第11話 それでも黒瀬は首を振らない
俺たちはステージを降りて、体育館の隅に脚立を立て掛け、工具箱を置く。水無瀬先輩はすぐに近くから適当なパイプ椅子を二つ持ってきて並べた。
どうやら、俺はまだ開放されないらしい。
「はい、これ」
水無瀬先輩が紙パックのリンゴジュースを差し出す。
昨日からもらいっぱなしな気がするけどいいのかな。
「ありがとうございます」
「私が買いに行ったんじゃないけどね」
ストローを刺して一口飲む。リンゴジュースなんて久しぶり……一年以上飲んでない気がする。
隣から視線を感じで、水無瀬先輩の方を向くと、にまーっとした笑顔でこっちを見ている。
「俺、何か変なこと言いました?」
「ううん、今日はすぐに飲んでくれた」
「き、昨日のあれは何というか、あまりわけがわからなかったというか……」
ただ、もらったジュースを飲んだだけなのに、妙に照れくさく、身体が熱い。もう一口ジュースを飲んだけど、全く冷却効果はない。
とりあえず、俺のことから話題をそらさなくては。
「そういえば、このジュースって誰が買ってきたんですか?」
「ん? さっき千代が買い出しに行ったときに」
ちょっと待て。
守殿先輩が買い出しに行ったのは、俺たちがまだ体育館に来る前。それに、俺たちが来ることを知らなかったみたいだったから……。
このジュース、俺のために買ってきたものじゃないだろ!
さっきまで熱かった身体が一気に冷えていく。
やばい、やばいって、先輩たちが飲むはずのジュースを勝手に俺が飲んじゃうなんて。
このギャル、何が「はい、これ」だよ。やっぱり、すぐ飲まずに疑うべきだった。
すぐに同じものを買えば、まだ大丈夫……。
でも、財布は生徒会室に置いてきた鞄の中だ。急いで取りに戻れば、何とかなるか。
「おーい、頭抱えてどしたの? ジュース飲んでキーンってなった?」
「かき氷じゃないからなりませんよ」
俺は紙パックを水無瀬先輩に向け、ジトっとした視線を送る。
「この守殿先輩が買ってきたジュースって、俺の分、数に入ってないと思うんですが?」
「そうかな……?」
水無瀬先輩は残りのジュースが入ってる袋をがさがさとかき分け残りのジュースの数を確認していく。
きっと「あー、しまった。テヘペロ」的なリアクションをするに決まってる。
「やっぱり、それ慎くんの分で大丈夫。まだ飲んでない人の分もちゃんとあるし」
「えっ、でも、俺がここに来るなんて守殿先輩は知らなかったから……」
「あー、それは買い出しを頼んだ霧島先輩っしょ」
俺と同じリンゴジュースをちゅーちゅーしながら答える水無瀬先輩。
「霧島先輩は俺がここに来るって知ってたんですか?」
「知ってたっていうか、ここに来ることを予想してたんじゃないかなー。副会長あれでなかなか気が利くから」
「マジすか?」
「マジっす。ってか、慎くん、マジとか使うんだ」
どうも、水無瀬先輩と話していると、そのフランクなところ引っ張られて、こっちのガードが下がってしまう。
「マジくらい使いますよ」
「だって、超真面目じゃん。まあ、私が適当ってこともあるけど」
別にもともと真面目な性格ってわけでもない。ただ、意識して真面目というか丁寧ぶってるだけ。下手こいて生意気とか言われるのも面倒だから。
「俺は水無瀬先輩は適当なところもあるけど、そうじゃないところもたくさんあると思ってますよ」
「マジ⁉ そうじゃないところがたくさん!」
「たとえば……、マイクケーブルが絡まっている時に、すぐに助けてって助けを呼んだり」
「うん」
「大事な手紙はちゃんと読むように念押しをしたり」
「ほう」
「用務員さんが困っているところを瞬時に見抜いたり」
「おおっ」
「脚立で作業することを見越して、スカートの下にスパッツ履いて準備してたり」
「へっ?」
「えっ?」
あれ? スパッツの話ってやっぱりまずかったか?
周りに俺たち以外の生徒がいないから大丈夫かなと思ったんだけど……。
「……私、スパッツなんて履いてないけど」
「えっ、えっ、だって、心春先輩が履いてるって。水無瀬先輩が横断幕を直す作業をしても大丈夫って……」
「慎くん、それ、心春にからかわれてんね」
あぶねー。あの時、水無瀬先輩に脚立の上で作業してもらっていたら、何かの拍子に下からスカートの中を覗いてしまうなんてことがあったかもしれない。
「――ってことは、さっき作業を代わってくれたのって、私がスカートだったから?」
「……そういうことです」
この自爆的羞恥どうしたらいい? スカートの中が見えてしまうことを心配したのは事実だけど。これだと俺がずっと先輩のスカートのことばかりを考えてるみたいな気がする。
「やっぱり、そういうところだよねー」
「す、すいません」
「はひ? なんで謝ってんの?」
水無瀬先輩はストローから口を離し、眉を上げてこちらを見る。
「え、えっと、それは――」
なんて言っても言い訳のように聞こえるんじゃないかと思って、言葉が継げずに困っていると、水無瀬先輩は口元を緩めて代わりに続けてくれた。
「慎くんのそういうところがいいなって思って、会長に生徒会に入れて欲しいって頼んだんだよね」
「それって、どういうことですか?」
「困っている人がいた時に、すっと手を差し伸べられるってところ」
別にそんなつもりはない。困っている人にすぐに気が付くのは水無瀬先輩の方だ。
「買い被りすぎです。昨日だってたまたま通りかかっただけで」
「命の危険とかじゃなくて、マイクケーブルが絡まって困っているだけなら素通りしたって、罪悪感なんてないっしょ。でも、君は手を差し伸べた。そこだよ」
「もし、俺が素通りしてたら、別の人が助けてくれたと思いますよ」
「そうかなー。周りにいた人、誰もそんな雰囲気じゃなかったけどなー」
この歳になって、こんなに褒められると嬉しいというより、恥ずかしい。小学生ぐらいまでなら親や先生に褒められることがあっても、中学生くらいからぐっと数は減る。テストでいい点数を取ってもよかったねくらいの反応だ。
「と、とりあえず、水無瀬先輩が俺を生徒会に推してくれたわけはわかりました。ありがとうございます」
昨日のことでこれ以上褒められるのを防ぐため、強引にお礼を言って会話を切る。一度気持ちを切り替えようとストローを吸うと、空になった音が響いた。
まったく、タイミングが悪い。
「それじゃあ、理由もわかったところで、そろそろ生徒会に入ってもOKかな?」
「まだです。まだしばらくは仮です」
俺の返事にガクッと頭を垂らす水無瀬先輩。
「いーやいや、慎くん? 今の状況ならOKじゃない?」
「何でです?」
今日、打診を受けたばかりだから、しばらく寝かして気持ちをフラットにした上で、メリットとデメリットを比較するのが普通じゃないか。
「体験入会して、一緒にトラブル解決して、理由もわかってだよ。普通ならここでOKして、私と握手を交わしたところでEDテーマのイントロがドンって入って、第一話がまとまるって流れじゃん」
「それなんのアニメですか⁉」
水無瀬先輩はちぇっと口を尖らせてブーブーと抗議の声を上げる。
ノリの悪い奴と思っているかもしれないけど、アニメのようにご都合主義でトントン拍子に現実はことが進まないのだ。
「それに、まだ生徒会が、特に庶務がどんなことやっているかも、よくわからないですから」
「改めて何しているかって聞かれると難しいなぁー」
残りのジュースを一気に吸い上げた水無瀬先輩は、ブシュっと紙パックを潰す。
「私たちの活動はさ、困っている人を助けることかなー。たくさんの人が学校で生活してれば、いろんな問題が起きるから。それを助けるというか、支えるというか、そんな感じっしょ」
「めちゃくちゃざっくり過ぎません?」
「枠にとらわれないで活動してるってこと」
「だから、水無瀬先輩に向いてるんですね」
「言うじゃん」
水無瀬先輩はうっひひと顔をくしゃっとして笑った。
〈第1章終わり〉
― ― ― ― ― ―
ここで一度連載は終わりというところです。
物語のセットアップが終ったところでと思う方も多いかと思います。
クオしらの時もですが、私の場合、セットアップして、皆さんの反応を見ながら反省して修正して、長編版となることが多いです。
クオしらは短編→中編→短編→長編→書籍化 みたいな流れでした。
今回の作品も大事にしながら育てていきたいと思います。
ここまで読んでいただきありがとうございます。本格的な長編希望の方はぜひ★★★★★をお願いします。




