年の家はマギアス郊外にある孤児院だった。中から出てきた年配の女性が、何度も二人に頭を下げる。

 無事に少年を送り届けて、再び宿探しへ戻ろうとするカルとピュア。

 しかし、そんなピュアのローブをまたも少年が引っ張った。

「お姉ちゃん、行っちゃやだ」

 少年はピュアのローブをグイグイ引っ張ってピュアを孤児院の中へと連れて行こうとする。いつの間にか、他の子供も集まってきてピュアを中へ連れて行こうとする始末。

「え、えっと、あの……」

 どうしたらいいのか分からずオロオロしているピュアに、カルがため息を一つ吐いて言った。

「仕方がないな。ピュア、先に宿を探して馬を預けてくるから、それまでの間、子供達と遊んでいるといい」

 カルの言葉に、ピュアは小さく頭を下げて孤児院の中へと入っていった。

 子供とはいえ、ピュアが他の男に手を引かれていくのには若干苛立ちを覚えたが、子供相手に大人気ないと頭を振って、カルは宿探しを再開した。


 一人で宿探しを再開したカルは、馬を引き連れてマギアスの大通りを歩いていた。さすがにファリア最高の知識と魔法技術を誇るだけあって街並みも豪華で煌びやかだ。当然人も多い。と来れば、宿も数こそ多いものの、満室のところがほとんどで探すのに苦労した。

 しかし、何とか十数件を回って空室ありの宿を発見する。決して上等の宿とは言えないが、この際贅沢は言ってられない。

「失礼、部屋を取りたいのだが」

「何名様でしょうか?」

 受付に立っていた若い娘が、澄んだ声でカルに尋ねた。

「二人だ。できればふたへ……」

 二部屋取りたいのだが。そう言おうとしてカルは止まった。

(待て。冷静に考えろ、カル。ピュアも言っていたではないか。二部屋はお金がもったいないと。そう、ここはピュアの意見を尊重すべきだ。いくら路銀が全額教会持ちとはいえ、その金の大半は教会信者の寄付で成り立っている。信者の納めてくれた寄付を自分の贅沢のために使うなど言語道断。ピュアの言う通りだ。繰り返すが、これは決して私がピュアと一緒にいたくてそうするのではない。あくまでもピュアの意見を尊重し、路銀を節約するためだ)

 などと、一人頭の中で自分の行為を正当化しつつ、

「部屋は一つでいい。ああ、ベッドも一つのところで構わん」

 と、カルは言った。


 馬と荷を宿に置いたカルは、その足で孤児院へと向かった。

 ピュアと一緒にリュシオンを見てまわるためだ。まだ日も高い。マギアスには(本当に)教会の命で何度か足を運んだことがあるので、ある程度土地勘がある。

 ピュアと二人きりのマギアス散策に、内心ウキウキしながら孤児院へと向かうカル。

 孤児院に着くと、ピュアと子供達が外で遊んでいた。追いかけっこをしたり、砂遊びをしたり、かくれんぼをしたりと、ピュアは楽しそうに子供達と戯れている。

 その笑顔があまりに美しくて、カルは声をかけることも忘れ、しばらく見惚れていた。

 しかし、やがて正気に返り、カルがピュアへと声をかける。

「ピュア、宿を決めてきた。そろそろ行こうか」

「あっ、カル。はい」

 そう言って、ピュアを連れて行こうとしたカル。

「ダメーーー!」

 しかし、それを遮ったのは一人の少年の大声だった。迷子になっていた少年だ。

 小さい体で力いっぱい声を張り上げ、カルとピュアの間に割って入る少年。

「ピュアは俺達と一緒に孤児院にいるんだ! お前は帰れ!」

 敵対心全開で、少年がカルを睨みつける。他の子供達もピュアを守るようにして前に立ち、口々にカルに向かって叫んだ。

「そうだ! 帰れ帰れ!」

「ピュアお姉ちゃんはずっとここにいるんだ!」

 まさかの集中砲火を受けて、カルは思わずたじろいだ。

「え、えっと、みんな、ちょっと落ち着いて」

 ピュアが必死に宥めるが、子供達の口撃は止む気配がない。

「かーえれ! かーえれ!」

「ピュアお姉ちゃんは俺達のもんだ!」

「…………」

 子供達の言った最後の一言に、カルの顔が一瞬だけ憤怒に染まる。

「黙れ、くそガキ! ピュアは私のものだ!」とカルは叫んだ。もちろん心の中で。

 ピュアがこの場にいなければ口に出せるのだが、残念ながらピュアが目の前にいるこの状況では、その言葉を口にすることはできなかった。

 怒りで顔が引きつっているカルに、ピュアが申し訳なさそうに声をかける。

「あの、カル。私、今日は孤児院に泊まっていってはダメですか?」

「えっ!」

「あの、この子達、ファリア大戦で親を亡くした子がほとんどで、私もずっと教会領の孤児院でお世話になってたから、だから、その……」

 しどろもどろになりながらも必死に説得を試みるピュア。そんな顔を見せられては、カルに駄目だと言うことはできなかった。

「わ、分かった。今日はここに泊まるといい。明日の朝、迎えに来る」

 今すぐ連れて帰りたい気持ちを必死に隠し、カルは無理やり笑顔を作ってそう答えた。

 無論、心の中では泣き叫んでいる。

「あ、ありがとうございます、カル。ほらみんな、お姉ちゃん、今日はずっと一緒にいるから。これ以上この方にひどいこと言っちゃダメだよ!」

 優しく嗜めるピュアに子供達は渋々頷き、矛を収める。

 そして、ピュアはカルに一礼して、子供達と孤児院の中へ入っていった。

 しかし、孤児院へと戻る途中、真っ先にカルに噛み付いてきた少年が、カルに向かって振り向きざまに舌を出した。

「べー!」

 カルが子供相手に本気の殺意を覚えたのは、これが生まれて初めてだった。


「ライ殿? あなたはもしやライ・アバロン殿ではないか?」

 一人寂しく宿へと戻るカルに声をかけたのは一人の若い男だった。長く伸ばした金髪を後ろで一つに縛った、痩せぎすなその体は、剣術や武術などとはまるで無縁のものだ。この男は確か……

「スタン殿? どうしてこんなところに?」

 スタン・バルトミス・リュシオン。魔法大国リュシオンの第一王子である。

「ああ、やはりライ殿であったか。いや、こんなところで会えるとは。これこそまさにソルナドのお導きだ」

 何やら一人で感動に浸るスタン。しかし、カルにとっては会いたくない男ランキング上位の男であった。

「リュシオンの第一王子が、何故、供も引き連れずにこんなところに?」

「うむ。父上が王となる者には深い知識と道徳が必要だと仰られてな。私をリュシオンの王立魔法学園に入学させたのだ。だから、今の私は一介の学生に過ぎぬ」

「なるほど。それで……」

 今、スタンはリュシオン王立魔法学園の青いローブに身を包んでいた。

 リュシオン王立魔法学園は、ファリア随一のレベルを誇る魔法学園で、ここで魔法や学問を修めた者達の多くは各国の魔法士団や仕官候補として登用されている。まさしく名門であった。

 当然その難易度は高く、合格率は実に千人に一人と言われており、入ってからも厳しい授業についていけず、落第する者も多いと評判だった。

「しかし、ファリア最高と言われるリュシオン王立魔法学園に合格なさるとは。さすがですな」

 とは言ったものの、カルには分かっていた。何故、親の七光りの見本のようなこの男が、ファリア最高と言われるリュシオン王立魔法学園に入ることができたのか。

「いやいや、この私にかかれば造作もないこと。父上が学園の校長と旧知の仲でな。色々と便宜を図っていただいたのだ」

「ああ、やっぱり」カルの脳裏にそんな言葉が過ぎる。

 このボンボンがまともにあそこの試験を受けて合格できるはずがない。この男とは聖皇の護衛でリュシオンを訪れた際、しばしば顔を合わせていたのだが、剣を教えてくれとせがまれて教えれば、ちょっと小突いただけで泣き出す始末。魔法を教えてくれと言われて教えれば、教え方が悪いと喚きたてる始末。有り体に言ってしまえばどうしようもないボンボンであった。国王が校長に頼んで裏から入学させねば、あそこに入ることなどまず無理だ。賢君として知られる現リュシオン国王レバン・オルトラス・リュシオン三七世の唯一の短所が、この度を超えた親馬鹿であった。

「そうですか。何にせよ、久しぶりに会えてよかった。では、私はこれで……」

 そんな思いなどおくびにも出さずに、作り笑いを浮かべてその場を去ろうとするカル。

 しかし、そんなカルの腕をスタンがガッシリと掴んだ。

「ライ殿。ちょっと待たれよ。ここで会えたのも何かの縁。実は折り入って貴殿に頼みたいことがあるのだ」

 げんなりとする自分の心情を必死に隠し、カルは笑顔で振り返った。

 


 次の日、マギアスの外れにある目的地へと進みながら、フードを深く被ったカルは、内心で大きくため息を吐いた。

 スタンの頼みというのは、マギアスの外れに住み着いた賊の討伐だった。これまで何度か、功績を挙げようと国王に黙って兵を送ったり、ギルドに頼んで腕に覚えのある冒険者を送ったらしいが、全て返り討ちにあったらしい。幸いにして死者は出ていないようだが、戦った者達は賊のあまりの強さに恐怖し、再び討伐に向かうことを拒否しているという。

「聞けばその賊は、身の丈三メートルは超えようかという、ドワーフらしき大男だそうだ」

 スタンがカルの馬の上で、唾を飛ばしながらそう説明した。

 歩いても半日ほどしかかからぬ距離を歩くのが嫌だと喚きたてるスタンに、仕方なくカルは自分の馬を貸し与えた。

 しかし、スタンは馬を駆ることができないため、今はカルが歩きながら馬を引いている。二人で馬に乗った方が早いのだが、何を好き好んでこんなボンボンと一緒の馬に乗らねばならないのか。それなら歩いて馬を引いたほうがはるかにマシだとこのような形になった。

 本来ならピュアを迎えにいって、二人でマギアスを見て回るはずだったのだが、事の次第を説明しにいった孤児院で、カルはまたも子供達の集中砲火を受けた。

 これがある程度の年齢に達している子供なら、殴り飛ばして鼻の骨くらい折ってやるところなのだが、さすがに自分の腰ほどしか背のない子供を殴るわけにもいかない。(それでも時々は殺意を抑えられなくなりそうだが)

 まあ、今回に限っては、ピュアを危険に晒したくもないし、結果的にはよかった。

「いやー、しかし、あの伝説のファリア大勇士の一人、ライ・アバロン殿が一緒とは心強い。二人で力を合わせて賊を倒しましょうぞ」

 そして、自分はこのボンボンのお守りである。

 カルは内心で、邪魔になるようなら眠らせてその辺に転がしておこうと決心した。

「スタン殿、先ほども言いましたが、今はカルとお呼びください。教会の密命で旅をしておりますので、極力正体を知られたくないのです」

「ああ、そうか。そうであった。以後気を付けよう。ライ殿」

「…………」

「わざとか? わざとやっているのか、貴様は?」スタンの胸倉を掴んで、思わずそう叫びたいカルであった。


 目的地を目前にして、カルは強烈な殺気を感じ、その足を止めた。

 馬上でうつらうつらしていたスタンも慌てて目を覚ます。

 そこは多くの木が生い茂る、見通し悪い森の中だった。ここを抜ければ目的地なのだが……

「どうやら目的の賊が現れたようです」

 カルが剣を抜き、周囲を警戒しながらスタンに呟く。

「な、何? どこだ? どこにいる?」

 みっともなく慌てふためくスタンに、カルは小さく嘆息して答えた。

「落ち着いて。まだ仕掛けてくる気配はありません」

「わ、私はどうすれば……」

「とりあえず馬を降りてください。馬上では行動しづらいでしょうから」

「わ、分かった」

 そう言って、急ぎ馬を降りようとするスタン。しかし、その動きが途中で止まった。

「ラ、ライ殿……」

「何ですか? 早く降りてください。いつ敵が襲ってくるか分かりません」

「分かっている。それは分かっているのだが……」

「どうしたんです?」

「ひ、一人で降りられない」

「…………」

 カルの脳内血管が、ブチッと音を立てて引きちぎれた(ような気がした)。

 思わずスタンを殴りそうになった自分を抑えられたのは奇跡に近い。

「わ、分かりました。スタン殿はそこで待機を。まずは私が様子を見ます」

 スタンに手を貸すことは無論できない。致命的な隙を見せることになる。

 気配だけで分かる。この賊は強い。とてもこのボンボンのお守りをしながら戦える相手ではない。それならば、いっそのこと一人で戦う方がカルとしても助かった。

しかし、この気配、前にどこかで……

「おい! いるのは分かっている。いい加減に姿を現せ!」

 そして、カルの大声に応えるかのようにして、森の奥から一人の男が現れた。

 確かにでかい。少なくともカルの頭三つ分はでかい。

 しかも、その体格。全身が鋼のような筋肉に覆われており、無駄な肉が一切ない。

 しかし、その一番の特徴は、顔に着けたオーガを彷彿とさせる面だった。

 そんな大男が持つのは、自分の大きな体と同じくらいありそうな巨大な戦斧。

 あんなものをまともに喰らったら、一撃で粉微塵になる。しかし、あれは……

「こいつが賊か。なるほど。生半可な者達ではかなわんわけだ」

 カルが剣を構えながら、小さく呟いた。スタンは馬上でオロオロしながら成り行きを見ているだけ。まあ、最初から何も期待していないのだが。

「……死にたくなければ去れ」

 大男が良く通る低い声で言った。しかし、カルは不敵に返す。

「残念ながらそうもいかん。私もストレスが溜まっているのでな。少し相手をしてもらおう」

 カルの言葉に反応し、大男が戦斧を構えた。あの構えは、やはり……

 カルの中の疑念が確信に変わる。そして、大男はカルに向かって猛然と襲い掛かってきた。

 速い。とても巨体に戦斧を持っているとは思えない速さでカルに迫る大男。

 まともに受けることができないと判断したカルは、振り下ろされた一撃を剣で受け流して距離を取る。そのまま二撃、三撃と無言で撃ち合う二人。

 やがて、しばらく撃ち合った二人が、互いに決定打を撃てぬまま一旦離れ、最初にいた位置へと戻った。

「ふう」

 小さく息を吐いたカルが、スタンに向かって口を開く。

「……スタン殿」

「ど、どうした、ライ殿?」

 馬上から顔を近づけるスタンに、カルが素早く魔法を詠唱。そして、解き放つ。

「スリーピング」

「えっ? あっ、―――」

 カルの魔法を受けたスタンは、そのまま馬から落ちて眠り込んだ。

 一瞬だが戸惑いを見せる大男。そんな大男に向かってカルは言った。

「さて、もういいだろう。いい加減、その不細工な面を取ったらどうだ、グルト?」


「……久しぶりだな」

 着けていた面を外し、グルト・ダイタロスが低い声で言った。

「ああ、そうだな。と言っても、あれからまだ一年ほどしか経ってないが」

 カルは警戒を緩めぬままグルトに返す。

「ライ、何故お前がこんなところにいるんだ?」

「それはこちらの台詞だな。グルト、何故ドワーフのお前がリュシオンにいる?」

 どの国にも、少なからず他の種族に対する差別というものは存在する。

 基本的に、人族とドワーフ族の仲は決して悪いものではないのだが、ここリュシオンだけは例外だった。そもそもリュシオンは、ファリア一の図書館を持つことからも分かるように、魔法や知識に長ける者を尊ぶ傾向がある。高い腕力と大きな体だけが取り柄のドワーフ族を蔑む風習は昔から多々あった。

 故にカルも、まさかグルトがリュシオンにいるなどとは思わなかったわけだが……

「隠れて生きるなら生きるで、他にいくらでも場所はあるだろう。故郷のオルガ谷には帰らなかったのか?」

「戦いから逃げた臆病者のドワーフに、帰る故郷などない」

 グルトがそう言って唇を噛み締める。

「何を言ってるんだ? 私達以外にあの戦いを知る者はいないんだ。実は命からがら生きてましたとでも言って帰ればいいだろう?」

「…………」

 グルトは何も答えない。

「……ああ、そういうことか。お前は私を疑っていたわけだな。唯一、本当にあの戦いから生還した私が、真実を言いふらすのが怖かったわけだ。すまんな、無事に生還して。あのまま私が死んでいれば、お前も大手を振って英雄様を名乗れたのにな」

「…………」

 カルの痛烈な嫌味に、それでもグルトはじっと堪えたまま何も答えない。

「まあ、今はそのことはいい。話を戻そう。グルト、何故ドワーフのお前がこんなところにいる? しかも、今は賊の真似事とは。一体、どういうことなんだ?」

「…………」

 やはりグルトは何も答えない。カルは若干苛立ちを含んだ声で言った。

「お前が答えないのは勝手だが、このまま黙り込んで事態が好転するとでも思っているのか?」

「…………」

 グルトは無言だった。しかし、やがて吐き出すように口を開く。

「……今はここを動けない」

「何故だ?」

「ベルとの間に子供が生まれたんだ。……二人」

「…………」

 グルトの言葉に、カルの表情が驚愕へと変わった。

「ここは元々、ソルナドに突入するまでベルの住んでいた土地だった。ソルナドから脱出した俺達は、他に行くところもなくここに身を寄せた。俺達の顔は知られすぎている。だから、どこの国にも行けない。そんな俺達にはここしかなかった。マギアスの外れにあるここしか……」

「…………」

「実は、ベルはソルナド突入前にすでに身籠っていたんだ。俺は突入直前にそれを知った。だから、俺はあの時引き返すことを選んだ。父親のいない子供にさせぬために」

「…………」

「……すまん。こんな台詞、俺の言えた義理じゃないな……」

「……そうだな。だが、その趣味の悪い面は何だ?」

「顔を隠すためだ。リュシオンの民はドワーフを毛嫌いしている。だが、俺のこの体は隠せない。ドワーフがここに住んでいることを聞きつけたリュシオン兵の奴らが、俺を追っ払いにくるのさ。最近じゃ賞金までかけられる始末だ」

「それこそ顔を晒して堂々と仕官なり、別の仕事に就くなりすればよかろう。お前が信じる信じないは自由だが、私はあの時のことを世間に公表する気はないぞ」

「分かってる。お前はそういう奴だ。だが、俺はもう見ず知らずの者のために戦う気はない」

 グルトが、ずっと溜め込んでいたものを吐き出すように大きく息を吐いた。

「俺は、もう疲れたんだ」

「……そうか」

 カルにはグルトの心情がよく理解できた。もっとも、少し前までの自分には全く理解できなかっただろうが。

「じゃあ、その奥には……」

「ああ、ベルがいる。子供も産まれたばかりでまだ小さい。だから、ここを動けない」

「だが、今日私達が引いても、今度はリュシオンの親衛隊辺りがくるんじゃないのか?」

「…………」

「何より、今の状況は、貴様にとってもベルにとってもよくあるまい」

「だったらどうすればいいんだ!」

 堪えきれずにグルトが叫ぶ。周りの木々がざわめくほどの大声だった。

 しかし、カルは表情を崩さない。

「……何故だろうな。裏切り者の貴様らなど、放っておけばいいのに。いや、少し前までの私なら確実に見捨てていたな。しかし、今の私には、どうやらそれができないらしい」

「ライ? お前、何を……」

「グルト、その面を着け直せ。これからそこのボンボンを眠りから起こす。これ以上、追っ手に怯えて生きるのが嫌なら私を信じて話を合わせろ。いいな?」

「あ、ああ。分かった」

 まだ少し困惑しながらも面を着け直すグルトを横目に、カルはそのまま魔法の詠唱に入る。

 やがて、魔法は完成し、スタンが目を覚ました。

「はて、私は一体……?」

「気が付かれたか、スタン殿! しっかりなされよ! あなたはあの者の一撃で気を失っていたのだ!」

 突然芝居がかった口調でスタンに叫ぶカル。まだ少しまどろみの中にいたスタンは、それを完全に信じ込んでグルトを睨み付けた。

「そうであったか。おのれ、賊め。私の魔法で黒焦げにしてくれる」

「いや、あなたは下がっておられよ。リュシオンの第一王子であるあなたが、こんなところで御身を危険に晒すことはない」

「いや、しかし……」

「ご心配めされるな。あなたの武勇は、私からしっかりとリュシオン王に報告させていただく」

「う、うむ。そうか、分かった。では頼むぞ、ライ・アバロン殿!」

 カルの言葉を呆れるほどあっさりと信じ込むスタン。カルの脳裏に、リュシオンの未来は大丈夫か? という疑問が浮かんだ。

 そんな疑問を頭の片隅へと押しやり、カルはグルトに視線を向ける。

 そして、グルトだけに聞こえるように念話で指示を出した。「その場を動くな!」と。

 グルトが指示に従い、戦斧を構えたままカルを見据えている。

「行くぞ!」

 カルは、構えるグルトに向かって素早く一閃。その一撃は、見事にグルトの着けていた面だけを弾き飛ばした。

「「なっ!」」

 スタンとグルトの驚愕の声が見事にハモる。

「そんな馬鹿な。貴殿は、まさかグルト・ダイタロス?」

 スタンが信じられないといった表情で呟く。

「…………」

 グルトは何も言わない。この状況をまだ把握しきれていない様子で固まっている。

「その強さ。そして構え。やはりあなただったか。しばらくぶりだ、バルト殿」

「「えっ!」」

 突然の聞き覚えのない名前に、再びスタンとグルトの声がハモる。

「スタン殿。この者は賊ではない。彼の名はバルト・ダイタロス。ソルナドで名誉の戦死を遂げたファリア大勇士の一人、グルト・ダイタロスの双子の兄だ」

「双子の……兄?」

「うむ。そして、ファリア最高と言われる鍛冶師でもある。しかし、彼は重度の顔見知りでな。こうして面を着けぬと人前に出られぬのだ」

「いやしかし、これまで何人もの兵士がやられて……」

「ほう。その時に死者は出たのかな? あのグルトと同等の力を持つと言われるバルト殿がその気になれば、今頃リュシオンの兵士達は壊滅していてもおかしくないと思うが?」

「うう……」

「相手がドワーフ族だからといって、一方的に賊だと思い込み戦いを吹っかければ、バルト殿が応戦するのも無理からぬこと。人見知り故、うまく弁明できなかったバルト殿にも非はあろうが、あなた方にも非はあるのではないかな?」

「うう……、確かに」

 カルの巧みな話術に何も言い返せないスタン。グルトも無言のまま状況を見守っている。

「しかしスタン殿、これは大変幸運なことなのですよ。あのファリア一の名鍛冶師、バルト・ダイタロス殿がここに住んでいるということは、それだけここが武器を打つのに適した場所だということ。これは大変な名誉なのです」

「そ、そうか。では、早速バルト殿を城にお招きして……」

「いけません!」

 スタンの言葉をカルが一蹴する。

「いいですか、ここで武器を打つことに意味があるのです。ファリア一の鍛冶師であるバルト殿のお考えなど、若輩者の私などが知る由もないが、ここで打ってこそバルト殿の武器はもっとも輝くのです。そうですな、バルト殿?」

 いきなり話を振られたグルトが、無言でコクコクと頷いた。

「いやあ、リュシオンがうらやましい。できることなら、私がバルト殿をファリア聖教会領にお招きしたいくらいですよ」

 カルの言葉に、慌ててスタンは首を振った。

「だ、駄目だ駄目だ。バルト殿は我がリュシオンの大切な客人。いかにライ殿とはいえ、連れて行かせるわけにはいかぬ」

 この変わりよう。カルは内心で笑いを堪えるのに必死だった。

「なるほど。確かにその通りですな。申し訳ない、スタン殿。今言ったことは忘れてください」

「う、うむ。分かっていただければよい。では、私は急ぎ城に戻って、このことを詳細に報告してくる」

「お願いします。スタン殿、これは間違いなくあなたの功績だ。賊の問題を解決しただけでなく、ファリア一の鍛冶師、バルト殿の武器を手にすることができるとは。バルト殿の打った武器を使えば、リュシオンの力は、より一層強固なものになるでしょう。うらやましい限りです」

「うむ。そうだな。わは、わははははは……」

「ああ、もちろん分かっておいでとは思いますが、バルト殿は重度の人見知り故、ここには誰も近づけなさいませぬように。バルト殿が仕事に集中できないのはリュシオンにとっても困るでしょう。あと賞金の取り下げも忘れずに。武器は、バルト殿自ら城へお届けするように私の方から言っておきます。さすがに王都では面を外すように言い含めてね。では、その旨、くれぐれもよろしくお伝えください。次期リュシオン国王陛下」

「うむ。任せておけ。わはははは」

 そして、スタンは意気揚々と帰っていった。


「……さて」

 真顔に戻り、そのまま歩き去ろうとするカルを、グルトが引き止めた。

「待ってくれ!」

 カルが首から上だけをグルトに向ける。

「何故だ? 何故助ける? 俺達は……」

「そうだな。確かに見捨てこそすれ、お前達を助ける理由などどこにもない。だが……」

「だが?」

「どうやら、私も変わってしまったらしい。不思議なものだ。人が変わるのなんて、本当に一瞬なんだな」

「…………」

 遠くを見つめながら呟くカルに、グルトは困ったような表情を浮かべて首をかしげている。

「まあとにかく、もうこれでお前達が追われることもない。前に言ってただろ、武器は振るうよりも造る方が好きだって。やってみればいいさ。ベルと子供のためにな」

 その言葉を聞いたグルトが、何かを堪えるようにしてポツリと言った。。

「……ああ。すまん、ライ。恩に着る」

「その必要はない。これは私が勝手にやったこと。恩も何もない。それと、私はライ・アバロンではない。今の私の名はカル・イグナスだ」

 そう言い残し、カルは今度こそ振り向かずにその場を去っていった。


 グルトの一件を片付けたカルは、その足でリュシオン城へと向かった。

 戻る道中で、歩き続けてぐったりしていたスタンを拾い、嫌々ながら男二人で馬に乗ってマギアスへと帰ったカル。

 スタンがいるおかげもあって、すんなりとリュシオン城へ入ることのできたカルは、そのままリュシオン王と面会し、グルトのいる土地の一帯を国の管轄にして立ち入りを禁止すること。グルトにかけた賞金を取り下げること。グルトの打った武器をリュシオン軍で採用すること。そして、ついでにスタンの活躍(多分に誇張あり)を伝えておいた。

 リュシオン王はこれを快諾し、グルトの件はこれにて一件落着となったわけだが、カルにはもう一つ大きな問題があった。もちろんピュアのことである。

 今までは子供だと思って我慢していたが、もう限界だ。明日こそは強引にでもピュアを連れ戻し、さっさとリュシオンを離れてしまおう。

 そう固く決意して、カルは自分の宿へと戻るのだった。



 そして明くる日、カルは早朝から早々と馬に乗って孤児院を訪れていた。

「ピュア、そろそろ行くぞ」

 子供達と共に、入り口の掃除をしていたピュアに声をかける。

 しかし、毎度の如く邪魔が入った。

「あ、またきやがった!」

「かえれかえれ!」

「ピュアはおれたちとずっといっしょにいるんだ!」

 またも口々に喚きたてる子供達。

カルも、今まではここで怯んでいたのだが、今回ばかりは違った。

「煩い」

 静かな声でそう告げるカル。その迫力に、騒いでいた子供達は一斉に静まり返る。

「いいか、ガキ共。ピュアは私の大切な…………従者だ。お前達にはやらん。返してもらうぞ」

 そう言って、カルはピュアを抱き上げて颯爽と馬に跨った。

 ピュアは、顔を赤く染めたまま固まっている。

「じゃあな、ガキ共。悔しかったら追ってくるがいい。追ってこれるならな」

 カルは大人気なくそう告げると、ピュアを抱えたまま馬を走らせた。


「ふう……」

 孤児院を出たカルは、そのままリュシオンを出て馬を走らせていた。

 子供達は、当然追ってこれない。

(フッ、見たかガキ共。ピュアは私のものだ!)

内心で一人愉悦に浸っていたカルに、ピュアが小さく声をかける。

「あ、あの、カル……」

 ピュアの声を聞いたカルは、慌てて正気に返った。

「あ、いや、その、なんというか、こうでもしないと、お前を永遠に取られてしまいそうな気がしてな。その、強引ですまないと思っている」

「い、いえ……」

 赤くなってしどろもどろに弁明するカルに、ピュアも真っ赤になって答えた。

「そ、そうだ。ピュア、次はローレルに行こう。あそこは年中色んな祭りをやっているから、きっと楽しいぞ!」

「あっ、はい!」

 強引に話題を変えたカルは、赤くなった顔を見られないように、前を向いて馬を走らせた。


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