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プレイフォー  作者: 長滝凌埜
繰獣機編
19/19

来訪者(3)

 ディルクは前日の負荷を引きずったまま、自警団の本部へと赴いた。ヴァルカースの建物は周囲の環境のせいで大きく二つに分類できる。一つは瓦礫の洞穴を彷彿とさせる天井の低い平屋を瓦礫で覆い隠したもの。もう一つは地下に建設されているものだ。本部の建物は後者であり地下に設立されている。入り口は例のごとく瓦礫でカモフラージュされているが。

 本部は都市の中央に位置し、都市内のどのエリアに駆けつける際にも大きな差違が出ないような位置に設置されている。

 ヴァルカースにおいて、自警団本部をはじめとする都市機能を維持できるように主立った施設が集中している、ハウプト区と呼ばれる第一区。また、その西には防衛拠点となる大櫓を含める防衛の要たる設備が整っている、ディルク達の住む第二区があり、東には商業地域となっている第三区がある。北に工業開発が主となる第四区、南側に居住地域となっている第五区の五つのエリアからヴァルカースは成り立っている。

 ディルクは本部へ入る階段を下ってすぐの受付係に声をかけられた。

「どうしたの、ディルク君? 一昨日見たときよりも随分とボロボロになって」

「ああ、アリシアさん。昨日随分とボロボロにされましてね」

 ヴァルカース自警団本部において受付をしている彼女、アリシア・グランディは柔和な笑顔と温厚な性格、ふくよかな体格から、本部内での「お母さん」的な立ち位置を確立している。また、ヴァルカースに腰を据えるまでに各地を彷徨ってきたためにそれ相応の過酷な経験をしているらしい。

「それはそうと、班長さんが呼んでたわよ。なんでも報告書に不備があったとか」

「わかりました。後で行きます」

 ディルクはアリシアに別れを告げると、所属する第三班の職務室に向かった。途中の廊下で幾人かの知り合いと同じような会話を経て、職務室の中へと入った。

「ようやく来たか」

 部屋にはいると一番奥の席に腰掛けていた偉丈夫がディルクへと近づいてきた。

「先日、提出してもらった報告のデータなんだが、ここのじゃ開けないファイルだった。規格に差があるのは理解してるだろ。次からはそこの所きちんとしてくれよ」

 ヴァルカース自警団本部所属第三班は主として住民の補助及び居住区の警護を行う、最も住民に密接に関連している所である。業務のうちに居住区内の異変、もしくは住民からの陳情を文面に起こし報告するものがある。

 ディルクはほとんどの業務を職務室内で行い、家に持ち帰ることはほとんどないのだが、前回はハンスに呼び戻されたために、家で文面に起こすことにしたのだ。

 ただ、ディルクの住む家にはハンスがおり、彼の使用する機器は総じてヴァルカースの平均より上のスペックが揃っている。それはコルスカンドの堕ち人であるディルクが用いても不便に感じないほどのものだ。そのため、家にある機器を使用した場合、ソフトウェアの互換性の問題で不具合がまま起こるのだ。

 ディルクは班長に代替の報告データを本日中に送ることを約束し、自分の仕事に入ることにした。机の上に置いてある端末から資料データを自身の右腕にはめている情報表示端末インパース|に転送すると部屋の外へと出て行った。

 施設の外へと出たディルクは先ほどインパースに転送したデータを表示した。右腕からディルクの目の前に淡い青い光の幕が展開し、そこに文章が羅列された。どうやら主な本日の業務は二つらしい。一つは第二区への新たな兵器の輸送の同行。もう一つは第五区にて発見の報告がなされた異常の現状視察。

 ディルクはまず北の工業地域である第四区へと向かった。


    ▽


 第四区はハンスの大型工具を始めとして様々な物品を収納している倉庫群が地下に乱立しており、その上層、地表部分に工房や工場があり、そこで大半の必要なものを作ることができる。

 ただ、常に問題視されている資材不足及び、技術回収の不作により活気が見られない。大半の工房からは熱を感じることはないし、都市の管理している共有倉庫にはキャパシティに対して空といっても差し支えないほどの、申し訳程度の資材が置いてあるだけだ。そのため、大半の人材が資材を集めに方々を駆け回るのだが、スクラップ同然のジャンクをかき集めてくることしかできない。しかも、回収の際に命を落とす可能性も少なくはないのだ。

 人もいない、資材もない、先行きの見えない状況に活気を持つのは難しいことであり、さらに人が離れていく。人が離れるとジャンクすらも集まらなくなり、余計に人がいなくなる。この悪循環が第四区の最大の問題なのだ。

 ディルクは第四区で唯一機能している都市の所有する工場から搬出する、大型のトラックに近寄った。

 積み荷を確認していた青年がディルクに気付き、作業を中断してトラックからディルクの目の前へと降りた。

「確か、ハンスさんの所の人だよね。何か取りに来るって連絡は受けてないはずだけど」

「本日は自警団から派遣されて来ました。第二区への輸送の同行と、設置後の状態確認を任されています」

「ああ、それなら僕が最後だよ。このトラックで運べば終わり。設置後の確認はハンスさんに頼んでいるから、問題ないだろうし」

「こっちが到着するまで作業を進めないように通達されていたはずですが?」

「こっちも忙しいんだって。ただでさえ人手が足りないってのに」

 青年はため息をついてディルクに背を向け、トラックの中へと戻り、確認作業を再開した。

「とりあえず乗ったら? すぐに出すから」

 ディルクは言われたがままにトラックの助手席に乗り込んだ。青年はトラックの扉を閉めると運転席に乗り込んだ。青年はトラックを発進させると、口を開いた。

「ハンスさんってさ、実際の所何してるのか知ってる?」

「どういうことだ?」

 ディルクはてっきり仕事の話をされるかと身構えていたが、拍子抜けして間の抜けた返しをした。

「あの人の知ってる技術や作った物は確かにすごい。下手したら、サーキュリウルの技術力に匹敵するかもしれない。けれどあの人の作る物は統一性がないんだよ。うちの工房の親方なんかは刃物を専門に扱うんだけど、あの人は本当に何でも作る。主義がないのか、意思がないのか、あの人なら誰にでも何でも作りそうで怖いんだよ」

 青年のハンドルを握る手が微かに震えていた。

「あの人は一体何をしてるんだよ」

 実際のところ、ディルクもハンスが何を主軸を置いて研究しているのか分かっていない。現在、エリーから渡された謎の箱とピコマシンについて開発をしているのは聞いたが、それ以外はほとんど何も知らないと言って過言ではない。そもそもハンスについてほとんど知らない。

「ハンスは悪い人じゃないよ」

「そんなことは分かってる。ハンスさんはいい人だ。これ以上無いくらいに善人だ。年を重ねてる分だけ、その経験に基づける愚かじゃない人だ。だから自分で判断したことを覆さないだろうから怖いんだ」

「半分というか、大半が憶測だよ」

 その後しばらく車両が目的地に到着するまで二人は口を閉ざしたままだった。

 第二区の外れにある作業現場では数人の男達が大穴を取り囲み、重機を操作していた。そこから少し離れた位置でハンスが全体の様子を確認していた。手に持つ情報表示端末で進捗状況を確認しながら、自身の車椅子から伸びる二本の不格好な大型のアームを操作し、すでに設置されている機材の点検を行っていた。それは半径十メートル程の穴の周をぐるりと取り囲むように設置されていた。

車両の到着に気付いたハンスが作業を中断してこちらにやってきた。ディルクはトラックから降りると、ハンスにこれが何かを尋ねた。

「こいつはトラバサミじゃよ。鋸歯は付いておらんがな。超大型生物対策に二、三設備を新調しないといかんからな。対人にも使えるが、酷くおぞましい絵になりそうじゃな」

「トラバサミをこんな所に仕掛けても引っかかるものなのか? そんな大きな生き物まだここら辺じゃ見たことないぞ」

「あくまでも念押しじゃよ。来ないに越したことはないが、備えておかねばならんことも山積みじゃしの。それよりもカーティス、早くみんなの所に運んでやってくれないか?」

 先ほどまでトラックを運転していた青年、カーティスはトラックから細長い棒状の金属をいくつか担ぐと、一人一人に配りに回りに行った。

「じゃあ、わしもやることがあるのでな。日没には間に合わせんといかんのじゃ。後で動作確認をするから来るといい。設備の把握も重要な仕事じゃぞ」

 そう言ってからハンスはディルクから離れ作業に戻っていった。

 手持ち無沙汰になったディルクはもう一つの仕事をするべく第五区へと向かった。

 第五区で発見された異常というのも第五区の外れで発見されたこともあり、住宅密集地にも関わらず、それが原因で負傷した人がいないというのは幸いでもある。

 ディルクは情報表示端末から表示される異常の前情報を確認し終え、足下に開いている穴を見下ろした。直径五十センチくらいの穴は消して小さいとは言えない。それに底が見えず、暗く細長い穴が続いている。

 ディルクは胸ポケットを軽く指先で叩いた。右の胸ポケットから栗毛色の毛をしたオナガトビネズミのタクトがひょっこりと顔を出した。タクトはディルクの体を這い上がると、腕を伝って掌の上に移動した。掌の上で体を丸めたかと思うとすぐに伸びをして、その背中から生える翼を広げた。

 ディルクはタクトの体を一通り指で撫でてから、その小さな体にリードを括り付けた。タクトの鼻先に付けたナノカメラと情報表示端末をリンクさせ、近くの瓦礫に腰掛けた。ウエストポーチから取り出したゴーグルを身に付け、自身のゴーグルに映像が正常に映し出されるのを確認し、タクトにゴーサインを出した。タクトは穴の付近まで滑空し、するりと穴の中に消えていった。

 穴の中は狭く暗かった。どこまで続くか分からない先の見えなさが不安を募らせる。しかし、そんなことにタクトはお構いなしでぐんぐんと穴の奥へ奥へと進んでいく。しばらくは直線だったが不意に九十度角度を変更し、水平になると横に開けた場所に出た。タクトが周囲を確認しようとしきりに体の向きを変える。小さな石や土塊が視界の端に写っては消える。せわしなく変わり続ける映像にディルクは酔いそうになっていた。

 タクトの動きが止まったのはそんな折りだった。目の前に幾つにも分岐した穴が存在していた。いずれも先を見通すことが出来ず、不用心にタクトが鼻先を突っ込んだ穴からさらに分岐する穴を見受けられる。

 まるで蟻の巣のような地下迷路。これ以上深入りすると出られなくなるかもしれない。ディルクはタクトを繋いでおいて良かったと思うと同時に、タクトを手繰り寄せた。

 タクトは地上に出てくると同時に、自分の体に付着した土塊を払い除け、ディルクの足下へと擦り寄っていった。ディルクはタクトからリードを取り外し、丁寧に体を拭ってやり、それから自分の胸ポケットの中へと戻してやった。

 ディルクは情報表示端末を操作し、先ほどの映像を録画したファイルを自警団本部のコンピューターへ簡潔なテキストファイルを添付して送信した。すぐにデータを確認した班長からの連絡が入り、付近に同じような穴がないかを確認するように指示を受けた。ディルクは周囲を動き回ったがそれらしい穴はそれ以外確認することが出来なかった。

 ディルクは時間を確認し、自警団本部へ戻る前にもう一つの仕事の方へ戻ることにした。第二区に到着する頃には日没間近になるはずだ。

 ハンスの所へと立ち寄ったディルクは目を疑った。目の前に三メートルほどの高さの金属柱が聳え立っていたからだ。ディルクが戻ってきたことに気が付いたハンスは、ディルクへと近付いた。つい先刻まで付いていた無骨な二本のアームは車椅子には付いていなかった。

「何を呆けておるのじゃ? 言ったじゃろう、超大型生物対策じゃと」

「こんなの使ったら潰れるんじゃないのか」

「この程度で撃退できたらどれほど楽な事じゃろうかの。東方に存在する蟒蛇(ウワバミ)は這いずるだけでいくつかの破壊兵器を無力化したと聞く。当然の如く空中都市の兵器じゃ。そんな物にサイズだけで抵抗しようなんて無理があるとは思わんか」

 ハンスの言う話は東方の伝承の一部で耳に覚えがある。しかし、神格連鎖機構および神の存在を知ってしまったディルクは、その事をただの伝説だと言い切ることは出来なかった。

「それじゃあ、ここら辺で脅威になるのは何なんだ?」

「南の川の下流に住んでおる蟹じゃよ。おそらくはそいつが一番可能性が高い」

「他にもいるみたいな言い方だな」

「何がどこでどう進化しとるか分からん時代じゃからな。他にもおると考えておいた方がいいじゃろうな」

 ディルクがハンスの話に耳を傾けているうちにトラバサミは姿を隠し、荒れた平地に戻っていた。

「もう一度作動させるからよく見ておくんじゃぞ」

 ハンスがそう言ってから、間を開けずに金属のぶつかる音が大気を劈いた。聞きようによっては爆発音とも捉えられるひどく大きな低音にディルクは耳を塞いだ。

 地面から生えた二本の金属の半円は大穴の中央で合致し、その大きな衝撃によって消耗しているとは思えない。ディルクが穴の淵まで近付き中を覗き込むと、底は針で埋め尽くされていた。

 このトラバサミは開いている状態においては大穴に蓋をしている状態であり、その穴の上部に一定以上の重量が加わると起動するらしい。人間で換算するならば十人前後だとか。起動したら、何が起こったか分からぬままに足下を失い落下し、穴底の針で串刺しになり、穴から上の部分は挟撃によって砕かれる。砕かれなくとも食い止められるというわけだ。何ともえぐい。相当に暴力的な兵器である。しかもそれで不意打たれたとなる回避するのはほぼ不可能であろう。

 ディルクはハンスが立ち去るのに付いて、この場から離れていった。


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