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レジェンド オブ ソルナド  作者: ポンタロー
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真実の章

真実の章


 ソルナドに突入したライ、グルト、ベル、ラルフ、ハルンの五人を待ち受けていたのは、真っ黒に染まった人型の異形だった。

 顔もなく、ただ黒いだけの異形。その異形達は、同じく黒く染まった武器を構えて、五人に襲い掛かってきた。中には魔法を使う者までいる。

 少なくとも一〇〇〇はいるであろうその数は、確かに脅威ではあったが、異形の最大の恐ろしさは、その数ではなく再生能力だった。

 全身黒く染まっているため同じ個体かどうかは識別できないが、倒しても倒してもその数は減らない。むしろ増えているような気配すらあった。

「くそっ! これじゃキリがないぜ!」

 五人の戦士の一人、疾風の二つ名を持つ槍術士ラルフ・ストライクが、鋭い突きで一度に三体の異形を屠ってから、そう悪態を吐く。

 それはその場にいた全員の思いでもあった。

「確かに。これじゃ先に進めませんね」

 魔法大国リュシオンの誇る大魔法士ベル・ホーリーが、紅蓮の炎で数十体の異形を一気に消滅させてため息を吐く。

「まったく、割に合わんぜって、ハルン、さぼるんじゃねえ!」

 屈強な肉体と無双の力を誇るドワーフ族の重戦士グルト・ダイタロスが、まわりの異形を一掃してから、その後ろであくびをしている医療大国メディアスの治癒士ハルン・ニュストに向かって叫ぶ。

「うるせーな! こっちは回復専門なんだよ! 戦闘はてめえらでやれ! この筋肉馬鹿!」

 この二人、ことあるごとに喧嘩をするのだが、今は状況が状況なので、最後の一人ファリア聖教会のロイヤルガード、魔法剣士のライ・アバロンが二人に向かって叫んだ。

「いい加減にしろ! この状況が分からんのか!」

 一番年下であるはずの自分が何故こんな役回りをせねばならないのか。若干疑問に思うライ。

「しかし、このひねくれダークエルフが!」

「だって、この筋肉馬鹿ドワーフが!」

 そう言って、敵陣の真っ只中にも関わらず取っ組み合いでも始めそうな二人。

 元々、エルフ族とドワーフ族はあまり仲がよろしくない。

 教会の召集で仕方なく集まったこの二人が、うまく連携をとることなどできるはずもなく、こうしてことあるごとに揉めてしまう。

 しかし、今はそんなことの許される状況ではなかった。

 いがみ合いながらも、苦もなく異形を倒しているのはさすがといったところだが、敵の数が全く減る気配のないこの状況では、さすがに疲労も蓄積してくる。

「くそっ、どうにかならないのか!」

 素早い動きで相手をかく乱しながら、確実に異形を仕留めていくラルフ。

 しかし、その言葉には焦りが滲んでいた。

「ベル、私達で時間を稼ぐ。その隙に、高位魔法で敵を一掃できないか?」

 魔法と剣を駆使して、味方の援護を行いながらも敵をなぎ倒していたライがベルに近づいてそう尋ねる。ライの言葉にベルは大きく頷いた。

「可能です。しかし、詠唱中は完全に無防備になってしまいますが……」

「分かった。護衛は私達に任せて詠唱に入ってくれ。おい! そこの馬鹿二人! いつまでも遊んでないで、さっさとこっちに来い!」

 ライがいつまでもいがみ合っているグルトとハルンを一喝する。

「「誰が馬鹿だ!」」

「お前ら以外に誰がいる! そんなに喧嘩がしたいんなら、さっさと終わらせてそれからやれ!」

 大声でハモる二人に、ライがさらに大きな声で怒鳴り返した。

「ベルの詠唱時間を稼ぐぞ! グルトとラルフが前衛で私とハルンが援護だ! ハルン、お前も補助魔法くらい使えるだろう。前衛の二人にかけるんだ!」

「ケッ、何仕切ってんだ、テメーは!」

「お前らに協調性がないから、仕方なくやってるんだろうが! 四の五の言わずにさっさとやれ!」

いつまでもごねるハルンに、マジギレ寸前で怒鳴るライ。ハルンは小さく舌打ちして詠唱に入る。グルトとラルフの二人も今の状況はさすがにまずいと思ったのか、渋々ながらもライの指示に従った。

協調性こそ皆無なものの、ファリア大陸にその名を轟かせる五人の戦士。手を組んだ時の力は壮絶なものだった。

詠唱中のベルと補助魔法を唱えるハルンを取り囲むようにして、グルト、ラルフ、ライがその周りに立つ。

まずは、ハルンの補助魔法を受けたグルトとラルフが敵陣に突っ込んだ。

グルトは自慢の大型戦斧を振り回し、ラルフは美しい紋様の掘り込まれた愛用の長槍で敵陣を突き抜ける。

 ライは魔法を使いつつも、剣でベルやハルンに近づく敵を掃討。

 そして、ベルの魔法が完成した。

「アブソリュート・エリミネーション!」

 ベルがそう唱えた直後、その頭上に大きな白い球体が出現した。その球体は、発光しながら、いきなり何百何千の光線を解き放つ。そして、その光線は押し寄せていた異形達を次々と貫いていった。貫かれた異形は溶けるように霧散していく。

 やがてその球体が消え去った時には、周りにいた異形達は一体残らず消え去っていた。

「すげえ……」

 一瞬にして敵を殲滅したベルの魔法に、ラルフが賞賛の声を上げる。

「確かに。これはすごいな!」

 ライも素直に賞賛した。グルトも無言で頷いている。

「はっ! こんな魔法が使えるなら、最初っからやれってんだ!」

 ただ一人、ハルンだけが、素直に賛辞を送ることができずに悪態を吐いている。

 しかし、そんなハルンにベルが笑顔で答えた。

「ごめんなさい。この魔法を使うには、長い詠唱時間と膨大なマナが必要なの。だから、撃てるのは一回限り。もうしばらくは魔法を使えない」

「いや、十分だ。これで……」

 ライは、その言葉を最後まで言うことができなかった。

 目の前で、先ほど倒したはずの異形達が、再び地面からその姿を現したのだ。

 これには他の戦士達も愕然となった。

「う、嘘だろ……」

「こんな奴ら、どうやって倒すんだよ……」

 言葉こそ違うものの、皆思っていることは同じだった。

 どれだけ倒しても蘇る異形。もう打つ手がない。

 疲労よりも精神的なダメージで動けなくなった五人。

 しかし、そんな五人を、突如まばゆい光が包み込んだ。

全てを飲み込むようなまばゆい光。

 やがて、その光が収まった時には、五人の姿はその場から跡形もなく消え去っていた。


 そこは真っ白な部屋だった。

 いや、部屋と呼べるかどうかも分からない。何故なら、部屋ならば当然あるはずの壁がどこにもなかったのだから。見渡す限りただ白いだけの空間。五人がいたのはそんな場所だった。

「ここは……どこだ?」

 頭を軽く振りながら、グルトがそう口にする。

「そんなの分かるわけねーだろ! いいから黙って寝てろ! この筋肉馬鹿!」

 ハルンが、毎度の如くグルトに突っかかる。

「二人とも、いい加減にしろ!」

 二人をたしなめたのは珍しくラルフだった。

「でも、本当にここはどこなんでしょう?」

 一人おっとりとした声で言うのはベル。

「もしや、私達は死んだのか?」

『いいえ』

 ライの言葉に答えたのは、頭に直接響き渡るような声だった。

 五人が瞬時に表情を引き締める。

 やがて、警戒する五人の前に、真っ白な地面から湧き出るようにして一人の女性が現れた。いや、厳密には女性ではない。白く発光したその姿には、目も鼻も口も何もなかったのだから。ただ、その女性特有の丸みを帯びた輪郭が、自然と女性を連想させた。

 不思議と敵意は感じない。それどころか、包み込まれるような温もりすら感じた。

『よく来てくれました。五人の戦士達よ。私は、あなた方が来るのをずっと待っていました』

「あなたは、誰なのだ?」

 五人の心情を代表して、ライがその女性? に尋ねる。

『私は、あなた方がソルナドと呼んでいる存在。もっとも、この姿はあなた方と意思疎通を行うための仮の姿ですが』

「では、あなたが私達をここに呼んだのか?」

『はい』

「教えてくれ。一体あなたに何が起こっているんだ!」

『私はこのファリア大陸全てに根を張る存在。私の糧は、あなた方ファリア大陸に生きる者達の感情なのです』

「信じられん。感情を糧にして生きているだと?」

『はい。あなた方の愛や喜びといった正の感情をこの大地から吸い上げて、それを糧として生きている存在、それが私なのです。そして、私の体内で作り出したマナを、あなた達が利用して生活する。それが、長年ファリア大陸で築かれてきた私とあなた方の関係でした』

「…………」

『しかし、感情とは正のものばかりではありません。妬み、僻み、怒り、悲しみといった負の感情も私の中に入ってくるのです』

「…………」

『長い時を経て私が吸い上げた負の感情は、もはや私の体内で押さえ込んでおくことができないほどに増大しました』

「…………」

『そして、やがて私の中で溜まっていた負の感情が暴走し、私の体の一部を乗っ取りました。それが、黒いマナ放出の原因なのです』

「馬鹿な、じゃあ……」

 ライが、驚愕の表情で呻く。

『そうです。黒いマナを放出した原因はあなた方自身なのです。先ほどあなた方が戦ったのも、暴走した負の感情の一部。その長年蓄積した膨大な量は、あなた方が少し削ったところでどうにかなるものではありません』

「そんな、じゃあ俺達は……」

「ファリア大陸に住む人々を守るために来たはずなのに……」

「そいつらの作り出した化け物相手に戦っていたのか……」

「…………」

 グルト、ラルフ、ハルン、ベルの四人も、皆沈痛な面持ちを浮かべている。

 とてつもなく長く感じるほどの沈黙を置いて、ライがポツリと切り出した。

「黒いマナの原因がなんであれ、あれを野放しにしておくことはできない。止める方法はないのか?」

『あります。私の体の最深部にある五つのコアの内の一つ、黒く染まったコアを破壊してください。そこさえ破壊すれば、私の体は再びその機能を取り戻します』

「……よし!」

 ライが何かを決意したような表情で、四人に振り向く。

「これよりソルナド最深部に向かう。目的は、言うまでもなく黒いマナの原因である黒く染まったコアの破壊だ。ベルはこのまま地上に戻れ。魔法の使えない今の状況では、これ以上の戦闘は無理だ。私達四人で行く」

 高らかに宣言して、歩き出そうとするライ。しかし、それに続く者は誰もいなかった。

「おい! どうした、行くぞ!」

 それでも、動く者はいない。やがて、ハルンがつまらなそうに口を開いた。

「アホらし。私は行かねーぜ。やってられっか」

「おい! ハルン、何を……」

 突然のハルンの反逆に、ライが苛立ちの声を上げる。

「俺も行かない。行く理由がなくなった」

 そう言ったのはラルフだった。他の四人の中でも、一際正義感に溢れるラルフの裏切りに、ライも動揺を隠せない。

「俺は、ファリア大陸に住む人々を守るためにこの戦いに参加した。しかし、蓋を開けてみれば、原因を作ったのは他ならぬその人々。本当に、彼らを救うことに意味はあるのか? 俺には分からない。だから、俺はこれ以上進めない」

 無表情で呟くラルフの言葉に、ライが言葉を失う。

「俺達もこんなところで死ぬ気はない。ここで引かせてもらう」

 それはグルトの言葉だった。

 隣では、ベルも顔を伏せたまま無言で頷いている。

 理由は聞くまでもなかった。どうせ他の二人と大して変わりはしないだろう。

 ライはしばらく苦悶の表情を浮かべた後、大きく息を吐いて口を開いた。

「分かった。最深部には私一人で行く。パーティーはここで解散だ。お前達はさっさと地上に戻れ」

 大声で怒鳴るわけでもなくそう告げて、ライは歩き出した。

 その背中にハルンが声をかける。

「ケッ、英雄気取りかよ。馬鹿じゃねーの」

 ハルンの言葉に、ライが背を向けたままクスリと笑う。

「フッ、英雄か、そんなこと考えたこともなかったな」

「……死ぬぞ」

 それはグルトの言葉。

「今まで死を恐れたことはない。誰だって最後には死ぬ」

「何故だ? 何故、そこまでして戦う?」

 声を搾り出すようにして言ったのはラルフだった。

「今の私には教会の命が全てだ。教会のために生き、教会のために死ぬ。それが私の全て。今回の教会の命は、黒いマナの放出を止めること。だから行く。それだけのことだ」

 そして、ライは四人を残してソルナド最深部に向かった。

 黒いマナの放出を止めるために。


 パーティー解散後、ライは単身、ソルナド最深部へと向かっていた。

 黒いマナは徐々にその濃度を増し、今では五メロル前方の視界すらままならない。

 それに加え、猛然と襲い掛かってくる異形。

 常に警戒を最大にしておかねばならないライ。その極限の状況下に、徐々にライの精神は磨り減っていく。ライの疲労はすでに限界に近づいていた。

 しかし、ライに迷いはなかった。ただ一心不乱に先へと進んでいく。

 迷いがないというよりも、彼にはこの他にするべきことが何もなかった。小さい頃に教会に拾われて以来、ライにとっては育ててくれた教会こそが全てだった。

 教会の命こそが全てであり、聖皇の意志こそが絶対。それを否定するということは、自分自身の存在を否定することと同義であった。

 すでに視界は一面真っ黒に染まり、自分の進んでいる方向が正しいのかも分からない。

 聖皇から賜ったこのセイントメイルがなければ、とっくに死んでいただろう。純白だったその鎧も、すでにその半分が黒く変色している。

 しかし、それでもライは進む。目の前の異形三体を一瞬で切り伏せて先へと進む。

 やがて、この戦いが永遠に続くのではないかと思い始めた頃、ライの視界が急に開けた。

 そこにあったのは、辺りを埋め尽くさんばかりの異形と、そして……

「あれが黒いマナの元凶か」

 宙に浮いている巨大な黒い塊だった。三メロル四方の立方体で、絶え間なく黒いマナを放出し続けている。

「あれさえ破壊すれば……」

 しかし、その周りにいるのは、少なくとも数百はいようかという数の異形。しかも、黒い塊から放出される黒いマナで、さらに増えている気配すらある。

 しかし、ライに迷いはなかった。

「いざ!」

 痛む体を無理やり奮い立たせ、ライは単身、異形達の中へと突き進んでいった。


 ライが黒く染まったコアを破壊した時、その身に纏った鎧は完全に黒く染まっていた。

 剣を突き立てられたコアは、最後の足掻きとばかりに爆散して黒いマナを撒き散らす。

 ライは死を覚悟した。

 しかし、悔いはない。自分はやるべきことをやったのだ。教会の命を無事に果たし、そして死ぬ。何の後悔もない。

 やがて、黒い濁流がライを飲み込もうとしたその時、ライの体を温かな光が包み込んだ。

 以前にも感じたことのある、あのとても温かな光。

 ライが目を覚ますと、そこは前に訪れた真っ白な空間だった。

 そして、目の前にはソルナドの分身である白い女性が立っている。

『ありがとう。勇敢なる騎士よ。あなたのおかげで、私の体は完全に機能を取り戻しました』

 またも、ライの頭に直接声が響く。

 疲労困憊のライは、無理やり笑みを作って口を開いた。

「私は教会の命を果たしただけ。礼を言われる筋合いはない」

 その言葉を聞いたソルナドは、かすかに笑うような仕草を見せる。

『けれど、助かったのは事実です。お礼くらいは言わせてください』

「そうだな。受け取っておこう。私は……死ぬのか?」

『いいえ。私の体は完全に機能し始めました。これから私の力で、ファリア大陸に残った全ての黒いマナを洗い流します』

「これで黒いマナの脅威は完全になくなるのか?」

『いいえ。洗い流された黒いマナは大地に染み込み、再び私の元へと帰るでしょう』

「馬鹿な、それではまた……」

『大丈夫。手は打ってあります。私の体内で造ったホムンクルスに、その黒いマナを注ぎ込んで、ファリア大陸で風化させるのです。やがて、風化した黒いマナは、そのホムンクルスと共に消え去ります』

「それでファリアは救われるのか?」

『はい。ですが、人々が悪意を募らせれば、再び同じような現象が起こるでしょう。そうならないためにも無益な争いは避けるべきです』

「肝に銘じておこう。と言っても、私一人の力ではどうにもならないか」

『そうですね。これは、この大陸に住む全ての人々の心の問題。一人の力ではどうにもなりません』

「……ああ、そうだな」

『話が長くなりましたね。ライ・アバロン、まずはあなたから洗浄しましょう』

 そう言って、ソルナドが白いマナをライの体内へと注ぎ込む。そして、そのマナは徐々にライの体内へと広がり、ライを侵食していた黒いマナを全て洗い流した。

『さて……』

 洗い流された黒いマナに、ソルナドが手をかざす。すると、不思議なことに、ライから流れ出た黒いマナが固まって、ライそっくりの姿を形作った。

「これは……」

『これがホムンクルスです。これをそのままファリア大陸へと飛ばし、黒いマナを風化させます』

「何故、私の姿をしているんだ?」

『あなたの体内にあったものだからです。本当は、今の私のような発光体でもよいのですが、それではファリアの人々にいらぬ恐怖を与えてしまいますから』

「なるほど。しかし、自分と瓜二つの者がいるとは。さすがに良い気分とは言えないな」

『しばらくの辛抱です。ホムンクルス自体に害はありません。洗浄した者の浴びた黒いマナの量によって寿命は異なりますが、時が来ればそのまま消え去ります。もっとも、あなたの場合は身に浴びた量が多いため、風化まで時間がかかるでしょうが』

「構わんさ。それで黒いマナの脅威がなくなるのならな」

『はい。それはお約束します。では、私はこれからファリアに残った黒いマナの洗浄に入ります。最後にもう一度お礼を言わせてください。本当にありがとう、ライ・アバロン。私はこの恩を忘れません』

 その言葉にライは小さく笑い、静かに眠りについた。


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