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第七章  夜の星

  第七章   夜の星



 森田と赤城は、ひょんな事から口入屋の紹介で短期の仕事に付く時であった。

二人が梨本与平の用事で、八坂神社へ行った帰りの事である。


鴨川の橋で身なりの良い中年の男が、三人の輩に絡まれ匕首で斬られそうなところを助けた事があった。

この身なりの良い中年が、寺町通りに有る口入屋の主で、村田元衛門と言う。


絡まれた三人に以前仕事を紹介したが、揉め事を起こし首になった腹いせに難癖を付けて金をよこせと脅していた。

そこに現れた赤木達が、見事な身のこなしと刀捌きで三人を倒した。

村田元衛門は、その腕前に惚れ込んだ。

丁度依頼されていた仕事で腕に覚えのある者を探している時でも有った。

そんな縁で仕事を頼まれ、今日がその初日である。


 仕事の内容は、祇園の芸鼓綾乃の護衛であった。

綾乃は祇園でも売れっ子の方で、旗本や大店の旦那衆からも良く声が掛かっていた。

お座敷では芸達者で、笑顔の良い美人芸鼓であるが、仕事を離れると口数も少なく何処か寂しさを持った暗い表情の娘になった。


そんな綾乃を最近付けまわす何者かの存在があり、何か有ってからでは遅いと護衛を頼んだのである。

護衛と言っても、置屋から御茶屋の行き帰りや、途中で入ったご指名等で場所を移動する時に、綾乃の前後を一緒に歩くだけであった。

今日は何事も無く、宵四つ過ぎには綾乃の護衛を終えた。

赤城達は、提灯を下げ夜道を帰り、そう言えば綾乃さんとは、ほとんど会話も無かったなあと二人で話していた。


「よろしゅうお頼みもうします」

「ここで、くつろいでお待ちやす」

「今日は、おおきに、また明日もお願いいたしやすえ」


ほんま、これぐらいしか喋ってへんかったな、と森田が苦笑いした。

「でも綺麗な人でしたね、綾乃さんは白粉落としても綺麗でしょうね」

二人は、初めて祇園の夜や芸鼓を身近で見て、大人の世界に入った気分で陽気に話しながら梨本村へ帰った。


 二日目の護衛に出掛ける準備をしていた森田と赤城に、

「よろしおますなあ、今夜も色町どすかあ、さどええ思いしはるんでっしゃろうねエ」

と池波がいつもの調子で嫌味まじりなでちゃかした。

負けじと森田も笑いながら言い返した。


「そら最高でっせ祇園の夜は、綺麗なおなご衆に囲まれて旨いもん一杯食えて」


きいいい! 池波が歯軋りする様な顔で唸った。

ワハハハ

森田も赤城も笑いながら、じゃあ行ってくらあと祇園に向かった。


 七つ半、赤城と森田の二人は、綾乃と共に置屋を出た。

今夜の綾乃は三件掛け持ちで、護衛の二人も忙しく付いて回った。


「森田さん、御茶屋を出た時から付けられてる様な感じがあるんですが」

「俺も感じたけど、近くまでは寄って来る気配が無かったやろ」


二人は、何者かの気配を感じてはいたが、もう少し様子を見るつもでいた。

四つ半頃、最後のお茶屋で綾乃を待ちながら、久し振りに本田の話をしていた。


「はんまに、本田はどうなったんやろうか」


そこに、おつかれやすと挨拶をしながら、座敷を終えた綾乃が入って来た。


「いつもすんまへんなあ、持ってもろうて」

「いえいえ、これも仕事ですから」

「ところで今、本田はんって名が聞こえやしたけど、薩摩藩の本田はんの事でっか?」


森田も赤城も薩摩藩・・・、おそらく違うと思います。と言葉を返した。


「なんやちゃうんでっか、薩摩の本田はんやったらよう来てはりやしたけど・・・

 初めて会うた時、あの髪型には笑ろうてしまいましたんや、そやからよう覚えとります

 わあ」


え、おもろい髪型って!森田も赤城も飛び付く勢いで綾乃を見た。


「きゃ、どないしはりましたんや、びっくりするやおへんかぁ」


赤城はびっくりさせた事を謝り、もう少しその本田と言う男の事を教えてほしいと聞いた。


「へえ、最初に会ったのは、一年以上も前の事で薩摩藩の人達ときはったんどす。

 まだ子供みたいに純情でおとなしゅうて、とにかく髪形が変どしたんや。

 頭の横には毛がおまへんのに、月代には毛が一杯あるんどすわあ、ほんでも最初の頃だ

 けどしたけど。そう言うたら最近来てはらしまへんなあ」


本田二輪に間違い無い!二人が同時に声を出していた。


「なんや、やっぱりお知り合いどしたんやなあ」


一年以上前に会ってる・・・佐々木と同じパターンか、二人とも同じ事を思った。

本田は元気にしてましたかと森田が尋ねると、


「あてが最後に見たんは、去年の暮れどしたけど、元気にしてはりましたえ。頭も綺麗な

 髷してはりましたわ」


やっと本田の消息が掴めた!とさらに綾乃に色々教えてもらい、伏見の薩摩藩邸に居た事もわかった。

ただ今年は一度も見ていないらしく、今も薩摩藩邸に居るかどうかはわからなかった。

二人は綾乃に感謝し、御茶屋を出て警護しながら置屋に向かった。


 ーーー出た時は感じたが、今は気配が無くなっているーーー


赤城と森田は、目を凝らすだけではなく体に伝わる感覚を研ぎ澄ませながら歩いた。


旅籠が数件並ぶ街の裏を歩いた時、二人の体に人の気配を感じ旅籠の裏木戸を見た。


ーーーおや、曲者じゃなかったのか、それにしても娘が一人で何をしてるーーー


赤城は不思議に思いながら少し手前で止まり、様子をみていた。

娘は裏木戸の横に置いた台に腰掛け、星空を眺めて何かを言っていた。


「あら、おもとちゃん!また星をみてたの」

「あ、綾乃姉さん、お疲れ様です」

「おもとちゃんは、ほんま星が好きどすなあ」

「はい、昔の事を思いだせるから・・・」


挨拶程度の会話で終り、娘の前を通り過ぎて行った。

赤城がお知り合いだったんですね、と何気なく喋った。


「二年前にあの旅籠で働く様にならはったんやけど、もとは江戸の方にいはったみたいどすわ、詳しい事は知りまへんけど身内もいてはらへんって聞いとります。

いつも星みて、ようわからん聴いた事おへん歌を唄ってはるなあ」


育った街でも無いところで、身内も無く一人頑張って生きているんだ、可哀想な娘なんだな、暗くて良く見えなかったけど、おそらく俺等と同じ年頃だろうに・・・

森田も赤城も娘と自分達の境遇を重ねていた。



 朝錬も終り朝餉を摂りながらお互いの予定などを話していた。

池波の横では、地主の孫娘沙代が着物の仕立てをしていた。当然池波の着物で有る。

森田は昨夜得た本田の消息に付いて、全員に話した。

場所が薩摩藩邸だけに無謀な動きは避け、もう少し様子を見てから事を進めるように

具体的な事はもう暫く先に打ち合わせる様にした。


その後、話の最後に前田が森田と赤城に相談をしていた。

自分も口入屋の仕事が無いか聞いて欲しいと言う内容である。

確かに村の手伝いだけではなく、自分達で稼ぐ事も必要だろうと思っていた森田は、今日祇園へ行く前に寺町通りの口入屋へ寄る事にした。


「おやおや、森田はんに赤城はん!仕事の前に顔を見せてくれはりますなんて嬉しい事してくれはりま

すなあ」

「村田殿、仕事が無いかちょっと相談に来たんやけど」

「え?、森田はん綾乃はんの警護は?」

「いやいや、わしでは無く仲間の分をね。わしら五人で色々と動いてる事が多くてね」

「ああ、さようでおましたか。森田はんらの仲間って事は、当然剣の腕も達者なお方達って事でおます

わなあ」

「別に護衛や用心棒で無くてもいいですよ、年も若い連中やし、反対に安全な方がありがたいが」


村田元衛門は、さよですかと言いながら帳簿をめくり、


「そやそや、これなんかどうでっしゃろ。剣術道場の師範代でおますわ」


なんでも道場主が、大怪我で当分動けそうにも無い為、全快するまでの間だけでも師範代出来る腕と人望の有る人を探して欲しいと依頼されていたらしい。


「村田殿、それは良さそうだなあ」

「それは、前田より森田さんに合ってる仕事ですね」


赤城は代々道場を営んで来た森田に打って付けだと思ったのである。


「そうやなあ、前田にはちと荷が重いな」


森田は、綾乃さんの護衛を前田と代わって、師範代の方は自分が行く様に調整出来ないか村田に尋ねた。

村田も特に問題は無く、反対に道場の方へ森田が行ってくれるのであれば、自分の顔も起つと思って上機嫌になった。


ただ、一つ問題がございますと村田が付け加えた。

道場の場所が、長岡天満宮からさらに一里半ほど先に有り、等分は住み込みになるとの事、ただし三食昼ね付きは間違い無し。

それに道場主夫婦がとても良い人らしい。


「赤城どうや、少し空けても大丈夫か?本田の件もあるが」

「大丈夫ですよ、それにその場所なら梨本村や小屋からも都合が良いでしょう。

 本田の件は、池波や岩清水も使えるから問題は無いですよ」


じゃあ決まりでんな!と口入屋村田が、手を叩いて喜んだ。

森田は綾乃の護衛は後二日だけにし、後は前田と交代する様にした。


「さあそろそろ綾乃さん所へ向かうか」

「そうですね、それと今夜辺り動きが有るかもしれませんね」

「昨夜の気配の奴か・・・」


三日目の護衛が始まった。

置屋へ入る前から二人は気配を感じていた。やはり今夜辺り何かありそうだ。

いつもの様に三人で置屋を出たが、今日は距離を詰めて歩いてた。

お茶屋に入ると、赤城は中を通り抜け裏から一度外へ出た。

お茶屋の周辺を探り、また裏から戻り森田に状況を伝えた。


「裏側は大丈夫ですが、表の鴨川に浪人が二人、少し先の大木が有る暗くなった陰に旗本

 の様な連中が三人と浪人が一人います。」

「六人か、ちょっと多いな。旗本がおるってどう言う事なんやろ」

「時代劇にある様に、奴等権力で悪い事でも何でもするんですかねえ」

「何をしてくるか、出方を見るしかないか」


二人は、綾乃を守る事で斬り合いになった場合、やるしかないなと覚悟は出来ていた。

以前の胸の内とは少々変わって来ている自分に、やはり時代に馴染んでしまっていると感じていた。


今夜のお座敷は、この御茶屋だけで四つには空けた。

綾乃はいつもの様に二人に笑顔で、おまっとうさんと言うが、二人の表情がいつもと違う事に気付き緊張が走った。

お茶屋を出て、綾乃は赤城に寄り添う様に歩き、辺りを気にしていた。

鴨川沿いにいた浪人二人が後ろを付いてきている。


大木まで5間となった時、浪人が影から姿を見せ鯉口を切った。


「赤城気をつけろ、前は任せろ。」

「了解!旗本らにも気を付けて下さいよ」


後ろの二人は、刀に手は掛けているが鯉口はまだ切らずそのまま赤城達との間を詰めてきていた。


森田と浪人の間が二軒に縮まり


「貴様らいったい何をする気じゃ」


森田は問い掛けながら居合腰で鯉口を切り柄に右手を掛けた。


「若造死にたくなければそこをどけ」


浪人は脅しをかけゆっくりと刀を抜き、正眼の構えをとった。

合わせる様に、後ろの浪人二人も赤木に二間までより抜刀から正眼へ構えた。


お互いそこからは動かず、気の押し合いとなっている。

大木横に居た旗本三人が姿を見せ、綾乃に話し掛けた。


「綾乃、この前はよくも人前でこけにしてくれよったな。最後にもう一度だけ言う。

 今からでも、わしの妾になると侘びを入れれば許してやるぞ」


真ん中にいる一番年を食ってそうな旗本が、卑猥な笑みを浮かべて言ったのである。


「あんさんの妾になるぐらいなら死んだ方がましどす!」

「戯けたあまが、芸鼓ごときがわしらに偉そうな口を聞きよって、覚悟せい!」


状況が掴めた森田と赤城は、権力を笠にする連中に怒りを覚え、赤城も若干腰を落とし抜刀の体勢をとった。


後ろ側の一人が、ほう居合使いか、と薄笑みで正眼から八双の構えに移した。

とその時、森田達の方で金属が弾け合う音が響き、すぐさま鈍い音も聞こえた。

どっちが斬られたんだ・・赤城は森田が気になったが、八双の男が飛び込んで袈裟に刀を振り落として来た。

ところが赤城は、すでに抜刀の初発刀は胴払いに、しかも赤城本人は男の横を抜け一気に後ろから添え手突きを入れていた。もう一人の浪人が赤城の動きに合わせて向き直った時には、両腕を逆袈裟に切り上げられていた。


森田の方を見ると、すでに浪人を倒し旗本の喉本に切先を付けていた。

綾乃は、この若者がこんなに凄い剣客だったとは、と驚いた。


  きさまら!何をしておる!


新撰組が叫びながら走って来るのが見えた。

赤城と森田が血糊を拭き取り刀を納めると、旗本が新撰組に助けを求める様に言った。


「こやつら長州の過激派じゃ、早う斬り捨てろ!」


新撰組は抜刀状態で、赤城達を獲り囲み逆らえば斬るぞと言わんばかりである。


「斉藤はん、あてらが悪いんちゃいます、あちらが襲って来はったんどす!」


綾乃は新撰組斉藤一と顔見知りの様で、状況を説明した。


「お、赤城じゃねか、森田も一緒か」

「佐々木の知り合いか?」

「斉藤さん、この二人はドが付くほど正義感の強い奴で、長州人とも違いますよ。」

「ああ、腑抜けな旗本連中を見りゃわかるさ。新撰組が手を出す事件じゃねぇや、引き上げるぞ。」


旗本達は、斉藤に向かって怒鳴り出した。


「きさま!輩どもの見方をしよって、わしらの言う事が聞けんのか!

 薄汚い壬生狼の分際をしおって。」


周りの隊士達は、斉藤が切れると思い緊張が走ったが、斉藤は以外にも冷静な言葉で返した。


「薄汚いか、俺達は死を覚悟で市中警護に就いてるがな、てめえらは幕府にとって何かやってるのかよ。

 権力を笠に民の迷惑しかしてねえよなあ、てめえらこそ薄汚ねえぜ。何だったら、俺がここで汚ねえ溝

 鼠を成敗してやろうか」


言葉は普通に喋っているが、冷酷な表情で話す姿に旗本たちも震え上がっていた。


引き上げる斉藤について隊士達も去ろうとした時、先輩またゆっくり会いましょうと、秋山が声を掛けて行った。


 佐々木と秋山は、この6月の改変から三番隊組長斉藤一の下に就いていた。


「佐々木あの二人かなりの使い手だな、何者だ」

「奴等も俺達と同じ剣しか様の無いバカですよ、なあ秋山」

「え、まあ私の兄弟子でもありますからねえ。ほんま恐ろしく強いですよ」


秋山は薄笑いしながら佐々木の顔を見ていた。

今は人畜無害ですが、もし幕府に反抗する様な事が有れば俺が斬りますよ。

斉藤にそう話しながらも、秋山には大丈夫と言う顔を送っていた。


 新撰組が去り、旗本達は腕を斬られた浪人を連れ慌てて逃げてしまった。

残された浪人二体の屍を、赤城と森田で大木の際に置き綾乃を連れその場から去った。


「お二人はん、ほんまにありがとさんえ。命を助けてくれはったお礼をさせておくれやす。

 今宵はとことん飲んで食べてあてと一緒に遊んでおくれやす。」


森田も赤城も、酒は飲めないし腹も一杯で、当たり前の仕事をしただけだと断った。


「綾乃さんには、いつもようして貰ってますから、それで十分ですよ」


森田の言葉に、ほんま真面目なお人達ですなあと笑い、


「じゃあ、明日のお昼ご一緒に」


となった。さすがにこれ以上は断れず、先斗町の料亭で会う事となった。


 翌日の昼二人は先斗町の料亭雪蔵で、綾乃の持て成しについていた。

綾乃は座敷に上がる時とは違い特別着飾った様子も無く現れ、夜の顔とは違った綺麗なお姉さん風である。 

赤城も森田もまた雰囲気の違う綾乃の魅力に吸い込まれる様な感覚に襲われ、初恋の頃の淡い気持ちに似た動揺が終始治まらなかった。


「ほんまに呑みはらへんのどすか?」


食べるばかりで、飲む気配の無い二人に綾乃が言った。


「今までも余り飲む機会が無かったんです。おそらくすぐに酔ってしまうでしょう。」


森田がそう言う終わる前に綾乃が、


「いややわあ、あれだけの剣客はんお二人がお酒に弱いなんて、ふふふ。どうぞ酔っておくれやす、綾乃 に介抱させておくれやす。」


妖艶な笑いで、そう言われた二人は赤面しながらも少しだけとお酒を口にした。

楽しい時間も一刻を過ぎ、そろそろお開きとなり森田は一人先に分かれた。

森田は、この後口入屋の村田元衛門と打ち合わせをし、明日から道場の仕事に就く予定だった。

赤城は綾乃に頼まれ、今夜もう一日だけ警護に付き様子を見る事となった。


 綾乃の警護は何事も無く過ぎ、もう大丈夫だろうと警護の仕事は今夜で終りとした。

赤城は綾乃と別れ、一人梨本村へ帰る路についた。途中河原町付近で夜空に輝く星に気付き、その場に留まり星を眺めていた。


 ーーー今夜も綺麗な星空だなあ・・、皆どうしてるんだろう・・、あの時代はどうなってるだろうか、

    父さんや母さんも無事でいてくれてるのかーーー


あの頃を思い出しながら、赤城は暫くその場に腰掛けて夜空を見入っていた。

すると赤城の耳に何か聞こえて来た。

誰か喋ってる声、いやそうでは無い泣いている声か・・・、赤城は耳を澄ませて声の方を見てみると、

以前も夜に見たあの時の娘が細い声で夜空に向かって何か言っている。


 ーー夜の星を、小さな星の小さな光が、ささやかな幸せをうたってるーー


 「えぇ!」


赤城の驚愕して発した声に、娘はびっくりし怯えて赤城を見た。


「驚かしてすまぬ、確か彼方はおもとさんでしたっけ」

「あぁはい、彼方様は綾乃姉さんとご一緒でした方ですね」


娘おもとは、男の得体がわかり安心した様子になり赤城に会釈をした。

赤城も会釈を交わし、おもとに近づいた。


「おもとさん、もう一度今の歌をお願い出来るかな?」


おもとは笑顔でこくりと首を下げ、また星を見上げて唄い出した。


「見上げてごらん 夜の星を 小さな星の 小さな光が ささやかな幸せをーーー」


やはり聞き間違いではなかった、赤城は驚きを隠せない表情でおもとが唄い終わるまで静かに聴いていた。

唄い終わると、おもとが赤城に話しかけた。


「変わった歌でしょ、私の住んでいた時代・・いえ町だけしかわからない歌なんです。」

「いや、俺もよく聴いたし唄ったよ。坂本九の名曲、いや俺は秋あかねの方だけど・・」


今度は、おもとが驚き体を硬直させて、瞳に涙を一杯溜めていた。


「同じ時代から飛ばされて来たんだね、俺達・・・あの大地震で」


おもとは、抑えきれずに声を出して泣き出した。


「おもとさん、ひょっとして秋あかねちゃん本人?」


泣きじゃくりながらも何回も頷き、おもとは赤城の袖を握り締めていた。


 刻限も遅かった為、四判刻ほどで別れ明日再開する約束をした。

おもとも赤城達と同様、平成二七年四月五日の大地震で二年前にこの街へタイムスリップしていた。今は河原町の旅籠奥野屋で女中として住み込み、一人寂しく生きていたのであった。



 久我梨本村の朝、辺りもようやく日の明かりが射し始めた。

村に居ついていた森田等五人は、すでに朝錬の準備に入っていた。


「赤城、昨夜は遅かったな。それになかなか寝付けんかった様やけど・・」


森田は赤城の様子に何か有ったのではと心配して言った。

赤城は森田の耳元で、他の者には聞こえないように昨夜の出来事を話した。

さすがに森田も驚きを隠せない様子である。


「俺達と同じ様な人は、他にも一杯いるのかもしれへんなあ」

「一杯いるかどうかはわかりませんが、同じ様な事が他の人達にも起こっていたとしても

 不思議じゃないですからねえ」

「赤城今日会うんだろう、また結果教えてくれ」


森田も気にはなるが、今日から道場の師範代と言う仕事に就くため一緒に会えないのが残念であった。

他の連中には、今日おもとともう少し話しを聞いてから報告をしようと、赤城は考えていた。


 赤城とおもとは、牛の刻九つ半頃に旅籠奥野屋の近くで会った。

おもとは、夕刻まで休憩を貰ったとの事で、鴨川の河原を歩きながら話しをしていた。


「お侍さん・・・なんか変ね、そう言えばお名前聞いていなかったわ」


フフフと笑いながらおもとが赤城の方を見た。


「ああ、言ってなかったよなあ。赤城正太郎、もうすぐ十八歳になります」

「じゃあ私と同じ年ね、正太郎さんって呼べばいいかな?」

「あれ? 確か十六歳じゃなかったっけ、秋あかねちゃんは・・」

「やだあ、もうここで二年も過ぎたじゃない」


そうか、秋あかねも佐々木や本田と同じで、俺達よりも二年前のここへタイムスリップして来てたのか、と赤城は理解した。


「おもとさん、俺は二カ月前のこの時代に現れたんですよ。他の仲間四人も一緒で・・」


おもとは、他にも同じ様な人が居るの?って顔をした。

赤城は今までの事や、他にも知っている事をすべておもとに話してやった。


「そうだったのですかあ、じゃあ私も入れて少なくても九人はこの街に居るって事になるのですねぇ」

「おそらく京都の極一部だけに起きた現象だと思っていたんだけど、あかねちゃんは東京に居たんだよね え」

「正太郎さん、私の事おもとでいいよ。どちらで呼んでいいか迷ってる感じ」


笑いながらおもとは、呼び名に困っている赤城にそう告げた。


「私ね、光明寺で映画の撮影していたのよ。武家の娘約で、格好もそのままで来ちゃったもんだから助け られた時、周りの人はお武家様の娘って思った訳ね」

「ああ、それで綾乃さんも江戸の格が高い娘って言ってたんだ」


ワハハ


 二人は懐かしい友に久し振りに会った様な錯覚で、楽しく話しに夢中となっていた。


「おもとちゃん、そろそろ時間だよね。」


鴨川から旅籠まで二人は惜しみながらも、話が途切れず歩いた。

旅籠奥野屋までもう少しと言う所で、二人に話しかける者がいた。


「あらら、お仲の良い事で羨ましいどすなあ」


二人がびっくりして声の方を見ると、笑いながらこちらを見ている綾乃の姿が有った。


「綾乃姉さん、赤城様私と同じ町に居たお人だったんですよ」


今までに見せた事の無い笑みを浮かべて話すおもとに、綾乃も嬉しくなり、


「おもとちゃん、お知り合いに会えてよかったどすなあ。あてはてっきり赤城はんが手を出しはったんや

 と思いましたえ」

「滅相もないですよ、綾乃さん」


血相を変えて弁解する赤木に、綾乃もおもとも声を出して笑い出した。


「冗談どすえ、ほんま赤城はんは純粋なお方でおますなあ、そう言うところの赤城はん

 わては大好きどすえ、一緒に暮らしてもよろしゅおますえぇ赤城はん」

「からかうのもその辺にして下さいよ、恥ずかしいじゃないですか!」


真っ赤な顔で困った様子の赤城に、ほんまの気持ちを言うたんえと心の中でささやく綾乃であった。


「ほな、行きますわ。今度は綾乃もお仲間に入れておいやすね」


笑顔で去る綾乃であるが、妹の様なおもとに少し焼き餅を感じていた。


「じゃあ、正太郎さん約束ね」


赤城とおもとは、旅籠奥野屋の裏でまた会う約束をして別れを言っていた。


「ああ、皆にも声かけて連れてくるよ。じゃあまた、元気で」

「正太郎さんもお元気で、楽しみにしてるね」


おもとは赤城に出会えた事で、これから先の生き方に光が見えた気がしていた。

赤城に思いを寄せているのか、信頼出来る仲間に出会えた喜びだけなのか、自分自身でも

まだわからない、だが赤城と一緒にいると楽しくて生きている実感を覚える自分は自覚していた。


また赤城も、雲の上の存在だった秋あかねとこんなにも久しく接している事が、不思議なぐらいだった。ただ今までのそう言う憧れの人と会ってる感覚では無く、ずっと昔からの友達か彼女と接していた様な親しみを憶え高揚した気持ちで帰路についた。



剣客、淡い恋心、元の時代への想い、赤城の心は時代に飲み込まれていくのだろうか・・・


次回「第八章 影の人斬り」へ続く

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