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ドール  作者: blood-stone
3/4

歩歌《あゆか》

それは

小学生がするような悪戯から始まった


教科書の落書き


筆記用具の紛失


制服や体操服がゴミ箱に捨てられていた事も


しかし

太美歩歌ふとみあゆかに限らず誰もがそれらは単なる悪戯だと思っていた


まず

教科書の落書きは

鉛筆で書かれていたし

馬鹿とか死ね等の言葉は書かれていなかった


筆記用具も

勉強の妨げにならない程度に隠されていたし

ゴミ箱にゴミは入っていなかったから制服も体操服も汚れたりする事はなかった


それに歩歌は

仲良し5人グループの1人だったし

その中で孤独を感じる事は無かった


だから

どんなに悪戯されても犯人を見つけようとは思わなかった


放課後は

ほぼ毎日町の図書館に行ってパソコンを覗いていた


勉強の為では無い


学校裏サイトにアクセスするためだった


別に何かを書き込んだりするつもりはない


自分の事を書き込まれているのではないかと

いつも不安で仕方ないのだ


勿論

悪意に満ちた書き込みがされるであろう理由はあった


歩歌の両親は

歩歌が中学に上がる頃から頻繁に喧嘩をするようになり

中学3年の時に別居

ようやく今年の春離婚が成立した


別居の原因は父の浮気で

離婚まで至ったのは

浮気相手に子供が出来たからだった


離婚後

母は慰謝料を元手にクラブを開店した


元々派手好きで若い頃は町でナンバーワンのホステスだったらしい


そういう訳で

前回最後に見た書き込みから一文字も見落とさないようにチェックしているのだ


まだ気になるような書き込みが無くて安心するのだった





その日は

いつもの悪戯とは様子が違っていた


学校に行くと靴箱にあるはずの上履きが無くなっていて

いつもなら無傷で見付かるかすぐに戻してあるかなのだが

今回は昼休みまで戻って来なかった


しかも

戻って来た上履きは

まるで泥の中に埋まっていたかの様に真っ黒く汚れ

水分を含んで重くなっていた


そしてこの日から毎朝上履きが無くなり

昼休みに無残な姿で戻って来る様になった


グループの仲間は皆怒ってくれて犯人捜しをしようと歩歌に言ってくれた


しかし歩歌は消極的だった


何と無く嫌な予感がしていたから





いつものように町の図書館のパソコンでサイトの書き込みをチェックしている時だった


〉そう言えば、暁乃杜にある例のお化け屋敷さ、占い師が住んでるらしいよ\(◎o◎)/


〉(^o^)/占ってもらった人知ってるよ。


〉手相とか、人相とか(?_?)


〉ふるっ!今の定番はタロットとか水晶でしょ


〉それもふるっ!てかそのどれでもないらしいよ


〉無料で視てくれるって(*^m^*)


〉誰も、占い師の姿を見たことが無いらしい(^_^;)


〉はぁ~?何それ。無茶苦茶怪しくない?


〉あやしぃ~(笑)


そんな書き込みで盛り上がり始めていた


今日はこれ以上の書き込みはないだろう


ひと安心すると共に占い館の事が気になるのだった


占いにはとても興味があった


星座占いや血液型占いは

情報番組や携帯サイト

時には雑誌などで必ずチェックしていた


ただ

それらの占いが自分だけのものでは無いと思うと

毎回チェックしている自分が馬鹿馬鹿しくなる


だから

本物の占い師が自分だけの運命をどう話してくれるのか聞いてみたいと思い

何度か占い館の近くまで足を運んでみたが一人で訪ねる勇気は無かった





月形美夢つきがたみゆとは幼なじみで

高校こそ違うが

休日にはよく一緒に遊んでいた


ここの所美夢の話題はと言うと

好きな人に告白するか否かだ


告白して振られるのが嫌だと言いつつも

どこか両思いだという自信があるように見えた


いまいちハッキリしない美夢の悩みを口実に

二人で占い館に行く事にした


実際占い館の前に立ってみると

それまで多少なり不安だった気持ちが無くなっていくのを感じた


美夢が怖さで小刻みに震えているのが

歩歌の腕に掴まっている手から伝わってくる


だからかも知れない


占い師の声を冷静に聞くことが出来た


‐歩歌さん。明日いつもより早く登校すれば、判らなかった事が判ります‐


そう言われた時一瞬息をのんだ


と同時にガッカリした


‐そんなの占いなんかじゃないじゃん。ただのアドバイスじゃん‐


そう言ってやろうとした時


「何故!?」


と言う美夢の声で外に戻されてしまった


白い木香茨の香りに包まれて

歩歌はボンヤリと噂が本当だった事を確かめられて良かったと思っていた

美夢の言葉を聞くまでは…


「名前。聞かれてないのに知ってた。それに、何を占って欲しいかも言ってない」


その時初めて

何の情報も与えていないのにすべてを見透されていたようで

恐怖を覚えたのだった





次の朝

登校する準備をしながら迷っていた


度が過ぎた悪戯の犯人を知るのが恐い


笑って済まされない気がして…


だったらこのまま

今までの悪戯と同じように笑って見過ごせばいい


そう思う一方で

どうしてこんな事をするのか理由を知りたかった


‐やっぱり、このままには出来ない‐


覚悟を決めて家を出た


しかし

覚悟を決めた筈なのに足取りは重かった


学校の正門の前に立ち大きく深呼吸をして昇降口に向かった


靴箱を覗いて見ると既に上履きは無かった


急いで廊下に出て見ると

廊下の突き当たりを体育館の方へ曲がった人影が見えた


その人影の右手に

真新しい上履きが握られていたのを

歩歌は見逃さなかった


直ぐに後を追ったが見失ってしまった


体育館の入口には鍵が掛かっていて中には誰も入れない


裏口に回ると

植え込みに座り込み何か作業している人物を見付けた


「何してんの!?」


歩歌は仁王立ちで見下ろして言った


驚いて振り向いた人物に

歩歌も驚いてそれ以上言葉が出なかった


どうしていいか分からなかった


ただ

何時も通りになんて出来なかった


だから

逃げ出した


犯人が分かったら問い質したかった


度が過ぎる悪戯を

何故毎日繰り返すのか

何が気に入らないのか


なのに

その悪戯を繰り返していた犯人が

クラスの中でも一番仲が良い佐原咲穂さわらさきほだったなんて…


落ち込んでいた時に慰めてくれたのも

元気着けてくれたのも

馬鹿話をして笑い合ったのも

嫌な事があって自分以上に悔しがったのも

全部

全部

咲穂だったのに…


犯人だとバレたのに

謝るどころか

教室に入って他のクラスメートが来た途端全く今までと変わらない態度で喋ったり冗談言ったり出来る事が

歩歌には全く理解出来なかった


何故

何も悪い事をしていない自分が逃げ出さなくちゃならないのか


そうは思っても

冷静に対処など出来る筈もなかった





自然と占い館に足が向いていた


‐彼女と話しなさい‐


「アドバイスはいらない」


ここに来てそんなことは聴きたくない


あんな悪戯を毎日繰り返さなければならない程に

咲穂が追い詰められた原因が自分にあるのなら

話し合った処で

簡単に解決などしないだろう


‐傷付くのが恐い?‐


「もう充分傷付いたわ。友達を失いたくないだけ」


きっと皆に知れたら

寄って集って咲穂の事を責め立てるだろう


そんな場面なんて見たくない


‐このままウヤムヤにしてしまったら、貴女後悔する事になるわ‐


「どういう事?」


‐さあ?‐


面白がっているのか

からかっているのか


クスクスと楽し気な笑い声が部屋中に谺する


‐私は占い師。貴女の未来が解るの。だから今、貴女に最適と思うアドバイスをしてる‐


「話せば元通りになるの?」


‐それは無理な事だと、貴女には分かってるはず。話しても話さなくても、今まで通りなんて出来る筈はない‐


「だったら、どうしろって言うのよ!」


‐貴女が強く願っていることを、叶えてあげられる力が私にはある。但し報酬を頂く事になるけど‐


そう言うと

再び笑い声が部屋中に谺した





学校なんか行きたくなかった


だから結局サボってしまった


歩歌の母親は

この頃家を開ける事が多くなっていて

それはきっと好きな人が出来たからだと思う


お陰でサボっていても口煩く小言を言われなくてホッとする


午前中は何度か家の電話が鳴っていた


留守電には先生から欠席の理由を連絡するようにと入っていた


でも

友達からは誰からも電話もメールも来ない


‐咲穂が何か言ったのかも知れない‐


どうしても

悪い方に考えてしまうのだった


軽く昼食を済ませた後

図書館に出掛けいつものようにパソコンを開くと

ついに怖れていた書き込みがある事に気付いた


〉じゃあさ、そのF美A歌って声かけりゃやらせてくれるんじゃね( ̄ー ̄)


〉もうやり過ぎて穴はゆるゆる(-.-)y-~~~


〉親子丼もいいぜ


〉やべ!息子元気になった┐('~`;)┌


〉A歌気持ちエ~か(*^m^*)


〉……(・ω・;)(;・ω・)サブッ


一応イニシャルを使ってはいるが

明らかに歩歌の事を言っていると判る


‐もう、学校になんか行かない!行けるわけない。それもこれも全部お母さんのせいだ!!‐


そして色んな事を考えた


例えば

誰も知らない所に行きたいとか

独り立ちしたいとか

挙げ句

お母さんなんか居なくなればいいのにとまで考えてしまうのだった


家に帰ってソファーに突っ伏した


結局

誰からも何の連絡も来なかった


母親も帰って来ない


独りになりたいと思う一方で

実際孤独感を味わうと

淋しくて哀しくて苦しくて仕方ない


食欲もわかないはずなのにお腹が鳴くのは止められない


カップ麺にお湯を注いでいると玄関のチャイムが鳴った


ドアスコープを覗くとそこに立っていたのは咲穂だった


「謝りに来たの?」


ドア越しに聞いた


「話がしたいの。何であんな事をしたのか、知りたいでしょ」


歩歌は躊躇いながらもドアを開けたが

咲穂は悪びれた様子もなく普通に遊びに来たかのように


「おじゃましまぁ~す」


と言いながら靴を脱いでソファーに座った


「で、話したい事って何」


「謝るつもりは無いわ。何も気にしないアンタの態度が気に入らないの。イライラする」


「私、咲穂に何かした?」


「アンタが直接ウチに何かしたわけじゃないわ」


咲穂は膝の上で拳を握りしめ肩を震わせ始めた


「アンタの…アンタの母親のせいで、ウチは…ウチの両親は…」


咲穂は涙を流しながら唇を噛みしめ

怨みのこもった眼で歩歌を睨み付けると

それ以上何も言わず帰って行った


‐最低だ‐


傍にいながら咲穂が苦しんでいる事に気付かなかったなんて


‐最低だ‐


友達の家庭を壊しておいて平気な顔をしている母親なんて


‐そんな母親なんて…いらない!-


「いなくなればいいんだ」


独り言のようにつぶやいたその言葉に応えるように

あの占い師の声が頭に響いた


‐それが貴方の本当の願いなら、叶えてあげるわ‐


「いなくなればいい」


歩歌は強くそう願った





静かな一日が過ぎて行く


願いが叶えられたあの日から

音の無い世界で独り

ある時は本を読み

ある時は絵を描き

ある時は花を眺め

そんな穏やかな時間を過ごしていた


時折

窓辺に佇む歩歌の姿を見た者が可哀想な話の種を蒔いていたが

もう歩歌に哀しみの花が咲く事は

無い





『今まで感覚でしか


 感じる事が出来なかったけれど


 何てこの世は


 美しい音色に溢れているのかしら


 さぁ


 次は貴方の番よ


 どんな願い事でも


 一つだけ


 叶えてあげる


 その代わり


 私の欲しい“もの”を


 一つだけ


 ちょうだい』

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