表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レジェンド オブ ソルナド  作者: ポンタロー
10/18

光の章 第五節

光の章 第五節


 通常なら一週間かかる行程を、ピュアは四日でメディアスに辿り着いた。

 どうやらこの旅で、知らず知らずのうちに馬車を駆る腕も上がっていたようだ。

 しかし、今はそんなことを喜んでいる時ではない。

 メディアスの王都メディアへ入るための検査は厳しい。

 平和条約締結直後は検査規制も若干緩んだのだが、それからしばらく経った後に、再び検査規制が厳しくなった。

 大陸全土からその優れた医療技術を求める人々が多く集まるため、流行り病や難病が国内へと蔓延するのを防ぐ目的で、入国の際に検問の前では厳しい検査が行われていた。

 ピュアもメディアスへは到着したが、検問に辿り着くまでで一日を費やしてしまった。

 ライは、荷台の中で時折苦しそうな声を上げながら眠り続けている。

 遅々とした人の流れに、思わず唇を噛むピュア。

 そして、ようやく検査の時がきた。

「次、どこから来たんだ?」

 やや横柄な口調でピュアに尋ねたのは、二十代半ばの衛兵だった。

「ローレルからだ。急病人を運んでいる。一刻も早く入国させていただきたい!」

 ピュアの言葉に、衛兵は呆れたように言った。

「そんなの無理に決まってるだろう。お前の連れてきた病人が風土病か流行り病を持っていたらどうする。この国全体に広まる可能性があるんだ。そうならないためにも、厳重に検査させてもら……!」

 長々と喋っていた衛兵が、荷台で眠っていたライを見た瞬間、その顔色を変える。

 そして、引きつった声で口を開いた。

「ラ、ライ・アバロン殿がどうしてここに……」

 ピュアは始めこそ事態を呑み込むのに若干の時間がかかったが、やがてその衛兵が、荷台で眠っていたライをファリア大勇士のライ・アバロンだと知って驚いていることに気づくと、そのままの勢いでハッタリをかます。

「そうだ。この方はファリア大勇士の一人、ライ・アバロン。我々は、教会の密命により旅をしている最中だ。しかし、突然ライ殿が体調を崩してしまってな。一刻も早く、治療をお願いしたい。無論、無理とは言いますまいな?」

「し、失礼しました。どうぞ、お通りください」

 先ほどまでとはガラリと態度を変えてピュア達を通す衛兵。

 ピュアは、内心で大きく安堵の息を吐いて中へと入った。


 驚いたことに、入国していきなり、メディアスを治めるエルフの女王クイーン・エルナに面会したいと言ったピュアの願いは、あっさりと聞き入れられた。

 通常なら考えられないことである。

 ピュアは、改めてライ・アバロンという人物の知名度の高さに驚いていた。

 馬車を衛兵に預け、眠っているライを担いで城内へと運ぼうとするピュア。

 しかし、ピュアが荷台に入った時には、ライはすでに起きて準備を済ませていた。

「ライ! 大丈夫なのか?」

「ええ、さっきの衛兵さんの声で目が覚めちゃいましたよ。すいません、ピュア。無理をさせてしまって」

「バカ! そんなことはいい。歩けるか?」

 ピュアは、力なく頭を下げるライに肩を貸して、何とか荷台から下ろす。

 ライがそこからは自分で歩くと言ったので、ピュアは少し思案したものの、ゆっくりと手を放し、二人は城内へと入った。

 メディアス城は白を基調とした美しいところだった。

 置かれている壷や絵も全て最高級のものだろう。ピュアはなんとなく端を歩くのが怖くなって通路の真ん中を歩いた。

 三十代半ばくらいに見える衛兵に連れられて、メディアス城の玉座の間まで辿り着いた二人。案内を終えた衛兵は、丁寧に一礼して持ち場へと戻っていった。

 門番が、厳かな雰囲気で玉座の間に通じる門を開く。

 そして、二人は緊張した面持ちで、赤い絨毯の上を歩いて中へと進んだ。

 やがて、玉座の前へと辿り着き、目の前の豪奢な玉座に座る人物を見て二人は唖然となった。

 玉座に座っていたのはどう見ても一四、五歳といった感じにしか見えない少女だった。美しく染み一つない白い肌に、雪のような白く長い髪。そして、エルフの特徴であるとがった耳。存在自体が芸術のようなその容姿は見るものを引き付けて離さない。しかし、いくらなんでも若すぎる。もっとも、エルフの年齢は見た目では判断がつきにくいため断定はできないが、それでもエルフの中でも歳が若い方なのは想像に難くない。

 クイーン・エルナといえば医療大国メディアスを統べる女王にして、メディアス最高の治癒士。もっと年老いた風格のある人物を想像していたピュアは、思わず唖然としてしまった。

 その若い(であろう)クイーン・エルナは、透明感のある澄んだ美しい声で告げる。

「ライ・アバロン殿。ようこそおいでくださいました。我がメディアスはあなたの来訪を心から歓迎致します。何でも体調を崩されているとか。皆の者、ライ殿の治療が終わるまで少しの間下がっていなさい」

 その言葉に、クイーン・エルナの脇を固めていた近衛騎士を始め、玉座の間にいた全ての兵がその場を去る。

 そして、全ての兵が去ったのを確認したクイーン・エルナは、先ほどまでの女神のような態度から、突如変貌した。

「おい、テメー。もうその面見せないんじゃなかったのか? あっ? ファリア大勇士のライ・アバロン様は、自分で交わした約束も満足に守れねえのかよ!」

 先ほどまでとはまるで違う、クイーン・エルナの突然の変貌。

 事態に全くついていけないピュアは、思わず硬直してしまう。

 ピュアが横目でチラリとライの方を見るが、その心は分からない。

「ったく、見たくもねえ面見せやがって。で、何の用だ? 体調崩したとか言ってたけど、どうせそれもハッタリだろ」

 ひとしきり悪態を吐いた後、クイーン・エルナはボフンと玉座に腰を下ろした。

 あまりの豹変ぶりに驚いていたピュアも、ようやく本題に入れると口を開く。

「クイーン・エルナ様。実は、あなたに頼みたいことがあって参上しました」

「あん? 何だテメーは?」

 クイーン・エルナは、今まで目に入っていなかったとばかりにピュアを睨む。

 ピュアは、少しムッとしながらも続けた。

「申し遅れました。私はピュア・フェアリス。ライの……じゃなかった、ライ・アバロン殿のしゅじ……でもなかった、従者をしている者です。実はこの度、ライ殿が深刻なやま……!」

 それまで無言を貫いていたライが、突然ピュアの口を塞ぐ。慌ててライを見るピュア。

 ライは目だけでピュアに語っていた。「ここは自分に任せろ」と。

「いやあ、久しぶりですね。クイーン・エルナ。またお目にかかれて光栄ですよ」

 そしてライが、いきなり笑顔全開でクイーン・エルナに話しかける。

 クイーン・エルナは、そんなライを見ながら訝しげな表情で告げた。

「ケッ! こっちはテメーの面なんぞ二度と見たくなかったよ」

「おや、そうなんですか? 僕は会いたかったですけど」

 クイーン・エルナの皮肉など、どこ吹く風とばかりにライが微笑む。

 クイーン・エルナは不機嫌な顔を一層不機嫌にして、ライに向かって口を開いた。

「社交辞令はいいからとっとと本題に入れ。何が目的できたんだ、お前らは?」

 クイーン・エルナの問いに、ライはニコニコ笑顔のまま即答した。

「エリクサーが欲しいんです」

「なっ!」

 その言葉を聞いたクイーン・エルナが、驚きのあまり玉座から腰を浮かせる。

「エリクサーならこの前やっただろうが!」

「ええ、確かにもらいましたけど、足りなくなったのでまたもらいにきちゃいました」

 あっけらかんと言うライに、クイーン・エルナがわなわなと唇を震わせて叫んだ。

「ふざけんな! エリクサーはメディアスの国宝だぞ! そうほいほい何度もやれるか!」

 ぜいぜいと肩で息をしながら叫ぶクイーン・エルナ。

 もはや、当初の雰囲気は微塵もなかった。

 しかし、ライは表情を変えない。相変わらずニコニコと笑顔を浮かべたまま。

「困りましたねえ。僕達にはどうしてもエリクサーが必要なんですよ。ねっ、ピュア?」

「え? あっ、はい!」

 いきなり話を振られたピュアが、とりあえずコクコクと頷く。

「駄目だ駄目だ。何と言おうがエリクサーはやらねえ。とっとと帰んな」

 クイーン・エルナは、顔を背けて断固拒否の姿勢を見せる。

 その態度を見たライが、先ほどの笑顔から一変して真顔に戻り、スッと目を細めて言った。

「仕方ありませんねえ。できれば穏便に済ませたかったんですが、どうしても渡してもらえないのなら、力ずくといきますか」

「…………」

 ライが、冷気さえ感じさせる冷たい表情で淡々と告げた。

 その顔を見たクイーン・エルナの体に戦慄が走った。傍から見てもはっきりと怯えているのが分かる。

「エリクサーさえもらえれば、僕達は二度とあなたの前に現れるつもりはないんですけどねえ。無理なら仕方ありません。それじゃあ……」

「待て! ちょっと待ってくれ!」

 魔法の詠唱を開始しようとしたライを、クイーン・エルナが慌てて止める。

 その顔は半ばヤケクソ気味で、目には涙が浮かんでいた。

「分かったよ! やればいいんだろ!」

 そう言って、クイーン・エルナは見た目相応の泣き顔でライの要求に従った。


「これがエリクサーか……」

 渡されたエリクサーを片手にピュアが呟いた。

 ここは王都メディアにある来賓用の超高級宿。メディアス城から戻った二人は、泣きながら悪態を吐いていたクイーン・エルナを残してここにやってきていた。

 宿代はもちろんメディアス持ちである。

 ライの去り際の「今日はメディアに泊まりたいなあ。そうすればもう二度とあなたの前には現れないんだけどなあ」の一言によって、クイーン・エルナからここに送られた。

 去り際に見せたクイーン・エルナの凄まじい形相は、今もピュアの頭に焼き付いている。

「ライ、よくもまあ、あんなにポンポンと恐喝まがいのことが言えたもんだな」

「いやー、たまたまですよ。人間、命が懸かってると必死にもなりますよね」

「私は、少しだけクイーン・エルナに同情を覚えたぞ」

「まあ、いいじゃないですか。無事にエリクサーも手に入ったんだし」

「それはそうだが。まあいい、とりあえず飲んでみろ」

 ピュアの言葉に、ライが首肯してエリクサーの入った瓶を飲み干す。

 エリクサーは透明な色をした液体だった。見た目は水と変わらない。

「どうだ?」

 飲み終えたライにピュアが尋ねる。

「いや、特に変化は……ゴホッ!」

 ライが何かを言おうとして突然咳き込む。

 顔色も良くなっているようには見えない。今まで通り、死人のように青白いまま。

「どういうことだ! まさか、偽物だったのか!」

「いやー、クイーン・エルナのあの怯えようからしてそれはないでしょ」

「となると……」

「エリクサーでもダメだった、ということでしょうねえ」

 ライが大きくため息を吐いた。

「そんな……」

「まあ、仕方ありませんよ。でも、少しは体力が戻ったかもしれません。ほらっ!」

 無理やり力こぶを作ってピュアに見せるライ。

 それを見たピュアの目に涙が滲んだ。

「大変だ! 闇騎士が来るぞ!」

 そんな時だった。宿の外から大きな声が響いたのは。


「大変だ! 闇騎士が来るぞ!」

 馬に乗った男が、メディアス城下を走りながら叫ぶ。

「闇騎士だと!」

 男の言葉に、ピュアが鋭く反応した。

 急いで宿の外に出る二人。

 ちょうど、その馬に乗った男が自分達に近づいてきたので呼び止める。

「おい! 闇騎士が来るとはどういうことだ!」

 ピュアが、男の声に負けないように声を張り上げる。

 その声に気づいた男が、ピュア達の前で馬を止めた。

「闇騎士が次の殺しを予告したんだよ。次の殺しは三日後。ターゲットはファリア聖教会の聖皇、グラン・アストロス・ファリア五〇世だ」

「何! ファリア聖教会の聖皇だと!」

 ピュアの体に戦慄が走る。

 ファリア聖教会は、ソルナドを祭るファリア大陸最大の宗教『ファリア聖教』の総本山。その聖皇と言えば、完全永世中立国故に他国の軍事行動にこそ介入できないが、ファリア大陸にあるどの国よりも大きな発言権を持つ、大陸最大の権力者であった。その人物を暗殺とは……

 動揺で動けないピュアを前に、男がさらに続けた。

「闇騎士が殺しを予告したのは今回が初めてだ。ただ、先日殺されたミドス国王の枕元に、王の血でそう書かれていたらしい。だから、間違いねえ。次に闇騎士が現れるのは三日後。場所はファリア聖教会領。ターゲットはファリア大陸最高権力者のファリア聖教会、聖皇だ!」

「馬鹿な! 殺しを予告するだと? それでは、相手に守りを固める時間を与えるようなものじゃ……」

 ピュアの言葉に、男は頭をガリガリと掻いて答えた。

「いや、闇騎士の予告にはこうも書いてあったらしい。『邪魔する者は全て殺す。女だろうと子供だろうと全て殺す』ってな」

「いやしかし、ファリア聖教会には聖皇直属の聖騎士団がいるはずだ。いかに闇騎士といえどそう簡単には……」

「それが……聖騎士団は昨日のうちに全員逃げ出したらしい」

「なっ!」

 ピュアは、今度こそ口を開いたまま唖然となった。

「だから今現在、聖皇は教会の大聖堂に一人で閉じ篭っている。あそこが一番頑丈な建物だし、下手に教会領を出れば、それこそ殺してくれと言っているようなものだからな。他の司教や司祭達も全員、一般居住区へ避難したそうだ」

「な、何故だ? 何故そんな……」

「怖いからですよ」

 ピュアの言葉を遮ったのは、フードを被りそれまでずっと黙っていたライだった。

「今まで闇騎士に狙われた人物は皆死んでいるんです。一般人こそ殺されていませんが、闇騎士を捕まえようと行方を追っていた各国の近衛騎士団や名のある冒険者達も皆殺されています。今までの殺しは要人達の警備が手薄な時を狙って行われていましたが、今回の聖皇暗殺はそうはいかない。聖皇はほとんど大聖堂を出ないし、あそこにはファリア大戦で身寄りを失った孤児達や、教会で働いている一般信者も大勢いますからね。つまり今回、闇騎士はこう言っているんですよ。自分の狙いは聖皇ただ一人。邪魔する者は全て殺すが、邪魔さえしなければ殺さない。とね」

「…………」

「聖騎士だろうと司教だろうと所詮は人間。暗殺率一〇〇パーセントという化け物じみた暗殺者の機嫌を損ねれば、次に自分が狙われると思うのは当然のこと。だから、怖いんですよ。自分の死とそれが忍び寄る足音がね」

 ライが硬い声で淡々と告げる。そんなライに、ピュアは何も言えなかった。

 やがてライが、静かにピュアを見据えて口を開く。

「ピュア、行きましょう!」

「えっ? どこにだ?」

「ファリア聖教会領へ」

「何!」

 ピュアが目を見開いて、ライを見つめる。

 隣にいた男も驚きで目を丸くしていた。

「ライ、いきなり何を……」

「おそらく、これが最後です。聖皇はファリア大陸の最高権力者。もし闇騎士の目的がファリア大陸にある国々の要人抹殺なら、彼以上の標的はもういない。だから、おそらくこれが最後です。この機会を逃せば、闇騎士はどこへなりと逃げるでしょう。誰も顔を知らないんだ。逃げるのは容易なこと。もっとも、ファリア聖教会の聖騎士団でさえ逃げ出すほどの闇騎士を捕まえようとする者が、まだこの大陸に残っていればの話ですが」

「しかし……」

「悪者退治をするんでしょう?」

「…………」

「どんな理由があろうとも、闇騎士は犯罪者です。ファリア大陸にのさばる悪を倒すことが、あなたの旅の目的だったはず」

「ライ……」

「だからピュア、これが最後です。次が、僕達の旅の終着点なんですよ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ