(1) 彼女を想う心が私を突き動かす。
彼女を想う心が私を突き動かす。
ぬいぐるみの中に精神が込められると、優奈の行動は早かった。ユウが居た、唯一大きな傷が残っていないその家を後にする。
大きな戦車の大きなタイヤの跡を追う。街は、破壊されてボロボロに崩れていることを除けば、優奈の住む世界とはほとんど変わらない景色であった。
ぬいぐるみの身体は、走っても走っても疲れる事は無かった。気づくと辺りは暗くなり、月の光が淡く優奈を照らしていた。
自分の擦り切れた足を見つめ、そして目の前に集中する。――そこには、とてつもなく大きな建物が聳えていた。
『B地域特殊部隊基地本部⇒』大きな看板が、その存在を示していた。
「さて、ここからどうしようか・・・」
何の計画も立てずにここまで来てしまった優奈は、そこで始めて行き詰った。基地の正門には例のごとく門番が数人、重そうな武器を手にして立っていたのだ。いくら自分が可愛らしいくまのぬいぐるみであると言え、怪しまれてしまったら全て水の泡だ。
すると何とタイミングの良い事に、優奈の背後から一台の戦車が基地へ帰還するために走って来たのだ。ユウを連行したものよりは一回り程小さいようだが、それでもかなり大きい。
優奈は少しも怪しまれる事なく戦車の下に潜り込むと、布と綿で出来た手を器用に使って下にへばり付いた。
戦車はそのまま、何事も無かったかの様に正門を抜けると、巨大な倉庫の様な場所の中へ入り、停車した。
しばらく、ガチャガチャという装備の音や砂利道を何人もの隊員が進む音が続き、そして辺りは静まり返った。
「よっと・・・」
地面に着地した優奈は、監視カメラに見つからないよう、体を小さくして倉庫を後にした。
「ん・・・?!」
しかし、ある男の声が優奈を震わす。そのまま優奈は倒れ込む。
雑巾を片手に、その男は戦車の拭き掃除をしていたらしい。
「何だこのぬいぐるみは・・・あぁ、お嬢様のぬいぐるみか」
男は優奈を拾い上げると、砂や汚れを払い、持っていた雑巾はポケットの中にしまった。
「それにしても、一体どうしてこんなとこにあるんだ?随分ボロボロになっているし・・・」
しかし男はそれ以上追及する事はなく(ただのぬいぐるみに話しかけても意味はないが)、優奈は一安心する。それにしても、これから何処へ連れて行かれるのだろうか・・・