第36節 まちぼうけ
こんな話にする予定は無かったのに(笑)
現在位置はトロイアの東門。
皆で王都へ向かうため、ここにいる。
王都”グランデ”は各街を治める”王”をさらに纏め上げる国王の街。
各街からの特産品や食材、武器、防具、さらには人材、奴隷なども入ってくると言う。
この世界での奴隷制度は”身分として生まれたときから決まっている”といった物ではなく、刑として与えられる刑罰の一種である。
悪さを働いた貴族や盗賊。横領をした文官などがそうした刑に科せられる。
農民や傭兵、冒険者、一部文官などは貴族や他文官などと言った地位の高い人間に、冤罪をなすりつけられ易いためかそうした人たちが奴隷刑になることは滅多に無いと言う。
奴隷となると完全に人権を無視して良いということになるので、奇跡の実験台や労働力、奴隷兵として戦場へ投入されるため一番重い刑罰とされてるそうな。
ティリアさん談。
話を戻すが、その王都に行くために馬車を買おうとしたけど断念。
どうせなら王都でしっかりとしたものを頼もうという話になり、今回はギルドで護衛ミッションを受けることにして、王都へ向かう商人と待ち合わせるために東門にいる。
「もう1人が遅いですね・・・」
と僕がつい不満を言うと、護衛を頼んだ商人の人も同感のようで少し眉が上がっている。
この護衛ミッションは僕たちのほかにも、もう一人の冒険者が受けたらしい。
集合時間はとうに過ぎており、30分遅れである。
「うむぅ・・・申し訳ない。」
「ゴルバさんが謝ることじゃないですよ。」
「むしろ置いて言っちゃえば?私達だけで護衛は十分だと思うけど?」
「・・・そうじゃのう。どうじゃ?ゴルバとやら。」
「そうだねぇ・・・」
ゴルバさんはエルフだ。
ポポイ族の商人が多い上に、そのほかはほぼ人間の商人と言う中でエルフが商いをしているのは珍しい。
エルフって金儲けには興味ないイメージがあるのだけども。
ちなみにゴルバさんの見た目は端正な顔立ちで、ダンディで渋いオジサマといった感じ。
とんがった耳は耳で一つのアクセントとなっており、少し歳を召した女性はもちろん下手したら妙齢の女性の受けも良さそうだ。
将来的にはこういうダンディなオジサマになりたい。
「マスターには無理です。可能だったとしても私が妨害しますから。」
「無理と断言した後に、さらなる駄目押しがっ!?」
というか、なぜ心を読まれたの?また読唇術だろうか?口に出てたかな?
妄想もそうだが、考えてることが口に出てしまう癖を直さなければ。
「無理です。私が妨害しますから。」
「それも妨害するのっ!?」
口は動いてなかったから表情で僕の内心をある程度読んだのかな!?
嗚呼、恐ろしい子っ!?
「私を目標にしてくれるとは嬉しいね。」
「あ、すいません。聞こえてましたか。」
ゴルバさんが苦笑している。
ゴルバさんにまで聞こえていたとは恥ずかしい。
「ちなみに私が商人になった動機は単に商人と言う職業が好きだからだよ。いろんな街を巡っていろんな人と話し、いろんな物を売る。結構楽しいものさ。」
「・・・あぅ・・・す、すいません。」
最初の方もバッチリ聞かれていたようだ。
もっと恥ずかしい!
「ははは。構わないよ。
少なからずがめつい同胞も居るしね。」
「あはは。・・・それでどうするんです?」
「ヒビキ君のランクはナイトだったかな?」
「あ、はい。」
「そちらのお嬢さん方は?」
「私はポーンです。最近入ったもので。」
「私はナイト。」
「妾は登録しておらぬ。が、そこそこの強さはあるぞ。少なくともビショップクラスはあるじゃろうて。」
それらを聞いて少し考え込むゴルバさん。
見た目子供の僕たちを信用しきれないのは当然だろう。
まぁこのメンバーなら上位竜種でも余裕で狩れるだろうけど。
ちなみに僕1人では多分無理。
あの大質量と鱗と魔力による堅さ。下手な勇者よりも強いよ。
よくあの勇者モドキはアレを雑魚認定していたものだ。
一度も戦ったことが無いんじゃないかな?
魔力無効化系の魔法剣があればいけると思うけどね。
フェローは火力だけなら多分世界最強だろう。その分、汎用性がかなり低いのだけど。
敵を倒すたびにあたり一面を焼け野原にしてしまうわけにはいかない。
アスタナシアの森のときに肉体強化を使っていたから、とある日に魔力、霊力を全部肉体強化に使ったら?と言ってみた。ついでに僕にも教えて欲しいと言ったのだ。
しかし肉体強化の魔術は緻密な魔力、霊力操作が必要らしくあまりに莫大過ぎて細かい操作の出来ないフェローにとっては体が爆発するだけの自爆手段でしかないみたい。
(まだ魔力の扱いの下手な僕は論外)
もちろん魔力、霊力によって爆発するわけではなく、(それだったらそもそも体内に持ち得ない)肉体強化魔術によって本来あまり強化しない部分。
たとえば一歩間違って、心肺機能などを強化させ”過ぎて”しまうと血管や眼球といったものが凄まじい血流による血圧に耐えきれず、破裂する。
毛細血管が耐えられるはずも無く、指先や脳内でも血流爆発が起きる。
ついでに言うと一度破裂すれば、血は他の場所には行かずにそこから血がどくどくと流れ出るわけで体内に溜まる。
造血作用も強まっているとしたら・・・そのまま皮膚なり筋肉、内臓を血液が圧迫。
下手したら皮膚を突き破ってリアルにボンッ。太い血管の多い頭か肺か。
それとも毛細血管が先か。
そして、そこに至るまでにどれほどの痛み(ペイン)と苦しみ(ペイン)のダブルペインを受けることになるか。
・・・ヒィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!?
凄い怖い想像をしてしまったっ!?
下手なホラー映画よりもグロイよっ!?
これが肉体強化の魔術が高位魔法に分類される理由である。
まずは体の耐久力を高めることに魔力の大部分を使い、その耐久力を超えない程度に魔力を肉体強化に回す。
100ある魔力を器の補強(防御や耐久力強化)と強化(攻撃全般強化)の二つにどれだけ配分するか。それが肉体強化魔術のコツらしい。
一番の理想は51:49とのこと。
この配分が難しいみたい。
閑話休題。
少しの黙考の後。ゴルバさんが口を開いたので、それを聞く。
「やっぱり無理かな・・・悪いけどね。」
「そ、そうですか。」
そこまでハッキリ言われると少し傷つく。
分かってるけどね。
すると、慌てるゴルバさん。
「あ、いや!ち、違うんだよ。
君たちを信用してない・・・と言うのも正直少しはある。あるんだが、個人的には別に問題ないんだ。」
「・・・どういうことですか?」
まぁ信用できないというのは少しくらい仕方ない。
初対面の人間を100パーセント信じる人間の方がおかしい。
それよりも個人的には問題ないというのはどういう意味なのか?
「道中、特別強い魔獣が居る場所を通るわけでもないし、盗賊が出ると言う話も無い。
君たちくらいの力があれば十二分に安全だとは言える。ビショップクラス・・・というのはちょっと信じがたいけど、ここで嘘をつく理由も無いだろうから本当にそれくらいなんだろう。ビショップクラスのそこのお嬢さんが居れば、ハプニングが起こったとしてもまず問題ないだろう。でも、今回はちょっと特別なんだよ。」
「特別?」
「そう。
今回はちょっとーーーーいや、かなり大事なものを運搬しているんだ。
必ず届けるようにと王族の方からのお達しでね。」
「出来るだけ100パーセントに近づけたい。ということですか?」
「そういうこと。私はこれでもこの大陸一の商会”いつでもどこでも粉骨砕身”略して”いつどこ”の幹部だからね。」
何!?その商会の名前!?
センス無いっ!
「ふふふ。何を隠そうこの名前を考えたのは私の妻で会長のーーーー」
「センスないですね。」
ちょっとォッ!?
それは言っちゃダメでしょベリー!?
かなりの『どうや?センス良いやろ?』顔をしていたのに!!
もとい”どや顔”だったのに!!
でも良く言ったよぉっ!!
僕もツッコミたくてしかたなかっーーーーー
「・・・そ、そうかい?」
あ、でもゴルバさんちょっと涙目だ!?
前言撤回っ!!
そうかい、というセリフも震えていてなんか泣きそうなんですがっ!?
良い年したオッサンに泣かれても対応に困るのですがっ!?
今ならまだ間に合う!!
ベリーッ!謝るんだっ!!
つっこむのはいつだって出来るやろっ!?
「特に面白いわけでも、耳に残ると言うわけでもないです。
ですのに・・・そんな”どや顔”を見せられても、気持ち悪いとしか言えません。」
「そ、そうなのかい・・・?」
やめろぉぉぉおおおおっ!?
もうちょっと泣いてるじゃんっ!?
そして、ゴルバさん!!
さっきから何を泣きそうになっているんだっ!?
その前に言うことがあるはずでしょっ!?
夫として妻のためにもしっかり言ってやるんだっ!!
「俺の妻のセンスは悪くないっ!!」とっ!!
僕は悪いとは思うっ!!
どうしようもないくらいに、手遅れなぐらいに、「もう少しなんかあっただろっ!?」とツッコミたいくらいにセンスが無いと思うっ!!
だが、あんたは夫だろっ!?
センスの無い妻の夫だろっ!?
センスの無い妻を夫が庇わずして一体、誰が庇ってやるって言うんだっ!!
さぁ、言ってやれっ!!
「俺は海賊王になるっ!!」とっ!!
「君は・・・本当に私の味方をしてくれているのかい?」
「マスター。ただ漏れですよ。ふふふ。良い具合につぶやき癖が出て私は至極楽しいです。
見てる分には。海賊王ってなんですか?」
しまったぁああああああああああああああああああっ!?
ここで僕の悪癖がっ!?
ゴルバさん、もはや結構な量の液体が・・・目から。
声なんてもう産まれたての小鹿のようにブルブルですよっ!?
「それにーーー」
ベリーッ!?
お前はこの期に及んで何を言うつもりなのっ!?
きっと・・・いや絶対。
僕には分かる。
彼女はゴルバさんに止めを刺そうとしている。
だって、あんなにも良い表情をしてるんですものっ!!奥さんっ!!
なんなのっ!?あの、顔だけなら天国にでもいるようなあの極上の笑みは!!
ロリコン趣味の人でなくても惚れてしまうような女神の笑みはっ!?
一見慈愛に富んだ後光すらさす仏のような笑みはっ!?
その実・・・悪魔のような笑みは。
「これだけ妻をバカにされているのに・・・怒るどころか、なんら言い返さないというのは・・・おかしいですね。」
やめろっ!?
その先は言っちゃいけないっ!!
きっとそれは鬼門ーーーー
「時にゴルバ様。『友人の話なんだけどーーーどうたらこうたら』という話を誰かにされたことはありますでしょうか?
こういう時って大抵・・・」
「・・・っ!?」
ビクンと凄い勢いで震えたゴルバさん。
「自分のことだったりするわけですが・・・ゴルバ様?
もしかして・・・いえ、もしかしなくても。」
「そ、それ以上は・・・」
「『言わないでくれ?』でしょうか?
一体何を言わないでくれ、と?私には分かりかねます。
もしかして『自分で考えた名前だったけど、妻の名を借りた』とかそんなところでしょうか?」
「ぐ・・・ぐぅ・・・。」
なんとか耐えてるゴルバさん。
いや、もう号泣状態なんだけどね。
歯を食い縛って涙を流してるおっさん。
シュールな図だ。
なんとか声を上げないように耐えてるというところか。
大丈夫っ!!
僕が目標とするダンディズムを持ち合わせるゴルバさんならばきっと耐えてーーー
「女性の名を借りるなんてーーーー」
「むぅっ!」
「下衆の極みですね。」
「うわぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああんっ!!」
ちょぉおおおっ!?
意外な泣き声を上げてどっかいっちゃったよぉっ!?
ゴルバさぁああああああああんっ!!
そっちには噴水が・・・あ。
落ちた。
「ベリー。」
「なんでしょう?マスター。」
「暇つぶしか?」
「それ以外に何か?」
ベリーも意外とストレスを溜めていたのかもしれない。
精神的に脆い僕はミッション中・・・特に気を遣う護衛ミッションの間だけは僕を苛めないように言い含めてあったからだろう。
僕をいじらないプラス待ちぼうけによるストレス。
これが今回の悲劇を招いた原因だろう。
成仏してくれ。ゴルバさん。
噴水の中でさめざめと泣いてる見た目中年のダンディなオジサマは大層目立ったとか。