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レジェンド オブ ソルナド  作者: ポンタロー
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光の章 第六節

光の章 第六節


 ファリア大陸最速の移動手段として飛竜船というものが存在する。

 獰猛な古代種である竜族の中にあって、唯一温厚な気性を持つ飛竜を数頭使って船を移動させるといったシロモノだった。

 その飛竜船を所有している国は、ファリア広しといえども二つだけ。一つはファリア聖教会領。そして、もう一つがここメディアスであった。

 その二国しか飛竜船を所有できないのには理由がある。

 まず、肝心の飛竜と意思疎通を行えるのがエルフ族だけだということ。

 ファリア大陸に生息する多くの種族の中で、唯一エルフ族だけが飛竜と意思疎通を行うことが可能であった。

 故にエルフ族の大半が住むメディアスが飛竜船を独占し、ファリア聖教会はメディアスに対して毎年一定の金を払うことで、飛竜船一隻とそれに必要なエルフの人員を借り受けるといった形で飛竜船を所有している。

 そして、もう一つの理由が、その莫大な維持費の高さであった。

 飛竜達はなにもエルフ族に従属しているわけではない。

 竜族の中でも小柄で力の序列が低い飛竜は、竜族の住むメディアス山脈の中では、自分達の食糧を確保することさえ困難な状況が多々あった。

 そこでエルフ達は、飛竜達に食糧を提供する代わりに、労働力として働いてもらうことを提案して飛竜船というものが成り立っている。

 小柄といっても馬の数倍は大きいその体は、当然それに見合った食糧が必要となる。しかも、それが数頭。飛竜船を維持するだけでも莫大な金がかかるのは想像に難くない。

 普段は各国の要人が病に倒れた時や、緊急を要する件以外では使われない飛竜船だが、今回に限ってはその緊急を要する件が起きていた。

 もちろん、聖皇の殺害予告である。

 故にピュアとライの二人は、一度クイーン・エルナの元に戻り、強引に頼み込んで飛竜船を出させ、ファリア聖教会領へと向かっていた。

 

 飛竜船に乗り込んでから丸一日が経過した。教会領まではあと一日足らず。

 ライは乗り込んでからほとんど口を開いていない。体調は治りこそしていないものの、一応は小康状態を保っているようだ。

 時折、何か思い悩むような表情を見せるライ。

 ピュアはそんなライに声をかけようとしたが、何かを覚悟したライの顔を見るといつも直前で言葉が出なくなった。


 飛竜船が教会領へと着いた時には、すでに太陽は沈もうとしていた。

 ファリア聖教会領。

 神樹ソルナドを祭るファリア大陸最大の宗教団体『ファリア聖教』の総本山で、標高二五〇〇メロルを超えるファリア山に領地を構える国である。

 ファリア聖教の最高指導者である聖皇を長として、ファリア大陸主要国の一つとして位置づけられているこの国は、完全永世中立国を名乗り、他国を侵略することも、他国の軍事行動に介入することもなかった。

 しかし、一方で有事の際の独自の自衛軍を持っており、ロイヤルガードを長とする聖皇直属の聖騎士団は、ファリア最高の力を誇るとさえ言われていた。

 すぐにでも大聖堂へ降りようとしたピュアとライだったが、ここで問題が起きた。

 飛竜船の船長が、大聖堂に着陸するのを頑なに拒んだのだ。

 どうやら、よほど闇騎士が怖いらしい。

 精一杯の威厳を示してあれやこれやと言い訳を並べていたが、結局のところ闇騎士に怯えているだけというのが一目瞭然だった。

 現在飛竜船は大聖堂のほぼ真上で停船中。大聖堂付近は闇に閉ざされていた。少なくともここから人の姿は確認できない。付近は抜け殻のような有様だった。

 中々話の進まない現状に業を煮やしたライが、小さく舌打ちしてピュアに口を開く。

「ピュア、行きますよ!」

「行くって、どこへだ?」

「大聖堂に決まってるじゃないですか」

「いや、だから今、飛竜船を下ろしてもらえるように説得してって……ライ、何をする!」

 説得を続けようとしていたピュアを、ライがいきなり抱きかかえる。羞恥で顔を真っ赤にするピュア。しかし、その赤くなった顔は次の瞬間、蒼白へと変わった。

「ちょっ、まっ、いやっ、って……ぎゃああっっーーー!」

 ピュアがおよそ女性らしさ皆無の叫びを上げる。

 ライがピュアを抱きかかえて、いきなり飛竜船から飛び降りたのだ。

 その高さ約一〇〇〇メロル。ここから落ちれば、普通なら確実に死ぬ。

 徐々に近づく大地。ピュアは、もはや驚きと恐怖で半分気を失っていた。

「……レビテーション!」

 地上から一〇〇メロル付近でライが魔法を解き放ち、落下速度が急激に落ちる。

 そして、二人はそのままフワフワとゆっくり降下しながら地面へと着陸した。

「ふうっ、ピュア、だいじょうぶ……じゃありませんね」

 無事に着陸したライが、ピュアの安否を確認しようと顔を覗き込む。

 ピュアはあまりの出来事に放心状態となっていた。口から何かが出かけているようにも見える。

「ピュア! ピュア! しっかりしてください! 本番はこれからですよ!」

 すでに灰の如く真っ白になったピュアの頬を、ライがペチペチを叩く。

 しばらく真っ白になっていたピュアだが、やがてゆっくりと意識を取り戻した。

 意識を取り戻すやいなや、ピュアはすぐさまライへと詰め寄る。

「ライ! 私を殺す気か!」

「いえそんな、とんでもない」

 ピュアのあまりの形相に、後ずさりながら首を振るライ。

 そんなライにピュアがさらに詰め寄る。

「ああいうことをするなら前もって言え! 驚くだろ!」

「言ったら逃げるでしょうが!」

「当然だ!」

「だから黙ってやったんです!」

 状況を忘れて怒鳴りあう二人。

「ぎゃああああーーー!」

 しかし、そんな二人の言い合いを終わらせたのは、大聖堂から響いた絶叫だった。

「今のは……」

「行きましょう!」

 

 大聖堂の扉を開けると、そこには二人の人物が立っていた。

 しかし、すぐにそのうちの一人が崩れ落ちる。もう一人の人物の剣に貫かれて。

 その倒れた人物は……

「聖皇様!」

 ピュアの悲痛な叫びが大聖堂に響き渡る。

 あの姿は間違いない。聖皇だけに許される豪華な装飾を施された聖衣とワンド。それを身に着けていることこそが聖皇の証。

 しかし、今その聖衣は血で赤く染まり、ワンドは持ち主の手を離れて床に転がっていた。どう見ても事切れているのは明らかだった。

「ほう、警告したのも関わらず、まだこの場に留まっているとは。よほど腕に自信があるのか、それともただの大馬鹿か……」

 大聖堂に立っていたもう一人の人物が、ゆっくりと二人の方へと振り向く。

 スラリとした長身に、全身黒ずくめの格好に漆黒のマント。そして……

「闇騎士……」

 そう、全てが漆黒で塗りつぶされた面を着けた人物。闇騎士だった。

 二人は闇騎士の強襲に備え、いつでも武器が出せるように身構える。

 しかし、不思議なことに闇騎士はこちらをじっと見つめたまま動かなかった。

「お前達は……」

 しかも、表情こそ分からないが、何やら驚いた様子でその場に留まっている。

 しかし、それも束の間、やがて闇騎士は低い声でゆっくりと笑い出した。

「クククッ、全く運命というやつは、どうしてこうも残酷なのか。ここまで来ると怒りを通り越して笑えてくる」

 低い声で一人笑い続ける闇騎士。その声はどこかで聞いたことがあるような気が……

 現状の空気に耐えかねたピュアが、闇騎士に向かって叫んだ。

「何がおかしい!」

「いや、これは失礼。見たところ教会の関係者ではないようだが……もしよろしければ名前を聞かせてもらえるかな?」

 まさか闇騎士から名を聞かれるとは思わなかった二人は、しばらく思案した後、躊躇いがちに口を開いた。

「ピュア・フェアリスだ」

「ライ……アバロンです」

 二人の名を聞いた闇騎士が、笑みをさらに深めて大きく笑う。

「クククッ、はははっ。やはりな。しかし、ライ・アバロンとは。ククク……。いやまったく、人生とは分からんものだ」

「何がそんなにおかしいんですか?」

 闇騎士の態度に、ライがわずかに苛立ちを含んだ声で尋ねる。

「いやいや、これまた失敬。まさかあの有名なファリア大勇士の一人、ライ・アバロン殿とこんなところでお会いできるとは。いや、こんなところだからかな。とにかくお会いできて真に光栄の極み」

 闇騎士が芝居がかった仕草で一礼する。しかし、その仕草は相手を馬鹿にしているようにしか見えなかった。

「有名なライ・アバロンに会えたのが光栄の極みなら、あなたの方も名乗ったらどうです?」

 ライが皮肉を込めて闇騎士に告げる。

「確かに、貴殿の仰る通りだな。私は巷で闇騎士と呼ばれている者。闇騎士というのは周りが勝手に付けた名であって、私が自ら名乗ったわけではない」

「へえ、そんな仰々しい面を着けてるから、てっきり自分で付けたのかと思いましたよ」

「私は周囲に顔を見られるのが好きではなくてな」

「へえ、僕もそうなんですよ。正体がばれると、すぐに人が群がってしまいましてね」

「でしょうな。ライ・アバロンと言えば、ファリア大陸に知らぬ者はいない有名人だ」

「はは、悪名高い闇騎士さんにそう言ってもらえるとは、真に恐悦至極ですね」

 互いに続く皮肉の応酬。ピュアは口を挟むことができずに、ただ黙って聞いていることしかできなかった。

「で、結局その面は外さないんですか? 人と話す時は被り物くらい取るのが礼儀だって、僕の知り合いが言ってましたよ」

「いやいや。私の如き下賤な者が、かの名高きライ・アバロン殿に顔を晒すなどとてもとても」

 ライがいい加減うんざりとした表情で返す。

「面を着けながら話す方が、よっほど無礼だと思いますけど?」

「おや、本当に取ってよろしいのかな?」

 それは小馬鹿にするような口調だった。

「どういう意味ですか?」

「いや、確かにいつもなら、周囲の者に顔を見られぬために面を着けているわけだが、今この場はそうではないということですよ」

「…………」

「私は貴殿のためを思って面を着けたままにしているのですがね」

「言っている意味が分かりませんね」

「でしょうな」

 そう言って忍び笑いを漏らす闇騎士に、苛立ちが頂点に達したらしいライが怒鳴る。

「そういうことはあなたの顔を見てから僕が判断します。さっさとその面を取りなさい!」

 珍しく怒りを露わにするライ。その迫力に、ピュアがわずかにたじろいだ。

 しかし、闇騎士はそんなライの態度すら愉しむかのように口を開く。

「なるほど。いいでしょう。では……」

 そして、闇騎士がゆっくりとその面を外す。

 その面に隠された素顔を見た瞬間、ピュアとライは驚愕のあまり凍りついた。

 そこにいたのは二人の良く知る人物。

 いや、知っているどころではない。

 二人の目の前にいたのは、ライと全く同じ顔をした、もう一人のライ・アバロンだった。


 どれくらいの時間が経っただろうか。

 凍りついた無言の場で最初に口を開いたのは、ピュアの隣に立つライだった。

「それが、あなたの素顔ですか……」

「いかにも。一応、自己紹介しておこう。私の名はカル・イグナス。今、世間を騒がせている闇騎士の正体だ」

 カルが流れるような動作で優雅に一礼する。どことなく気品すら感じるその動作。

 暗くて最初は分からなかったが、カルは、ライより少し大人びた印象だった。

「ライ、これは一体……」

 ピュアが震えた声でライに尋ねる。

「落ち着いて。おそらくドッペルゲンガーです」

「えっ?」

「知りませんか? マナスコールの後、自分と瓜二つの姿をした者が現れたという話を」

「あ、ああ。そういえばそんなことがあったな。しかし、その話はすぐに消えてしまっただろ。だから、てっきりデマだとばかり……」

「本当だった、ということでしょうね。しかし、それならば彼がカル・イグナスと名乗っていることにも納得がいきます。ドッペルゲンガーである彼は、自分の名を持っていなかった。だから、自分でカル・イグナスと名乗ったんです」

「そうか! じゃあ、グルトの時も……」

「ええ。ライ・アバロンではないから、カル・イグナスと名乗ったんでしょう。グルトの恩人が闇騎士の正体というのは少々後味悪いですが、やれますね、ピュア!」

「ああ!」

 まだ多少戸惑いがあるものの、ピュアは無理やり自分を奮い立たせるように大きな声で答えた。

 そう、あれはライではないのだ。ならば自分は戦える。


「さて、お二人とも、そろそろ別れは済んだかな?」

 しばらく無言だったカルが、再び芝居じみた口調で口を開いた。

「名残惜しいがそろそろお別れだ。私にはまだやるべきことがあってね。私の顔を見たあなた方をそのまま帰すわけにはいかないのだ。まあもっとも、最初からお前達を生かして返す気などさらさらないんだがな」

 言い終えると同時に、カルの体から強烈な殺気が迸る。

 息が詰まるほどの重圧。ピュアとライの体に緊張が走った。

 そして、カルが剣を構える。その構えは、両手に持った剣を下ろしたままという独特なものだった。幾度も血を浴びて赤黒く染まった剣を。何人もの命を刈り取ってきた死の剣を。

「最後に一つ聞いておきます。結局、あなたは何がしたかったのですか?」

 ライの問いかけに、カルがわずかに間を置いて答えた。

「そうだな、強いて言えば……この世界を叩き壊したかった、かな」

「そんなことをして何になるんです?」

「別に何も。何もないさ。ただの自己満足だよ。私にはこの世界が気に入らない。欺瞞と腐敗に満ちた醜いこの世界が。だから壊す。壊す力があるから。ただそれだけのことだ」

「ふざけるな! この世界はお前のおもちゃじゃない!」

 カルの言葉にピュアが叫んだ。力の限り絶叫した。

「当然だ。そんなことはお前達に言われなくても百も承知している。だがな、こうでもせんと私の渇きは治まらんのだ」

「渇きだと?」

「そうだ。数年前から私の心はカラカラに渇き始めた。何をやっても満たされない。誰を殺しても満たされない。だから、私にはもう、この世界を叩き壊すくらいしかすることがないのだよ」

 カルが独白のように呟く。その目には、もうピュアとライは映っていなかった。

「どうやら、もう何を言っても無駄のようですね」

 そう言って、ライがワンドに仕込んでいた剣を構える。ピュアも慌てて剣を引き抜いた。

「ほう、その剣……」

 ピュアが剣を抜いた瞬間、虚ろだったカルの目に、わずかに正気が戻る。

「見事な剣だな。誰が造った?」

「……ファリア大勇士の一人にして、ファリア最高の鍛冶師、グルト・ダイタロスだ!」

 その言葉を聞いたカルが、さもおかしいとばかりに口元を吊り上げた。

「クククッ、そうか、あのグルトがな。ファリア最高の鍛冶師か……。まさか本当にそうなるとはな」

「何を言っている?」

「いや、何でもないさ。もう話は終わりだ。そろそろ死んでもらうぞ」


「ピュア、僕が闇騎士の攻撃を防ぎますから、あなたが隙を見て反撃してください」

「えっ? しかし……」

「軽量のあなたでは、奴の攻撃を捌ききれません。いいですか、相手はあの闇騎士なんです。一瞬の隙が命取りになります」

 ライが切羽詰った表情でピュアに叫ぶ。

 ライのこんな表情は初めてだった。

「わ、分かった」

 戸惑いを隠し、ピュアが何とかそう返す。

「大丈夫。グラナを出てからずっと、あなたは鍛錬を怠らなかったじゃないですか。今のあなたなら大丈夫。自信を持ってください」

 そうだ。アルフレドから指南を受けて以降、自分はずっと研鑽を積んできた。

 時にはライにも相手をしてもらった。ピュアは、その時初めてライが剣を使えることを知った。まあ、ライ・アバロンは魔法剣士だったのだから当然といえば当然だが。それでも助かった。おかげで、自分に最も合った戦い方というものがある程度確立できた。

 そして、この純白の剣。『ホワイトフェザー』と名づけたその剣の性能を、自在に使いこなせるようになった。

 そうだ。もう今の自分は、たかだか十数人の野盗に逃げ惑っていた時の自分とは違う。

 ピュアは、アルフレドやグルトにベル、そしてライといった、ここまで自分を高めてくれた者達に心の中で礼を述べた。

 そう、自分はもうあの時とは違う。

 たとえ、相手があの闇騎士でも勝ってみせる。


 外したマントを二人に向かって投げつけ、カルが猛然と襲い掛かってきた。

 カルが最初に狙ったのはライだった。

 建物の中では大規模な魔法は使えないとはいえ、やはり魔法剣士であるライの存在は怖いのか、はたまたピュアに脅威を感じていないのか、ともあれカルは、まずライを標的と定めたようだった。

 ありがたい。ピュアとライの思いが内心で重なる。これでピュアは反撃に専念できる。

 カルの投げつけたマントを、二人は軽く後ろに飛んでかわし、ライがその一撃を受ける。

 速く、そして鋭い一撃。ライは膝をつきそうになるのを何とか堪えて、ピュアに叫んだ。

「ピュア! 今です!」

 言われるまでもなかった。ピュアが、ライの叫びより早くカルの側面に回りこみ、そのまま自身最高の技を繰り出す。

「フラッシュストライク!」

 それは神速の突きだった。右足を引くと同時に、剣を持った右手を顔の横に引いて、重心を低くし、左手を前に突き出す。そこから繰り出される、自身の脚力と体のバネを最大限に使って放つ一撃。これまでの鍛錬の末にようやく完成したその技は、さながら一筋の閃光となってカルを貫く……はずだった。

 しかし……

「甘いな」

 カルはライとの迫り合いを繰り広げながら、ライにかけた体重の反動を利用してピュアの一撃をかわし、そのまま体を捻って、ライとカルの間を通過したピュアの背中に剣の腹で強烈な一撃を叩き込む。

「きゃっ!」

 ピュアは悲鳴を上げながら、周りにあった信者用の長椅子へと激突した。

「ピュア!」

 続いてカルは、ピュアに気を取られたライの剣を払って、その腹に蹴りを放つ。

 その蹴りをモロに受けたライは、そのまま後方に大きく吹き飛び、倒れこんだ。

「ふむ、今の技……なるほど。あいつの入れ知恵か……」

 一瞬にして二人を倒したカルが、皮肉の笑みを浮かべてそう呟いた。


 カルの攻撃を受けた二人は、痛む体を何とか起こして合流した。

「……くそ。なんて強さだ、お前のドッペルゲンガーは」

「ゴホゴホ、ほんとですねえ。なんかオリジナルとしては悲しくなってきましたよ」

 悪態を吐くピュアと咳き込みながら頷くライ。

「ライ、体は大丈夫か?」

「ええ。まあ、この状況じゃ、しんどくて戦えませんとは言えませんよ」

 ライが、青白い顔に笑みを浮かべて答える。

そんな様子を無言で見つめていたカルは、やがてゆっくりと嗤い出した。

「ククク……」

 それは嘲笑だった。何かを嘲笑うかのようなカルの声。それがピュアを苛立たせる。

「……何がおかしい?」

 カルはひとしきり嗤った後、静かに口を開いた。

「何がおかしいだと。おかしいさ。お前達の無知さ加減がな」

 カルは蔑むような視線をライに向けて言った。

「お前、まさか本当に、自分がオリジナルだと思っているのか?」

 言われたライが咳き込みながら言葉を返す。

「ゴホゴホ、ええ、もちろんですよ。僕のような天才が「お前はどこで生まれた?」」

 ライが言い終えるよりも早く、カルが質問を被せる。

「答えろ。お前の生まれはどこだ?」

「…………」

 ライは何も答えない。

「ほう、答えられないのか? では、質問を変えよう。ライ・アバロンは天涯孤独。それは大半の者が知っている。では、お前の保護された村の名は何だ?」

「…………」

 やはりライは何も答えない。カルはそんなライの反応を予想していたかのように、次々と質問を投げかける。

「お前はいつロイヤルガードになった? お前に魔法を教えたのは誰だ? お前に剣を教えたのは誰だ? ほら、一つでいい、答えてみろ」

 ライは先ほどからずっと押し黙っている。

 堪りかねたピュアが口を開いた。

「こいつは記憶喪失なのだ。だから、お前の質問には答えられん」

 ピュアの言葉を聞いて、カルがさらに大きく嗤う。

「ははは、違うな。そいつは記憶喪失なのではない。最初から記憶がないのさ。何故なら、お前こそがドッペルゲンガーなのだから」

「「…………」」

 ピュアの顔が驚愕に染まる。慌ててライの方を見るが、ライは、カルを睨みつけたまま動かない。カルは淡々と続けた。

「五年前のマナスコールの日、黒いマナの放出が止まると同時に降り注いだソルナドの白いマナは、黒いマナに犯された者達を癒し、浄化した。しかし、洗い流された黒いマナは何も消滅したわけではなかったのだ。その黒いマナはそのまま大地に染み込み、再びファリア大陸全土に根を張るソルナドへと還っていった。再び黒いマナを放出することを恐れたソルナドは、その黒いマナを、宿していた者の姿に似せて造ったホムンクルスに入れて、体外に放出したのだ。時と共に、ホムンクルスに宿った黒いマナを風化させ、自然消滅するように。それこそがドッペルゲンガー事件の真実。これを知るのは、五年前ソルナド最深部に突入して生き残った魔法剣士ライ・アバロンのみ。もしお前がオリジナルなら、何故、この話を私が知っている?」

「…………」

 ライは震えたまま何も答えない。その顔からは、完全に血の気が引いていた。

 その様子を見たピュアが慌てて叫ぶ。

「ふざけるな! お前の話が真実だという証拠がどこにある!」

 ピュアの言葉を、カルが嗤い飛ばした。

「クク、いいだろう。では、止めを刺してやる。お前、歳はいくつだ?」

「……一七です」

 尋ねられたライが固い声で答える。

「ほう、一七……。では、お前が記憶を失くしたのはいつだ?」

「……五年前です。それが何か?」

「ククッ。では、記憶を失くした五年前、お前はいくつだった?」

 カルの質問に、ピュアが内心で首を傾げる。妙な質問だ。今、一七なのだから、五年前は当然……

「決まっているでしょう。一七です」

「えっ!」

 ライの言葉に、ピュアが思わず声を上げる。慌ててライを見るが、ライは自分の言っている言葉の異常さに気づいていない。

 その言葉を聞いたカルが、薄く嗤った。

「これはおかしなことを言う。お前は今、自分が一七だと言った。そして五年前、お前が記憶を失くした時も一七だと。もし今のお前の年齢が一七なら、五年前のお前は、一二ではないのか?」

「はっ? えっ? あっ?」

 ライが困惑の表情を浮かべる。カルの言っていることを、頭が上手く処理できないといった様子だった。

「ククッ、俺の言っていることを把握しきれないか? では話を変えよう。お前、今まで髪を切ったことはあるか?」

「えっ?」

「髪を切ったことはあるかと聞いたんだ。爪でもいいぞ」

「…………」

「あるわけないよな? 何故ならお前は、髪も爪も伸びることはないのだから」

「「…………」」

「一度も髪も爪も切ったことがなく、五年前から自分を一七だと言い続ける。それが何故だか教えてやろう。それはな、お前が己の時の流れを知覚できないドッペルゲンガーだからだ。ドッペルゲンガーはな、歳を取らない。故に成長も老いもない。ソルナドに造られた時に、ベースとなった者の名前と歳だけを与えられた状態で風化まで生き続ける」

「「…………」」

「何を驚いている? ドッペルゲンガーは、ソルナドが黒いマナを風化させるために造った仮の器。歳を取ることなどできるはずがない。ファリア大戦から五年。あれから五年の月日を経た私と、あの時から全く変わらぬお前。さて、果たしてどちらがオリジナルなのかな?」

 冷たく言い放つカルに、ピュアとライは何も言い返すことができなかった。



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