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『待っています』

作者: 恋猫 なつき

「我が社では、次世代の主婦型ロボットを開発することが現在の目的となっています。今や時代は新型。他社の新型へ対する開発の勢いは増しています。長年ロボット業界を動かしてきた我が社が出遅れるわけにはいきません。他社の新型開発に負けじと、我が社も新型開発に専念していくことを」

休日に自分の働いている会社の特番なんて見たくもないから電源を切った。こんなのを見ていたら、いやでも職場のことが頭を過ってしまう。しかし、早めに消したつもりだったが、特番での言葉が頭に残ってしまった。最悪の気分だ。長年ロボット業界を動かしてきたのはこの会社だと?大いに間違っている。ロボット業界を動かしてきたのは、この会社に勤めているこの俺だ。俺が発案して俺が設計して俺が組み立てた。そして出来上がったのが、今最も普及しているんだろうが。それを頭の固いお偉い方が、宛も自分で作りましたなんて顔をしてやがる。終いには、今まで研究に研究を重ねてきたロボットを捨てて、新型を作ると言ってきた。もちろんこの話は俺にも回ってきた。新型を考えてくれないかと頼まれたが、答えはノー一択だった。あのロボットは俺の最高傑作だ。あれ以上のものは生み出せない。そんな俺の考えもまともに聞こうとせず、計画は進められてしまった。

そんな計画に気が乗るはずがなく、不快な感情だけが溜まっていった。そんな俺に声をかけてくれていたのが妻だった。仕事帰りには必ず声をかけてきて、励ますようなことを言っていた。

「どうしたの?何か悩み事があるなら、私でよければ聞くよ?」

けど、そんな妻の言葉はどれも不快に感じた。なぜだかはわからないけど、受け止めることができなかった。それからは、今まで何とも思わなかったのに、妻の一つ一つがうっとうしく感じた。俺にかける言葉も、普段の仕草も、笑う顔も。何もかも不快に感じた。そして声を上げた。そうでもしないと耐えきれなかった。それがきっかけかはわからないが、妻は家を出て行ってしまった。しかし、それに対して何とも思わなかった。追いかけようとも思わなかった。むしろ一人になりたかったからちょうどよかった。家事のことだけ少し悩んだが、次第にどうでもよくなった。


妻が家から出て行ってから何日経ったかは分からない。薄暗い光がカーテンの隙間から部屋にこぼれている。外は雨らしい。妻がいなくなってからまともな生活ではなくなった。職場には行かなくなり、家でだらだらと過ごしていた。クビになるかと考えたけど、あいつらは俺なしじゃ何にもできないから、それはないだろう。食事もまともに取らなくなった。食べたとしても栄養が偏るようなものしか食べていなかった。外に出かけることもほとんどなかった。前はよく妻と雨の日に出かけたもんだ。何がいいのかは理解できなかったが、妻は雨が好きだったらしい。いつだって上機嫌で歩いていた。ただ、傘は嫌いだったらしく、よくレインコートを着ていた。何が違うのだろうか。レインコートの方が濡れるんじゃないのか。それとも雨に濡れるのが好きだったのだろうか。そんなくだらないことを考えていたら、自然と足は玄関へと向かっていた。手に取ったのは傘ではなくレインコートだった。

雨はシトシトと降っていていた。歩くたびに靴の中に雨が染み込んで来るのが分かる。レインコートの裾が短いせいで、膝下から足首に水が垂れる。おかげで靴下は上も下も濡れてしまった。冷たくなっていく足を運んだのは、よく妻と歩いていた道だった。川沿いの道で、雨の日は川の水位が上がり、川がより近く感じられる。その道以外はあまり歩いたことがなく、足が向かなかった。久しぶりにこの道を歩いたが、相変わらず何もないところである。あるのは、雨で少し泥が混じった川とベンチぐらいである。こんななにもないところにベンチなんかおいて何を眺めるのだろうか。いつもは通り過ぎていくが今日はやけに気になった。

ベンチには先客がいた。しかし、客といっていいのだろうか。普通、客という言葉は人に対して使うものだと思うのだが。いや、人にそっくりな形をしているから使えるのかもしれない。そいつは何かを待っているかのようにそこに座っていた。あるいは捨てられていた。

「こんなところで何してるんだ?」

「 」

声をかけても反応がない。俺の最高傑作は完璧だから、声をかけても反応しないということは、壊れているに違いない。ためしにハッチを開け中を覗いてみたら、やはりいくつかの部品がなくなっていた。

普通なら連れて帰ろうなんて思わない。会社の特番を見てしまった時も最悪の気分になった。ということは、職場に行けば必ず会うことになるこのロボットも職場を連想させ、見るだけで不愉快になるはずだ。なのに、そんな気分にはならなかった。むしろ悲しくなった。自分の最高傑作がこんな姿になっていることにみじめさを感じた。しかし、職場に行っていないせいだろうか。その見慣れた顔を見ると、懐かしさと寂しさも溢れてきた。これが職業病と言うやつだろうか。長年ロボットをいじり、人生をロボットにかけてきたと言ってもいいほどだ。だとすると、懐かしくなるのも当然なのだろうか。ちょうどいい。こいつをなおすついでに、家事を任せよう。ゴミが沢山あって大変だったんだ。俺はロボットが苦しくないように丁寧に運んだ。


なおすことは簡単だった。なくなっていた部品は、家にいくらでも転がっているものを使った。ほかの部分も壊れてるんじゃないかと思ったが、幸い防水機能がうまく働いたらしく、どこにも問題はなかった。開発の時に一番手の込んだところだから、働いてもらわないと困るけど。

なおした後のロボットは正常に動作した。電源のボタンを押すと、起動音とともにロボットが目を覚ます。最初こそロボットそのものの動作だったが、少し待てば、それは人間と言っても過言ではなかった。顔の表情を不安一色にして俺に質問をする。

「ここは、どこですか?」

「ここは俺の家だ。お前が川のベンチで動けなくなっていたところを俺が拾ってきた。安心してくれ。前の家でどんな扱いをされていたのかは知らないが、悪いようなことはしない。ただ、家事を手伝ってほしくてさ」

俺の言葉を聞いた後、表情が柔らかくなり、不安が和らいだのか、ロボットの肩が少し降りたような気がした。我ながら素晴らしい出来だ。

「ありがとうございます。本当に助かりました。家事なんて簡単なことです。ぜひ、手伝わせてください」

そういってロボットは俺に笑顔を見せた。見慣れた笑顔だった。


ロボットは沢山の家事をしてくれた。今まで溜まっていたゴミの山を掃除するだけでなく、ありとあらゆることをしてくれた。洗濯物は洗った後にきれいに干してくれるし、俺が頼んでないのに勝手に健康のことを考えて食事を作ってくれるし、食べ終わった後の食器はすぐに洗う。これは俺が助けたからこんなことをしているんじゃない。もちろん多少はそうかもしれないが、ほとんどは俺が感じた最高だと思う形をプログラムにしたからだ。だから、浮かない顔をしている俺に声をかけてくることも分かっていた。

「どうかしたのですか?何か嫌なことがあったのですか?」

心配そうな顔をして俺を見つめてきた。分かっていたことだ。

「なにか悩み事があるのならば、私でよければ聞きますよ」

あの時と同じだ。あの時、俺が声を上げた時と同じだ。聞いたことのある言葉に不快感を感じた。そのわからない不快感がうっとうしくて、顔を勢いよく上げた。そこには、暖かい笑顔があった。見慣れた笑顔。何度も見た笑顔。そして、俺を励ましてくれた時の妻の笑顔だった。同じものなんだ。何もかもが同じなんだ。洗濯物を干す姿も、勝手に食事を作るのも、食器をすぐ洗うのも。同じにしたんだ。だから防水機能にもこだわったんだ。傘を差さなくてもいいようにって。そうだ、俺は妻のことが好きなんだ。妻のことを最高だと思っているんだ。そう気づいた時には、涙が頬を伝っていた。やさしく俺を包み込んでくれるロボットの腕の中では、確かに暖かさを感じた。

「私は待っていますから」


それからすぐに迎えに行く準備をした。雨が降っていたから、レインコートを二つ用意した。綺麗になった廊下を進み、玄関へと着く。すでに俺の靴が出されていた。こんなところまで同じだな。外に出る前に振り向く。

「行ってきます」

「行ってらっしゃい」

そこには、妻の笑顔があった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 奥さんとやり直せるとよいですね^_^
2024/06/26 16:16 退会済み
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