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第8話 会計 音無心春は囁く【前編】

 体育館に入ると、明らかに外とは空気が重いというかピリついている。

 用務員さんの手伝いをしてないで、早くこっちに来た方がよかったんじゃないか。


「お疲れー、夏恋、到着っす」


 空気を読まないというか、空気をぶち壊すような水無瀬先輩の声が体育館に響くと、リハに参加している生徒たちの視線が一気にこっちに集まる。


 俺は一歩引いて、身体の半分を水無瀬先輩で隠した。


 かっこ悪いとかじゃないくて、ここは作戦通り〝いのちをだいじに〟を実行させてもらう。


 ステージの方からナチュラルボブの銀髪をなびかせて、走って来た小柄な女子生徒が、俺たちにやっと届くような囁く声で話す。


「水無瀬……遅い」


 女子生徒のアーモンドアイから送られるじっとりとした視線が、水無瀬先輩に刺さる。


「いやー、道がちょっと混んでてねー、慎くん?」


 援護射撃を目で要請する水無瀬先輩。俺まで共犯にしないで……いや、俺も一緒に蛍光灯の交換していたから共犯か。


「そうなんです。工具の準備にも少し時間がかかって」


 水無瀬先輩は今度はナイスとウインクする。そういうことするとバレるからやめてください。


「昨日の……救世主」

「へっ?」


 女子生徒は今度は俺の方に視線を移す。


「そうそう、ちょっと遅れたのは、昨日に続いて救世主を呼んでたからで」

「さすが会長……仕事早い」

「ちょ、ちょ待って、私は、わ・た・し」

「水無瀬は……マイクケーブル絡ませた……だけ」


 そこまで言うと、銀髪の女子生徒は思い出したように、口に手を当てぷっと笑う。


心春こはる、私があたふたしてる姿思い出してるっしょ」


 こくこくと頷く心春先輩。


「あの、別に俺は救世主とかじゃなくて、あれはただ、ケーブルほどいただけで――」

「って、ことで生徒会の庶務補佐になった黒瀬慎くんです」


 水無瀬先輩が俺の説明を遮って勝手な紹介を始める。この人、どうやってでも俺が生徒会の一員って既成事実を作ろうとしてないか。


「仮です。今日はお試しで一緒にいるだけです」

「ねー、慎くん、そろそろこの流れ変えてよくない?」

「水無瀬先輩が同じ間違いをするからです」

「いやいや、ゆーても三回目くらいになったらパターン変えて、みんなを裏切らんといかんよ」


 どうして、俺がダメ出しされてんの。キングオブコント目指してるとか?

 心春先輩が今度は俺をじっと見て、一呼吸置いてから口を開く。


「水無瀬と一緒……ご愁傷様」


 一緒に行動して、まだ一時間も経っていないけど、俺もそんな気がしてたところ。


「心春、ダメじゃん。こういう体験入部的な時にそういうこと言っちゃ。こういう時は、生徒会って楽しいところだなとか。先輩が頼りになるなって思ってもらわんと」

「私がそう言ったところで、水無瀬じゃ……無理」

「何? 私だってそこそこできるよ。やろうってなら、受けて立つってーの、心春」

「経費の領収書……通さない」


 水無瀬先輩は「すいませんでした」と一瞬で敗北宣言をして、深く頭を下げた。

 よっわ⁉ こんなに秒で敗北宣言するなら挑まなくてよくない? 


「水無瀬! そこで油売ってないで、早くこっちに来てくれ」


 すらりと背の高い男子生徒がステージの上から、手に持ったプリントを振って呼んでいる。

 すっかり忘れていたが、ここはさっきまで殺伐とした空気で張りつめていた場所だった。水無瀬先輩がいると、どうもそういう空気が壊れるというか、ガラッと変わるところがある。

 水無瀬先輩に続いて、ステージの上まで来ると、さっきの男子生徒が腕組みをして待っていた。


「霧島先輩、お疲れっす」


 帽子を被っていないのに、手で敬礼をきめる水無瀬先輩。


「遅いよー。電話で言ったじゃん。早くって。入ってきた時にわかったでしょ、あの空気。本当に胃がキリキリしてたんだから」


 霧島先輩は爽やかな顔に似合わず、お腹を押さえて眉を八の字にしている。


「いやー、電話でヤバいって聞いたけど、副会長のことだからオーバーに言ってるだけかなーって」

「俺を勝手にオオカミ少年みたいにするなっ」

「いやいや、ゆーても、横断幕が外れただけっしょ。そんな慌てんでもよくない?」


 水無瀬先輩が指さした先には、看板や国旗を掲げるための昇降バトンから外れた『新入生歓迎会』の横断幕がだらんとしている。


「俺だって、最初はそう思ったよ。でも、その状態でリハを始めようとしたら、オープニングの軽音部がこんなちゃんとしていないステージで、俺たちは演奏できないってキレだして」


 霧島先輩が顎で示した先には軽音部の面々……というよりは、黒の革ジャンや革パンに身を包んだヘビメタバンドのような一団が。

 うちの学校、校則緩いけど、ああいうのも大丈夫なんだ。きっと俺があの集団の中に混ざったら、カツアゲされてる奴みたいになるな。

 水無瀬先輩もスンとした困った表情で軽音部の方を見て。


「それで、もしかして、書記殿と喧嘩始めたとか?」

「そう……。マジで大変だった」

「で、書記殿は?」

「買い出しに行かせた。ここに置いとくわけにいかないからな」


 あのヘビメタ集団と喧嘩を始めたというまだ見ぬ生徒会の書記にぶるぶるしてしまう。一体どんな人か知らないけど、俺の想像では、世紀末的な漫画に出てくるキャラにメリケンサックを装備させた姿にしたところだ。


 ギャルの水無瀬先輩だけでもヤバいと思ったけど、九条会長、霧島副会長、会計の心春先輩と喧嘩番長の書記……早めに生徒会には入らない意思を示した方がいいかもしれない。この生徒会クセ強すぎだろ。


「そんじゃ、私と慎くんで横断幕直すから、霧島先輩は副会長として、軽音部に話すのと、リハの新しいタイムスケジュールよろで」

「はっ⁉ 俺が軽音部と話すの?」

「こういう時は、私みたいな庶務より副会長の方がいいっしょ」

「いつも俺のこと副会長とか先輩って思ってないのに?」

「ソンナコト……霧島パイセンなら大丈夫」

「もうちょっと、心込めてよ!」


 背中を丸めながらヘビメタ集団に向かっていく霧島先輩に、水無瀬先輩が合掌をする。霧島先輩も普段から水無瀬先輩にお菓子を与えていれば、その役を代わってくれたかもしれない。


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