第2話 邪教教祖がやってきた(唐突)
「………いってぇ」
俺は地面にめり込んでいた。
なぜ生きてるのかは謎だが、流石にそのまま落下死させるほど、あの女神も外道というわけではないらしい。
ゆっくりと体を起こして、周りを見渡すと——崩れた石壁。荒れ果てた木々。人影はもちろんゼロ。
……本当に何もない所に落とされたな。
「とりあえず現状整理だ」
俺の禁忌スキルだが……正直よく分かっていない。
マニュアルでも貰っておけばよかったか……今魔物とかに襲われたらたまらんぞ…
…
などと思っていた矢先——
ガサッ!!
茂みから何かが飛び出してきた。
ウサギ——いや、角がある。魔物だ!
しかも、結構でかい。普通のウサギの倍はありそうだ。そして、明らかにこっちを狙ってきてる。
「異世界初の戦闘…か」
ニヤリと笑い、気合いの入った声で唱える。
「———分身!」
ボンッ!
目の前に、俺があらわれた。
「…これが分身?なんだ、字の通りだったのか」
ということは、人数を増やして戦力を上げる系のスキルってわけだな。
そうと分かれば————
「分身!分身!分身ッ!分ッ身ッー!」
大魔導士の詠唱よろしく、俺は渾身のポーズで言い放つ。
ボンッ!ボンッ!ボンッ!ボンッ!
5人になった。
「よーし!ウサギの野郎をぶちのめすぞ!俺たちの強さをこの世界に知らしめてや……」
——あれぇ?
視界に入った角ウサギを、思わず二度見する。
こいつ、こんなにデカかったっけ? 見間違いか? さっきの5倍くらいはありそうなのだが……
それに周りをよく見渡すと、草も石もでかい。
なんか目線が低くなってるような……って
「オイイイイッー!! これ、俺が縮んでんじゃねぇかぁあ!!」
なんてこった。30cmくらいしかないぞ、今の俺。
5人になったからか? だから大きさも5等分された…と?
すかさず、角ウサギが突進してくる。
——ボンッ!
分身の1人が吹っ飛ばされて消えた。
「痛ぇっ!」——頭が痛い。
今、分身がくらったダメージを受けたのか?
……使えんスキルだな。
とはいえ——
「数ではこっちが有利!このまま一気に叩くぞー!」
「「「おー!」」」
——30分後。
「へ…楽勝…だったぜ…」
俺たちは地面に倒れ込んでいた。
ウサギの魔物はようやく動かなくなったが、4人がかりでギリギリの勝利だった。
分身を解除すると——
「うっ……」やはり頭がガンガンする。
突き飛ばされた衝撃、角で刺された痛み、必死で噛みついた感覚。分身の記憶と経験が一気に流れ込んでくる感じだ。さっきも一瞬あったが……副作用だろうか?
でも——
「レベルが上がった…?」
なんとなく分かる。体の中で、何かが変わった感覚。
急いでステータスを表示した。
—タナカ・ユウヤ
—魔法適正:『火』『水』『雷』『風』『土』『光』:F
—固有スキル【分身】:レベル:2(分身可能数:3)
固有スキルのレベルが上がっている!
さっそく分身を試す。
ボンッ。ボンッ。ボンッ。
今度は通常サイズのままで、俺(本体)を入れて3人の分身になれた。試しに無理やり6人に分身しようとすると、案の定、半分くらいのサイズに縮んだ。
——なるほど。レベルが上がると《《使い物になる》》分身の数が増えるってわけか。
便利なのか不便なのか……よくわからんな。
「とりあえず、飯にするか」
俺は狩った角ウサギを引きずりながら、火種になりそうな物を探すことにした。
——————————————————
翌日。
朽ちた砦の跡で寝ていた俺は、
ゴゴゴゴゴ……
謎の地響きの音で朝を迎えた。
寝ぼけた頭を叩き起こして振り向くと——崩れた石壁の影から、巨大な腕がヌッと出てきた。
「こ、こいつは…!!」
——ゴーレムだ。
3メートル近くはある巨体。昨日の魔物の比ではない。
さすがの俺もこれには仰天。
逃げろ。逃げるしかない! 一目散に走り出した。
ゴーレムが追ってくる。地響きが近づいてくる。
「分身!」
ボボボボンッ!ボンッ!
10、いや15人くらいか?一度に出しすぎたせいで、かなり縮んでしまったが、今は気にしてられない。
「行けっ!お前ら!誰か囮になるんだ!」
「うるせぇ!」
「お前がやれ!」
くそぅ! 分身も俺の性格を忠実に再現していやがる。
誰もが、我れ先にと逃げ出した。
——だが甘い。
本体である俺はオリジナル。つまり、分身(俺)が考えそうなことは手に取るようにわかるのだ。
分身が互いを邪魔しあって揉めてる隙に、俺は森の方へダッシュ。
背後で俺の声の悲鳴が響く。
「ぎゃー!」ボンッ。
「踏まれるぅぅー!」ボンッ。
——2人消えた。その度に起こる頭痛が厄介だが、森まではあと少し…
「———そこのお方!!」
突然、横から場違いに明るい声が聞こえた。
ふと見ると——フードを被った美少女がいつのまにか並走している。
金髪に赤い瞳。背後からゴーレムが迫ってるってのに、なぜかこの少女は満面の笑み。
「お取り込み中のところ、すみません!もしかして、昨日空から降ってきた方ですか!?」
降ってきた?
……あぁ、女神に落とされたアレのことか。まさか目撃者がいるとは…
だが今は…
「後にしてくれ!!」
「ヤルダヴォート教に、入信しませんかー!!」
あかん。こいつ、そっち系か。
「状況を見ろ!!」
俺がそう言い終わるとほぼ同時に…
——パチン
少女が走りながら手を叩いた。
軽快な音が響くと————森の影から、黒ずくめの集団がスッと現れた。
「おお!仲間か?!」
その数、1、2、3、4、5。
……5人かぁ~
全員同じ黒いローブに同じ背格好。
「「「「「我らは影に生きる者……」」」」」
なにやら怪しげなセリフを揃えて宣う。
——ってか、
「なんなんだコイツら!全員同じ格好で同じような背丈しやがって……まるで俺の『分身』じゃないか!」
「分身…?ああ、このスキルのことですね~?」
四方八方に散らばって逃げ惑う俺を指さした。
「そうだよ!俺唯一の個性を早々に消し去りおって……い、いくらなんでもキャラ被りが早すぎるぞ!」
「えへへ~、奇遇ですね~」
どこがだよ!とツッコミたい気持ちはあるが、今はそれどころじゃない。
「そ、そうだ!ゴーレムはどうなった?!」
「ああ、あの木偶ですか~?……信徒たち!」
「「「「「御意」」」」」
黒ずくめの集団が動いた。凄まじい速さだ。1人が頭に布を被せて視界を奪い、残りが足にしがみつく。
正確な攻撃を受けたゴーレムがバランスを崩し——
ズドォォン!!
倒れた。
すかさず信徒が胸を開け、中から鈍く光る赤色の石を抜き取る。
魔石だろうか?たちまちにゴーレムは動きを止めた。
「……おお!」
たったの5人で、あっさり倒した。
「さすが、私のかわいい信徒たちです~」
金髪の少女がパチパチと拍手する。
黒ずくめの一人が、俺の前まで歩み出て跪いた。
「これを、新たなる御方に」
「……俺?」
跪いたままの黒ずくめと目線が合う。
分身ののせいで縮んでいたのをすっかり忘れていた。
仰々しいシーンなだけに、めちゃくちゃ恥ずかしい……!
分身を解除して、魔石を受け取る。
「っ……」
また来た。この感覚——記憶が一気に流れ込んでくる。
ゴーレムに踏みつぶれた衝撃、消える恐怖。頭がガンガンする。吐きそうだ。
「大丈夫ですか~?」
少女が俺の額に手を当てた。
黒紫の禍々しい光が広がると———頭痛と吐き気が一瞬で引いた。
「回復魔法……?」
「はい~!私特製の回復魔法です~」
見た感じ、イメージしていた回復魔法のそれではないが、効果は抜群だ。
「助かったよ。君、名前は?」
「はい~!私はリーシャ=ノクターンと申しまして~……至高にして崇高、唯一神であられる『ヤルダヴォート様』を信仰する組織をやっております~」
「え、なにそれ?……邪教?」
「邪教ではありません!」リーシャが頬を膨らませた。
「私からみれば、ファルミス教こそ邪教の極み!女神ソフィアを信仰するなんて考えられません!」
…な、なんて良いことを言うんだ!!
「実は私たち、グラウエルを拠点にしようかと思いまして、昨日から来てたんです~」
なるほど。こんな辺境なら誰にも邪魔されない、たしかに邪教には都合がよさそうだ。
「そしたら昨日、空からあなたが降ってきて感動しちゃいました~! まさに、天からの啓示!これは救世主様に違いないと~!」
いや、女神にポイ捨てされただけなんだが……まあ、訂正するのも面倒だし、黙っておこう。
「そして、その表情!!やはりあなたも、私たちと同じ!ファルミス教を心底嫌っているのですね…?!」
それはその通りだが…
「リーシャは、なぜファルミス教を?」
少女が急に真面目な顔になる。
「この国の国教であるファルミス教では、六属性だけで人を評価するんです。それぞれの魔法適正が高ければ地位も偉い、低ければゴミ扱い。さらに……教会が説明できない能力は『禁忌』として断罪します。でもそんなの、ただの差別じゃないですか?」
赤い瞳が、まっすぐ俺を見ている。
「ヤルダヴォート教は、その『差別』に抗う教えです。決められた能力で人を裁くな。禁忌?上等だ」
リーシャが両手を広げて言い放つ。
「私たちは、そう訴えてるんです!」
……………。
俺は静かに目を閉じた。
ファルミス教。六属性至上主義。禁忌狩り。俺を処刑したアホ共の教え——そしてあのクソ女神を信仰する宗教。
ふっ…面白い。
「リーシャ」
「はい~?」
「俺の名は田中祐也——いや、この世界では『ユウヤ』とでも名乗ろうか」
風が前髪を揺らす。完璧なタイミングだ。
「お前たちの『救世主』、この俺が引き受けてやろう!」
「ユーヤ様っ!!」
「ただし——」
俺は人差し指を立てた。
「俺は『救世主』なんて小さなもので終わる気はない!いずれこの世界の理不尽を全てひっくり返す。ファルミス教、六属性至上主義、禁忌——全部まとめてぶっ壊してやる…ぜ!」
キマった。異世界系主人公として完璧な宣言だ。
「はぁあああああ!!ユーヤ様ぁあああ!!やはり、あの『分身』…あれは禁忌スキルなのですね?!」
「……おそらくな」
「さすが、天から降る『禁忌』!!私たち、ユーヤ様に一生ついていきますぅう~!我らが救世主様ぁあああ!!」
くねくねと悶えながら頬を紅潮させる金髪の少女。
「「「「「我らは影に生きる者!!救世主様の剣となり盾となります!!」」」」」
使徒たちも一斉に跪いた。
うむ…悪くない反応だ。
——いや待て。冷静に考えろ……調子に乗りすぎた。そもそも俺、全ステ「F」だしな……世界をひっくり返すとか言ってる場合か?
まあいい。言っちまったもんはしょうがない。そのうちなんとかしよう。
「よし!じゃあまずはこのゴーレムの残骸を片付けようか!」
「「「「「御意」」」」」
使徒たちがテキパキと動き出す。リーシャも鼻歌交じりで指示を出している。
…案外うまくやっていけそうじゃないか。
異世界転生、禁忌スキル、邪教の救世主。
俺の第三の人生、なかなか悪くない滑り出しだ。
見てろよ、クソ女神。お前が『ゴミ捨て場』だと思って放り込んだこの地で、俺は必ず成り上がってやる!!
——などと、イキっていた矢先。
「そこの連中、動くな!」
背後から、氷のように冷たい声。
振り向こうとした瞬間、首筋にチリッとした殺気を感じた。
……弓だ。狙われている。
今度は一体何なんだよ…
俺はゆっくりと、声のした方を振り返った。




