俺がハロウィンで仮装をしない理由
俺達は電車を降りて、すぐにコインロッカーに向かったんだ。
早速カバンから仮装を取り出し、着替え始めた。
俺は狼男のマスクを被り、ボロボロのジージャンを羽織った。
後輩はカボチャのマスクと黒いマントを身に着けた。
二人のカバンを一つのロッカーに押し込み、街へと繰り出した。
「いつもと雰囲気違わないっすか?」
後輩はキョロキョロと辺りを見回した。
「当たり前だ。ハロウィンだぞ」
「そりゃあそうっすけど……」
「楽しまなきゃ。ほら、飲め飲め」
買ってきたビールを二人で一気に飲み干した。
「さすが、ハロウィンの聖地。みんなが仮装してるじゃないか」
スクランブル交差点を歩く人達は、ゾンビやドラキュラ、白いシーツみたいな幽霊など、思い思いの格好をしていた。
「土曜の夜だから、浮かれてるんっすかね?」
「今年はアニメキャラとか特撮ヒーローのコスプレがいないなぁ」
「そうっすね」
酒がイイ感じに回り始め、俺は上機嫌になってきた。
信号待ちで、隣に立つドラキュラに声を掛けた。
「イェーイ」
俺はハイタッチを求めて、手を上げた。
「ッチ……」
舌打ちをして行ってしまった。
ノリの悪いやつだ。
彼だけじゃない。他の奴らも、日常の延長線のようだ。
ハロウィンなのに、街は静かで落ち着いた雰囲気。
なんのために仮装しているんだ。はしゃぐためだろうが。
「つまんねえハロウィンだな」
俺達はウロウロとしながら、路地裏の方まで歩いていった。
この辺の酒場なら、楽しんでいる奴もいるはずだ。
案の定、テラス席でビールを呷っている奴がいた。
「お、あいつもハロウィンカボチャ被ってるぞ」
「なんか変じゃないっすか?」
「知るか」
俺は後輩を引きずって、そいつの前に立った。
妙に線の細いやつだったが、飲みっぷりは一人前だった。
「一緒に飲もうぜ」
狼男とカボチャ頭二人で、楽しく酒を飲み、大いに語り合った。夜中までしこたま飲んで、終電で家まで帰ってきた。
「まあまあ楽しめたな」
「……」
後輩は飲み過ぎて、足元が覚束なかった。
カボチャを被ったままの後輩をベッドに寝かせて、俺はソファに横になった。
狼男のマスクを外すと、すぐに眠り込んだ。
翌朝。
目を覚ますと、テレビがついていた。昨日の街の様子を映したニュースが流れていた。
「俺らが行ったとこじゃないか。どこかに映ってないかな」
『……のハロウィンでしたが、自治体の事前案内と警察の誘導もあり、目立った混乱はありませんでした』
ニュースの映像には、仮装している人はまばらにしか映っていなかった。
「なんか……昨日と違うぞ」
俺は、ベッドの上の後輩を揺すった。
「おい、起きろ。ニュースがおかしいんだ」
後輩はいびきをかき、目を覚ます様子がなかった。
「まだカボチャ被ってんのかよ」
俺は後輩のマスクに手をかけた。
が、外そうとしても外れなかった。
カボチャ頭はマスクじゃなかった。首の付け根で一体化していたのだ。
「う……」
俺は叫び声を飲み込んだ。
ここで大きな声を出したら、こいつが目覚めるかもしれなかった。
俺は、こいつを後輩と間違えて連れてきてしまったのか。
じゃあ後輩はどこだ?
俺はスマホを取り出して、後輩に連絡した。
ベッドの上からヴーンという振動音が聞こえてきて、慌てて電話を切った。
俺は財布を掴んで、静かに家を出た。
逃げたわけじゃない。本物の後輩を探しに出たのだ。
とりあえず電車に乗った。
俺達が飲んでいた店に行けば、何か分かるかもしれないと考えた。
後輩はどこに行ったのか。
昨夜の俺達が歩いた街はなんだったのか。
あいつは一体なんなのか。
いつもより、電車に乗っている時間が長く感じた。
電車を降り、あの路地裏へと向かった。
が、飲んでいたはずの店はそこに無かった。
窓越しに見えたのは、何もない空間とテナント募集の張り紙だけだった。
「夢でも見てたのか?」
何が何だか分からなくなり始めた。
交番にも行ってみたが、友人からは捜索願が出せないと門前払いをされてしまった。
必死に説明したのに、ただただ無駄足だった。
俺は何度も往復した交差点で、信号が変わるのを待っていた。
「そうだ、カバン」
ロッカーにカバンを預けっぱなしだったことを思い出した。
「確かこの辺のはず」
ロッカーにICカードをかざすと、カチリと扉が開いた。
中には、俺達のカバンが入っていた。
少しホッとした。
さすがに昨日のこと全てが夢ではなさそうだ。
後輩のカバンを引っ張り出すと、何かが溢れ落ちた。
「うわぁ!」
後輩の顔だ。生首が転がって行った。
その目が、ちょうどこちらを向いて止まった。
「ぎゃあああぁぁぁぁ…………、あれ? マスク?」
それは作り物のマスクだった。よく見なくてもすぐ分かる程度の出来の悪いマスク。
叫んで損した。
街を歩く人からの視線が痛かった。
俺は、慌ててマスクを拾ってカバンに突っ込んだ。
「なんで、自分の顔のマスクなんて作ったんだ」
後輩を恨むが、その後輩がどこにいるか分からない。
俺にはどうしようもなかった。
もう、あいつしか手掛かりはなかった。
俺は意を決して、家に戻った。
あいつはまだベッドの上で寝ていた。
俺が家を出てから数分も経っていないかのようだ。
もう一度首元を確認した。
やっぱり、このカボチャは本物の頭だ。
夢じゃない。
じゃあ、なんだこの怪物は。
「呑気に寝やがって」
こいつのせいで俺は苦労したんだ。
いろいろ歩き回ったせいもあるが、それ以上にひどく疲れた。
ソファに座ると、肘の下に後輩のカバンが当たった。
ふと思い付いた。
カバンから後輩の顔のマスクを取り出し、カボチャ頭の上から被せてやった。
マスクの方が小さいはずなのに、ピッタリとフィットしていった。
それはもう後輩の寝顔だった。
「ん……先輩?」
まぶたが揺れ、そいつは目覚めた。
俺はベッドから距離を取った。
全身に鳥肌が立ち、妙に汗ばんできた。
「ああ、すっかり寝てしまってたッス。先輩の家なのにすみません」
そいつは、まるで後輩のように、俺を俺だと認識していた。
「あぁ」
声が声にならない。そう答えるのがやっとだった。
いつもの後輩と同じ喋り方なのに、違和感が拭えなかった。
「もうこんな時間か。もう帰るッス。ありがとうございました」
そいつは後輩のスマホとカバンを掴むと、玄関へと向かった。
俺はその場から動かず、視線だけでそいつを見送った。
そいつは外に出て、ドアを閉めながらこちらを覗き込んだ。
「昨日は楽しかったッス。また来年もハロウィン行きましょうね、絶対に」
最後の言葉の強さに、俺は息を呑んだ。
ガシャンと音を立ててドアが閉まった。
緊張の糸が切れ、その場にへたり込んだ。
俺はスマホを取り出し、メッセージアプリを起動すると、後輩のアカウントをブロックした。
「去年そういうことがあってね。だから、俺はハロウィンで仮装をしない」
俺の話を聞いていた彼女が、悪戯っぽく笑う。
「それ、どこまでがホントの話? ただ、仮装したくないための言い訳でしょ〜?」
「そういうことにしておいてくれ」
最近付き合い始めた彼女は、イベント好きだ。
ハロウィンに限ってノリの悪い俺を、彼女はジト目で睨んでくる。
「せっかく私とペアの仮装持ってきたんだから、ちょっとでいいから着てみてよ」
そう言って彼女が取り出したカバンには見覚えがあった。
「それ、後輩のと同じカバン……」
口の中が一気にカラカラになる。
視線がカバンに固定され、動けなくなる。
「これだよ」
彼女がカバンから取り出したのは、あのカボチャ頭のマスクだった。
去年の話をしたのは、今日が初めてだ。前もって準備できるはずがない。
偶然……
にしては、出来すぎている。
彼女の笑顔が、なにか貼り付いたような偽物に見えてきた。
彼女は、またカバンに手を入れる。
「そしてもう一つ」
出てきたのは、俺の顔のマスクだった。




