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腰巾着令嬢は、断罪式に割り込む

こちらは以前投稿していた作品のブラッシュアップ版です。最初は殆ど変わりませんが、今後話の流れが変わってく予定です。

 私は昔から「お前は思ったことを直ぐ口に出すから、いつか絶対とんでもない事をやらかして自滅するだろう」と、人を嘲笑うような嫌な笑みを浮かべるお兄様からそう言われ続けていた。


 正直私もそう思う。


 でも、一度疑問に思った事は確認しなければ気にならない性分なのである。恐らく多分この性格は一生掛かっても治らないんだろうなぁと諦めているし、何なら今はもう居ないお母様は「あなたはそのままでいいのよ、素直なあなたが一番幸せになれるから」などと私の性格を全面的に肯定して育ててくれたので、これでいいとすら思っている。つまり、今のところ治す気は全くない。


 人間言いたいこともろくに言えずに、相手の顔色をうかがいながら口を噤むだけでは、疲れてしまうと思うんですよね、うん。

 だから、時にはあえて空気を読まずに思ったことを口に出してしまうのも……私の個性であるということにしてもらいたい。


 ――そして私は今現在、()()個性を存分に発揮して「思ったことを正直に言ってしまい、とんでもない事をやらかしている」最中であった。


 ***


 煌びやかなダンスホールにて、無駄によく通る声が高らかに響いた。


「――公爵令嬢アーデルハイト・ブラウミュラー! 貴様は、俺に寵愛されている子爵令嬢マティルデ・アイマーを虐め、殺害しようとした罪により、この会場に集まった皆の目の前で告発する! か弱い淑女のマティルデをその醜い嫉妬で害そうとしたその性根は腐りきっている!! 貴様には王妃となる資格などない!! だから俺は――そしてこれをもって、アーデルハイトとの婚約を解消する!!」


 そう言って王宮のダンスホールのど真ん中で声高らかに婚約破棄を告げたのは――この国の第二王子であり、王太子でもあるユーリッヒ・ロッシュフォール殿下だった。

 そんな殿下の隣に侍るのは、いつもよりめかし込んだ格好をしている子爵令嬢マティルデ・アイマーさん。彼女は殿下の腕にしなだれかかり、私の前で堂々としているアーデルハイト様に勝ち誇った笑みを向けていた。


 これは、どこからどう見ても最近話題の物語に出てくる「断罪式」なるものの真っ最中と言えるだろう。正義はユーリッヒ殿下と、マティルデさん。

 そして俗に言う『悪役令嬢』となるのは――私の仕えるパーフェクト淑女なブラウミュラー公爵家の長女であるアーデルハイト様。

 この場を収められる唯一の人物であるロイデリヒ王は――無気力に玉座からこちらを無機質な目で見ているだけである。


 当初の予定では、ユーリッヒ殿下の成人の祝いと同時にアーデルハイト様の正式な婚姻の発表の場になるはずだったのに……。

 ユーリッヒ殿下のせいで、すっかりこの会場は断罪式に変わってしまった。ああ、なんという事だろうか……。


 ――私は知っている。

 アーデルハイト様の才能、努力、そしてその気高さを。アーデルハイト様は誰よりも素晴らしいお方だ! この国の国母となるべく、あの頼りないユーリッヒ殿下を支えるために沢山の努力をしてきた!

 近隣諸国と対話するために必須である帝国語のマスター、主要諸国3つの言語の取得。そして文武両道の為に日々、剣術、魔法、勉学に勤しむ熱心な姿が今も私の瞼の裏に焼き付いてならない……!!


 あぁ、あの方は絶対にこんな事はしない! 私はそう確信している!! というか、アーデルハイト様はすごい人なのでマティルデさんを処理するなら、やるなら絶対もっと上手くやるし、証拠も残さない!! つまりこれは冤罪だ!!


 その証拠に、断罪される予定の悪役令嬢に見えないほどアーデルハイト様は堂々と冷めた目でユーリッヒ様を見透かしている。うっ……流石アーデルハイト様、今日も最高に格好いい!


 だが……残念ながら、誰もがそんなアーデルハイト様を「やはり、あの噂は本当だったのね」と面白おかしく悪意のある目で見ている。

 それもそうだろう。強くて気高く美しいアーデルハイト様が、実はこんなにも泥臭い人間らしい一面を持っていた……みたいな展開の方が面白いからであろう。完全にこの場の雰囲気はユーリッヒ殿下が有利な方向へと向いている。

 アーデルハイト様を見つめる目が、雄弁と「罪を認めろ」と語っている。


「……」


 そんな状況に、私の中にある正直者の自分が今すぐ声を上げたくてうずうずし始めた。


 ……これ、確実に冤罪なのになんで誰も声を上げないの?


 そう思って周囲をぐるりと見渡せば、アーデルハイト様の周りに居るのはいつの間にか私ただ一人になっていた。

 いつもアーデルハイト様の権力のおこぼれを貰おうと頑張っていた私の腰巾着仲間達は、いつの間にか人混みに紛れるように他の人達と同じ距離を取って彼女の周りからいなくなっていた。


 あぁ、なんと嘆かわしい!

 なんとまぁ、随分薄情な腰巾着達である!!


 全く、それでは立派な腰巾着になれないぞ! 腰巾着は腰巾着らしく、付いていくと決めた主の傍に付き従い、主を引き立てる為に努力しなければならないのに! こんな冤罪ごときに惑わされるようじゃ、立派な腰巾着になれないぞ!!


 これは、十年来の腰巾着である大ベテランの私が手本を見せねば!


「ユーリッヒ殿下!!」


 私はぴっしりと空高く片手を上げ、大きな声でユーリッヒ殿下を呼ぶ。そして、アーデルハイト様の前へと1歩出て口を開いた。


「恐れながら、アーデルハイト様がそのような事を行ったという証拠はございますのでしょうか?」

「ふん、証拠ならあるとも」


 そう言ってユーリッヒ様が片手を上げれば、数人の令嬢や令息、そしてブラウミュラー家の護衛とメイド達がやってきた。メイドの手には数枚の封筒が握られている。


「ここにいる者達は、アーデルハイトが今まで悪事を行った証拠を持っている者、そして悪事を証言する者達だ!」


 そう言ってユーリッヒ様はつらつらと罪状と証拠らしき物を羅列していく。

 正直、その内容はアーデルハイト様をよく知る私からしたら「え、それってこじつけだったり、捏造された証拠じゃない?」と言いたい物だらけ。

 だから、私は思わず問いかけてしまった。


「あの……アーデルハイト様にはそんな姑息な手を使う理由は無いと思うのですが?」

「はぁ、そんなのマティルデに嫉妬したからに決まってるだろう。俺の寵愛がマティルデに向いているから、次期王妃の地位と俺からの寵愛を奪われないようにマティルデに害をなしたんだ!」


 そう言って自信満々に胸を張るユーリッヒ様に、私は「この王子様、頭大丈夫?」と思わず心配になってしまった。自分で言うのも何だが、頭がいいとは言えない私でさえもちゃんと現実を見られているのにユーリッヒ殿下と言ったら……何も見えていないのではないのだろうか?

 いや、だって……その理論で言ったら、アーデルハイト様はユーリッヒ殿下を愛している事になる。でも私から見たアーデルハイト様って……。


「ユーリッヒ様!」

「なんだ」

「何度も言いますが、その証拠は全部捏造だと思いますよ! だって――アーデルハイト様は殿下の事を愛していないのですから!!」

「――なっ!?」


 私が見たまんまの真実を告げれば、ユーリッヒ様の顔が驚愕の色に変わる。

 その表情から察するに、アーデルハイト様が自分を慕っているということに絶対的な自信を持っていたようである。

 男の人って、そういう所があるよね。婚約者は絶対に自分の事が好きだとか、ちょっと優しく微笑まれただけで「あいつは俺に気があるんだ」なんて決めつけたりをしたりなど。一般貴族男性は、基本的に自尊心の塊であると言える。

 ましてや生まれた時から全てを持っている殿下であるなら、その自尊心は大層な物に違いない。

 まぁ、確かにユーリッヒ殿下は美しい金髪に、王族の証しである黄金色の瞳を持つイケメンだ。見た目と地位だけ見れば、好きになってもおかしくないはない魅力があるお方だ。


 ――だが、絶対にアーデルハイト様は殿下を愛していない!!


 ここは、アーデルハイト様のため! そして、ついでにユーリッヒ殿下のために指摘してあげるのが一貴族としての責務だろう!

 だって、主人の間違いを窘めるのも下の者の務めなのだから!

 ……まぁ、私は殿下に仕えてないけど、ついでである!


 気分は舞台に上がる大女優! フェリシア、行きます!!


「まず第一に、アーデルハイト様がマティルデさんに劣っている所なんて一つもありません! 見てください、この美しい美貌!! 白銀の御髪は光に当たってキラキラと輝く真珠のように尊く、エメラルドグリーンの瞳はまるで宝石! 勉学にも明るく、マナーは完璧で、容姿と教養に優れた素晴らしい御方です!! 第二に、マティルデさんの家は子爵家で、アーデルハイト様の公爵家とは格が違います。やがて王座に就くユーリッヒ様の妻として相応しいのはどちらか一目瞭然! そして第三に……私はアーデルハイト様がユーリッヒ殿下の事を愛してらっしゃる所を見た事がありません。よって――これらの証拠は全て捏造であると言えると思います!!」


 そう私が言い切った瞬間、会場はシン……と静まり返った。


「な、何を根拠にっ……!」

「ユーリッヒ様、アーデルハイト様が殿下の事を熱っぽい目で見たことはあるのでしょうか? アーデルハイト様はこの国の国母となるために日々努力をしております。そんな最中、マティルデさんという身分が下の令嬢に殿下を盗られて悔しい? そんなの、思うわけがありません!!」

「な、なっ……!?」

「そもそも、殿下はアーデルハイト様のどこに自身に対する愛を感じられたのですか? 私には、殿下がアーデルハイト様の才能に嫉妬して王家の権力を使って嫌がらせをしているようにしか見えないのですが?」


 私は最後の仕上げと言わんばかりに小さく息を吸ってから、最後に問いかけた。


「ユーリッヒ殿下、アーデルハイト様に劣等感を感じた事は無いと神に誓えますか?」


 そう問いかければ、ユーリッヒ様は顔を真っ赤にして言葉に詰まった。ブルブルと震えながら、口を開けたり閉じたりを繰り返す。その様子は間違いなく「そんな理由はない」と主張できる様子ではなかった。

 そして、そのまま苛立ちをぶつけるように声を張り上げた。


「――ッ、この王太子である俺にそんな口を叩く女は初めてだ! この"アーデルハイトの腰巾着令嬢"め!! そいつを不敬罪で引っ捕らえろ!!」


 その命令を聞いた瞬間、私はようやく「あっ、やってしまった」と思った。

 ついつい尊敬するアーデルハイト様に謂れのない罪を押しつけられそうになったことの怒りに対して、殿下に正論をぶつけてしまった……。もっと貴族らしく真綿に包んでじわじわと首を絞めるように突き詰めるべきだったのに……後悔後先に立たず。フェリシアはアーデルハイト様に誓って反省します……。


 私はそのまま大人しく護衛に腕を掴まれ、会場の外の廊下へと連れ出された。会場を出て行く間際、最後に見たアーデルハイト様の表情は愉快と言わんばかりに弧を描いていたから、多分きっとアーデルハイト様は大丈夫だろうと漠然と思ったのであった。


 こうして――「公爵令嬢アーデルハイトの腰巾着令嬢」こと、侯爵令嬢フェリシア・エチュバステールは王族不敬罪で牢屋に一晩閉じ込められた。

 そして、翌日解放されたと思いきや――実家であるエチュバステール家から勘当され、その身一つで家から追い出されることになるのであった。

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