生徒会長 九条玲花【前編】
『拝啓 黒瀬慎 様
突然のご連絡失礼します。生徒会長の九条玲花です。
昨日、体育館にて新入生歓迎会の準備の際、マイクケーブルのトラブルに迅速に対応していただき関係者一同、大変助かりました。
あなたの冷静な判断力と実務的な対応は、生徒会活動においても非常に有益であると判断し、この度、生徒会庶務補佐としてご協力いただけないかと考えております。
まずは一度、生徒会室にてお話ができればと思います。
ご都合よろしければ、本日の放課後にぜひお越しください。
なお、本件については、担任の先生にも報告済みです。
ご協力いただけることを、生徒会一同心より願っております。
敬具 生徒会長 九条玲花』
日直が放課後のホームルームの終わりの号令を掛ける。
学校生活エンジョイ勢たちは放課後の活動に向けて三々五々に散っていく。
俺は昼休みに水無瀬先輩から押し付けられた手紙をもう一度読み返したところだ。
クラスメイトがラブレターなんじゃないかと、騒ぎ立てた手紙はどう読んでもそれではない。
よく言えば、生徒会への招待状。悪く言えば、出頭命令だ。
やっぱり、昨日、水無瀬先輩に関わらなきゃよかった。生徒会なんて面倒だし、自分の時間を削られる。そもそも庶務補佐なんて役職は聞いたことがない。
文字面からすれば雑用係といったところだろうか。
水無瀬先輩がこの手紙を持って来たということは、彼女も生徒会の一員のはず。一体、どの役職かは知らないけど、あんなギャルが生徒会の一員ってだけで危険な匂いしかしない。
きっと、この学校の生徒会はギャルや陽キャの集まりで、俺のような奴を雑用係としてぼろ雑巾のように扱おうとしているんだ。
――――
――
つい五分前までそう考えていた俺だが、手紙を持ったまま吹奏楽部の音出しをBGMに生徒会室に足を進めている。
最初はバックレようかとも考えたが、そんなことをすれば、きっと水無瀬先輩に追いかけられて、もっと面倒なことになる。
あの人絶対、俺より足早い気がするし、逃げ切れる自信がない。
それなら、筋を通して丁重に生徒会に入らないことを告げた方が、今後の学校生活を無事に送れると結論付けたところだ。
「会長、判子曲がってるー」
生徒会室と書かれた看板が掲げられている教室の前まで来ると、再びあの元気な声が廊下まで聞こえてきた。
「そうかしら?」
水無瀬先輩の声に続いて、品のいい話し方の女子生徒の声が聞こえる。
まだ記憶の隅の残っている声で、入学式の時に在校生代表として挨拶をした生徒会長の九条先輩のものだ。
俺がバックれずに一応、ちゃんと断りを入れようと思ったのは、手紙の主が九条先輩というところもある。
水無瀬先輩みたいなギャルや陽キャばかりの生徒会なら話が通じないかもしれない。でも、入学式で見た品行方正にして知性溢れる話し方だった九条先輩なら、俺が生徒会に入らないことをきちんと説明すれば、わかってくれるはず。
「そうそう、もうちょい右。あー、行き過ぎー」
「……水無瀬、あなたの〝もうちょい〟は信用できないわ」
「えー、ひどーい」
クールなツッコミとはじける調子がコントのように聞こえてくる。
水無瀬先輩って会長に対してもあのノリなんだ。ギャルすげーな。
どのタイミングでノックをしようかと迷ったが、中から聞こえる会話が終わりそうにないので、思い切って二回ノックする。
ノックの音が聞こえたのか、二人の会話はぴたりと止み、一呼吸置いた後に。
「どうぞ」落ち着いた九条会長の声が返ってきた。
いつもより湿った手でドアを開ける。