エピローグ
エピローグ
こうして一連の闇騎士騒ぎは、人知れずその幕を下ろした。
各国の要人に加え、ファリア大陸最高権力者である聖皇までもが暗殺されたにも関わらず、大陸の秩序が大きく揺るぐことはなかった。
暗殺された者の多くが、国を腐敗させていた原因であったことは周知の事実だったため、人々の中には闇騎士を英雄視する者さえ存在した。
今では、各国ともに首脳陣を刷新し、ファリア聖教会も新たな聖皇をたてて、国の建て直しを図っている。
闇騎士は、聖皇暗殺以降、ぱったりとその消息を絶った。一時期、ピュア達を乗せた飛竜船の船長が「ライ・アバロンが闇騎士と刺し違えた」などと触れ回ったが、結局二人の遺体が見つかることはなく、そのままうやむやとなった。逆に闇騎士がぱったりと消えたことが功を奏したのか、今では各国ともに政治の透明化を図り、それが国の腐敗を防ぐことに一役買っている。
それから数年が何事もなく経過し、人々の心から徐々に闇騎士の存在が薄れ始めたその頃、再び闇騎士を名乗る者達が現れた。
しかし、その大半は、闇騎士という畏怖の対象の名を借るならず者で、村を襲って略奪を繰り返したり、町で女や子供をさらう下賎な者達だった。
大陸に住む人々はまたも闇騎士の恐怖に怯えたが、それも長くは続かなかった。
その闇騎士を名乗る者達を、駆逐する存在が現れたのだ。
その者は美しく長い銀髪をなびかせ、指にルビーの指輪をはめて、真っ白い面を被っていた。そして、面同様に真っ白な細身の剣を振るい、次々と闇騎士を名乗る者達を狩っていった。
人々はその正体を暴こうと躍起になったが、結局その正体を掴むことはできなかった。
ただ一つだけ、その者は、かつてオーガに滅ぼされた、ファリア聖教会領の近くにあるエクセリアという村の跡地によく現れるという情報が多く流れた。
その一画には、いつの間にか小さな墓が建てられており、いつも綺麗な花が供えられているという。
偽の闇騎士を狩り続けたその者は、後に光の騎士『光騎』と呼ばれ、『ファリア大勇士』と並び、このファリア大陸を救った英雄として、今も人々に語り継がれている。
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「……雷。雷! いい加減起きなさいよ!」
突然の大声に驚いて、その少年、生方雷は飛び起きた。
何事かと周囲を見回す雷。
しかし、目の前にいた幼馴染の花里純の顔を見た瞬間、雷は再び机へと突っ伏した。
「何だ。純か」
「こら! 寝るな!」
今度はポカリと頭を殴られる。しかし、痛くも痒くもないのでそのままスルー。
「らーいー。どうやら私に本気を出させたいらしいわね」
前方から高エネルギー反応を確認。誰かは言うまでもない。
雷は机に伏せたまま、心の中で警戒態勢を取る。
「チェストーーー!」
大声と共に振り下ろされる一閃。
雷は、間一髪その一撃を避けることに成功した。
そして、今しがた雷の頭があった場所には、純の振り下ろした大きなハリセンが、雷の机を叩き割らんばかりに深々と突き刺さっている。
「危ねーな! 殺す気か、お前は!」
「あんたがさっさと起きないのが悪いんでしょ。今、何時だと思ってんの!」
純の言葉に雷は慌てて時計を見る。時刻はすでに放課後。教室には雷と純以外誰もいない。
「まったく。朝のホームルームから放課後まで、ずっと寝倒す奴なんて初めて見たわよ。多分、あんたが世界初なんじゃない?」
腰に手を当ててむくれる純。チャームポイントの長く艶やかな黒髪が、風を受けて美しくなびいている。
その様子に、状況も忘れて見惚れる雷。
しかし、すぐに正気に戻って首を振った。
「うっせーな。昨日徹夜したから眠かったんだよ。悪いか!」
「悪いに決まってんでしょ。保健の鈴ちゃんなんて、いくら起こしても起きないから半泣きになってたわよ。英語のアルク先生だって、何度チョークを投げても起きないから呆れてたし。徹夜してまで何してたの? まさか、またゲームじゃないでしょうね」
「ちげーよ。本読んでたんだよ! 本!」
雷の言葉に、純が信じられないといった表情を浮かべる。
「本? あんたが? 嘘吐くならもうちょっとましな……」
「嘘じゃねーって。これだよ! これ!」
そう言って、雷が机から一冊の本を取り出す。
純が手に取ってみると、その本には、年季の入った古ぼけた表紙に『ソルナド英雄譚』とだけ書かれていた。著者の名は記されていない。
「どうしたの? こんな古い本……」
「いや、昨日物置を整理してたら出てきてさ。ちょっと読んでみたら面白くてつい……」
その言葉を聞いた純が大きくため息を吐く。
「つい、じゃないでしょ。ほんとにもう。ほら、さっさと部活に行くわよ。園芸部員は私とあんたしかいないんだから」
「二人だけでよく部だって認めてもらえたよな……」
「ふふん。私の熱意の賜物ね」
小ぶりな胸を張って得意げに言い切る純の横で、雷がポツリと呟いた。
「ケッ、学園の理事長してる親父に頼んだだけのくせに」
「何か言った?」
「いいえ、何も」
長年の付き合いから、余計なことは言わない方が身のためであると重々承知している雷は、愛想笑いを浮かべて立ち上がる。
「ほら、さっさと行こうぜ、純!」
「ちょっ、分かったから。引っ張らないでよ」
そして、二人は手を繋いで教室を後にした。
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