第八話 迷子
「ほら、あとちょっとだよ遥希!」
「どんだけ歩かせたら気が済むんだ……」
かれこれ二時間ほど歩き続けている。そろそろ足が限界だ。
「ほらサッカー部なんだからこれくらい行けるでしょ!」
「そういうお前はなんで部活してないのにそんなに元気なんだよ……」
「んー、気合いかな?」
「そこまでして行きたいところなのか?」
「まあねー」
「ほら、もうすぐ着くよ!足動かして!」
「おう……」
やっとのことで到着したその場所は……
「公園?」
「そう! 公園!」
「はぁ……」
別に公園だったら近場にあっただろ、と言いたいところだが、わざわざここに来てるということは意味があるのだろう。
「ほら、覚えてない?」
「来たことあったっけ……?」
俺の頭には全くと言っていいほど昔の情景は表れてこない。
「んー、あ、ほらこことか!」
そうして水葉が指さすのは公園のど真ん中にある樹だった。
「でっかいな」
「ここでさ、こうやって……」
そう言うと水葉は砂遊びを始める。
「あっ……」
そうだ、そうだった。思い出したぞ。
ここは────
「──ここは、俺と水葉が知り合った場所だ」
俺が幼稚園に入る前にここで一度、水葉と出会ったことがある。
「懐かしいな……なぁ水葉……?」
あれ……?
「水葉……? どこに行ったんだ?」
水葉の姿が見当たらない。
「水葉ー? どこ行ったー?」
辺りを見回しながら水葉の名前を呼ぶが、返答はない。
「おーい?」
そうしてしばらく水葉を呼んでいると後ろから声を掛けられる。
「遥希?」
「わっ、びっくりした。驚かすなよ」
「え? 私ずっと横にいたんだけど……」
いや、いなかったよな……?
「そ、そうだったのか。気付かなかった」
とりあえず俺は何もなかったフリをした。
「ごめん、ちょっと歩かせすぎちゃったのかも」
「いや、気にすんな。それよりも懐かしいな、ここ」
「あ、思い出した? ここ、私たちが初めて会ったところだよ!」
「だな」
「こうやって二人で砂遊びしてたでしょ、ここで」
人っていうのは面白い生き物だな。一度記憶の端所を開くとそこから次々と懐かしい記憶が蘇ってくる。
「思い出したぞ。お前、俺にめっちゃ砂かけてきたよな」
「あれ~? そうだったっけなー?覚えてないなー」
「お返しだ!」
そう言うと同時に思いっきり砂をかけてやった。
「きゃっ! ちょっとやめてよー!」
「おあいこだろ、これで」
「……うりゃっ!」
「うおっ!? おあいこだって言ってんだろ!」
「知りましぇーん! 遥希が悪いんですー」
お前がそう来るならこっちにも手がある。
「おら! かかってこいや!」
「ふふふ、この私と戦うとでも言うの?」
「……こいよ」
「おりゃー!」
「ふっ、甘いな!」
水葉の投げた砂を華麗に避けて見せる、と同時にあらかじめ掴んでおいた砂を右手から放出する。
「うわぁ!?」
「油断してるとまたやられるぞ!」
「もうー! 容赦ないんだからー!」
そうして砂の投げ合いをすること数分。
「はぁ、はぁ……そろそろやめよっか……」
「そ、そうだな……不毛な争いはもうやめよう」
お互い息を切らしながら砂場で仰向けになる。
「砂だらけだね」
「だな」
「……ねえ、あそこ」
突然、水葉が公園の端っこの方を指さす。
「ん? どうした?」
水葉の指さす方向に俺は視線をやる。
「小学生……?」
俺の視線の先には小学校高学年ぐらいであろう女の子が倒れていた。
「怪我してるのかな? 私ちょっと行ってくる」
「あ、ちょっと! 俺も行く」
駆けていく水葉に俺も追従する。
「君! 大丈夫?」
「……息はしてるな」
どんな経緯でここに来たのかは分からないが、気絶? してしまっているみたいだ。
「とりあえずそこのベンチの上にあげよう」
「分かった」
水葉と協力して女の子をベンチの上に乗せてあげた。
「人って力抜けてたらこんなに重いんだな」
「思ってたより重かったね……」
「んぅ……?」
「あ、水葉! 目、覚ましたぞ!」
「君! 大丈夫? どこか痛いところとかない?」
「えっと、ここは……?」
「もしかして、覚えてない?」
「は、はい……どうして私がこんな所にいるのかさっぱり……」
「とりあえず、落ち着いて自己紹介でもしとかないか?」
とりあえずお互いに名前ぐらいは伝えておいた方が話しやすいだろう、と思った俺は話を切り出した。
「それもそうだね。私は水葉! で、こっちのバカが遥希ね」
「バカってなんだバカって」
「まあ、私たちのことは適当に好きな呼び方で呼んでもらっていいよ」
「あ、はい……じゃあ、水葉さんと遥希さん、まずは助けて頂きありがとうございます」
礼儀正しい子だな。水葉とは大違いだ。
「礼はいらないよ」
「なにカッコつけちゃってんの遥希」
そう言いながら水葉は俺の脇腹をつついてくる。
「男ってのはそういう生き物なんだよ」
「あ、そうだ、名前。君の名前は何て言うの?」
「私はカズハって言います」
「カズハちゃん!よろしくね」
「よろしくな、カズハ」
「はい。よろしくお願いします」
「えっとー、どうしてここにいるかとかは分からないんだよな?」
「はい……分からないです……」
「えーっと、じゃあ気づいたらここにいたってことでいいのかな?」
「そうなります」
「うーん、困ったな」
そんな気づいたらこんなところの公園にいた、なんてことあるのか?
「家の住所は言える?」
「えっと……それもちょっと記憶があやふやで……」
「記憶喪失ってやつか」
「このまま放っておくわけにもいかないし、どうしよう?」
「とりあえず交番に行った方が良いんじゃないか?」
「それもそうだね」
「よし、カズハ、近くの交番まで連れて行ってやるから安心しろ」
「ありがとうございます」
「で、水葉。交番ってどこにあるんだ?」
「あっ……たしかに」
お前も分からないんかい。
「はぁ、こんな所まで連れてきておいてそれかよ」
「ご、ごめんって……」
「まあいいや。とりあえず行こうぜ、二人とも」
交番を探すために俺たち三人は公園を後にした。
「あ、あれ交番じゃない?」
「お、やっと見つけられたな」
交番を探し回ること三十分。やっと見つけることができた。
「すみませーん」
返答は帰ってこない。
「……すみませーん!」
俺はもう一度大きな声で警察官を呼んだ。
「あーはいはい、すみませんねぇ。最近腰が痛くて痛くて」
やっと出てきた、と思った警察官は何と言うか……ヨボヨボだった。
「あの、この子がさっき公園で迷子になってて……」
俺は事情を老警官に話した。話し出すとさっきのヨボヨボはどこに行ったんだってという感じでテキパキと色々な項目を聞いていった。
「……なるほど。事情は分かりました。あとはこちらでやっておきますのでもう大丈夫ですよ。ありがとうね二人とも」
「ありがとうございました。遥希さん、水葉さん」
「おう」
「気にしないで!」
俺と水葉はカズハと老警察官に会釈をして交番を後にした。
「あの子ちゃんと帰れるかな?」
「大丈夫だろ。警察に頼んでるんだし」
「それもそっか」
「おう」
「じゃあ、どうしよっか」
「とりあえず家に向かって歩き始めないか?」
「片道二時間かかるもんね」
「お前がこんなところまで連れてきたせいでな」
「ごめんって……」
水葉は気まずそうに目をそらした。
「帰り道に良さげな所あったらそこで昼飯食ってこうぜ」
俺がそう言うとさっきの気まずそうな顔が一変、いつもの明るい表情に戻る。
「うん! そうするそうする!」
こんなことではしゃぐなんて……
「可愛いな」
「……えっ?」
「あっ」
気付いた時には、『可愛いな』という言葉だけが口から漏れていた。
「でしょ? 私、可愛いでしょ? やっと気付いたか、私の可愛さに」
ものすごく上機嫌な顔で見つめてくる。
「あーうん、そうだな」
「んふふ~♪」