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第2章  運命のはじまり

    第2章  運命のはじまり



 2015年(平成二七年)三月


京都円明学園高校の正門では、桜花舞う桜の木を後ろに涙しながら記念写真を撮る学生達で溢れていた。

剣道場の窓際には、風と一緒に舞い込んだ桜の花びらが、床の上で朝の光を浴び綺麗に光っていた。


「森田さん、とうとう卒業しちゃったね」


悲しい顔で赤城がそう言うと、1年生達から挨拶の言葉が繰り返された。

「主将!お疲れ様でした。今までありがとうございます。」


「もう俺は、主将とちゃうやろ、みんなこれからは赤城主将の下頑張ってくれ、いずれお前達が京都N大に来るのを待ってるからな。特に赤城と池波は絶対に来いよ。」


うひゃあ 池波がちゃかす様な声で話し始めた。

「1年後にはまた森田さんの説教ですか~、考えちゃうねえ」

「おい、池波!今夜の道場練習が楽しみやのお」

「げッ冗談っすよォ。森田さんとは毎日道場で説教貰ってるんでした~。ところで森田さんは、N大では剣道部か居合道部どちらにするんですか」

「剣道部にするつもりや、居合はこれまで通り爺さんの道場でやれるし。あ、そうや佐々木が居合をやりだしたの知ってたか」

「佐々木さんが居合ですか!」

赤城には想像もつかなかった様でビックリして尋ねた。


「10月の三連強化大会の後すぐに始めたらしいぞ」


今度は佐々木嫌いな前田郡司が、拳を震わせながら喋りだした。

「散々俺達をバカにしやがったくせに、佐々木の野郎に居合する資格ねえわ!」


池波が前田を落ち着かせる様に肩をポンポンと叩きながら森田に尋ねた

「それってやっぱり赤城に負けたからかな」


「いや、赤城に負けた事も原因の一つに有ると思うが、試合後の模範演武で審査委員達が、制定居合の型を打ったり、試し斬りしたやろ、おまけに高校生代表で俺と赤城も試し斬り演武したの見てたらしいんや。で、その時佐々木が言ったらしいんやが、竹刀でも刃筋は重要って事が、わかったってさ」


この後も佐々木をおかずに話は尽きなかったが、卒業生が帰る事となり部員達が、校門まで見送りに出た。


別れ際に森田が、四月五日武徳殿で佐々木の所属する英心流居合の昇段審査が有るらしく見に行うと提案を出していた。



 この日の夜、赤城正太郎は布団の中でなかなか寝付けないでいた。

佐々木が居合を始めた事で寝付けないのでは無く、最近地震が頻繁に発生しており、この夜もうとうとし出すと揺れで起こされる事が数回続き、目が冴えてしまったのでる。


「そう言えば、中学生になった当時TVで大地震は必ず起こるって言ってたなあ。最近地震が多いけど前ぶれなんかも・・・ あ~それにしても寝付けん!」


結局寝付いたのは、明け方近くになっていた。

こうした事の繰り返しの日が続いたが、いよいよ佐々木の居合を見に行く日となった。


さすがに寝不足が続き、目覚ましが鳴ってもなかなか起きる気配がなったが、突然大きな揺れが発生した。これにはビックリして目が覚めた。


「今日の地震は結構揺れたな、まあおかげで遅れずにすんだわ」

赤城は朝の身支度を一気に済ませ、集合場所の森田道場へと向かった。



 小道の脇に咲く桜の木々から緩やかな風に乗り花びらが舞い落ちてくる。

いかにも日本の春を象徴した光景が広がっている。

ここは、長岡天満宮や光明寺にほど近い所である。最近では西山の辺りは新興住宅も多いが、この小道は昔ながらの旧家なども点在する懐かしい風情が残っている。

もう少し先には、竹薮が広がっており、その横の細道を山側へ入れば森田繁蔵の住居が在る。


森田繁蔵は、要の祖父にあたりこの地に生まれ育ち、小さな道場の主でもあった。

明治10年(1877年)に、繁蔵の曽祖父つまり要からは五代前に当たる先祖が、この地に住居と道場を構えたのである。

茅葺の母屋と、その脇には決して大きくない昔ながらの剣道場が、当時のまま今日まで森田家として健在しているのである。

また赤城達が通う京都円明学園高校の創始者も、この要の五代前のご先祖様である。


 この森田道場と、円明学園には少し変わったところがある。

まず森田道場の方は、流派を名乗っていないのである。

宗家にあたる五代前の先祖は、幕末から明治維新の頃に、円明流の手ほどきを受けたかなりの使い手の剣豪と言う事だったが、流派は一切語らずにひっそりとこの道場を営んでいたようだ。

実際には、ここで高段者になった者は皆、円明流の技を会得いているので有るが・・・。


 また円明学園の方は、当初より剣道部は存在していたが、今日の剣道とはほど遠く今で言う古武道のクラブで有った。戦後(太平洋戦争)GHQによる武道禁止もあったが、復活出来る様になると円明学園剣道部も世に習い、現在の剣道へと移行はしたが、今だに練習時間の半分は、剣術や居合も盛り込まれているのである。

これはこの学園の方針として崩すことが無く、決して居合部と言う様に分ける事をしないのである。



 森田道場の周りに若者達が集まって来ていた。


「お!六人も集まったのか、これじゃこっそり覗くって訳にはいかへんなあ」

森田要が冗談交じりで笑いながら話し、揃った連中の顔をそれとなく確認していた。

2年は赤城正太郎、池波肇、本田二輪、1年は前田郡司、秋山俊治、岩清水健太郎


この六人とは、部活以外でもよく集まっては剣道や古武道の話に熱中した事を思い出し、今日も集まってくれた事が、とても嬉しかった。

森田はいつも、彼らには部活の後輩だけではないそれ以上の親しみを感じていた。



「おい肇!無理に引っ張るなよ」

「すまん!すまん!バイクはんもミーハーどすねえ」


池波が、本田の耳から無理やりヘッドホンを抜き取り自分の耳に入れ、本田の聞いていた曲を確認したのである。

しかし無理やり引っ張ったものだからコードが切れるのでないかと、本田が怒っていた。


「チャかすなよ!今流行の歌を聞いてるだけや! それと、そのバイクって言うのもいい加減やめてくれよ、ほんま節操の無い男やで」


本田は自分の名前がホンダ二輪の為に、小さい頃からよくバカにされていた。

最近は誰も言わなくなったが、この池波だけは今だにバイクと呼んでいたのである。

しかし、確かに変な名前ではある。父親が元ホンダのレーサーって事も有り、安易に付けられたらしい。親も罪な事をしたもんである。


「わりィ、バイ・・・いや本田君、許してや。それにしてもあかねちゃんは、かわいい!実は俺もそのCD買ったんや。」

ニヤケた顔で池波が言うが、反省の色はまったく見れなかった。


周りの仲間は、毎度のことと相手にはしていなかったが、最近テレビで良く見かけるあかねちゃんの名前が出たもんだから、結局全員がイヤーホンの取り合いとなってしまった。

このあたりは、やはり十代の若者達である。


 見上げてごらん夜の星を・・・森田が小さな声で唄うと、一年の後輩達も一緒に唄い出した。

昭和の時代に大ヒットした曲を、最近人気の出てきた若手女優秋あかねが、リバイバルで歌っていた。



 京都武徳殿


シャッー  ヒュン  ハッ


鞘走りの音、切先が走る音、血振の息・・・


無双直伝英心流の形を数人が打っている。昇段審査の最中である。

高段者や熟練した者は、鞘走りの音を出したり、刀を振る音を出す様な事はほぼ無い。

いま受けてる者達は、これから初段になろうといているまだまだ経験の浅い者ばかりである。


自分の出番を待つ者、周りで見学している者、誰もが喋らずに緊張した面向きで見入っている。その中には、円明学園の七人も交じっていた。


審査は四、五名のグループに分かれ、初段から始めらすでに二つのグループは、終了していた。

少し間を置いて、三つ目のグループが現れ各人の位置に付きはじめると見学者達がざわめいた。

受審者は整列が終わると順番に各自の名前を告げる、そして四番目の受審者が、

佐々木庄三郎と告げた。


 やっぱり佐々木だ

 噂はほんまやったんやあ

と、あちらこちらでボソボソと話し出した。

赤城や森田、円明学園の連中は一言も声を出さず、真剣な眼差しで佐々木を見ていた。


いよいよ佐々木の居合が始まる。

すでに礼も終り、帯刀状態で静かに正座の姿勢に入った。

両膝が閉じられ、左手が鞘送りに掛かり鯉口を切った、と同時に右手はすでに柄を取り抜刀に入っている。

一本目の形が動き出し、流れるように水平斬り、真っ向斬りと進めて行った。


赤城や森田達は、驚きを隠せない表情で佐々木の形に見入っていた。

いくら剣道に長けた者でも数ヶ月で、あれだけの居合が出来る者を見た事が無い。

でも佐々木は、それをやっている。やはり天才の成せる技なのか、いやいくら天才でも体が覚えてくれないと出来ない。いったいどれだけの練習をしているのか・・・。

心の中で次から次へと己に話しかける赤城と森田であった。


 ガタガタガタガタガタ

 わ!地震だ


かなり大きいな揺れで、よろめいて柱にしがみ付く者もいる。女性の悲鳴の様な声も聞こえた。

さらに、受審者の中には体制を崩した者もいたが、佐々木は何事も無かった様に綺麗な動作で形を打って行く。

また赤城と森田、前田の三人も微動だにせず、佐々木の動きを見開いた目で追っていた。


地震は大きかったが、すぐに止み審査会もそのまま進んで行った。


 三つ目のグループが終了し、受審者達が退場して行く。

佐々木も4番目に続き廊下に差し掛かった時、赤城達の姿が目に入った。

いつもの佐々木らしく自身に満ちた顔を一瞬だけ赤城に向け廊下の奥へ消えて行った。


 昇段審査は続けられているが、円明学園の七人は武徳殿を後にした。

佐々木はこの昇段審査で、飛び級の弐段を手にした。



 早々に引き上げた赤城ら七人は、森田道場の練成場で今日を振り返りながら、手振り身振りを交え話し込んでいる。

居合を始めて半年にも成ってないんだろう、それであれだけやられたら俺の立場があらへんがな。

池波肇は悔しそうに床を叩き、溜息をつく。


森田要も同意するように顎を引き、池波クラスのレベルと同等と見ていた。


まだまだ赤城や森田のレベルには遠いが、驚異的な速さで上達している為、居合だけで言えば数年後には赤城、森田と肩を並べる事は彼らには容易に想像がついた。


「佐々木さんの動き、すごいのは太刀筋や太刀捌きだけじゃなかったですよね。無駄な力がまったく無く、体軸も振れずに水が流れる様な感じで足腰の捌きが完璧でしたよ。前回対戦した時の佐々木さんには無かった動きです。」


 赤城の言う通り、地震で揺れた時も寸分のくるいも無く動き、刃筋の振れもまったく無かったと、森田が付け加えた。


話は尽きなかったが、限が無いので森田の号令で練習を始める事にした。

1年の秋山俊治と岩清水健太郎は、正式な門人ではなかったが、明日から2年生になり、この機会に本日入門する予定であった。



 先に胴衣の着替えを済ませた前田が、格子窓から空を覗きながら皆を呼び出した。

「先輩!空が変です。皆早く早く! 夕焼けが真っ赤です。」


郡司、お前はアホか!夕焼けが赤いのは当たり前やろ、と言いながら池波も空を見上げてビックリした。

西の空から東の空まで一面が真っ赤に燃え、朱に染まった紐状の雲が三本南南西から北北東へ延びていた。


「おい、まだ三時やぞ。 こんな時間に夕焼けは無いだろう、それに夕焼けって西の空じゃないのか、なんで天空一面赤いんや・・・」

森田と本田が、声を揃えるように同じ言葉を口にしていた。


赤城が外へ出た。そして上空を見上げたまま360度ぐるりと見渡し、今日はなんだか胸騒ぎがする。練習は止めて早く帰った方がいいような気がする。と独り言のように呟いた。


「なんか不気味やな、最近の地震といい天変地異でも起こるんちゃうか・・・あっ先生、入らしてたんですか」

喋る池波の後ろから道場主の本田叉三郎も空を見上げた。


「皆さん、本日の練習は止めてすぐ帰りなさい。親御さんが心配しておるかもしれん。」


それそれが自分の荷物のところへ駆け寄り、真っ先に刀を刀袋やケースに仕舞おうとしていた。

赤城も二尺三寸五分の愛刀赤松太郎を刀袋に入れようとした時、地響きと大地から突き上げて来る振動に体が一瞬強張った。

さらに縦揺れがひどくなり、次には大きな横揺れが始まりだしたのである。


荷物は置いて、全員外へ非難するんじゃー!と森田叉三郎が叫び、皆は足を獲られ転がるように外へ飛び出した。


外には出たが、立っている事自体出来ず膝を落とし両手を地面に付けた。ただただ転がらない様に踏ん張りながら周りの状況を見守るしかなかった。


上空では渦上の黒い雲が、見る見るうちに広がり、真っ赤な空を隠そうとしていた。

まるで黒い大蛇が龍へと変化して行く様な恐ろしいさまである。


ガガガガ グシャッ 言葉では例え様の無い色々な轟音が響きわたり、木々を倒し大地を裂こうとしていた。


 ぐわっ! 

さらに強烈さを増した横揺れに岩清水健太郎が大地の上で右に左に転がり出したのである。


山が地滑りを起こし、大地が割れ出した。そして赤城や森田達の目の前で、道場が崩れ始めた。


おじーちゃん!

先生! 先生! 先生!


成す術も無く道場は崩れ落ち、横の母屋も一気に壊れ、七人の若者達たちも大地に飲み込まれて行った。


平成二七年(2015年)四月五日 日曜日 午後三時五分

東海から近畿一帯を襲った大震災であった。



赤城や森田、円明学園の連中はどうなるのか・・・

大地震はこの若者達をどうしようとしているのか。


次回「第3章 出会いと再会」へ続く

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