番外編 そのDランクパーティが見たもの(マルクス視点)
辺境の地グラウエルから、早馬で3日ほどの距離にある街——「古都アルセリア」
数百年前まではここが王国の中心だった。
しかし、流通の利便性や国土拡大に伴い、王都は別の地へと移され、今では旧王宮の遺跡や、未発見の地下遺構が眠る「冒険者の街」として知られている。
そんなアルセリアの冒険者ギルドは、今夜も賑わっていた。
「だから本当なんだって!ドラゴンがいたんだ!」
受付カウンターで、一人の男が声を張り上げていた。
マルクス。Dランク冒険者。パーティ仲間と共に辺境の魔物狩りを請け負っていた男だ。
「マルクスさん、落ち着いてください。ドラゴンって……本気で言ってます?」
受付嬢が困惑した表情で応対する。
「本気だ!この目で見たんだ!でっけえ赤黒いのがドラゴンが空を飛んでて——」
「おいマルクスー!また酒の飲みすぎじゃないのかー?」
「そうだそうだ!受付のねーちゃんに絡むんじゃねー!」
後ろから野次が飛ぶ。
ギルド内の冒険者たちが、ニヤニヤしながらこちらを見ている。
今夜の見せ物でも観覧している、という表情だ。
「違う!飲んでねえ!……いや、飲んだけど、見たのはその前だ!」
「説得力ねえな~!」
「ドラゴンって、Sランク案件だぞ?そんなのがこの辺にいてみろよ。街中大騒ぎだ!」
「きっと大きい鳥を見間違えたんだな!相変わらずお茶目なやつだぜ!」
笑い声が広がる。
マルクスは歯噛みした。
「……見たんだ。本当に」
「なにか…証拠とかはお持ちでしょうか?」
受付嬢のその言葉に、はっと思い出したマルクスは懐から何かを取り出した。
赤黒い欠片。両の掌ほどの大きさで、鈍く光っている。
「ドラゴンの鱗だ」
ギルド内が一瞬、静まり返った———が、すぐに誰かが吹き出した。
「なんだ、そんなの偽物だろ?一瞬ヒヤリとしたぜ~」
「ドラゴンの鱗なんて、王都でも滅多にお目にかかれねえぞ」
「どっかで買ったんじゃねえの?でかよくお前が買えたなァ!」
「ぎゃははははは!」
下品な笑い声が飛び交う。
「買ってねえよ!落ちてたんだ!グラウエルの村で!」
「村?あの辺に村なんてあったか?」
「……あった。いや、"できてた"が正しいんだと思う。湯気が立ち上る教会があって、そこに同じ顔の人間がたくさん住んでて——」
「ますます意味わかんねえな」
誰も信じてはいないみたいだ。
マルクスは拳を握りしめた。悔しい。が、証拠はこれしかない。
あの時、もっと近くで見ていれば……でも、あんな化け物を前に近づけるわけがない。
——その時。
「マルクス。ちょっと来い」
低い声が響いた。
振り返ると、ギルドの奥から初老の男が出てきていた。
筋骨隆々の体に白髪交じりの髪。鋭い目つき。
古都の冒険者ギルドのマスター——ゼルギスだ。
「ギルマス……」
「話がある。ついて来い」
有無を言わさぬ口調。
マルクスは頷いて、ギルドマスターの後について行った。
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応接室。
重厚な机を挟んで、サブマスターのノエルとマルクスのパーティメンバー3人が向かい合っていた。
同じ件で呼ばれていたのだろう。
どかっと長椅子に腰掛けると、ゼルギスは口を開いた。
「……で、本当に見たのか?ドラゴンを」
「はい。間違いありません」
マルクスは真剣な顔で頷く。
ゼルギスは黙って、マルクスが持ってきた鱗を手に取った。しばらく眺めて、鼻を鳴らす。
「……本物、だな」
「え?」
マルクスとメンバー3人が顔を見合わせる。
「この鱗、本物のドラゴンのものだ。間違いない」
マルクスの目が見開かれる。
「わ、わかるんですか?」
「ああ。実は——」
ゼルギスは椅子に深く腰掛けなおした。
「先日、王都に出張した時のことだ。貴族向けの競売会があってな、たまたま覗いたんだが……」
「競売…」
「そこに、ドラゴンの鱗が出品されていた。10枚はあったな。……この鱗と、まったく同じものだ」
マルクスは息を呑んだ。
「じゃあ、やっぱり……」
「ああ。どこかにドラゴンがいるのは確かだろうな。それも、十数枚は鱗を剥がされてる」
ゼルギスは目を細める。
「いや、もっと…おそらく50は剥がれていたような…」
「なにィ?!」
声を荒げたゼルギスに気圧されるDランクパーティー一同。
一瞬静まり返る中、マルクスはあの日のことを思い出していた。
遥か上空を旋回していたドラゴン。
それが爆炎に包まれて墜落していく姿。
そして、駆けつけた時に見たあの異様な光景——
「……信じてもらえるかわかりませんが」
マルクスは口を開いた。
「ドラゴンを落としたのは、あの村の連中でした。どういう仕組みか、同じ男が大量に出てきて…空中で爆発をしました……」
「…まるで意味がわからんな」
「…そうですよね。俺自身、今になっても頭が追いついてないですし…」
マルクスは下を向いた。
「私も同じものを見ました!マルクスの言った通り、同じ顔の人間が、何十人も。いや、百人近くいたかもしれません!」
魔導士のユリアだ。
「爆発の件は断定できませんが、私もほぼ同じ光景を見ています。でしょう?ゴードン」
「ああ」
神官のマリーとタンクのゴードンもマルクスに続く。
ゼルギスは眉をひそめた。
「幻覚の線は薄そうか……となると禁忌スキルの類だな」
「禁忌?」
聞いたことがある。世の理を外れた異常な能力。詳細が不明なこともあり、ファルミス教が『禁忌』として断罪しているものだ。
「……どうしますか、ギルマス」
ゼルギスは腕を組んで、しばらく考え込んだ。
「……正直、判断に迷う」
「と言いますと?」
「もし本当にドラゴンを倒せる戦力があるなら、それは脅威だ。だが、同時に……『英雄』にもなり得る」
ゼルギスの目が光った。
「王国軍に報告すれば、間違いなく調査隊を派遣してくれるだろうが……伝令、会議、検討、準備など合わせると」
「早くて半年ですね…」
サブマスのノエルも口を挟む。
「そうだな。上の連中は腰が重いからな……その間に教会が絡めば…」
「面倒なことになるのは必然ですね」
禁忌スキル持ちは、教会にとって排除対象。最悪、その村ごと焼き払われる可能性もある。
冒険者ギルドとしてもこれ以上、教会の暴挙を看過できない。
かといって、真っ向から対立することもできない。
「だから、まずは事実確認だな」
ゼルギスはマルクスたち4人を見据えた。
「もう一度、あの場所に行ってくれ。今度は近くで、しっかり情報を集めてこい」
「……あの地に…ですか」
「もちろん報酬は弾む。金貨30枚でどうだ」
Dランクの依頼としては破格だ。
「そ、そんなに?!」
「危険度を考慮してだ。ドラゴンがいる可能性のある場所に出向くんだ。さらに、もっと脅威になる"何か"がいるかもしれない……だろ?」
ゼルギスは立ち上がった。
「1ヶ月以内に向かってくれ。その村とやらの情報を集めてこい。住人の数、戦力、指導者、そして——その『同じ顔の男』については特に念入りにだ」
「「「「了解しました」」」」
マルクスたちパーティ4人も立ち上がり、頭を下げた。
「お前ら」
「はい?」
「くれぐれも、無茶はするなよ。身の危険を感じたら構わず逃げてくれ」
「……肝に銘じます」
応接室を出る。
廊下を歩きながら、マルクスは考えていた。
グラウエル。ドラゴン。そして、あの光景。
一体、何が起きているのか。行けばわかるだろうか。
マルクスは仲間と宿へと足を向けた。
今夜はもう休もう。
明日から、また長い旅が始まる。




