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プレイフォー  作者: 長滝凌埜
繰獣機編
18/19

来訪者(2)

 廊下を歩くディルクは前を進むエリーにおそるおそる声をかけた。

「親しげに話していましたね。ハンスの親戚かなにかですか?」

「親戚ね。まぁ、そんな認識でも別にいいわ」

 エリーは仕事用でもハンスの時のようでもなくおそらくは素に近い態度をとった。

「おじさんは、私の先生の一部だったのよ。初めて直接あったのは先生が無くなってからだけど」

 ディルクは人の事情にはあまり首を突っ込まないようにと、その話題をそこで切り上げた。

「生きてれば先生の作品には少なからず触れられるはずよ」

 エリーはそう言い残して、イリヤたちのいる部屋の中に入っていった。

 ディルクは入るか否かを思案し、結局は部屋の中に入ることにした。部屋の中では先ほどと同じようにイリヤとクラウスが会話をしており、エリーは喋らずにおとなしくクラウスの隣に座っていた。

「イリヤ、さっき言ったこと、本当にいいんだな?」

「好きにすればいい」

 イリヤがなげやりな返事をすると、クラウスが扉の前に立っているままのディルクの方を向いた。

「ディルク、どうやらイリヤに鍛えてもらっているらしいな」

 サウスバデータから戻って半月ほどしてから、イリヤはディルクに地上で生きる術を教え始めた。初めのうちはイリヤの仕事の合間に座学で、地上都市についてのあれこれや武器の仕組み、戦術を叩き込まれた。

 それが一月ほど続いた後に、ヴァルカースの自警団に入団し、自警団内でのトレーニングもこなしていった。

 そしてつい半月ほど前からやっとイリヤのスパルタな個人指導が始まったのだ。実戦向きと言えば聞こえはいいが、その実は容赦のないイリヤとの戦闘だった。刃物は刃引きされており、当然、実弾は用いないにしても、イリヤの攻撃によるダメージは大きく、いつショック死をしても何らおかしくはないようなものだった。初日のトレーニングを終えた後のディルクを見たレアは、ボロ雑巾のようだと笑っていた。

「イリヤに鍛えてもらってるならそれなりに戦えるんだろ。どうだ、俺とやり合ってみないか? こういう機会でもない限り自分の力がわからないだろ」

 ディルクはイリヤに目を向けたが、肩をすくめて好きにしろと示していた。

「なに、手加減はしてやるし、大怪我をさせるつもりもない。ほんのじゃれあい程度だ」

 それでも黙ったままのディルクにクラウスは言葉を繋げる。

「何が不満だ? トラブルが心配ならイリヤにでも近くにいてもらえばいいだろ。すぐにでも助けに入ってくれる」

「・・・・・・それなら」

 イリヤがいつでも間に入ってくれると聞いたディルクは小さく頷いた。

「そうか、じゃあ明日にでもまた来るから、その時だな」

 そういってクラウスは立ち上がり、部屋から出ていこうとした。ディルクが扉の前から一歩横にずれた。クラウスが思い出したかのように立ち止まり、イリヤの方に振り返った。

「本当に使わせる気はないんだな?」

「ああ」

 イリヤの短い返事を聞いたクラウスは潔く部屋から出ていった。

 エリーが部屋から出ていくときに、ディルクの耳に顔を近づけた。

「災難ね」

「えっ?」

 小さく呟かれた言葉を理解することが出来なかったディルクをそのままにエリーはクラウスの背中を追いかけていった。

 ディルクはイリヤの方に向き直った。

「さっきの話、レアの事じゃないよな」

「あ、どの話だ?」

「使うとかどうとかの」

「ああ、あいつはレアのことは知らない。別件だ。それよりもお前は自分のことを気にしてろ」

「そうだな。

 ん? 確かあの人達って俺に用があったんじゃなかったのか?」

「顔を見に来ただけだろ。他に理由もないだろ」

 イリヤはそう言うと部屋から出て行き、自分の部屋へと戻っていった。



       ▽



 次の日、陽が傾いた頃にクラウスとエリーはやってきた。二人は砂漠迷彩のカラーリングを施したバイクを降りると、家の前でオナガトビネズミのショウとリオンとじゃれていたディルクの方へとやってきた。

「イリヤはどうした?」

「自警団の方に出向いてるだけだから、すぐに戻ると思う」

「そうか、なら少し待つか。エリー、お前はハンスのところに行ってきてもいいぞ」

 エリーはその言葉通りにハンスのいる研究室の方に歩いていった。残ったクラウスは近くの瓦礫の上に腰掛けると、ディルクの周りを飛び回る二匹に目を向けた。

「そいつらを見るのは半年ぶりか。まだ生きてたんだな」

「こいつらだってそれぐらいは普通に生きるだろ」

 ディルクはそれをネズミの寿命のことだと勘違いし、的外れな言葉を返した。

「そいつらは伝書役なんだ」

「伝書役?」

「そうだな。まず、空中都市は都市間協定により、他空中都市の電波だけはジャックしてはいけない事になっている。裏を返せばそれ以外、地上都市の電波をどうしようが構わないということだ。だから、電波で連絡を取り合うとほぼ間違いなく情報は空中都市に筒抜けになる。こちらとしてはそれは避けたい」

「ほかの郵便物と同じように行商に任せるのはだめなのか?」

「行商ギルド達はそんな重要なものを任せられるほど信頼できない。かといって、こちらが使者を送っても地上の生物に襲われるだろう。空を来ようものなら空中都市からの攻撃で撃ち落とされるしな。

 そこで、伝書鳩が必要になってくる。空を飛べるから地上のことは気にしなくて済むし、空中都市から狙われることも少ない。同一文書を何匹かの鳩に託すのが普通だな。

 だが、イリヤだけは鳩ではなくそいつらを使う。鳥よりも知能が高い。ネズミだから数も問題ないし、何よりこのオナガトビネズミって奴はネズミの割にずば抜けて寿命が長い。ただ、知能が高いゆえに捕獲と飼育が難しい。結果、どうしても鳩の方が扱いやすいわけだ」

 一息で説明し終えたクラウスの言葉を理解したディルクは、物珍しげに飛び回る二匹を見ていた。

 しばらくして、イリヤが戻ってくると、エリーも家の中から出てきた。

「ようやくの帰宅か」

「てっきり今日は来ないものかと思ったからな」

「昨日来るって言っただろ」

「だからディルクは置いといた」

 全く悪びれずにイリヤは淡々と話し続ける。折れたクラウスは話を進めた。

「どこか邪魔の入らない広めの場所はあるか?」

「少し離れたところに、イリヤと訓練してる場所がある」

「うちの裏でいい。あそこは何もない」

 イリヤがディルクの案を無視して、家の裏へと先立って歩いていった。論する暇もなかった三人は続いて裏へと回った。

 イリヤは普段裏に止めてあるバイクをガレージの中へと移動させていた。ガレージのシャッターを降ろすと、クラウスに声をかけた。

「基本的に武器の使用は無しだ」

「了解。これを頼む」

 クラウスは腰に携えていた鞘をイリヤに渡し、遠くへと離れた。ディルクはイリヤを一度見てから渋々イリヤ達から離れた。

「よしやるか、どこからでもかかってきていいぜ」

 クラウスは腰に手を当て、口だけで笑った。ディルクは体を低くし地を蹴った。それと同時にクラウスがニヤリと口元を歪めたのにも気付かずに。

 ディルクは目の前のクラウスを吹き飛ばそうと、肩から当たりに行ったはずだった。だが実際、ディルクは何が起きたか分からないまま、地面に寝転がされていた。

「笑えるくらい、だな。イリヤが鍛えてるとは到底思えない」

 クラウスは傾いた帽子を被り直し、倒れたディルクの顔を覗き込み、右手を差し出した。ディルクは上体を起こし、差し伸べられた手を掴み立ち上がった。クラウスが距離をとると、再度ディルクが身構える。先ほどとは違い、警戒し迂闊には近付かない。

「来ないのか?」

 そんなディルクに痺れを切らしたクラウスは、間合いを一気に詰めた。そして目を見開くディルクの左肩に刺撃を放った。勿論、クラウスは徒手であり、刺すというよりかは、手先で突いたといった方がしっくりとくるが、その速さ、鋭さは武具を用い刺すのと大差ない威力だ。

 ディルクは後方によろけたが、なんとか踏みとどまり、左肩を押さえてクラウスを睨んだ。

「これでも手加減してるんだぜ?」

 クラウスは始まった時と同じように、腰に手を当て、笑みを浮かべた。



       ▽



 ディルクが投げ飛ばされるのを見ながら、イリヤが口を開いた。

「相変わらずだな」

「え?」

 エリーが長い黒髪を揺らしながら、首を傾げた。

「容赦がないところが」

「はは……」

 イリヤが苦笑いをするエリーを訝し気な目で見た。それに気付いたエリーがぎこちなく口を開いた。

「中佐も新人だった私を思い切り投げ飛ばしたじゃないですか」

「忘れた」

 イリヤはばつが悪そうにエリーから目を逸らし、殴り合ってる二人の方に顔を向けた。

「それにしても、安心しました」

「なにが?」

「昔とはあまり変わってませんから。と言っても、随分と丸くなられたみたいですね」

「そうか? 自分では変わってないと思うが」

「昔のままなら彼を鍛えるなんて真似絶対にしないと思います。ましてやサウスバデータで暴れてくるなんて」

 イリヤはうんざりだという顔をして、エリーから顔を逸らした。

「そっちこそ随分と柔らかくなったんじゃないか?」

「熟れて固くなるものを私は知りませんが」

「そういう意味じゃない」

 エリーはクスリと微笑んでから、まじめに口を開いた。

「そうですね。今の環境では以前みたいに四六時中気を引き締めてないといけないなんて事はなくなりましたからね。それに以前のように私を酷使するような上官もいませんし。何で私が戦場に赴いていたのか今でもわかりかねます」

 エリーは不服そうな顔をして首を傾げていた。

「いい経験になっただろ。それにお前にはそっちの方が合ってたのにもったいない」

 かつての上官は存ぜぬ顔でエリーを諭した。



       ▽



 ディルクは再度地面に背中を着けた。泥まみれの背中はもう何回地面に着いたか分からない。

 受け流せなかった衝撃が体中を駆け回り、肺を圧迫し無理矢理空気を吐き出させた。気管が奔流によって詰まり、新たな空気を取り込む邪魔をする。強引に呼吸をしようとした結果、ディルクは口を大きく開き咳き込んだ。

「まだやるか?」

 クラウスが帽子を手の中でくるくると回し、苦笑いをした。

「も、もう一度。あと一回だけ」

 ディルクが息を切らしながら、寝ころんだまま腕を上げ、人差し指を立てた。

「別にいいが……そうだ」

 クラウスが子供のような無垢な笑みを浮かべ、帽子を被った。

「最後なら武器でも使え。どうせ当たらなければ同じだ」

 ディルクが上体を起こし、イリヤの方を見遣る。イリヤは好きにしろとでも言うように、つまらなそうに目を閉じた。

 クラウスはどこから取り出したのか、いつの間にか投擲に適したナイフの刃を摘んでいた。ディルクが差し出された柄を握ると、クラウスは背を向け歩きだした。

「不意打ちは止めてくれよ?」

 クラウスはそう言ってから振り返り、跳ねた。助走無し、踏み切りのみでディルクを飛び越え、唖然とするディルクの背後に着地し、両手で軽く背中を押す。前のめりになったディルクが右足を前に出してバランスを取った。

「実戦だったら死んでたぞ」

 クラウスが笑う。

「不意打ちは止めるんじゃないのかよ」

 ディルクはナイフを握っていない左手を握り、目の前で笑う顔に狙いを定め突き出した。クラウスはその拳を片手で抑え、靴先をディルクの腹部にめり込ませた。

「実戦に卑怯なんてものはない。あるのは勝利か敗北か、その二択だけだ。過程に執着し過ぎると好機を見逃すぞ」

 痛みに蹲る様を一変して真顔で見下ろすクラウスの足を、ディルクはとっさに掴み自分の方へと引き寄せた。不意を突かれバランスを崩したクラウスが尻餅をつき、その間にディルクが立ち上がり、クラウスと距離を取った。

「とりあえず、一回。過程を気にしないなら、俺なんかに尻餅をつかされても、気にしないでくれよ」

 クラウスはずれた帽子を直し、立ち上がると再び笑みを浮かべた。

「イリヤに教わったのか? 言葉でモラルをコントロールしようとするなんて」

 ディルクは疑問符を頭の上に浮かべ、隙を見せないようにと身構えた。クラウスが自分の帽子をディルクに向かって投げた。地面と水平に飛び、ディルクの眼前でふわりと上に方向を変え垂直になり、ディルクの視界の半分以上を遮った。その一瞬の隙をついてクラウスはディルクに迫った。

 ディルクは邪魔立てする帽子を左手で払うと、返す右手でナイフを投擲した。でたらめに投げられたナイフにクラウスは足を止め、一足でディルクとの距離を詰めた。

 ディルクのとっさの攻撃に反応したのはさすがと言うべきか、それとも場数を踏んでいるのだから当然と言うべきなのか。

 クラウスはディルクの放ったナイフをでたらめが故に目で追った。しかし、そのわずかな隙はディルクが自分のナイフを取り出すのには十分な時間だった。

 ホルスターから抜いたナイフをディルクはただ相手に向ければいい。しかし、対するクラウスが再度停止するには対象との距離が短すぎた。その判断を下したクラウスは自分の袖口からナイフを取り出し、ディルクのナイフと接触させ、弾きとばした。

 殺しきれなかった勢い、否、傷つけることを厭わない実戦の経験がディルクのナイフを弾き飛ばすだけで終わらせるはずがない。目の色の変わったクラウスにディルクは萎縮し、切っ先を食い込ませんとする気迫がディルクをさらに縮こまらせる。その二人の隙間を風が貫き、クラウスの刃を巻き込んで通り過ぎていった。

「そこまでだ。武器をしまえ」

 イリヤはナイフを弾き飛ばした銃の照準をクラウスに定めたまま、いつの間にか再度握られていたナイフをしまうように警告した。

「それはあなたも同じです」

 エリーがイリヤの喉元に細長いロッドの先端を突きつけていた。

 クラウスとイリヤが同時に武器をしまい、それからエリーが自分のロッドを掌に収まるサイズまで縮めた。

「悪い。やりすぎた」

 クラウスがディルクの腕を引いて立たせると、踵を返した。

「その調子で励めよ。いい線行ってると思うぜ」

 クラウスは背を向けたままエリーを連れて立ち去っていった。


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