星を抱く者
「あ、あそこ」
大きな大きな、透明の筒が床を突き抜け天井を突き抜け、不思議な空間にある。その中には宇宙があった。中をのぞき込む少女はその一点を指さす。
「星が生まれた。……青い星」
その筒に背を預けていた少年が、振り返ってそこを見る。星が生まれた場所。手を伸ばせばそれを手に取り、そっと胸に抱くこともできるような気がした。今にも全て落ちてしまいそうで、それなのに永遠に落ちきることのない砂時計の上に手にしていた竪琴を置く。
「デネブ、飛んでいくなよ?」
「行かないわよ……ベガの音がないとここに戻って来れなくなるわ」
羽ばたきの音に目を上げる。万色に光る水が通る、いくつもいろいろな高さで並ぶ細い筒。その高いものの上に止まっている鷲が羽ばたいた。
「アルタイル、何を言いたいの?」
「デネブは飛ぶのも大変だろう」
「それがわたしだもの。……あの星にも、名が付くわね」
「時が満ちたらな」
それまでは近くて遠いこの距離で、星々が散らばる宇宙を抱えるこの、筒状のゆりかごを抱き続けるのだ。春のレグルス・アルクトゥールス・スピカから受け取って、秋のペルセウス・アンドロメダ・ペガサスに託し、冬のシリウス・プロキオン、それにベテルギウスから再び春へ。春と秋はゆりかごを抱き続けるには少し弱くて、夏と冬がいつもほんの少しだけ手を添える。
「揺らすなよ、アルタイル。ゆりかごが揺れて中身が落ちても困るだろう」
「落ちたら拾って抱き上げてやればいい」
「乱暴なこと言うわね」
非難するような言葉をデネブはくすくすと笑いながら言う。そんな様子を眺めながらベガも苦笑いになった。本気で言っているわけではない。いくら見続けても飽きないこのゆりかご。抱く役目をもらえたのは、自分たちがいる場所がちょうど良かったから。
「……遠くの方でポラリスが揺れてるわ」
「それならきっと、近くでまた生まれてる。それか、一度小さな塵になり、小惑星になり、ずっと先にまた生まれる時を待っている」
「わたし達がそうなるより先に、生まれてくるかしら」
「いなくなる前に、ゆりかごを抱く星を選ばないとなぁ」
アルタイルのからかっているような、それでも真剣みを帯びた言葉に、そうね、とデネブは頷き、ベガは額をガラスの筒に押しつけて中を見つめる。吸い込まれそうな瞳は一心にゆりかごの中の宇宙を見つめ見守る。
「誰かがいなくなれば、他の二人ももう、ゆりかごは抱けないだろうな」
「何とかできるのは、冬の三人くらいじゃないかしら」
引き合う強さが違ってしまえば、意志とは関係なくゆりかごが揺れてしまうから。
「アンタレスがいなくなった時を覚えている?」
「アンタレスは、まだいるよ。あちこちにたくさん」
ゆりかごの中を見つめたまま答えるベガに頷いて、デネブも同じように中を見つめた。アルタイルはじっと鋭い目をゆりかごの中に注ぎ続ける。砂時計をひっくり返すこともなく、ずっとそこで抱き続ける。次の季節にゆりかごを託す時、そのすれ違う一瞬だけ彼らと顔を合わせることができ、そして砂時計をひっくり返せる。対極にいる季節の仲間にはほとんど会えないようなもの。
「冬が張りつめるのはそのせいね。不思議なくらいに、空気が張りつめて、ゆりかごの中にいても遠くの誰かと話ができる」
「シリウスの光が強いからな。プロキオンとベテルギウスは、それに合わせないといけない」
「位置で言うならカペラやポルックスでも良さそうなのに」
「ポルックスはだめよ。一人でここには来れないわ。カストルがいるもの。それに、シリウスは欠かせないわ」
「そうだな」
呟くような言葉を交わし、あちこちでいつも動き鼓動を続けるゆりかごの中の宇宙を抱き続ける。ゆりかごから落ちることのないように。全てを自身で見守り続けるように。
「ベガ、優しい曲が聴きたいわ」
「それならデネブ、歌えよ」
そんなことを言うアルタイルを見上げ、デネブとベガは顔を見合わせる。
ベガはガラスに背を預け、ゆったりと竪琴をつま弾く。それに合わせるように、デネブはよく通る高い声で子守歌を歌う。アルタイルが鋭い目で、ゆりかごの中に大きな問題が起きないかを見守りながら。