レモンBomber
「レモン、ですね……」
黄色く丸いその物体は、両サイドをツンととがらせることで、ただの黄色いボールではないと主張することに成功していた。
その独特の形状と鮮やかな色彩は、私の二十年程の人生経験に基づいて自然とこぼれ出た言葉の通り、それを「レモン」と称する他に選択肢はなかった。
というか、まあ、うん。要するにただのレモンだ。
私はバイト中に無数の書棚の端でそれを見かけ、文字通り我が目を疑った。いや、すみません少し盛りました。実際いうほど衝撃を受けたわけではなかったが、まあいくらかウンザリはした。
なぜならば、どこの誰がやったのか、売り物の画集が雑に積み上げられ、その上にソレが置かれていたからだ。
まるでこれがある種、元より一つの芸術であったと言うかのように、不規則な画集たちの色の上で原色を撒き散らす主張の激しいオブジェである――という様にもみえなくもないと勝手に私が解釈を広げはじめた矢先、横に来た店長が無造作にそれを拾い上げた。
「あっ」
「たまにおるんだわ……こういうやつ」
身勝手な私の想像力を奪ったことへの非難の視線に気づいているのかいないのか、ともかく呆れたように店長はぼやいた。
……たまにいるんだ?
ここは京都の片隅にある書店。
その立地、そしてこの画集の上の黄色い果実。ここから思い至るものは一つしかない。
「ああ……大昔のあの小説ですね」
むかーしの文豪の有名な小説。鬱屈した病気のおじさんがレモンを画集の上に置いて、これが爆弾だったらおもろいのに、とかいってハイになるアレ。
――その模倣犯。
そう言えば恐ろしくも聞こえるが、この行いを現実に目にした身からすると真に恐ろしいのは「全くもって面白くない」ところだろう。
なにせご存知の通り、大抵の画集は大きく重い。そして厚い。
これを何冊も積み重ねた下手人の労力は如何ばかりであったかとも思いはするが、そこに重ねて書店バイトという身空において、私はニュートン力学から決して逃れられないこの細腕、こんな頼りないものに頼るしかなく、平置き台から上の棚へとこれら凶器にもなり得るだろう質量の束を戻さねばならない。
「あー、戻しときますね、画集。そのレモンどうするんです?」
動かぬ店長を横目に見やり、下っ端の務めと我ながら甲斐甲斐しくも宣言する。
「あげる」
店長はこの一連の「事件」になんの興味も持たなかったようだ。こんな行いにいちいち執着する大人もいかがなものかとは思うので正しい判断だと認めつつも、せっかくのささやかな非日常の最中において、些かのドラマも生まれずに事が収束していくという現実に、退屈が服を着ているような私はいくばくかの憤懣を覚える。
そんな私の胡乱な考えがまとまるより早く、店長はその大きくゴツゴツとした手からビタミンCの塊として知られるそれを手放す。
得体の知れぬ、ややもすれば爆弾の象徴として扱われでもしたのであろう代物を自らの管理する店の売り物の上に再び放つとは、これは前言の正しい判断という評価を撤回せざるを得ない。
「いやー、いくら私でもどこの誰が置いたかもわかんないもんはきっついっす」
店長のたった三文字の回答は、それが好意はおろか、需要もデリカシーも何一つ考えずにただただ責務を放棄するために投げかけられた譲渡の言葉であることは、想像に難くない。
むしろ若い女が嫌がるそぶりを楽しもうかというくらいの下劣さが見えれば、この男を芯から軽蔑できて気分も良かったろうが、続けての台詞で、ただ何の深慮もない面倒ごとの押し付けであることは明白となった。
「いらんなら捨てといて」
店長はそれだけ言って、うら若き乙女の手伝いをするそぶりも見せず、店の奥へと消えた。なお、ご明察の通り、うら若き乙女とはこの私のことである。私は心が広いので、多少の異論は認める度量はあるつもりだ。
「まったく……」
私は画集を戻しきると、玉座がなくなり所在なさげに転がるただの果物の一種に成り下がったそれを握り、休憩室に向かった。
なるほど、店長が手放してからいくばくかの時が過ぎ、改めてわずかにひんやりとしたであろうその触感は、古の主人公でなくとも多少の涼が取れ心地よいと感ずるには十分な冷感であった。ただ、冷静になればそれはただのレモンの感触であり、スーパーに行けば容易く何十と見つけられる程度の特別感でしかなかった。
「このレモン、捨てなきゃなあ」
片手でそれを軽く放ってはキャッチしつつ、休憩室のやや年季の入った扉を引き開ける。
正式な名前はバックヤード、しかしそんな呼び名には全く不釣り合いな、つまりは店の奥の小部屋である。それであっても店員にとってはこの場で唯一、人目を憚らずに休める場所であった。
とはいえ、書店の休憩室などただの倉庫。返品予定の本やダンボールが雑然と積まれ、人が座るスペースなどその中で脇役としてただパイプ椅子が二脚並ぶに過ぎない。そういう意味ではバックヤードという呼び名は、まさに正しい名称と言えた。
そして、そこには食事などの用を済ますという機能のひとつを果たすため、中型のゴミ箱が一つあるはずであった。
「あれ?」
腰くらいまでの高さの無骨なクリーム色の長方体が、いつもの場所に見当たらない。このバイトを始めてはや半年、この様なことは初めてだった。いや、昼休憩の他にはゴミ箱を意識などしていなかったから、そういった時間外ではこういう事も起きていたのかもしれない。なんせ今のような半端な時間に休憩室に入ることは稀だ。自らの記憶という不確かな証拠を元にいたずらに確信を得ようとし、あまつさえそんな印象を元にいささか焦りを感じていた愚かさに、我が事ながら呆れが込み上げてくる。
「誰か持ってっちゃったのかなあ」
休憩室を後にし、目的物を探し右往左往する。握りやすいサイズでありながら、どう持っても手からはみ出してしまう程度の体積をもつこの黄色い物体は、いささか書店員の持ち歩く物としては不釣り合いであった。やはり少なからず奇異に映るのか、本を選ぶ客の集中を否応なしに奪ってしまう。
「店長ー」
視線を無闇に集める居心地の悪さも、元はと言えばこれを押し付けてきたこの男が元凶である。私は速やかな対処を求めるべく、接客するでもなくレジ横に立っていた四十男へ声をかけた。
「なんや、どうしたん」
言葉ではそういうものの、私が未だそれを手に余らせていることを見やり多少の事情は把握したようで、興味が薄れたというような視線を投げかけてくる。
「ゴミ箱、知りません? 休憩室にないんですけど」
私は肩のあたりの高さでそれを振って見せ、言外にこれの処理に困っていることを伝える。
「ああ、裏やろ。今日事業ゴミの回収日やから」
なんということだ、私の知らぬところで知らぬ仕組みが回っていた。所詮は私はバイトに過ぎず、店のことを知り尽くした気でいただけであることを知った。しかし己の無知を知る事は知の始まりであり、知る機会のない事柄を知るはずはないので、これは喜ばしい事であると自らに言い聞かせ溜飲を下げた。一言で言えば「知らんがな」というやつだ。
「じゃあちょっと裏いって捨ててきますねー」
私は許可を得て店舗の裏手に向かう。通用口から出ると、本棚に囲まれた静けさの世界から、世情との隔絶を失う。行き交う車と雑踏の喧騒が私を飲み込んだ。さらに見慣れたゴミ箱を求め彷徨うと、ビルとビルの間の細い空間にそれはあった。
愉快ならざるゴミの山が表から見えないところに置かれているのは必然であるので、驚きはない。しかし隣のラーメン店との間のその細長い空間は、隣人からの排気と不完全燃焼でもしているのか微かなガスのような香りが混じる不快な空間であった。
二歩、三歩足早にその集積場へ近づき、すでに手に馴染み涼感も失われた黄色い物体を、蓋をされたゴミ箱の上に置く。
中まで押し込まなかったのはすぐにその不快な場を離れたかったからであるが、しかし深層心理というものが実際の行動に影響するのだとすれば、先ほど画集の玉座の上にあった彼の堂々たる主役ぶりに感化された側面もあったのかもしれない。
更に言えば、このような、日常にあるようで無い絵面が街中のビルの隙間に顕れてしまった根本的な原因には、先達の有名な文学掌編が悪戯の犯人のみならず私のようないち学徒にも知られているという偉大さが根底にある。共通の認識がないのに自然に発生するには偶然が過ぎるだろう。
つまり、それは無視されるには有名すぎたのだ。
「……やっぱり、別に面白くはないなあ」
件の小説ではこれが大爆発したら面白い、という締めであった。しかし、その想像も面白くはないし、先ほど目にした際もどちらかと言えばウンザリした。そして今、自分が能動的にそれをする立場に成り代わってみても、大した感動はなかった。果たして、本当に大爆発を引き起こしたら面白いどころではないだろう。
「捨ててきましたー。ガス臭いですよ、あの裏。爆発とかしないですよね」
「おう。隣のラーメン屋な。昔っからあんな排気出してんねん。何回か言うてるんやけどな」
その必要もさほどないような報告を終え、私にとってのこの非日常は幕を閉じた。
自然とこんな言い方になったのは、やはりあの小説のことが頭の片隅にあったからだろう。今日たまたま私がレモンと結び付けて気にしたからといって、それが爆発に繋がるはずもなかった。
いつか私にも鬱々とした袋小路のような人生の行先に抗わねばならず、さらにそれに負けてあのゴミ箱の上の黄色こそが美しいと思う日が来るのだろうか。未来とは不確定なものであるが、しかし、それが今でないということは明白であり、その事実は私が健康で少なからず幸せである証左であった。それをありがたいと思う感性と、それが現代日本の学生においては普通の退屈というものだと思う感性との双方を合わせ持つ私は、それを複雑に感じるようなこともない。ただ、この話を友人にしたとして楽しんでもらえるだろうか、そんな事を考えていた。
「いらっしゃいませー」
ただただ日常として労働力を提供し、対価を得る。私にとってのその舞台がこの書店である。ここが知の集約された場所であることは先の小説の時代とさほど変わらないが、今は知識を得るだけであればいくらでも他の手段がある。そのために次第に好事家のための空間になりつつあるのかもしれない。だから新たな客の持つスーパーの袋に黄色い紡錘形のそいつが透けて見えることも、また偶然ならざる事象であるのではないかと勝手な推理を進める。
結局は、日常に戻ったところで、すでに影響は受けているのだ。つまりは書棚の隅にあれを見つける前の私とは、わずかに、別の私なのだ。
だが、その変化に気がつけるものは、私を含め存在しない。そうして私は「檸檬」の主人公に一歩ずつ近づいていくのだ。緩やかな檸檬の爆発に、誰もかれも既に巻き込まれているのだから――などという考察自体が、結局は既にバイト中の時間つぶしなのである。
「あー、まだあと一時間もあるー」
ただの、わずかに変わった経験をした日常であった。
私は、立ちっぱなしでややむくんだ脚を、軽く曲げ伸ばした。
お読みいただきありがとうございました。
言うまでもないかもしれませんが、梶井基次郎「檸檬」に着想を受けた小説です。
ラノベと文学の真ん中みたいなモノを思いながら書いてみました。
お気に召しましたら評価や反応をいただけると嬉しいです。




