第三話 同じ夢?
二〇〇〇年 五月九日 (火)
自宅に帰宅した俺の第一声は、
「今日も散々だった……」
今の時刻は午後の七時半。
今日も一日が水葉に振り回されて終わった。一日というか帰り道だけなのだが、その帰り道が一日のように長く感じた。
「あいつ、学校の中だとあんまりくっついてこないのに、帰り道になるとめっちゃくっついてくるから余計に恋人だと勘違いされるんだよな……」
あいつなりの俺への気遣いなのかもしれないが、残念ながら逆効果になっている。
「遥希ー!ごはんよー!」
我が家の晩飯の時間は大体いつも七時半だ。おかげで水葉に振り回された日は帰ってすぐに晩飯が食べられる。
「今行くー!」
今日は飯食ったら風呂入って早く寝よう。昨日は課題であんまり眠れなかったからな。
『いただきます』
今日はハンバーグか。
一口大に切り分けると中からチーズがとろりと垂れてくる。
「遥希、最近学校はどうなの?」
「ぼちぼちやってるよ」
「部活あんまり行ってないみたいだけど、いじめられたりしてない?」
「そんなことないよ」
補欠だから、なんて恥ずかしくて言えねぇ……
「本当に?嘘つかなくてもいいのよ。私は遥希の味方なんだから」
「嘘はついてないから大丈夫。友達もいるし、楽しくやってるよ」
「そう? ならいいんだけど……」
「今日も玄関まで来てただろ水葉が。それが証拠だよ」
「水葉ちゃん、昔っから遥希にべったりよね。遥希のこと、好きなんじゃない?」
「そんなんじゃないから」
ほら、やっぱり勘違いされてる。
「遥希も正直になりなさいよ。昔はあんたも水葉ちゃんにべったりだったじゃない。想いは伝えられるうちに伝えておいた方がいいわよ。後悔することになるかもよ」
「……それはそうかも」
想いは伝えられるうちに、か。
って何考えてんだ。なんでここであいつの顔が浮かんでくるんだ。
「まあ、私は口出ししないけど。後悔のない選択をしなさい」
「う、うん……」
後悔のない選択、今まで俺はしてきただろうか。
……少なくともサッカー部に入ったという選択は後悔してるな。
「じゃあ私はもう寝室行くから、洗い物だけお願いね」
「わかった。おやすみ」
「おやすみ」
母が寝室へ行くと、俺はさっさと飯を口にかきこむ。
「ごちそうさまでした」
「よし、洗い物してシャワー浴びよう」
洗い物を済ませ、俺は着替えを取りに自室へ向かった。
「んん……?」
部屋に入った瞬間に、ベッドの上にある写真が目に入った。
「水葉と俺か」
俺たちがまだ相当小さい頃の写真だろうか。懐かしいな。
でも、なんでこんなところに写真なんて置いてるんだ、俺。どっかの引き出し開けた時に一緒に落ちてきたのかな……まあいいや。
俺はあまり考えずにその写真を机の引き出しにしまった。
「あれ……なんか、頭が急に……ふらふらして…………
バタッ……
◇ ◇ ◇
あの日からずっと誰かを探し続けている。
「……ねえ、どこ、どこにいるの?」
「どこへ行ってしまったの……?」
「ねえ、返事してよ。私、ずっと探してるんだよ……」
目の前に広がる広大な草原。
私はその誰かを探してそこを歩くだけ。
「あれ、私、誰を探してるんだっけ……」
分からない。
分からないけど、探さないといけない。
「早く行かなきゃ……」
「助けないと……」
きっと苦しんでいる。
今もずっと。
ずっと──────
◇ ◇ ◇
「……っは!」
なんだ、今のは……?
「誰だ……?」
一つ言えることは、今のは俺ではない。
だとしたら、一体誰だ?
「誰……?」
心当たりは全くない。
顔も見れないし、声的に性別が女性であることぐらいしか分からなかった。誰かに俺が乗り移ったって言えばいいのか……?
「疲れてるのかもな」
さっさとシャワーを浴びて今日は寝よう、とも思ったが……
「貧血で倒れたのかな……」
もしそうだとしたら、シャワーはやめといたほうがいいかな。いや、でも汗もかいてるしな……
「やっぱり入ろう」
結局その後、シャワーを何事もなく浴び、就寝の準備を始める。
「歯磨き粉ないじゃん」
母さんは仕事だし、父さんは今出張でいないし、明日俺が買おう。
シャコシャコシャコ……
「……っぺ、よし」
今日はもう早いこと寝てしまってしっかり休もう。多分、昨日の寝不足が募って貧血みたいになったんだろう。
「学校で倒れるのはごめんだからな」
さすがに学校で倒れてしまったら周りに心配されるし迷惑だ。
「それに水葉が黙ってないだろうな……」
まあ、これが学校で倒れたくない一番の理由なんだけどな。絶対に付きっきりで看病しに来る。それはごめんだ。
プルルルル……
「ん?誰だ」
一階にある電話機が鳴っている。
「こんな時間にかけてくる非常識な奴はどこのどいつだ」
まあ予想はつくけどな。
そう思いつつも俺は階段を駆け下り、受話器を手に取る。
「はい、西崎です」
「あ、もしもしー?遥希?」
「やっぱり水葉か。どうしたんだこんな時間に」
「ちょっと声が聞きたくて」
「なんだそれ。別にいつでも聞けるだろ」
「いや、なんか寂しくなっちゃって」
俺はお前の彼氏か。
「ごめんごめん、うそうそ」
「なんだよ」
「いや、さっき怖い夢見ちゃってさ」
怖い夢見て寝れなくなった、なんて言うなよ。
「おう」
「寝れなくなっちゃった」
大正解でした。やったぜ。
「怖い夢見て起きたら寝れなくなった、ってことか」
「そんなとこ」
「どんだけ怖い夢だったんだよ」
どうせ『ゾンビがーおばけがー』とかだろ。
「それはもう相当に怖かったね」
「どんな夢だったんだ?」
一応聞いておこう。
「なんか一人でずっと何もないところを歩いてた夢」
何もないところで一人……
「その場所ってどんな風景だった?」
「え?うーんと、一言で言ったら草原って感じ?かな」
もしかして俺が授業中に見た夢と同じだったりするのか……?
「あと、めっちゃ星が見えた」
「ここら辺にそんなとこないよな……」
たまたま……だよな。
「でさ、その夢すっごいリアルで、まるで誰か他の人に乗り移った?みたいな感じだった。周りに誰もいなかったし、不気味で怖かった」
それってさっきの……
「たまにそういう夢って見ることあるよな」
「遥希も見たことある?」
「あるな。同じような感じの夢」
同じようなというか、むしろ……
「じゃあそんな怖いものでもないのかな」
「夢自体、自分の記憶の整理の途中で出来たものとか言われるし、怖いものじゃないだろ」
科学的に考えたらそうだよな。
「確かにそう言われるね、聞いたことある」
「だろ」
「……なんか遥希の声聞いたら怖くなくなっちゃった」
「それはよかった」
「じゃあもう時間も遅いし切るね。こんな時間にありがと」
「今から寝るとこだったしいいよ。じゃあな」
「うん、おやすみ」
「おやすみ」
ガチャリと電話の切れる音がする。
「寝るか……」
俺は寝室へ戻り.ベッドへダイブする。
「俺は彼氏じゃねえぞ……」
あいつは俺の声が聴きたかっただけってことか、結局。
「他の人に乗り移った感じ……」
さっきの話で引っかかるところはあったけど、たまたまだろ。同じような夢ぐらい見る。
「もう眠い、寝よう」
電気を消し、俺は布団に潜り込んだ。