第九話 人影
「ふ~美味しかった~!」
ご満悦そうな顔で水葉はそう言う。
かくいう俺もなかなかご満悦な顔をしていると思う。
「美味しかったな」
カズハを警察に預けた後、俺たち二人は近くにあった洋食屋に入ったのだが、そこの飯が想像以上に美味かったという訳だ。
「想像以上だったね」
「値段も想像以上だったけどな」
「あはは……まっ、たまには~、いいんじゃない?」
「気にしたら負けだな」
「だね」
「んで、この後どうする?」
「んー、私は遥希と一緒にいるだけで楽しいからなんもしなくてもいーよー」
「なんじゃそりゃ。恋人みたいなこと言うなよ」
「え、違うの?」
「違うわ」
何を勘違いしているんだこいつは。
「私のこと好きなくせに~」
そう言いながら脇腹をつついてくる。
「……嫌いではない」
「ふーん?」
「……何だよ」
「なんでも~」
「はぁ……とりあえずどっか行くか」
「そだね! 立ち話もなんだしね」
「じゃ、とりあえず家の方向行くか」
「だね」
「おじゃましまーっす」
結局、何かすることが思いつく訳でもなく、そのまま俺の家まで戻ってきた。
「俺ん家に来たのはいいけど……何する?」
「私は話してるだけでもいいよ」
「うーん、とりあえずリビング行っといて」
俺はそう言って飲み物とお菓子を取りに行った。
「おー! 気が利くね~」
「なんもなしに話すだけじゃちょっとあれだろ」
「確かにちょっとあれだね」
「だろ」
「あ、そういえば今何時?」
そう言われ視線を見上げる。
「……四時半だな」
「え、もうそんなに時間経ってたの?」
「そりゃあれだけ遠くまで歩いて行って、帰ってきたらこれぐらいにはなるだろ」
「んーたしかに。こんなもんか」
そう言いながら水葉は俺の出したお菓子をポリポリ食べている。
「うん、こんなもんだろ」
「ねえ遥希、このお菓子どこで買ったの? すっごく美味しいんだけど」
「あーこれ母さんが買ってきたやつだから、分からないんだよ。何個か持って帰るか?」
「え、いいの?」
「おう」
「じゃあお言葉に甘えて貰っちゃおうかな」
「じゃ、帰りに渡すな」
「うん、ありがと……って、えっ──────
◇ ◇ ◇
……
…………
「………………んん?」
「え……?」
またあの夢……?
俺、水葉と話してたよな……
「おいおいおいおい……」
どうなってんだよ、これ。さっきまで俺、リビングであいつと話してたはずだよな……? マジでどうなってんだよ。
「はぁ…………ん?」
何かいる。
「……人だ」
結構遠くだが、人だと分かる。
……行ってみるか。
そう決心した俺はその《《人影》》に向けて足を踏み出した。
「あいつが俺にこんな夢ばっかり見させてんのか」
だとしたら1発ぶん殴ってやりたい。
……出来ないけど。
「にしても、ほんとに何なんだここは……」
そんなことを気にしても状況は変わらない。
「……女の子」
人影はどうやら小学生ぐらいの女の子みたいだ。
「あいつ、大丈夫か」
仰向けになって倒れているのか……?
心配になってきたな……
そう思った頃には俺は、その女の子へ向けて駆け出していた。
「おーい! 大丈夫かっ─────
◇ ◇ ◇
─────大丈夫か! ……っえ?」
「あ、遥希! だ、大丈夫? 急に倒れるものだから救急車呼ぼうかと思ってたよ……」
「……え?」
訳が分からない。俺は今、どうして水葉に膝枕されているんだ……?
「俺、倒れてたのか?」
「うん、急にパタッ……って」
「そ、そうか……とりあえず、今は大丈夫だから」
「それならいいけど……」
「それと、あの、水葉さん、1回起き上がってもいいですか……何も見えないんで……」
「え? あ、ご、ごめん!」
起き上がって水葉の顔を見るとなぜか顔が赤い。
「なんで顔赤いんだよ」
「き、聞かないでよ! ……ちょっとトイレ行ってくる!」
「お、おう」
顔を手で覆って逃げるように行ってしまった。
「俺なんか悪いことでもしたかな……」
* * *
「今日はありがとーね!」
「次から朝起こしに来るのだけは勘弁な……」
「えー、だって起きないじゃん」
「いや、それはまだ起きなくても間に合うからだろ」
「じゃ、これから遊ぶ時も起こしに行くからよろしくね☆」
「遠慮しときます」
「家の鍵くれてもいいんだよ? くれたら部屋まで起こしに行けるよ?」
「渡したら絶対ろくな事しないだろ。現に今言ったこともろくな事じゃない」
本当に何されるか分からない。
「そんなこと言っちゃって〜、本当は嬉しいんでしょ? も〜可愛いな〜」
「はぁ……」
「ため息ついたら運が逃げていきますよ~」
「俺知ってるからな」
「え、何を?」
「俺が起きるまで頭なでなでしてたこと」
「は?! えっ、し、そんなのしてないし! するわけないでしょ私が!」
「でも、顔に『私、頭なでなでしてました』って書いてるけど」
「ち、違うから! そんなの書いてないから!」
「まぁ、お前が本当にしてないってならこれ以上言わないけど」
「し、してないし」
「本当に?」
「う、うん」
「本当の本当にか?」
「本当だってば!」
「分かった分かった。そういうことにしとくから」
「そういうことに”しとく”じゃなくて! そういうことなの!」
「ごめんごめん。分かったから」
目覚めた時に俺の頭から水葉の手が離れた気がしたんだけど、気のせいだったかな? まあいいか。
「じゃ、じゃあ今日はもう帰るから」
「おう。気をつけてな」
「うん、ありがと」
「あっ、そうだ。お菓子渡すの忘れてた」
すっかり忘れていた。
台所まで行って袋と持てるだけのお菓子を抱えて玄関へ向かう。
「わっ、そ、そんなに大丈夫だよ?」
「いや、どうせ食べきれないしいいよ」
そう。これだけお菓子を持っていても結局食べずにそのままなのだ。実を言うと俺はあまりお菓子を食べないのだ。
「そ、そう?」
「おう。持ってけ持ってけ」
「あ、ありがと」
すごく困惑している顔だ。そりゃあ、男子が腕いっぱいに抱えてようやく持てるぐらいの量だからな。
「それじゃあ、またな。頑張って持って帰れよ」
「ここまでくるともう一種の嫌がらせかと疑うよ。ふふっ、なんか笑けてきちゃった。じゃあまた学校でね!」
「おう」
~~~帰宅後~~~
「……」
帰宅後、私は自分の部屋へ向けて一直線で向かう。
「やっちゃった……」
そして自分の部屋へ入ると同時にため息をつく。
「『ため息つくな~』って自分で言ってたくせにこれか……」
でもこれは不可抗力だと思う。
「え、バレてたよね……? なでなでしてたの……」
あの言い方はバレてるやつだよね……?
「終わったぁ~~~!」
「明日からはもうちょっと控えめにしとこ……」
これも一つの成長だよね。うん。
「ていうか! そもそも急に倒れる遥希が悪いよあれは! そりゃあ、急に倒れられたら気も動転するし? おかしな行動をとっちゃう、なんてこともあるよね」
そーだ。そうに決まってる。気が動転しちゃったから、なでなでもしちゃった、そういうことだよね。
「私は悪くない。遥希が悪い」
そういうことにしとこ。
「はぁ…………今日は疲れたし、早めに寝よ……」