時に流るる都市
いつの時代も時代の最先端を行く所が存在するもので、コルスカンドという空中都市がその役割を果たしていた。そこには、新しい技術を研究開発する施設サーキュリウルや、様々な人々の交流、主に貿易や都市間の会議などが行われる地区などが存在していた。
それ故に、コルスカンドを支配すればこの世界を支配したも同然といわれるほどで、世界はコルスカンドを中心に回っているといえた。その重要性から、幾つもの凶悪な対外兵器が標準装備され、世界最大の軍隊が組織されていた。
その下にはヴァルカースという名の極貧都市があった。そこは決して住みにくいわけではない。どちらかといえば、都市の位置だけを見ればベストポジションだといえる。
北には大きな山があり、季節ごとに様々な食材を提供してくれるし、更には冬の寒い風を防いでくれる。東にある樹海には、食用となる生物が沢山住み着いているし、南に流れている大きな川のおかげで、水に困ることもない。
だが、どうしても利便性を考えると、どうしても生きづらくなってしまう。その理由はコルスカンドの下にあるということである。コルスカンドは最先端を行く都市なので、多少古い製品でも地方都市へと輸出されれば、最新の製品として十分通用してしまうのだ。
だからコルスカンドは廃棄物がどうしても少なくなってしまい、屑鉄や新しい技術の収集が出来ない。
技術の遅れは今の人類にとって致命的なのである。
▽
陽も大きく傾いてきた時間に、夕陽をバックに歩いてくる少年がいた。
少年はひどくやつれていて、身に着けている細かい銀色の装飾のある上着や、裾が地面を擦っているズボンはボロボロだ。
少年は腕輪型の情報端末を作動させた。腕輪が光を放ち、空中に沢山の文字の羅列を浮かび上がらせ、地図を作り上げた。
「げっ、後三キロもある」
少年は肩を落とし、脚を引きずり歩き始めるが、二、三歩進むとジジジ‥‥という音がして腕輪が光を失った。
「エネルギー切れとかサイアク……。それにしても、腹減ったー!」
少年の叫びは夕陽と共に沈んでいった。
少年がヴァルカースへと到着したときには、満月が夜空のてっぺんに到達していた。瓦礫の山に挟まれた道の真ん中を歩く少年は道端から多くの目を集めた。
「この服だとやっぱり目立つか」
そう自分の服を見ながら呟いた。好奇の視線を浴びながら歩いていると、道の端の瓦礫の洞穴の前に、果物が陳列されているのが目に付いた。自分の中の良心が何かを訴えるも、五日間、何も食べてないことによる空腹に耐えかね、一番端に置いてあった赤い果実へと手が伸びる。
果実を掴むと、少年よりもボロボロな服の老人が声を張り上げながら奥から出て来た。少年はせっかく手に入れた食料を落とさないように、大事に両手で包み込み、思いっ切り走り出した。前だけを見て、一心不乱に走った。
しばらく走りつづけ、ふと後ろを見たときには、老人は小さくなっていた。
老人の視界から逃れるために、十字路を左に曲がった。
その瞬間、衝撃を受け手の中から果実が消えた。尻餅をついた事で、誰かにぶつかった事を把握した。
少年が顔を上げるとそこには、薄いオレンジのレンズのゴーグルを付けている男が立っていた。男は地上都市の人間とは思えなかった。なにせ綺麗すぎるのだ。ダークグリーンの膝まである上着に、黒い長ズボン。小綺麗な茶色いブーツを履いて、腰には様々なホルダーをつけている。
「イリヤ、そいつは泥棒だ」
先ほどの老人が、二人に向かって走りながら掠れた声で言った。イリヤと呼ばれた男は、果実を一瞥し、それから少年を見た。その時イリヤの口元が引き攣った。
「見ない顔だな、ガキ」
少年はイリヤに背中を向けて逆方向に走り出したが、数メートルも行かない内に腕を捕まれた。イリヤは少年の両の手に、ホルダーから取り出した拘束用の手錠をかけたが、少年は逃れようと暴れ続ける。イリヤは溜息をついてから押し倒した。少年が立ち上がれないのを見て,地面の果実を拾い上げ上着の裾で拭き始めた。
拭き終えたところで、老人が息を切らしながら歩いてやってきた。
「大事な商品に傷はついてないみたいだ」
イリヤは老人の手に果実を置いた。
「助かったよ、イリヤ。昨日から泥棒続きで困ったもんだよ。さぁ、そいつを渡してくれ」
老人がイリヤ越しに少年をのぞき込むのを両手を前に出して制する。
「まあまあ、見たところこのガキは、堕ち人だ。まだ堕ちたてほやほやだ。
空中都市下の事はよく分かってなさそうだし、今日のところは俺が引き受けるって事でさ。な、盗られた物も大丈夫だったし、頼むよ」
「イリヤがそういうなら……仕方ない次はないぞ!」
老人は少年を怒鳴り、渋々帰っていった。
「さてとガキ、いつまで座ってる気だ?」
少年はゆっくりと立ち上がった。
「話を聞かせてもらうぞ」
イリヤは少年の尻を蹴り上げ、歩くよう促した。
時折、イリヤの八つ当たりで蹴られながら歩いていると、ある瓦礫の洞穴の前までやって来た。少年は瓦礫の山の中に入るのに怪訝そうな顔をした。
穴の中は意外にも清潔だった。外は瓦礫に覆われているのに中は普通の家と変わらず、一昔前に流行った金属製のドームがいくつも連なっている構造で、居住スペースとなっているようだ。
その中でも一番奥の部屋へ連れられ、手錠を外されそこにある牢に入れられた。
「何でこんなとこに入れんだよ!」
イリヤはゴーグルを上げて話し始めた。イリヤの目は左右の色が異なっていた、右目は琥珀色、左目は濃褐色。
「……オッドアイ」
「それはどうでもいい、話しを聞かせてもらうぞ、ガキ」
「ガキじゃない!」
「聞かれたことだけに答えればそれで良い。まず名前は?」
「ディルク。ディルク・オズボーン」
「お前のその服装、堕ち人だな。どこの空中都市にいた?」
「コルスカンドだ」
「この上から真っ逆様に落とされたのか。なんだ、万引きでもしたか?」
「そんな事、誰がするか」
「さっきのは万引きじゃないって言うのか?」
イリヤが目を細め、ニヤニヤしながら尋ねた。ディルクが言葉を詰まらせたのを見て、イリヤは質問を再開した。
「コルスカンドでは何をしていた」
「学生だよ」
「学生……ねぇ。頭悪そうなのに」
「何だと! これでも試験の成績は一番だったんだ。マトモに勉強してない地上の奴にバカにされてたまるか」
「コルスカンドも学習要領が随分変わったみたいだ。真っ先に教えるはずの目上の人の敬い方ってのが全然なってない」
ディルクは意味をなさない言葉を発し暴れ始めた。
「今日はこれくらいにしておくか」
イリヤは部屋の電気を消し、部屋をいくつかまたぎ地下にある食料保管庫への階段を降りた。
いつもならすぐに終わるハズの夜間パトロールが、予定外の犯罪者のせいで長引いてしまったため、未だ夕食を食べれていなかったからだ。
降りて一番近い棚からパンを、適当に山積みにされている野菜から生で食べてもさしあたりのない物を一つ二つ、吊してある干し肉を三枚。唯一錠のついている扉を、ホルダーから出した鍵を使って開け、中から小さい酒瓶を取り出した。
両手に食料を抱えて階段を上がり居間に行き、机の上に食料を置き、バネの固いソファーに腰を下ろした。瓶の蓋を開け、そのまま口に運び一口酒を含んだ。ホルダーからナイフを取り出し、パンを二枚に切り分け、野菜をパンに合わせてざっくりと切る。そして、干し肉と一緒にパンに挟みこんだ。
それを食べようとした時に、目の前に白衣で眼鏡をかけた老人(正確には立体映像だが)が立っているのに気付いた。
「わしにも酒を飲ませてくれてもいいじゃないか」
「年だから酒は控えろ。全く何で自分の家で、酒を鍵をつけてまで保管しないといけないんだろうな、ハンス?」
「わしが飲むのを許可すれば鍵を掛ける必要はなくなるぞ?」
「で、何の用だ? いつもならこんな時間に話し掛けて来ないだろ」
「特に用はないと言いたいんじゃが、そうじゃない」
「材料不足か?」
「資源はいくらあっても足りないくらいじゃが、そうじゃない、今日連れて帰ってきた少年の事じゃ。イリヤ、彼をどうするつもりじゃ?」
「明日また話をして、期限をどうするか考えるつもりだが、確実にこの街への立ち入りは禁止にはするつもりだな、無期限にするつもりはないが」
「出来ればそれはやめてくれんか?」
「何故? 犯罪行為をする奴を滞在させとくと、治安が悪くなるだけなのは知ってるだろ。
それなりの理由を聞かせてもらおうか?」
ハンスは下を向き、少し躊躇った後、声を出した。
「彼をモニターにするのじゃ」
「モニター? いつも俺がやってるじゃないか」
「それはイリヤ用にチューンアップした物ばかりじゃ。技術者としては、やはり万人に使える物を作らねば意味がないじゃろう」
どう考えたっておかしい。
モニターなら金を払って街の奴にやらせればいい。人には滅多に頭を下げないハンス(立体映像だが)が頭を下げているということは相当な事だろう。
「……好きにしろ。ただし、モルモットの面倒はちゃんと見ろよ。夜はちゃんと檻に入れて、排泄物もちゃんと片付けて、飯は自分で取りに行かせて、あとは……」
「解ってないみたいじゃから言うが、彼は人間じゃぞ」
「で、どっちが伝える?」
「わしが伝えておこう。檻の鍵は開けといてくれ」
「了解」
ハンスはそれを聞くと立体映像の電源を落とした。