第5話 生徒会長 九条玲花は勧誘する【後編】
「そんなー。あっ、でもでも、慎くんはお世辞じゃなくて、私が生徒会の顔として広報かなって思ったんだよね?」
ヤバイ! この質問は肯定しても否定しても水無瀬先輩か九条先輩に角が立つんじゃないか?
「水無瀬、黒瀬君が困るからそんなことは聞かないの。それよりも、黒瀬君に担当してもらいたい仕事というのは、水無瀬の……苦手な分野を上手くカバーして欲しいと思っています」
九条先輩は言葉を選びながら、そして探るように俺に聞く。
水無瀬先輩の不得意についてはなんとなくわかる気がするけど、その不得意なところを俺が支えるなんて無理だろ。
「九条先輩も水無瀬先輩も俺を買い被りすぎです。俺は絡まってるマイクケーブルをほどいただけで、落ち着いてゆっくりやれば難しくないことです」
「うーん、マイクケーブルを上手くほどけたからって、わけじゃないんだけどなー。マイクケーブル職人の募集じゃないし」
「それに俺、大学は帝明大を目指してるんで、生徒会の仕事よりも勉強に力を入れたいんです」
九条先輩が小さくフッと笑う。
「帝明大を目指いているなら、なおさら生徒会にいた方がいいのではないでしょうか?」
「どうしてですか?」
「うちの学校には明帝大の指定校推薦の枠があります。その枠を狙うならば、成績だけでなく課外活動の実績も必要になります。その場合、生徒会での活動は大きな強みになると思いますよ」
手紙の中にあった担任の先生に報告済みの文言が頭をよぎる。
勉強時間や自由時間の確保か推薦への実績づくりか……俺の中の天秤が揺れる。
「マジか⁉ 帝明大狙い。慎くん、頭いい――」
今度は長テーブルに置いてあったスマホの着信音が水無瀬先輩の言葉を遮る。
「はい、はーい」
スマホを素早く手に取った水無瀬先輩はいつもの調子で話し始めた。
「……おっと、それはヤバめのヤバじゃん。……ん? 今、生徒会室。……そうそう……了解!」
なにかトラブルがあったようだ。ならば部外者は、今日のところはこれで帰らせてもらって、家でゆっくりと生徒会に入るかを考えさせてもらおう。
「お忙しそうなので、庶務補佐の話はまだ後日でも」
小さくお辞儀をして、ドアの方へ足を一歩踏み出したところで。
「ちょい待ちっ!」
昨日と同じように両肩を水無瀬先輩に掴まれた俺はバランスを崩すも、今日はなんとかその場に踏み止まる。
なに? このデジャブ。
「せっかく、ここまで来たんだから、体験入部? 体験入会? ってことでちょっとお試しで手伝ってくんない?」
「はい⁉」
「ほら、習うより慣れろって。一緒に仕事やってみた方がわかることも多いからっ」
「そ、そんな急に言われても」
生徒会の仕事について何も知らない俺が行っても足手まといになるだけじゃないか。
「ねぇ、会長、いいでしょー? 歓迎会のリハの手伝いだし」
ご機嫌を取るためか、水無瀬先輩は会長の肩をもみもみし始める。
「たしかに水無瀬の言うとおり、庶務が何をやっているかを知った上で検討してもらった方が、黒瀬君の判断材料にもなるかと思います」
「はい、OKいただきました!」
わずか十秒程度の肩もみが終了。全く意に介していない九条先輩を見ると、いつもの光景なのだろう。
なんだか二人で話をまとめてるけど、俺は体験入会したいなんて一言も言ってないから。
「それじゃあ、鞄はここに置いて」
俺が言い訳や反論を考える暇もなく、水無瀬先輩が俺のリュックをはぎ取り、椅子の上に置く。
「ちょっと、水無瀬先輩⁉」
「ん? 現場行くのに必要なのは鞄じゃなくてこっち」
水無瀬先輩はすぐ横の書類ロッカーを開け、一番下の段から取手の付いた工具箱を取り出す。
「はい、これ」と渡された工具箱だが、これが思いのほか重い。
水無瀬先輩、これ軽々と持っていたよな?
「あの、本当に俺も行くんですか?」
「もちろん。心配しなくても、ヤバそうだったら私がカバーするから、問題ないっしょ」
そのカバーが不安だったりする。どうしよう。マジで不安しかない。
「水無瀬、ケガはさせないようにしてね」
待って、庶務の仕事ってそんな危険と隣り合わせなのか? 庶務ってもっと事務方で裏方の仕事じゃないのか?
「了解! それじゃあ、出発!」
俺の不安が何一つ解消されないまま水無瀬先輩は出発の音頭を取って、入り口の近くに立て掛けてあった脚立を担ぐ。
俺の背丈よりある脚立をギャルの女子高生が担いでいるという、グーグルの画像検索でもヒットしないような光景に圧倒される俺。
「ぼけっとしてないで行くよー、慎くん」
廊下に響く水無瀬先輩の声にハッとして、急いでその後を追った。
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ちなみにグーグルで「ギャル 脚立」と検索してもギャルが脚立を担いでいる画像は出てこなかったと思います。
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