光の章 第七節
光の章 第七節
呆然と立ち尽くすピュアとライを静かに見据えて、カルが口を開いた。
「さて、話も終わったし、そろそろ行くぞ」
そう言い終えた時には、カルはすでに二人の眼前に迫っていた。ピュアの反応が一瞬遅れる。致命的な隙だった。避けられない。
「危ない!」
間一髪、ライがピュアを突き飛ばしてカルの剣を受ける。飛び散る火花。わずかな競り合いの後、カルは小さく舌打ちして再び距離を取った。
「今の動きに反応するとはな。さすがは私のドッペルゲンガーといったところか」
「…………」
ライは何も返さない。
そんなライの様子を見たカルが、口元に笑みを浮かべて言った。
「まあ、正しい判断ではあるな。貴様は直に死ぬのだ。どうせくたばる命なら、相方を守って死ぬのも賢い選択といえば選択か」
「…………」
「何だと! どういうことだ!」
カルの言葉にピュアが叫ぶ。
「先ほど言っただろう? ドッペルゲンガーは、ソルナドが黒いマナを風化させるために造った仮の器。つまり、そのドッペルゲンガーに内包されている黒いマナが全て風化してしまえば、生きている理由などない。後は光の粒になって消えゆくのみだ」
カルがさも当然のように続ける。
「最後に教えておいてやろう。お前はファリア大陸に放出されたドッペルゲンガーの最後の一人だ」
「…………」
「ドッペルゲンガーの寿命は、その体に内包された黒いマナが全て風化するまで。つまり、内包された黒いマナが多いほど長く生きるということになる。貴様が今まで生きてこられたのは、貴様が最も多くの黒いマナをその身に宿していたからだ。黒いマナの放出を止めるためにソルナドに突入した、ファリア大勇士ライ・アバロンのドッペルゲンガー故に、貴様は今日まで生きてこられた」
「…………」
「貴様の体の変調は、すでに身に宿した黒いマナの大半が風化したことを意味する。今までどんな薬を飲んでも貴様の体調は回復しなかっただろう? 当然だ。貴様は病に犯されているわけでも、病弱なわけでもない。ただ、寿命が尽きかけているだけのこと。薬で寿命が延びるはずもない」
「…………」
ライは無言のまま、カルを睨みつけている。
その瞳に映っているのが、闘志なのか絶望なのかはピュアには分からなかった。
ピュアはライの隣に並ぼうとしたが……
「来ないでください!」
ライの一喝に驚いて、身を竦ませてしまった。
「この男の言っていることは……おそらく全て本当です。エリクサーでも治らなかったんだ。この男の言う通り、僕はもうすぐ死ぬんでしょう。なら……」
ライは瞳に闘志を湛えて剣を構える。
「最後に闇騎士と刺し違えることにしますよ。……あなたの従者としてね」
ライは笑った。その顔は、何かを覚悟したようなそんな笑顔だった。
「ライ……」
ライの覚悟に、ピュアはそれ以上何も言うことができなかった。
そのやりとりを無言で見ていたカルが、やがて堪えきれないといった感じで嗤い声を上げる。
「くくく、ははは。貴様、まさか私のドッペルゲンガーだから、刺し違えることができるとでも思っているんじゃないだろうな?」
「ええ、もちろん思っていますとも。現に先ほど「甘く見られたものだな」」
ライの言葉とカルの言葉が重なる。そして、両者の影も。カルが言葉を言い終えた時には、カルの剣がライの体に深々と突き刺さっていた。
「ライ!」
その光景を見たピュアが悲痛な叫びを上げる。
カルはライの体から剣を引き抜いて、その体を蹴り飛ばした。
「貴様はあくまでも私の劣化コピーにすぎない。それを、オリジナルの私と互角だと認識するとは、傲慢にもほどがある」
カルが、ライに向かって冷ややかに告げる。
ピュアは力なく倒れたライに慌てて駆け寄った。
「ライ、ライ……」
ライの体から、目の光と共に急速に熱が引いていく。
しかし、ピュアの呼びかけにライは何とか反応を示した。そして、何とか口元に笑みを形作る。
「……すみません。やられちゃいました。やっぱり、オリジナルには敵いませんね」
ライの口調は最期まで変わらない。
ピュアは、ライの手をギュッと握り締めて叫んだ。
「喋るな。すぐに手当てを……」
大粒の涙を流しながら叫ぶピュア。しかし、ライはわずかに首を振るのみ。
「無駄ですよ。分かっているでしょう?」
「しかし……」
「ピュア、あなたは変わらないでくださいね」
「えっ?」
「あの男に何があったのかは、僕には分かりません。でも、ファリア大陸を救った英雄が、この世界を壊そうとするほどに変わったんだ。よほどのことがあったんでしょう。人が変わるのなんて本当に一瞬なんです」
「…………」
「でも、ピュア。たとえ僕が死んでも、あなたには変わらないでいてほしい。ずっと、僕の好きな、真っ直ぐなあなたのま・・ま……で……」
「駄目だ。ライ、死ぬな!」
ライの指が光の粒になって消えていく。
ゆっくり……サラサラと。
散り逝く最中、ライが笑みを湛えてピュアに向かって何かを呟く。
それは声にならなかった言葉。しかし、その意味は、ピュアにはっきりと伝わった。
「愛しています」、と。
そして、ライの体は、ゆっくりとその姿を光の粒に変えていった。




