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レジェンド オブ ソルナド  作者: ポンタロー
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闇の章 第五節

闇の章 第五節


 ピュアの体調は悪化する一方だった。時折激しく咳き込んでは、苦しそうな顔を見せる。それでも、眠っていれば幾分楽なのか、馬を駆るカルにギュッとしがみついて眠っていた。

「ピュア、もうすぐだ。すぐに治してやるからな」

 そう、エルフの治める医療大国メディアスまでは後数キロル。ピュアの体に負担を強いるため、馬の歩調を速めることはできないが、それでも日が暮れるまでには到着することができるだろう。

「ピュア、絶対治してやるからな。だから、もう少しだけ我慢してくれ」

 カルは、自分にしがみついて眠っているピュアに優しく言い聞かせながら、逸る気持ちを必死に抑えて馬を進めた。


 医療大国メディアス。国民の大半を魔力に秀でたエルフが占めるこの国は、ファリア全土からその高い医療技術を求めて多くの人々が集まる国だった。

 特にファリア大戦後、大陸主要国の間で平和条約が結ばれてからは、各国間の移動規制が緩やかになったこともあり、さらに多くの人が集まっている。

 フードを被ったカルは、その王都であるメディアに入るための検査をしていた若い衛兵に、教会からの通行証を見せてメディアへと入った。

 メディアはその訪れる人の多さから宿場町としても発展しており、城下には数多くの宿屋が並んでいる。

 カルは眠っているピュアを抱きかかえて、少し奥に行ったところにある上流階級御用達の豪奢な宿へと馬を進めた。

 馬を宿の前に立つ若い従業員に預けると、カルはそのまま宿の受付へと向かう。

 受付に立っていた壮年の従業員は、二人を見て、一瞬露骨に顔をしかめた。

 ここは上流階級向けの高級宿。安物のローブを着た旅人姿丸出しのカルと、体調の悪そうなピュアを見て、難色を示すのも無理はない。

 カルはそんな従業員の態度にわずかに苛立ちを覚えたが、今はそれどころではなかったので簡潔に用件を告げる。

「部屋を取りたい」

 従業員は無理やり笑顔を作って答えた。

「お客様、申し訳ございません。当宿は貴族の方も多数ご利用される高級志向の宿ですので、申し上げにくいのですが一般の方は……」

「これを見ても同じことが言えるか?」

 そう言って、カルが自分の剣の柄頭にはまっていた一枚のメダリオンを取り外した。

「こ、これは……」

 それを見た従業員の顔色が変わる。そう、このメダリオンこそ、聖皇から直々に賜ったファリア聖教会最強の騎士たるロイヤルガードの証。

「私はファリア聖教会のロイヤルガード、ライ・アバロン。教会の命により旅をしている最中だ。しかし、連れが体調を崩してしまってな。できれば今日は、ここに泊まりたい。あいにくと、私は貴族ではないが……」

 ピュアが眠っていて助かった。カルは心からそう思った。

 ピュアには自分の正体を知られたくない。

 受付に立っていた従業員は、顔面蒼白になりながら急いで部屋の手続きを取る。

 カルは、震える手で差し出された鍵を受け取りながら言った。

「極秘任務の最中だ。私がここに泊まっていることはくれぐれも内密に。あと、部屋には誰も通すな。絶対にだ」

 従業員が壊れた人形のようにコクコクと頷くのを確認して、カルは部屋へと向かった。


 用意された部屋は最高級のものだった。

 二人はゆうに眠れそうなキングサイズのベッドが二つ。それがメインの寝室で、さらに隣にはもう一つ寝室がある。置かれた調度品、壁に掛けられた絵は全て大陸最高クラスのものだ。おそらく部屋代の方も、目が飛び出るほど高いのだろう。まあ、この大陸を救ったファリア大勇士と呼ばれる自分が部屋代を請求されるようなことはないだろうが。

 カルは急いでピュアをベッドに寝かせると、その手を強く握り締めて言った。

「ピュア、薬を持ってくる。どんな病気にも効くすごい薬だ。だから、もう少し、もう少しだけ待っててくれ!」

 ピュアは眠ったまま何も答えない。

 カルはそんなピュアの額に軽く口づけした後、宿を出た。

 メディアスの女王、クイーン・エルナのいるメディアス城へと向かって。


 城の中へは驚くほどすんなりと入れた。

 まあ、このメダリオンを見せて身分を明かせば、当然といえば当然なのだが。

 白を基調としたメディアス城は、初代クイーン・エルナが建築技術に優れたドワーフ族に依頼し、五年の歳月をかけて造り上げた城で、そのところどころに細かく彫りこまれた紋様がある。

 カルは、緊張した様子の衛兵に案内されて玉座の間へと進んだ。


「お初にお目にかかります、ライ・アバロン殿。私がメディアス第二一代目クイーン・エルナです。貴殿の来訪を心から歓迎します」

 玉座の間に座っていたのは、驚いたことにピュアとそう歳の変わらぬ姿の少女だった。

 透き通るような白い肌に、長くこちらも透き通った白い髪。彫刻を思わせる整った美貌だが、最大の特徴は大きくとがった耳だった。その耳こそエルフの証。

 ファリア大陸には三種類のエルフが存在する。

 とがった耳は共通だが、白い髪と白い肌を持つライトエルフ。黒い髪と黒い肌を持つダークエルフ。そして、ライトとダーク、またはエルフと人間との混血児であるハーフエルフ。

 彼らは人間の三倍近い寿命を持ち、彫刻のような美貌と高い知性、そして高い魔力を備えていた。

 今、カルの目の前にいるのは、ファリア大陸に住む全てのエルフの頂点に君臨する、クイーン・エルナその人であった。

「して、遠路はるばる我が国に来訪された理由は何でしょう?」

 クイーン・エルナが、見た目に違わぬ美しい声でカルに問いかける。

「エリクサーが欲しい」

 カルは簡潔に答えた。

 カルの言葉に、クイーン・エルナが口元に手を当ててコロコロと笑う。

「ホホホ、エリクサーは我がメディアスの国宝。いかにファリア大勇士のライ・アバロン殿といえど、そう簡単にお渡しすることはできません」

 クイーン・エルナが、カルを小馬鹿にするような口調で言った。

 しかし、カルは表情を変えない。

「もう一度言う。エリクサーが欲しい」

「ホホホ、どうやらファリア大勇士最後の一人は、ソルナド突入の際に耳を悪くされたご様子。言ったでしょう。エリクサーは渡せません」

 カルの言葉を冷たく切り捨てるクイーン・エルナに、カルは全く動じずに答えた。

「確かお前には貸しがあったはずだ。それを今返してもらう」

 その言葉を聞いたクイーン・エルナの顔から、先ほどまでの笑みが消える。

「何のことでしょう? 私達は初対面のはずですが……」

「ここで言ってもいいのか? 聞かれて困るのはお前の方だと思うが?」

 カルが、そう言って不敵に笑う。

 クイーン・エルナからは、完全に先ほどまでの余裕が消えていた。心なしか唇がわずかに震えている。

「皆の者。しばしの間下がっておれ。わらわはライ殿と二人で内密の話がある」

 衛兵がその言葉を聞いて難色を示すが、クイーン・エルナの強い視線に圧され、玉座の間にはカルとクイーン・エルナだけが残された。

「さて、貸しとは何のことでしょう? 私は全く身に覚えがないのですが」

「まだとぼけるのか……」

 カルは、大きくため息を吐いて口を開いた。

「いい加減、その耳障りな喋り方はやめろ、ハルン」

「…………」

 カルの言葉に、クイーン・エルナの表情が露骨に変わる。

 そして、クイーン・エルナは、先ほどまでとはまるで違う口調で言った。

「何で分かった?」

「分からんはずがないだろう。私を誰だと思っている? 多少顔の形を変えようが、髪の色を変えようが、肌の色を変えようが、貴様の身に流れるマナの流れは変えられん」

「…………」

「平和条約の場でお前を見た時は驚いたよ。ずいぶんと偉くなったものだな、ハルン。ソルナド突入で株を上げたか? いや、確かファリア大勇士のハルン・ニュスト様は、ソルナドで名誉の戦死を遂げておられるからそれはないな。さしずめ、黒いマナを浴びた上の奴らが、皆くたばっての繰り上げ当選といったところか。よかったな、ハルン。ずっと成りたがってたものな。クイーン・エルナに」

 皮肉を述べながらハルンを見上げるカル。

 ハルンは、忌々しそうに舌打ちしながら口を開いた。

「ちっ、相変わらずムカつくヤローだな、テメーは。で、エリクサーを渡さなかったらどうするって?」

 すでに今のハルンには、先ほどまでのクイーン・エルナとして雰囲気は微塵もない。

 今のハルンは、完全にソルナドに突入するためにファリア聖教会に集結した、口の悪いダークエルフの治癒士、ハルン・ニュストへと戻っていた。

「決まっているだろう。メディアス全国民の前で言ってやるのさ。貴様の正体は、ソルナド突入の際、死ぬのを恐れて最深部に行くのを拒んだ臆病者のダークエルフ、ハルン・ニュストだとな」

「…………」

「果たしてこれを聞いた国民はどう思うかな? 英雄として死んだはずのハルン様が、実は最後になって逃げ出した挙句、ちゃっかりクイーン・エルナになっているなんて知ったら暴動でも起きるんじゃないか?」

 カルの言葉を黙って聞いていたハルンは、やがて堪えきれないといった感じでケラケラと笑い出した。

「キャハハハハ……」

 その表情は、正体がばれて壊れたようには見えない。

「何がおかしい?」

 ハルンはしばらく笑い転げた後、目に溜まった涙を指で拭き取りながら、カルに言った。

「おかしいに決まってるだろ? 誰がお前の言葉なんて信じるかよ。いいかい、いかにお前が私の正体を知っているといっても、それはお前が、私の体内のマナを読んでそう言っているにすぎない。今の私はあの頃とは別人なんだ。いかにファリア大勇士ライ・アバロン様のお話でも、私はこの国を統べる女王クイーン・エルナ。さあ、果たしてメディアスの国民はどっちの話を信じるかな?」

 ハルンが嘲るかのような表情でカルを見下ろす。

「この私を脅そうなんて百年早いんだよ、クソガキ。顔を洗って出直しな」

 ハルンが勝ち誇った笑みを浮かべて宣言する。

 カルは、大きく嘆息した後、ゆっくりと口を開いた。

「そうだな。確かにその通りだ」

 カルの言葉を敗北宣言と受け取ったのか、ハルンはさらに笑みを大きくする。

 しかし、カルはそんなハルンを見つめたまま続けた。

「分かったよ、ハルン。できれば穏便に済ませたかったが、お前がそう来るなら、こちらも

まだるっこしい話はやめだ」

 その言葉を聞いたハルンの顔に疑問符が浮かぶ。

 しかし、その顔は次の瞬間、恐怖に染まった。

「さっさとエリクサーを渡せ。さもなくばこの国を叩き潰す」

「…………」

 カルは凄んで言ったわけでも、大声で怒鳴り散らしたわけでもなかった。

 ただ静かに告げるだけ。

 しかし、その言葉に気圧されて、ハルンは思わず後ずさった。

「お前なら分かるよな、ハルン。私にそれができるかできないか。嫌なら拒否すればいい。だが、お前が拒否した瞬間に、私はこの国の民を全て殺して、最後に貴様の首を飛ばす。あのソルナドから本当にファリア大陸を救った、このライ・アバロンの力を見せてやる」

 ハルンは、全身をガタガタと震わせながら、やっとの思いで口を開く。

「そ、そんなことをすれば、教会がだま……」

「その教会最強の騎士は誰だ? 邪魔だてするなら教会も潰す。ただ、それだけの話だ」

 すでにハルンの顔は蒼白になっており、ガチガチと歯を鳴らしていた。それでも恐怖は抑えられない。

「大人しくエリクサーを渡すなら、このまま黙って消えてやる。さあ、どうする?」

 カルがゆっくりとハルンに近づいていく。

 ハルンは、この医療大国メディアスを統べるクイーン・エルナは、ただ黙ってカルの要求を呑むことしかできなかった。


 エリクサーを手に入れたカルは、一目散にピュアの待つ部屋へと向かった。

 ピュアは眠っていた。いや、意識を失っているといった方が正しいかもしれない。

 カルが何度呼びかけても答えない。時折苦しげな顔を見せては、うわ言のように何度もカルの名前を呼んでいる。

 カルは慌ててエリクサーを飲ませようとした。

 しかし、ピュアは中々エリクサーを飲もうとしない。飲んではすぐに戻してしまい、上手く飲ませることができなかった。

 このままでは……、そう思ったカルが、エリクサーを自分の口に含み、自分の唇をピュアのそれに押し当てる。

 ピュアは、最初はわずかに抵抗したが、やがて治まり大人しくカルの口からエリクサーを飲んでいた。

 飲ませ終えたカルが安堵の息を漏らす。初めてのキスの余韻など、どこにもなかった。

 だが、これでもう大丈夫。エリクサーはどんな病気でもたちどころに治してしまうメディアスの国宝。

 以前に聖皇が病に倒れた時、これを飲んで瞬く間に回復した。

 だから、これでピュアの病気も……

 そう思った矢先、ピュアがまた苦しげな喘ぎを漏らし始めた。

 馬鹿な、エリクサーで治らない病などないはずなのに。

 カルはハルンが偽物を渡したのではないかと一瞬考えたが、あの時のハルンの怯えようからしてそれはないと思った。では、何故……

「カル……」

 頭を悩ませていたカルに、いつの間に目を覚ましたのかピュアが声をかけていた。

 カルが慌ててピュアの手を握りしめる。

「ピュア、大丈夫か? 待ってろ、もう一度……」

「いいの」

 カルの言葉をピュアは優しく遮った。しかし、その顔には力がない。儚く、今にも消えてしまいそうな笑顔。

 カルの胸が強烈に締めつけられる。

「ねえ、カル。お願いがあるの……」

 ピュアが、消え入りそうな声でカルに言った。

「何だ? 何でも……」

「私ね、帰りたいの。ファリア聖教会領に戻って、教会の大聖堂に行きたいの……」


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