闇の章 第六節
闇の章 第六節
カルは、メディアス女王クイーンエルナことハルン・ニュストを、半ば脅すようにして飛竜船を出させた。そして、そこから二日。ファリア聖教会の大聖堂に着いた途端に、ゆっくりと崩れ落ちるピュアの体を、カルは慌てて抱きとめる。すでに、ピュアの体は急速に熱を失い、冷たくなっていた。
「な、何故……」
カルの言葉は震えていた。唇が上手く動かない。言葉を上手く紡げない。
「いいの」
ピュアの声からも、徐々にその熱が引いていく。
「そろそろ時間みたい」
ピュアがそう言ってカルに微笑みかけた。
「ば、馬鹿な。どうして……」
ピュアの体が徐々に透けていき、その姿を光の粒へと変えていく。
その様子を見たカルの顔が、驚愕に染まった。
「まさか、そんな……」
カルは知っていた。これがどういうことなのか。ドッペルゲンガー。それは、ソルナドが放出した黒いマナを風化させるための仮の器。カルだけが知っている真実。じゃあ、ピュアはもうすぐ……
泣きそうな顔を浮かべるカルに、ピュアは優しく語りかける。
「ねえ、カル。楽しかったですよね」
「えっ?」
「いろんな人達に会った。いろんな場所に行った。いろんな花を見て、いろんな思い出ができた」
「…………」
ピュアの目から徐々に光が消えていく。カルは、ただ見ていることしかできない自分が歯痒くてしかたなかった。
「ほんとはね、もっと生きたかった。争いのない綺麗な世界で、ずっとカルと一緒にいたかった。でも、もう無理。私の時間は終わりみたい」
そう言って、ピュアは笑顔を浮かべる。しかし、もう笑う力も残っていないのか、その顔は唇の端をわずかに上げるだけに止まった。
「だからね、私は最後にこの教会に来たの。この世界で、最も天に近いこの場所に。私の願いは全て叶った。あとは静かに眠るだけ」
「駄目だ!」
カルは叫んだ。大声で叫んだ。力の限り叫んだ。
「死ぬな! もし死んだら、今までお前が会った全ての者達を殺してやる。お前の世話になった孤児院の連中も、あの時会ったリュシオンのガキ共も。今までお前と共に行った場所だって全て焼いてやる。この世の全ての花と一緒に全て焼き尽くしてやる。お前が思い出と呼んだ場所を全て叩き壊してやる!」
それは叫びだった。そう、それは魂の慟哭。
「嘘じゃないぞ! 私の本当の名はライ・アバロン。ファリア聖教会最強のロイヤルガードにして、この大陸を救ったファリア大勇士の一人。分かるか? 私には力があるんだ。お前が死んだら、本当に全て壊してやる。一つ残らず全て。だから、死ぬな!」
カルは叫ぶのをやめない。叫ぶのをやめたら全てが終わってしまうような気がして。
「死ぬな! 死ぬな! 死ぬな! 死ぬな! 死ぬな! 死ぬな! 死ぬな!」
ピュアはもう何も答えない。ただ、静かに微笑むだけ。
カルは狂ったようにそれだけを繰り返し、最後にポツリと言った。
「……愛してるんだ。だから、頼む。死なないでくれ」
ピュアの瞳から涙が一筋こぼれ、……そして、その手が静かに地に落ちた。
ピュアの体が、ゆっくりと光の粒になって消えていく。
カルは声にならない悲鳴を上げた。
静寂に包まれたその中で、カルの悲痛な叫びだけが、いつまでも辺りに鳴り響いていた。




