第7話 庶務 水無瀬夏恋は見逃さない【後編】
「そうかい。助かったよ。廊下の蛍光灯が切れたって聞いて来てみたら、渡り廊下だったから」
「渡り廊下だとなんで困るんですか?」
「校舎の廊下と違って、渡り廊下って天井が高いから、この踏み台だと高さが足らないんだよ」
用務員さんの横に置いてある二段しかない踏み台では確かに無理そうだ。
「OK。この位置からだと換えやすいっしょ」
「ありがとう。それじゃあ、すぐに変えるよ」
俺たちが脚立を押さえると、用務員さんは脚立を昇って、慣れた手つきで蛍光灯の交換を始める。
向かいで脚立を押さえる水無瀬先輩と目が合うとニッと笑う。
何か変なことしたかな? どう反応したらいいかわからず、適用に話題を振ってみる。
「先輩、どうして、用務員さん……阿部さんが困っているってわかったんです?」
「そんなん、切れてる蛍光灯と踏み台を持った阿部さん見たらすぐにわかるっしょ」
「そうですか? 俺は全くわからなかったです」
景色として切れてる蛍光灯も踏み台を持った用務員さんも俺の視界には入っていた。でも、それに注目しないし、結びつけて考えることなんてしていなかった。
「はい、ありがとう。交換終わったよ」
脚立から降りた阿部さんが頭を下げる。
「さっすが、阿部さん、仕事超早い」
「まあ、長くこの仕事やってるからね。今後、これ弾んどくよ」
阿部さんは人差し指と親指で輪を作って、水無瀬先輩に見せる。
えっ⁉ これってそういうことなの? 俺、なんか見てはいけないものを見てしまった?
「マジでっ⁉ 助かるぅ」
「この時期はいいものが揃うからね。優先的に回すよ」
この会話を聞いた俺は知りすぎたってことで、消されないよな。それとも俺もそっちの側の人間に引き込まれるのか?
「せ、先輩、今のって……」
「慎くん、今のは会長にはしーっだよ」
会長にも秘密って、これ事案確定ってことでいいよな。俺の高校生活ってか、人生がこんなところで狂うなんて、やっぱり、ついてない。
「俺、何も聞いてないことにするんで、先輩もやめた方がいいです」
「ムリムリ、誘惑っていうのかなぁー。目の前にあるとつい手が出ちゃうじゃん」
あぁぁ、この人、もうどっぷりハマってる。むしろ、ハマっているからこのキャラなのかも。
「チョコとかー、ビスケットとかー、マドレーヌとかもいいよねー」
「はい?」
チョコ? ビスケット? ヤクとかパケとかじゃなくて?
「そうだよ。校長がもらったけど、食べないお・菓・子」
「えっと、どういうことですか?」
水無瀬先輩からの説明をあきらめて、阿部さんに聞いてみる。
「校長先生ってけっこうふくよかでしょ」
入学式の記憶では信楽焼の狸みたいだった気がする。
「あれでけっこう健康診断とか気にしてて、お客さんがお菓子を持って来ても、自分は食べないで、私たちで食べてってくれるんだよ」
「それを私もお裾分けでもらうってわけ」
これからもらうお菓子の皮算用をしているのか、水無瀬先輩がくっくっくっと笑う。
「そうですか……」
うん、よかった。この学校、健全だ。
「阿部さーん、慎くんのももらっていいっしょ?」
「夏恋ちゃんの頼みなら断れないな」
阿部さんはもう一度さっきと同じように指で輪を作って見せる。
そのジェスチャー紛らわしいわ!
「そんな、俺のまで悪いです」
「いいの、いいの。庶務担当の特権だから」
「まだ〝仮〟です」
「マジでガード堅くね? 慎くんのアルティマニアはどこで売ってる?」
「そんなのアマゾンにもありませんから」
ちぇっと、アヒル口を作って水無瀬先輩がこちらを見る。
「それより、早く体育館に行かないとみんな困ってるんじゃないですか?」
水無瀬先輩は「おっと、そうだった」と手を叩く。
おい、うっかりか。俺たちそのために体育館に行く途中ですよ。
「そんじゃ、阿部さん、またねー」
再び脚立を担いだ水無瀬先輩が阿部さんに手を振り、俺も小さく頭を下げてから体育館の方に足を向けた。
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次回から他の生徒会のメンバー登場です。
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