第8話 最高に「ハイ」ってやつだ!(錯乱)
標的が、こっちに向かってくる。
翼を広げると、温泉教会全体は裕に入るくらいデカい。
風圧だけで立ててあった柵がガタガタ揺れる。
俺は巨大パチンコの横に立った。
分身を出す。ボンッ、ボンッ、ボンッ——10人。
「ピッケル班!」
「「「「準備よし!」」」」
分身6人がピッケルを握りしめる。
「小麦粉班!」
「「「こっちもOKだ!」」」
分身4人が小麦粉の袋を抱える。
「縄班!」
は、まだいないな。様子を見て分担を変えよう。臨機応変に定評のある俺なら造作もない。
ドラゴンが咆哮した。
空気が震える。腹の底まで響く。
「来いやぁドラゴン!!ファンタジーの試練、ぶっ飛ばしてやるぜェ!!」
テンションが上がってきた!ドラゴンとの対峙、まさに夢にまで見た瞬間だ!
「ダリオ!引けェ!!」
「「「うおおおおお!!」」」
ダリオたち元盗賊全員がかりで、巨大パチンコを引っ張る。
「もっとだ!!限界まで引けェ!!」
俺は発射台の後ろに立ち、空を睨む。
ドラゴンの飛行ルート。風向き。角度——全部、計算して…
「よし!第1射、乗れ!!」
ピッケル班の分身たちが発射台に乗った——と思ったら、足がガクガク震えていやがる。
「いやいやいやいや待って待って!!」
急に狼狽しだす我が分身。
「なーに今更ビビってんだ!!さっさと行け!!」
「いや普通に怖すぎるだろ!!?」
「高い所は嫌なんですけどォ!!」
「俺はパチンコ恐怖症だよォ!!」
…情けない。自分の分身ながら情けなさすぎる。俺、側から見たらこんななのか…?
「どけどけ!俺が先に行く!!」
横から、別の分身がパチンコに飛び込んできた。
「お前らいつまで怖がってんだチキン野郎が!空を飛べるんだぞ…?むしろ人類の夢だ!」
いいね君。俺の分身はそうでなくっちゃ!
「よっし!さっさと行ってこい!!」
「任せろォ!!」
「やめろォォォ!!」
「———発射ァ!!」
俺の号令でダリオたちが一斉に手を離す。
ビュンッ!!!!
6体の分身が有無を言わさず空に射出される。
「ギィャアアアアアアア!!!!」
「死ぬうううううううう!!!!」
「いやっほおおおおおう!!!!」
絶叫しながらドラゴンに向かっていく。
風を切る音。どんどん小さくなっていく背中。
そして——
見事に全員ドラゴンの横を、盛大に通り過ぎた。
「あれぇえええええ——?!?!」
そのまま森の向こうに消えていった。
ボンッ。ボンッ。ボンッ。ボンッ。ボンッ。ボンッ。
——頭に衝撃が走る。落下、木の枝が顔に当たる、迫り来る地面…そして、グシャリ。
「っ……ぐ……」
膝が折れそうになる。外した。思ったより難しいぞこれ。
「ユーヤ様ぁ!!今、回復します~!!」
リーシャが駆け寄ってきて、俺の額に手を当てた。
黒紫の光が広がり——頭痛が消える。
「さっすがリーシャ先生!——次いくぞ!!」
俺は即座に立ち上がった。
「ユーヤ様、これからは私、ず~っと回復をかけ続けますね~!!」
「…おう?!頼んだ!!」
リーシャが俺の傍らに張り付く。その手は、ずっと俺の頭に当てられたままだ。
黒紫の禍々しい光が、途切れることなく俺の頭に流れ込んでくる。
「次ィィ!!角度修正!!もっと上だぁぁ!!」
分身を出し直す。ボンッ、ボンッ、ボンッ——!
さっきまでビビり散らかしてた分身たちも、渋々発射台に乗る。
「やっぱ俺ドラゴンは怖いッスよ——」
「うるせえ行け!!発射ァ!!」
ビュンッ!!
「ぎゃーーーーーーーー!!!!」
絶叫が空に響く。
今度は——ドラゴンの尻尾に激突。
「痛っ!!くそ、滑る——うわああああ!!」
ズルズルと滑り落ちて——ボンッ。消えた。
落下の衝撃が頭に来る。今度は尻尾に叩きつけられた衝撃も。
「ぐっ……おほぉおお!」
同時にリーシャの回復が脳に刺さる。
「次ァ!!どんどん行くぞォオオ!!」
「「「「行くぞォ!!」」」」
今度は7人まとめて発射。もはや班などどうでもよい。とにかくコントロールが最優先だ。全員にピッケルを持たせてとにかく吹っ飛ばす。
ビュンビュンビュンビュン!!
射出早々大きく外れた3人を除き、今回ドラゴンに近づけたのは4人。
1人目——翼に激突して弾かれた。ボンッ。
2人目——首に引っかかったけど、振り回されて吹っ飛んだ。ボンッ。
3人目——そのまま反対側に落ちていった。ボンッ。
4人目——背中に…着地!!
「「「取り付いたぞォ!!」」」
これには地上も大盛り上がり。
いいぞ!!確実に近づいて来てる!とにかく1人は成功した!
この作戦は——いけるっ!
「よっしゃ!!すぐ次行くぞ!!引けェ!!」
ダリオたちが必死にゴムを引っ張る。汗だくだ。腕がプルプル震えてる。
「発射ァ!!」
次々と分身を飛ばす。
何人かは着地に成功し、何人かは軌道を外れて森に消え、何人かはドラゴンに弾かれて落ちる。
その度に分身が受けた衝撃が頭に返ってくる——はずなのだが。
リーシャの回復魔法が、ずっと俺の頭に流れ込み続けているからか、もはや痛みすら感じない。むしろ——
「ふひひ……次ィ!!じゃんじゃん飛ばせぇぇえい!!」
なんだかとってもハッピーな気分だ!!
いつもの頭がぽ~っとするやつの100倍は気持ちいい!
今日の俺、絶好調だぜ!
「おい、俺が先だって!」
飛ぶ→落ちる→消える→出す→飛ぶ…を幾度も繰り返したためか、ついに分身たちがパチンコの前に列を作り始めた。
「いやいや順番だろ順番!」
「うっひょー!次俺の番!」
「俺様がナンバーワンだ!」
……もはやアトラクション感覚なのだろう。さっきまであんなに嫌がってたのに…
そうこうしているうちに、ドラゴンの背中にようやく6人の分身が取り付いた。
「よし!ピッケル、いけェ!!」
ギャインギャインギャインギャイン!!
金属とも岩石ともいえない不思議な感触だ。
分身がドラゴンの背中で、何度も鱗を叩く。
「お前らァ!!コイツは鉱山だ!俺たちはただ採掘するだけ、剥き身にしてやるぜェ!!」
「「「「「オオオオオオオオオオ!」」」」」
気合い十分である。
「硬ェ!でも、いける!」
「端っこから捲り上げろ!」
ガキンッ!
鱗が1枚、剥がれ落ちた——キラキラ光りながら、地面に落ちていく。
「剥がれたァ!!」
「よっしゃァ!!続けろ!!」
ガキンッ!ガキンッ!ガキンッ!
鱗が3枚、4枚、5枚——次々と剥がれていく。
ドラゴンが怒り狂って暴れる。
体を捻り、急上昇し、急旋回。分身を振り落とそうとしてる。
「うわっ!落ちる!…のも一興か。——いやっふうううううう!!」
もはや落下への恐怖など完全になくなった。
「報告ー!!」
そう叫んだ分身が自ら地面に飛び込んだ。
ボンッ——記憶が流れ込んでくる。
「みんなァ!背中の鱗はもう半分くらいは剥がしたってよ~!次のフェーズに移行する…小麦粉班!ぶちかますせ!」
「「「ひゃい!!」」」
ハイテンションな小麦粉袋を抱えた分身たちが、次々と発射台に乗る。
「オルファ!準備はいいかぁぁぁ?!!」
「い、いつでもいけるわ」
引きつった顔でこっちを見ながら、オルファが弓を構えた。
「発射ァ!!」
ビュンビュンビュン!!
3人が空へ飛び出し——ドラゴンの翼に着地成功。さっきより命中率が格段に上がってる。
「小麦粉ォォ!!」
袋からぶちまかれた白い粉が宙を舞う。
ドラゴンの右翼が、積雪のごとく白く染まった。
「オルファァァァ!!今だァ!!」
「——炎よ」
オルファの矢に、火が灯る。
弦を引き、狙いを定め——
——放った。
矢が飛ぶ。粉塵に触れ——
ドガァァアアン!!!
爆発。
ドラゴンの悲鳴が響く。
分身が爆発の中心で消える。
「っ——ぐぅッ!!!」
熱い!燃えるッ!!皮膚が焼ける——さすがにこれはキツいか——!!
「ユーヤ様ァ!ここからはフルパワーでいきますね~!」
「リ、リーシャセンセイ~!」
添えられた手がさらに禍々しく光り——回復魔法が脳髄に染み渡り続ける。
「んふ———っ!もっとだ!!もっと飛ばしぇい!!」
無意識に俺は叫んでいた。
「お、お頭……?」
ダリオが不安そうな顔で俺を見た。
「なんだァ!?早く引けェ!!あひゃはははは!!」
俺は笑っていた。なぜ笑っているのか、自分でも分からない。
ただ、体が軽く、今ならなんでもできそうな気がする!最高にハイってやつだ!
「……ねえ、あれ大丈夫なの?」
オルファがリーシャに小声で聞いた。
「何がですか~?」
「ユーヤ。完全に目がイッてるんだけど。白目剥いてピクピクしてて…ほぼアンデットなんですケド?」
「大丈夫ですよ~!ちょっと副作用が強めに出ちゃってるだけです~」
「副作用?」
「私の回復魔法は完全にオリジナルでして~…患部を直接回復させる一般的なものとは違って、脳に負荷をかけて『人間の回復力そのもの』を増幅させるんです~!」
「何その魔法…」
オルファが怪訝な顔をする。
「なので効果も速度も段違い!欠損再生だってできちゃうんです~!ですが…」
リーシャが目を伏せる。
「副作用として、頭が「ぱぁ」になったり、中毒や廃人になっちゃうことも~…」
「全然大丈夫じゃないじゃない…」
オルファが呆れた顔をする。
「で、でもユーヤ様の場合は直接受けたダメージの回復ではないので、副作用もそこまで出ないんです~!私の魔法と相性最高なんですよ~!」
「ただ、今回は数や量が多すぎますし、私もフルパワーでかけ続けてるので…ユーヤ様でも”あんな感じ”になっちゃいましたぁ~」
…なにやら物騒な話が聞こえて来た気がしたが、聞かなかったことにしよう。
今の俺は、止まらないぜ。
その後も、粉塵班の発射とオルファによる点火は幾度も繰り返された。
ドカァァァン!!
「もう一発ァ!!」
ドカァァァン!!
ドカァァァン!!
ドカァァァン!!
夥しい数の爆炎が巻き起きる。
その度に分身が消え、熱さと痛みが返ってくるが、黒紫の光が途切れない今、俺は無敵だ。
「あぶぶぶぶぶぶぅ!!」
つい、口から意味不明な音が漏れても気にしない。
「お頭……なんか言ってるぞ……」
「触れるな。今のお頭は神懸かってるんだ……」
ダリオたちが畏怖の目で俺を見ている。
もはや恐怖心など、とうに失った分身たちが小麦粉片手に次々と射出されていく。
「あははは!!効いてる!!もういっぱちゅうう!?」
「「「「「りょりょりょおお!!」」」」」
並べて飛ばす、消えたら出す。それだけだ。
——その時。
ドラゴンが、こっちを向いた。喉が、赤く光ってる。
「——来るッ!!ブレスだァ!!」
炎が、吐き出された。
ドラゴンは首を振りながら、周囲に向かってブレスを撒き散らしている。
発射台から飛んでくるもの含め、とにかく俺の分身たちが鬱陶しいらしい。
そりゃそうだ。蚊やハエなんかが自分の周りを数十匹群がってるようなもんだからな。
「「「ぎゃあああああ!!!!」」」
飛行中の分身が、炎に呑み込まれ瞬時に消える。
襲いかかる絶大な炎ダメ-ジ———あれ?思ったより痛くない…!リーシャのおかげか?
「聖地は無事だぁあ!!今のうちに縄で口を縛れぇええ!!」
ビュンビュンビュン!!
次々と分身を射出する。
何人かは焼かれ、何人かは弾かれ、何人かは外れる。
でも——何人かは、着実にドラゴンに辿り着く。
「取り付いたァ!!縄を回せェ!!」
口元に取り付いた分身が、必死に縄を巻きつけていく。
「おい押さえろ押さえろ!!」
「暴れんなこのクソトカゲがっ!!」
「口がくせェんだよ!!」
ドラゴンが首を振る。分身が振り回される。
「あぎぃぃ!!」
ボンッ——また消された。
とはいえ、アホみたいなペースで次から次へと飛んでくる分身。
縄がじわじわと口に巻きついていく。
「もうちょいダァ!!あとちょっとで——」
ついに縄が、ドラゴンの口を縛り上げた。
「よっしゃァァ!口を塞いでやったぞ!!」
「ザマァみやがれ!このウスノロがッ!!」
ドラゴンがもがく。首を振る。しかし硬く結ばれた縄は外れない。
「今のうちだァ!!全弾発射ァ!!」
残りの小麦粉を全部持って、分身を射出する。
「「「「キエエエエエエエ!!!!」」」」
「オルファぁぁああ!!」
絶叫する俺。
「任せて!!」
オルファがそれに応えて——
ドカァァァン!!ドカァァァン!!ドカァァァァアン!!
まるで炎の大魔法みたいだ。
ドラゴンが悲鳴を上げる。
翼が——完全に動かなくなった。
そして、
ヒュ——————……
撃墜だ。




