ギャルとマイクケーブル
「なんだか着られてるみたいだな」
四月にしては肌寒い日の放課後。
俺は体育館へ向かう途中、廊下の姿見の前で独り言ちる。
新品の制服はまだごわついて、身体にフィットしていない。
そして、姿見に映る自分は両手にマイクスタンド抱えている。
入学以来、まったくついてないな。
季節外れのインフルエンザに罹って、入学式の翌日から一週間休んでしまった。
当然のことだが、インフルエンザが治って登校した頃には、すっかりクラスの中のグループが出来上がっていた。
別に高校生活なんて大学に行くまでの通過点だし、踏み台でしかない。三年生の後半は自由登校になることを考えれば、正味二年半だ。
ここで友達がいなくても大学に入って、そこで気の合う仲間ができればいい。
文化祭や体育祭のような学校行事だって、クラスのカーストトップの連中が音頭を取って、彼らが大いに盛り上がればいい。
俺はその間も勉学に励み、高校受験のような失敗は繰り返さない。
これからの三年間、日陰者と言われようが、大学の合格通知を握りしめて卒業できれば、すべてが報われるのだ。
姿見に映る自分を鼻息で吹き飛ばすようにため息をつく。
さて、マイクスタンドを運ぶか。
だいたい、このマイクスタンドを倉庫から体育館に運ぶのだって、俺の仕事じゃなかった。
今日の日直の奴が部活が忙しいとか言って、先生に頼まれたこの仕事を俺に押し付けただけだ。
まあ、角を立てたくなくて、引き受けた俺も俺だけど。
体育館に入るとステージ上では、明後日に催される新入生歓迎会の看板の取付け作業が行われていた。
脚立を使って作業をしている先輩達に会釈をしながら、目的のステージ袖まで来たのだが、なにやら数人の生徒が集まって騒がしい。
「やっばい、完全に絡まってる。絶賛、ケーブル迷宮中~」
広げられたマイクケーブルの束をあれこれと触って、解こうとする一人の女子生徒。
ブロンドベージュの髪にピンクのインナーカラー。綺麗に整った目鼻立ちに薄っすらとメイクが施され、着崩されたブラウスは第二ボタンまで開いている。袖は作業中だからか肘まで捲られていて、ケーブルを掴む手には桜色のネイルが光っている。
新入生歓迎会の準備。それも絡まったマイクケーブルをほどくなんて、地味でつまらない作業をするとは思えないようなギャルがあたふたとしている。
周りの生徒の心配そうな視線を全く感じていないのか、ギャル先輩はケーブルを両手で持ち上げて明るい声を響かす。
「大丈夫、大丈夫。こういうのは勢いで……あれ? 余計に絡まった⁉」
周りの生徒は苦笑しているが、歓迎会の仕切りをしている生徒からは、リハが始まるぞと声が掛けられる。
この絡まり方、どう見てもそんなふうに引張ったってほどけないだろ。
「やっば、完全に迷宮で迷子じゃん。助けてくれる勇者か転生者はここにいたりする?」
マイクケーブルが絡まっているのは俺には関係ないが、俺がマイクスタンドを持って行く場所は、このケーブルの束の向こう側。
ここを強引に突破するのは、新入生としてちょっと勇気がいる。
それに、もう一つ困ることは、スカートの短いギャル先輩がしゃがんで作業をするから……。
きっと、他の男子生徒も気付いていて、視線がちらちらとそっちに向けられているのがわかる。
見えそうで、見えないのが一番見ちゃうんだよな。
俺も二回ほどそっちに視線が吸い寄せられてしまったし。
仕方なくマイクスタンドを脇に置いて、絡まっているケーブルを一瞥。結び目の位置とループの向きを確認し、手順を頭の中で組み立てる。
「すいません。ちょっと失礼します」
「おっ! 救世主登場! いやー、助かった。このままだとケーブルと心中するかと思った」
俺はギャル先輩から絡まったコードを受け取り、結び目を押さえて、ループしている箇所を抜く。
ギャル先輩が作業をする俺を覗き込むと、ふんわりといい香りが漂ってきた。
近いって! そんなに見られると緊張するっての。
当然、そんなことを先輩に向かって言えないから、無視して黙々とほどいていく。
「すご! 見てて気持ちいい~。ねえ、もしかして、前世はケーブル巻き職人、それとも、配線の神降臨中とか?」
「俺のことはおかまいなく」
このノリについていけないし、さっさと終わらせるのが先決。
全てのループをほどいて、マイクケーブルを優しくゆするようにしてほぐしてやれば……。
「えっ、うそ!? あれがもう解けた?」
目を丸くし、長いまつげをぱちり。それから、ほんの一瞬、目を細めて俺を観察するような視線を向けた。
「えっと、順番通りにしただけというか……」
「ふーん。……そういうの得意なんだ?」
ギャル先輩は探していた面白い本を見つけたみたいな声色でいる。
もしかして、俺も作業人員に組み込もうと考えてないか?
残念だが、俺はさっさとこの仕事を片付けて、今日発売のラノベ(SS特典付)を買いにアニメイトに行かなきゃいけないんだ。
「別に……そういうわけではないです」
「ありがとう――」
ギャル先輩は短くお礼を言うと、他の作業をしている人たちに向けて。
「はーい、マイクケーブル事件解決っす! 救世主に拍手!」
ギャル先輩はパフパフと効果音まで付けて、拍手を促すと他の作業をしている先輩も一度手を止めてこちらを向いてギャル先輩に応じる。
すると、さっきまでピりついていた空気がガラッと変わって明るくなった。
俺は急に注目され、背中が熱くなる。だが、これ以上の長居は危険だ。次の面倒事が発生する前にマイクスタンドを運んでしまおうとすると、
「ちょい待ちっ!」
「へっ⁉」
不意に掴まれた両肩が後ろに引っ張られ、バランスを崩した俺はよろけて足を一歩引く。
その瞬間、背中に広がるむにゅんと柔らかい感触。
「おっと、ごめん。大丈夫?」
よろけて転びそうになったが、ギャル先輩に支えられてなんとか踏ん張る俺。
「だ、大丈夫です」
い、今、むにゅんってしたのって。
二の腕と同じくらいの柔らかさと推定される感触に、思わず唾をゴクリ。
とりあえず、持っていたマイクスタンドをスキーのストックのように床について、体勢を立て直す。腰への負担が半端ない。
「よかった。恩を仇で返すところだった」
「えっと、俺にまだ何か?」
ギャル先輩はポケットに突っ込んだ手を俺に差し出す。
「はい、これ」
目の前で開かれた先輩の手にはいちご柄の包みが一つ。
「……これは?」
「えっ⁉ これ知らんの?」
「い、いえ、いちごミルク飴は知ってますが」
「ははーん、知らない人からもらった食べ物は食べない派?」
ギャル先輩は親指と人差し指で作ったピースを顎に当てる。
知らない人には付いて行ってちゃダメとは教わったが、そういうことじゃない。
「いえ、そういうわけじゃ――」
「私は二年の水無瀬夏恋。君は?」
「一年の……黒瀬慎です」
「救世主は一年生だったか。どうりで見ない顔だと思った」
水無瀬先輩は相変わらず嬉しそうに白い歯を見せて話す。
どうして、ギャルという人種はこうも距離が近いんだろう。
「それじゃあ、これで私たち知り合いってことで、はいっ」
俺の手にいちごミルク飴を乗せると、水無瀬先輩はそのままぎゅっと握手をするように握らせた。
「この飴って?」
「ん? お礼だよ、お礼。私が困っているところを助けてくれた」
「そんな、お礼なんか」
大したことは何もしてない。ただ、自分の仕事をさっさと終わらせて、早く帰りたかっただけだ。
「君は困っていた私を立ち止まって助けてくれた。それだけで十分だよ」
にひーと笑う水無瀬先輩を見ると、飴を返すという選択肢は俺の頭から消えてしまった。
「ありがとう……ございます」
「あっ、朱くなるタイプだ! いいね。かわいいじゃん……ってこれセクハラじゃないからね」
「だ、大丈夫です」
今度こそと、俺はマイクスタンドを持って、目的のステージの袖へと向かう。
「またねー、慎くん」
振り返ると、水無瀬先輩が遠くからでもわかるくらい大きく手を振っている。
あの人、どうしてずっと友達だったみたいな感じ出してくるんだ?
しかも、いきなり名前で呼んでくるし。やっぱり、ギャル怖い。
でも、学年も違うし関わるのは今日が最初で最後だろう。
しかし、そんな楽観的な考えは、一日もしないうちに打ち砕かれることになる。
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ご無沙汰しております。浮葉です。
1年以上ぶりの完全新作でございます。ギャルがヒロインというのは初めての試みですが、上手くいくように頑張ります。
毎日更新は難しいかもしれませんが、できるだけ頑張っていきたいと思いますので、応援よろしくお願いします。
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