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腰巾着令嬢は、勘当される①

 私、エチュバステール侯爵家長女、フェリシア・エチュバステールは俗に言う"いらない子"である。


 エチュバステール家は元々男爵家出身の家系であり、時より現れる優秀な当主の手腕と、代々続く政略結婚によって侯爵の地位へと上り詰めた家だ。つまり、歴代当主の妻たちは皆いい所のお嬢様であり、エチュバステール家の地位を強固にする為の道具である。


 私のお父様の結婚も例外では無い。


 お父様は元々男爵家の娘と両思いであったが、家の繁栄のために無理やり別れさせられ、侯爵家出身のお母様と結婚させられたのだ。

 無理強いされた結婚生活の中、ようやく生まれたフェリシア(子供)は女。お父様は「お前は何故跡継ぎにもなれない役立たずの女を産んだ」と嬉々としてお母様を責め、生まれたばかりの私と共に屋敷の奥にある離へと押し込んだ。


 そして、自分は待ってましたと言わんばかりに愛する男爵家の娘――つまり愛人を本邸へと住まわせたのだ。


 なお、お父様の愛する男爵家の娘には連れ子がいた。

 私よりも年上で、更に私よりもお父様によく似ているという事は――まぁ、つまりそういうことである。我が父ながら、愛人に対して物凄い執着心である。その執着心をもっと別な場所に生かせれば、我が家はもっと栄えたのではないかと思ったけど……まぁ本人がそれでいいのであるならばいいのだろう。

 正直エチュバステール家の繁栄なんてどうでもいいので。


 そんな訳で、私が生まれた後に愛人とハッピーイチャラブライフを過ごしたため、二年後には愛人とお父様の間に妹が生まれたのであった。

 なお一番下の妹は、お父様や愛人の寵愛を一身に受けて蝶よ花よと育てられていることをここに記しておく。私の唯一の特技である刺繍によって作られた美しいハンカチは全て取り上げられ、全ては妹のミリアム作という事にされている。

 なので、ミリアムはちょっとした刺繍の上手な令嬢と囁かれているらしい。絶対に嘘はいつかバレるものなのだから、余計な事を言わなきゃいいのに……と思うのは、一応姉心である。


 そんなお父様並びに愛人一家から厄介者扱いされている私とお母様が本邸へと行けるのは数ヶ月に一度程度。

 その数少ない本邸に訪れる日も、愛人やらお兄様やら妹から散々見下した目で見られ、虐められる日々だ。正直、本邸なんかに行かずに、お母様と私しかいない離れで自由気ままに生活している方がよっぽど有意義であると言えるだろう。


 そんな訳で、幼少期から父親並びに愛人とその子供達から良い扱いをされていない私であったが……本に書かれるような不幸な少女ではなかった。


 お母様は私のせいで離れへと押し込められた筈なのに、私のことを愛してくれた。殆ど使用人も居ない寂しいほど静かな離れで、私とお母様は穏やかな時間を過ごした。

 基本的な家事から始まり、文字の読み書き、計算の仕方、テーブルマナーやその他諸々。貴族として生きるには要らないサバイバル知識を教えてくれた事は未だに謎だけど、存外様々な知識を得ることは楽しかった。


 お母様は私を愛してくれた。それだけで私は幸福な子供であったと言えよう。

 私はお母様のお陰で、家庭教師が居なくてもそれなりに普通の貴族令嬢として活動するぐらいにはなれた。目を引くような美人でもないが、嫌な視線を集めるような令嬢でも無い。背景に紛れるようなモブ、それがフェリシア・エチュバステールという少女だった。


 こうして、放置していても勝手に立派(?)な令嬢となっていた私であったが、そんな私を有効活用してやろうと思ったのがクズな父親である。


 私が六歳の時、王太子の婚約者内定者であった、アーデルハイト公爵令嬢の遊び相手の募集があった。

 この遊び相手は、将来的に侍女になることが約束されている大変美味しい物だ。きっとお父様は本来であるならば、妹のミリアムにアーデルハイト様の遊び相手になってもらいたかっだろう。

 なんていったって、公爵令嬢の侍女だったという実績は良い縁談を貰うために大いに役立つから。


 しかし、当時のミリアムはまだ四歳。しかもお父様と愛人に甘やかされ、我儘だしマナーもなっていないどこにも出せない子供である。そんな子供を公爵令嬢の遊び相手に推薦することなんて無理だった。

 そんな訳で、代替案として私を送り込み、伝を作ろうとしたのである。


 そんな裏事情がある中、こうして私は何とかアーデルハイト様の遊び相手となったのだ。


 私の遊び相手、アーデルハイト様はすごいお方だった。私と殆ど歳が変わらない筈なのに、魔法の腕はもちろんの事、剣術、作法、美術……様々な分野で活躍する才女だったのだ。何をやらせてもパーフェクト、ついでに生まれ持った美貌は美化した絵画を凌ぐ美しさ……!

 世の中、こんなにパーフェクトなご令嬢が居ても良いのだろうか? いえ、ここに既に居ますね。圧倒的世界に感謝。


 閑話休題。


 私は純粋にアーデルハイト様をすごい方だと思った。

 アーデルハイト様は、幼少期は身体が弱く、ベッドから出られない生活を送っていたと聞いている。つまり、他の令嬢達が礼儀作法を習う年齢より後から習い始めたという事。

 それでもアーデルハイト様の優美さは、他の令嬢をも凌駕する仕上がり。ここまで仕上げるために、彼女は一体どれだけ努力を重ねたのだろう……。

 想像するのは簡単だが、実行するのは困難だ。


 だから、私もそんな凄いアーデルハイト様に、憧れと敬意を払って仕える事にしたのだ。


 そんな訳で、私にできること――アーデルハイト様の頑張りを褒めたり、アーデルハイト様のお側で彼女を称えることをし続けた。そんな事ばかりしていれば……私はいつの間に「アーデルハイトの腰巾着令嬢」なんて言うあだ名が付けられていた。

 私としてはそんなつもりはなかったが、傍から見ればそう見えてしまっていたのだろう。大変不名誉なあだ名ではあるが、正直事実なので仕方がない。


 最初は十人ほどいた遊び相手も、一人、また一人と減り、三人追加されてまた減るの繰り返しだった。

 結局、最初から今日にいたるまでずっとアーデルハイト様の傍に残ったのは、私ただ一人。つまり、私はベテランの腰巾着と言っても過言では無い!

 

 アーデルハイト様は、はっきり物事を話すお方だ。

 そんなアーデルハイト様が私を十年以上お傍に置いてくださったということは、アーデルハイト様から嫌われては無いという事だろう。好きとかお気に入りになりたいとまではいかないが、恐らくそばに置いても損はない程度の侍女と認識されているのだろう。大変嬉しい限りである。



 そんなわけで、週三日はアーデルハイト様の侍女として尽くし、残りの日数はお母様と離れで静かな日々を過ごしてきた私であったが……大好きなお母様は五年前に帰らぬ人となってしまった。


 私のお母様は、世間的には身体が弱いという事で通っていた。(まぁそれも全てはお父様が、お母様と一緒に社交界に参加したくないという理由であったが)

 

 そんなお母様が久方ぶりに社交のために余所の家に出かけた帰り――賊に襲われそのまま行方不明となってしまった。


 馬車は無残に壊され、周辺には血が飛び散った跡が残っていた。賊の姿は無く、完全に逃げられたようである。その場にお母様の遺体は無く、ただ破壊された馬車だけが残されているのみ。


 お父様は――直ぐにお母様の生存は絶望的だと判断し、空の棺で葬儀を行った。ろくに捜索もせずに直ぐに葬儀の手配を行ったお父様の表情は、ようやく面倒なのが居なくなったとありありと記されていた。

 私は、そんなお父様を心底軽蔑した。元々私達に愛は無かったことを知っているが、これはあんまりである。


 そして、お父様はお母様の喪が明けた後――愛人と再婚した。

 これで、名実ともに幸せな家族を手に入れたお父様はますます私の事など、どうでもいいように扱った。かろうじてアーデルハイト様の侍女という立ち場があるお陰で食事を支給されない、着る物も貰えない……といった状況は回避できているが、きっとアーデルハイト様が成婚し、侍女を辞めるタイミングになったらそれなりの家に売られるのだろう。


 それでも、私は確信していた。お母様がきっとどこかで生きていることを。


 お母様が賊に襲われたあの日、お母様は出かける前にこう言っていた。


「フェリシア、あなたの思うがままに行動しなさい。お母様はいつでもあなたの幸せと、この家の破滅を願っているから。大丈夫、あなたならアーデルハイト様と上手くやっていけるわ」


 そう言ってお母様は私の頬にキスをして馬車へと乗っていった。まるで今生の別れのような言葉の中に、こっそりエチュバステール家の破滅を願っている辺りお母様らしいと思うが、全ては過去の話だ。

 その時の私は、お母様完全にまたいつもの不可思議モードが発動している、くらいにしか思っていなかったのである。


 そんな訳で、お母様の渾身のメッセージに気づかず、軽く流してしまったのは、今でもちょっぴり後悔している。あの時もっとちゃんと抱きしめてもらえれば良かったな……なんていうのは後の祭りだ。

 お葬儀の後、私達の家である離れの部屋を掃除していれば――お母様の宝石箱の中から、少しの宝石が消えていた事に気づいた。


 今になって思うが、お母様は大分不思議な人だった。

 私がアーデルハイト様の侍女に選ばれる事を予感していたり、私が具合が悪くなる時に事前に準備していたりなど。

 まるで()()()()()()かのような行動を取ることがあったのだ。


 もしも、お母様が今回の事件が事前に起こることを知っていたとしたら……あの慎重なお母様が何らかの策を立て、エチュバステール家の目を欺いたなんていう事もあるのかもしれない。

 あの人達にとって、私達親子は目障りな存在。でも、私にはまだ利用価値があるが――お母様はただの邪魔者でしかない。お母様が消えれば、愛人が後妻の地位に収まる事など容易いのだから。

 だから、私はお母様がこの家から無事に脱出出来たと信じる。そして、いつかまた会う日を夢見て、私は自分の人生を精一杯謳歌することを決意した。


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