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レジェンド オブ ソルナド  作者: ポンタロー
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光の章 終節

光の章 終節


「どうだ、絶望の味は? ここまで深い絶望を味わったのは初めてだろう?」

 悲しみにくれるピュアに向かって、カルが感情のこもらぬ声で尋ねる。

「…………」

 ピュアは、まるで聞こえていないかのように呆然としていた。

「人は愛すれば愛するほど、想えば想うほど、それを失った時に深く絶望する」

「…………」

「まあもっとも、ドッペルゲンガー相手に心を奪われるなど愚か者の極みだが」

「…………」

 カルの言葉に、ピュアがわずかに反応を示した。

「そんなにあの劣化コピーが大事だったか? 所詮はまがい物の器。ただ消え行くだけの存在よ。お気に入りのおもちゃが壊れただけ。そう、ただそれだけのこと……」

 ピュアの反応を愉しむかのようにカルは言った。

 しかし、その言葉は、どこか自分自身に言い聞かせているようにも聞こえた。

 ピュアの瞳に徐々に光が戻る。今、ピュアの手に残っているのは、ライの着ていたローブとそこから転げ落ちたルビーの指輪だった。

 その指輪には見覚えがあった。ローレルの小さな露店で、欲しいと思ったが金が足りずに買えなかった指輪。それがライの消えた後、ローブのポケットから転がり落ちた。

 その指輪を見てピュアが小さく笑う。指輪の内側には、小さな文字で『愛するピュアへ』と彫られていた。

 指輪を薬指にはめてみる。サイズが合わずにブカブカだった。中指にかろうじてはめられるくらいだ。

 ピュアは苦笑した。本当に、最期の最後まで締まらない男だ。でも、それでも……

「そろそろ弔いは済んだか? まあ、壊れたおもちゃを弔う馬鹿も珍しいが」

「…………」

 その言葉を聞いたピュアが、ローブをその場に置いて、ゆっくりと立ち上がった。

 確かに締まらない男だった。いつも咳き込んでいるし、自意識過剰だし、病弱だし。

 でも、彼を馬鹿にしていいのは自分だけだ。

 他の誰であろうとも、自分の愛した男を侮辱することは許せない。

「今の言葉は聞き捨てならんな」

 ピュアがカルの方を振り向いて言い放つ。その瞳には、深い悲しみと共に、強い闘志が宿っていた。

「ほう、ではどうする?」

「後悔させてやる」

 そして、最後の戦いの火蓋が切って落とされた。


 静寂に包まれた大聖堂で、斬撃の音だけが響きわたる。初撃、二撃、三撃。キン、キン、キン、という耳障りな音が数度響いた後、両者は互いに距離を取った。

「はあ、はあ、はあ」

 ピュアは闘志こそ衰えてはいないものの、すでに肩で息をしている。技も力も相手の方がはるかに上。唯一対抗できそうなのが速さだったが、それも体力の低下と共に拮抗が崩れてきた。

 つまり今、全てにおいて自分はカルに劣っている。

「どうした? もう終わりか?」

 対するカルは、息一つ乱さずに静かにピュアを見据えている。カルには、まだ明らかに余裕があった。

 しかし、内心の焦りを隠してピュアが叫ぶ。

「ふざけるな。貴様だけは絶対に許さん。貴様を倒すまで私は死なない」

 ピュアがそう言った直後、カルの全身から、先ほどまでとは比べものにならないほどの殺気が溢れ出した。そのあまりの殺気にピュアが思わず仰け反る。

「貴様だけは許さんだと? それはこちらの台詞だ」

 すでにカルからは、先ほどまでの無表情はとうに消え去っていた。

今のカルの表情は、心の奥底から湧き出てくる憎しみを、どれだけ抑えようとしても抑えきれないといったそんな表情。

「許せんのはこちらの方だ。私はな、あいつが死んで貴様がのうのうと生きているのが、一番我慢ならないんだよ!」

 その声は、憎悪をそのまま吐き出しているようだった。

 ピュアは、気後れする自分を何とか奮い立たせようとするが、足が言うことを聞かない。

「もう少し遊んでやろうかと思ったがやめだ。今すぐ殺す」

 吐き捨てるように言った後、カルは自らの感情を無理やり押し殺すように、自分の顔から表情を削り落とした。

 ピュアにも分かった。これは怒りを内側に押し込んでいるだけだということが。まるで、怒りをそのまま力に変えているかのように。

やがて、カルがゆっくりと構えを取る。全く隙のない見事な構え。同じくピュアもゆっくりとした動作で剣を構えた。ピュアが内心で思う。

(ライ、どうやら私もお前の元に行くことになりそうだ。指輪は確かに受け取った。でも、できればそっちに行った時に、もう一度お前の手から渡して欲しい)

 わずかな間を置いて、両者が激突する。交錯する刃。交錯する想い。

 そして、互いの刃が交じり合った瞬間、辺りは光の渦に飲み込まれた。



「何故?」

 横たわるカルに、ピュアは短くそう尋ねた。カルが何の感情もこもらぬ声で短く返す。

「さあな」

 ピュアとカルが交錯した瞬間、辺りは光の渦に飲み込まれた。

 やがて、光が収束した後、剣にその身を貫かれていたのはカルの方だった。わずかに遅れたはずの、ピュアの剣をその身に受け、ゆっくりと崩れ落ちる。

 ピュアには信じられなかった。本来倒れているのは自分のはずだ。あの瞬間、ピュアはカルに対抗するため、フラッシュストライクを放つと同時に、自分の体に風を纏わせ、突進力を上げた。

しかし、それでもわずかにカルの方は速かった。技、力、そして速さ、全てにおいてカルが上。つまり、二人が剣を交えれば、自分が倒れているのが必然であり、ピュア自身もそう思っていた。

 もし、それらが覆る可能性があるとしたら……

「剣を引いたのか?」

「…………」

 その無言は肯定と同義だった。

 ピュアが、再び先ほどの質問を繰り返す。

「何故だ?」

 ピュアの問いに、カルは唇の端を少しだけ吊り上げて言った。

「さあな。私にもよく分からん」

 そう、両者が交錯した瞬間、確かにカルの剣の方がわずかに速かった。しかし、実戦ではそのわずかの差が決定的な結果を生む。

 本来ならば、倒れているのはピュアのはずだったのだ。

 しかし、そうはならなかった。カルの剣がピュアを貫く瞬間、カルはピュアの顔をじっと見つめ、剣を下ろした。それが、この結果を生んだのだ。

 カルの体から急速に血の気が引いていく。もはや、手の施しようがないのは明らかだった。

しかし、その顔はどこか安らいでいるようにも見える。

「……言い残すことはあるか?」

 ピュアが躊躇いがちに口を開いた。

 あれほど憎んでいたはずなのに。あれほど倒したかったはずなのに。

 そこには勝利の余韻も何もなかった。

 あるのは空虚さだけ。ただ、全てが終わってしまったという現実だけ。

 ピュアの言葉に、カルは少しだけ考える素振りを見せてから口を開いた。

「私はこの世界に未練などない。だから、言い残すことは何もない」

「……そうか」

 ピュアは短くそう答えた。

「……だが、一つだけお前に頼みがある」

 カルの言葉にピュアは驚く。あれほど自分を憎んでいた男が頼みとは。

「何だ?」

「顔をよく見せてくれないか?」

 ピュアは一瞬躊躇った。もう、反撃する力は残ってないと思うが……

「心配するな。私はもう動けない」

 ピュアの心情を察したのか、カルは短く言った。

 ピュアはその言葉を聞いて、まだ少し躊躇いはあったものの、やがてゆっくりとカルに顔を寄せる。

「ああ……」

カルがわずかに声を上げた。その瞳に映っているのが誰なのか、ピュアには分からなかった。自分でないことだけは分かっていたが。

「本当に……よく似てる」

 カルがゆっくりとした動作で、ピュアの頬に手を寄せる。

 ピュアは、その手を黙って握り締めた。

「すまんな。随分と待たせた。今……行くから」

 カルは静かに目を閉じた。その瞳から、わずかに涙がこぼれ落ちる。

 ピュアも泣いていた。無意識の内に涙が流れていた。

 やがて、カルの手から力が抜ける。ピュアはその手を静かに下ろし、流れる涙を拭おうともせず、ただ泣き続けた。


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