水無瀬先輩、襲来
翌日の昼休み。
俺はいつもと同じように購買で買ったパンを一人でかじる。
今日のお伴は、昨日買ったラノベ『幼馴染ならいつも一緒でいいよね。3巻』だ。
巻を増すごとにヒロインである幼馴染の主人公へのべったり具合が増していき、ついに主人公の部屋の窓と隣に住んでいるヒロインの部屋の窓が手作りの渡り廊下によって繋がれたところだ。
もはや同棲といっていい。これで主人公の逃げ道なしだなと思ってページをめくった瞬間。
ガラッと勢いよく教室のドアが開いて。
「あっ、いたいた。慎くーん」
無意味に元気で明るい声が俺に向けられ、同時にクラスメイトの視線が俺に集まる。
反射的にラノベを閉じ、ドアの方に顔を向けると、昨日と同じように大きく手を振る水無瀬先輩がいた。
なんで、あの人、俺の教室知ってんだ⁉
わざわざ教室のドアを開けて、声を掛けてるから通りすがりじゃない。
お礼なら昨日の飴ですんだはずなのにどうして……。
席を立って、水無瀬先輩の方に向かう俺を、男子生徒の羨む視線と女子生徒の驚きの視線が追う。
入学早々、ギャルの上級生に呼び出されてるんだ。気になるのも無理はない。
「水無瀬先輩、お疲れ様です。今日は何か御用でしょうか?」
これ以上目を付けられるのは御免だ。丁重に対応するのが最善手。
「ふふっ、慎くん真面目すぎ。私、ヤクザの親分じゃないし」
腹を抱えて笑う水無瀬先輩。俺はボケたつもりはないですよ。
「ホント、君、面白いね。これから楽しみだよ」
「これから?」
水無瀬先輩は俺の疑問の声をスルーして、カーディガンのポケットから白い封筒を取り出した。
「はい、これ。大事なことが書いてあるからちゃんと読んでね」
「「「「「えぇぇぇぇぇ」」」」」
クラス中から沸き起こる驚きの声で、ちょっと教室が揺れたような気がする。
「何? あれってラブレター?」「あの人、二年の水無瀬先輩でしょ」「俺、すごいタイプなんだけど」「あれだけ可愛いなら誰だってタイプだろ」「ギャルっていいよな」「でも、どうして黒田に」「ちがう、黒瀬だよ」
みんな好き勝手に言っているけど、俺がこの状況を一番よくわかってないから。
「先輩、これって?」
「うーん、なんて言えばいいかな? これから慎くんが私と一緒にいろいろするのに必要な手紙……でいいかな?」
小首を傾げる水無瀬先輩。
「マジで」「そんなぁ」「本当にラブレターなのか」「羨ましい」
男子クラスメイトからは感嘆の声とため息が漏れる。
「とにかく、ちゃんと渡したからね。もう一度言うけど、ちゃんと読んでね」
水無瀬先輩はそこまで言うと、封筒を昨日のいちごミルク飴と同じように握らせ。
「それじゃあ、またあとでー」
小さく手を振って出て行く水無瀬先輩。
なんて嵐みたいな人なんだ。
封筒を持った俺はタヌキかキツネに化かされたように、その場に立ち尽くした。
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公開初日から多くの方に読んでもらえて、大変嬉しいです。
こちらの作品も評価やブックマークが伸びて、書籍化までいけるように頑張ります。