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腰巾着令嬢は、勘当される②


「フェリシア・エチュバステール。お前は王太子様に楯突き、不敬罪で捕縛された。よって、お前を勘当とし、今後二度とエチュバステールの名を名乗ることを禁ずる」

「はい」


 一晩、ネズミがカサカサ鳴く貴族牢に押し込められ、朝日と共に叩き起こされた私。帰宅早々、お父様から「勘当」のお達しをいただいた。

 うん、知ってた。むしろ、これを機にこのゴミ溜めみたいな家と縁が切れるなら最高じゃないか! なぁに、むしろ清々しいくらいだ。


「ユーリッヒ様が慈悲深いお方で良かったな。そうでなければ、今頃お前の首と身体は別々だっただろう」

「お姉様は空気が読めないし、貴族に向かないのですからこれで良かったと思いますわ」

「そうね、その幸運に感謝して今後は惨めに生きなさい」


 クスクスと笑う愛人一家を前に、内心で机をひっくり返しつつも、顔だけは無表情を保つ。エチュバステール家には、私が王太子に歯向かった件で、何のお咎めもないらしい。

 まあ、予想通りだ。ユーリッヒ殿下は嫌がらせをする事に関しては天才的だ。私がお父様&愛人一家と仲が悪いことは公然の事実なので、この決定は私への嫌がらせに違いない。くぅ……やはり一発ぐらい殴っておけば良かったか? いや、流石に殴ったら命はなかったか……。くぅ王族ずるい。


「それにねぇ、あなたが慕っていたアーデルハイトも、公爵家から勘当されたそうよ。あの悪女に縋ろうなんて無駄よ」

「……そうですか」


 お父様の愛人こと、現継母であるマルグリットの勝ち誇った笑顔に、グーパンを叩き込みたい衝動を抑えつつ、私は平然と応じた。……心の中ではちょっとだけ落ち込んでいる。あれだけ頑張って無実を訴えたのに、やっぱりダメだったか。


「もうエチュバステールではないお前は今すぐ出て行け。最後の慈悲にそのドレスと宝石はくれてやる」

「売ったら多少は当面の間、生活は出来るんじゃない?」

「お前には庶民の生活がお似合いさ」

「ふふっ、お姉様が出て行くのなら、離れを片づけないといけませんわね!」


 はいはい、追い出す気満々ね。

 四人が口々に言いながら、私の背を押して門の外に叩き出した。ガチャンと冷たく閉まる門。執事も門番も、チラッと申し訳なさそうにこちらを見たが、結局誰一人、私を引き止めはしなかった。


「……はぁ」


 別にいいけどさ。

 悲しいとか怒りとか、そんな感情は湧いてこない。この人たちに、主人を裏切ってまで私に味方してほしいなんて、これっぽっちも思ってない。むしろ、今までよく耐えた私は偉い。


 それにしても、やっぱりこうなるとは……。 いざという時に備えて、ドレスの下に小さなポーチを仕込んで正解だった。中には、こっそり持ち出した宝石と、簡単な裁縫道具。これでしばらく生き延びられる。  宝石とドレスを売って資金を作り、あとは針子として生きていこう。私、刺繍だけはそこそこ得意なのだ。恐らくある程度自分で食べていけるぐらいの腕はある筈だ。

 あっ、刺繍の名手として名高い妹は、私という刺し手が居なくなった後どうするのだろうか……? まぁ、もう私は他人なので気にする必要はないか!

 あえて言うなら、ミリアムが慌てる様が見れられないのが残念かな!


 そう思い始めれば、何だかどうとでもなるような気がしてきた!

 私はにっこりと笑って、慣れ親しんだエチュバステール家を振り返りもせずに門に背を向けて歩き出した。私の足取りはいつもより軽い。

 ルンルンとスキップするこの姿は――誰がどう見ても勘当された貴族の娘のそれではないだろう。

 よくよく考えれば、元々私はあまり貴族のご令嬢らしい性格ではない。これはきっと運命なのだろう、自由に素直に生きていればきっと良い事があるに違いないのだから。


「ふんふん~」


 鼻歌まで飛び出す始末。空は青いし、鳥も鳴いているし、最高じゃないか!

 自由って、こんなにも心が軽いものだったのか!


 そして、私は勢い余ってターンを決める姿勢に入る。

 くるり、と軽快に一回転――その時。


「――フェリシア、随分とご機嫌そうね」


 聞き慣れた、けれどもあり得ないはずの声が耳に飛び込んできた。


「……え?」


 振り返ると、そこには燦然と輝く銀髪と、サファイアのような青い瞳を持つ絶世の美女。シンプルながらも品の良いドレスを身に纏っていても見間違うはずがない。

 私がこの世で最も敬愛し、慕うお方――アーデルハイト・ブラウミュラー様、その人であった。


「ア、アーデルハイト様……?」

「あら、私はもうアーデルハイト・ブラウミュラーじゃないわ。今はただのアーデルハイトよ」


 とびきりの悪戯っ子のような笑みを浮かべるアーデルハイト様。うん。やっぱり、美しい。心臓に悪いレベルで。

 いや待て。何故ここに!? 継母の言葉が正しいのであるならば、アーデルハイト様もブラウミュラー公爵家から勘当されたはず……。お互いこの先に困難な未来が待ち受けているはずなのに……どうしてエチュバステール家近くの道にいるのだろうか?


「どうして……ここに……??」


 何故、こんな状況になっているのか理解が追いつかず、私は呆然とアーデルハイト様を見つめた。そんな私に対して、アーデルハイト様は「ふっ」と笑った後、私の傍まで歩み寄ってきた。そして――。


「フェリシア」


 私の名前を呼んだアーデルハイト様は、私の顎にそっと手を添えて上を向かせる。

 間近で見つめ合う形になって、理性が吹き飛びそうになる。顔近い!! 距離感ゼロだ!!


「一緒に暮らしましょう。これから――ずっと一緒に」


 そう言って穏やかに微笑むアーデルハイト様の目は真剣で、まるで吸い込まれそうなほど美しい青色の瞳をしていた。その瞳に見つめられると、なぜか目が離せなくなってしまうのだ。


「え、あ、あの……っ!」


 口をパクパクさせる私。思考停止している場合ではないが、停止するしかなかった。何故こんな展開に? いや、嬉しいけど! めちゃくちゃ嬉しいけど!!

 私は慌てて視線をアーデルハイト様の瞳から逸らす。

 アーデルハイト様の顔が近すぎて直視できないし、そもそもこの状況は一体何なのだ!? どうしてアーデルハイト様はこんな所に居るのか? そして何故私と一緒に暮らすなんて言い出したのか?


「フェリシア」


 もう一度、優しく名前を呼ばれてしまった。その声に思わず顔を上げれば、そこには優しく微笑むアーデルハイト様がいた。その笑顔はまるで女神のようで……完全に逃げ場などなかった。


「返事は何て答えるのが正解かしら?」

「アーデルハイト様! よろこんで!!」

「はい、よく出来ました」

「……はっ!」


 しまった。完ッ全に条件反射だ。

 かつて「公爵令嬢アーデルハイトの忠実なる腰巾着」と呼ばれた頃の、あの悲しき訓練の賜物がここに……ッ!!


「相変わらずいい返事ね。じゃあ、早速行きましょうか」

「へ? どこに……って、ちょ、ちょっと待ってくださいアーデルハイト様ーー!!」


 私の疑問など華麗にスルーし、アーデルハイト様は私の手を取ると、そのまま引っ張って行く。もはや私は、嬉しいやら戸惑うやら、感情がジェットコースター状態。


 ――こうして私は、エチュバステール家をスキップしながら飛び出した数分後、まさかの「新たな人生」をスタートさせることになったのであった。

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