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プレイフォー  作者: 長滝凌埜
巫女編
13/19

夜襲(4)


 ディルクはレアに腕を引かれるまま、月下を駆けていた。足取りは重く、レアが手を離せばすぐにでも地面に膝をつき、圧し潰されてしまいそうだ。

 城壁に沿って走っていると、正門へと通じる広場に出た。レアは門を見つけると、自然と足を早めた。不自然なほど静かな広場と閉ざされている門は、暗闇の中にぽっかりと口を開けて待っている獣にしか見えなかったが、それでも城外へと通ずる門はひどく魅力的で、警戒することも忘れてレアはディルクを引っ張ってふらふらと近づいていった。

 広場の真ん中に位置する水のない噴水にさしかかると、両横から強烈な光が発せられた。レアとディルクは突然の光に驚き目を閉じた。周囲でたくさんの人が動く気配がし、ディルク達が次に目を開いたときには、門の前に武装した兵士が立ち並び、支給されている銃を皆一様に構えていた。ディルクは状況を理解しきれていないままレアの手を離し、レアを銃口から隠すように兵士の前に立ちはだかった。

 都王が兵士の合間を縫ってディルクの目の前に姿を現した。周りの兵士に守られるように立つも、謁見の間にて纏っていた微々たる王の威厳は、黒を基調とした赤いラインと銀の細々とした装飾をふんだんにあしらった正装によって、幾らか増しになっている。都王は一歩前に出て、ディルクの目を見据えた。

「巫女様をこちらに渡してもらえるかな」

「無理だ」

 虚勢を張るディルクの袖をつかんだレアの目にも拒絶の色が浮かんでいる。

「そうか。なら実力行使で引き渡してもらうが、構わないよな」

 都王が口を閉じると同時に、都王の左右に控えていた側近二人が銃を手放し前に出た。長身痩躯の側近が仕事だから仕方がないといった、嫌そうな顔で欠伸をしながら歩くのに対し、筋骨隆々の側近は拳で肉を撃つのが楽しみで仕方がないといった様子で、立派な口ひげを蓄えた口を汚く歪めた。

 側近二人が同時に左腕に填めたゴツゴツと角張った黒い腕輪に右手をあてがった。黒い腕輪についている二つの光源が赤い光を(とも)すと同時に、長身痩躯の男の姿が消えた。唖然とするディルクの頭が跳んだレアに押さえつけられた。ディルクがされるがままに頭を下げると、頭上を風が走り抜けた。レアから離れ、自然と風の流れを追ったディルクの視線の先に長い足が迫り、ディルクの体を吹き飛ばした。

 地面を二転三転と転がったディルクは鼻を押さえながら立ち上がった。派手に転がった割には、蹴られた鼻以外にはたいしたダメージはない。鼻から流れ出した血が顔を滑りぽたりぽたりと落ちて、乾いた地面に吸収されていく。心配そうにディルクに顔を向けるレアの左目では多種の色が泳ぎ回っていた。

「やけに頑丈だな。首は折れてもいいと思ったんだが」

 ディルクを蹴り飛ばした男が不思議そうに首をかしげた。

「不意打ちで仕留めきれないほど腕が落ちたか?」

 大柄の男はそう言って肩を回した。男が噴水に取り付けられている石で出来た球体を殴りつけると、球が砕け礫となりディルク達に向かって飛んでいった。ディルクが跳び駆け、反応できなかったレアに覆い被さり二人して地面に倒れ込んだ。背中に飛来した破片を受けたディルクが痛みにうめく。

「大丈夫?」

 ディルクの下からレアが訊いた。ディルクがレアの上から反転して横に移動して起き上がる。起き上がろうとするレアに手を差しのべ立ち上がらせると、痛みに歪んだ顔を繕いながら、多勢の兵達の前にいる二人を睨み付けた。

「レア、逃げ切れる?」

「ちょっと待って」

 大柄の男がディルクの眼前に迫り、両腕を振り上げた。

「二人きりでしゃべって余裕だな」

 男が腕を振り下ろすのに合わせて横へと跳んだディルクは、腰を低く落とし男の次撃に備えた。

「ディルク、後ろ!」

 レアの叫びに反応し後ろを振り向くと、細身の男がディルクを蹴り飛ばそうとしていた。とっさに顔面を両腕で覆った直後に先ほどと同じくらいの重さの蹴りが入った。ディルクがよろけ後退る。

「チッ、厄介な指示出しやがって」

「先に巫女を押さえとけ、デフロット。少年は俺がやっとく」

「了解、ニーコ」

 デフロットと呼ばれた痩躯の男はディルクに背を向け、レアに向かって歩き出した。ディルクはデフロットに向かって走り出した。

「だから、少年の相手は俺だって」

 ニーコという大男がディルクの横から殴りかかった。ディルクはそれを避けてニーコへと向き直る。ディルクは舌打ちをして新たに男が繰り出した拳を避けた。




   ▽




 一方、レアは神格連鎖機構を使用したまま、歩み寄るデフロットに視線を向けた。手を伸ばせば届く距離までお互いが接近するとレアはデフロットと両眼を合わせた。

「逃げないのか?」

「あなたこそ、そこにいると危ないですよ」

「ハッタリか?」

「どうでしょう?」

 レアは不釣り合いな巫女としての冷たい笑みを浮かべた。デフロットは逡巡した後、レアに右手を伸ばした。デフロットがレアをつかもうと手を握り込むが、レアはゆらりと一歩後ろに下がりその手を避けた。レアは冷たい笑みを浮かべたまま口を開く。

「だから言ったでしょう」

 伸ばしたままのデフロットの上腕の一部がえぐり取られたように穿たれた。デフロットが右手を押さえ銃弾が飛んできた方を睨み付ける。視線の先にはオレンジのゴーグルをした男が拳銃を構えていた。男の後ろから虫の大群のようなものが迫り、銃を構えていた兵士達へと襲いかかった。兵士達が突然の襲撃に混乱し、むやみに銃を放った。無差別に放たれた銃撃は男の第一摧滅群ファースト・クラスターだけでなく味方にも襲いかかる。銃声と炸裂音が悲鳴を呼び兵士達の士気を下げる。男は混乱している兵達を横目にゆったりした歩調でレア達に近づいた。

「どこかで見た顔だな?」

「……イリヤか」

 デフロットが男の名を呼び歯軋りをした。イリヤはデフロットに照準を合わせ引き金を引いた。放たれた銃弾は、デフロットに当たることはなく直線運動を続けている。イリヤはとっさに横に飛んだデフロットに銃口を向け、再度弾を放った。デフロットは身を低くし、イリヤから離れるように物陰へと走る。デフロットが照明装置の陰に隠れるのを確認したイリヤはレアに近づいた。

「遅くなった」

「大丈夫、ディルクが守ってくれてたから」

 レアはニーコと交戦中のディルクに目を向けた。つられてイリヤも目を向ける。争乱の中でニーコの繰り出す拳をひたすらに避け続けるディルクに向けてイリヤは大声を出した。

 イリヤは届いたかどうか確認せずに、レアに水のない噴水の中で丸く縮こまってるように指示を出し、デフロットに向き直った。空になった弾倉を取り替えて、照明装置に向けて走り出す。

 迫るイリヤから離れ、デフロットは狂騒の中に逃げ込んだ。倒れている兵士の腰に付いているホルスターから拳銃を抜き取り、イリヤに振り返った。そして引き金を引いた。

 デフロットの放った銃弾が照明の光源を破壊し、二発三発と続くと完全に照明機器としての役割を失い、二人の周りに暗闇を落とした。イリヤが降り注ぐ欠片に足を止め、ゴーグル越しに左目を閉じた。

 イリヤの右上方から頭目掛けて蹴りが繰り出された。イリヤはそれを右腕で受け止め、左手の銃口を向けた。デフロットは引き金が引かれるより早く身をかがめ着地し、銃弾をかわすとすぐさま地面に左手を着き、躯を捻ってイリヤの胸部に向けて右足を突き出す。

 胸をねらった攻撃を両腕で上下から挟み込み相手の足を封じると、イリヤは自身の体を後方に引いてデフロットのバランスを崩した。両手を宙にさまよわせ、背中を地面につけたデフロットに容赦なく銃口を突きつける。

「どうやら勘違いみたいだ」

 イリヤは無抵抗になった足を離した。自身の顔に付いた血を拭い、水のない噴水へと足を向けた。




   ▽




 腕のユニットを足に付け替えろ。イリヤの放った言葉だ。ハンスから貰った四肢に填めた環状の身体強化ユニットの事だろうが、付けたからといってなんら強化されたという実感はない。

 ディルクは突き出された拳を頬のすれすれでかわし、左腕のユニットに手をかけた。手の中にがちゃりと、外れた曲線が収まり、体を折り曲げ左足に填め直す。同様に右足にも。付け替えたから強くなったという感じはなく、逆に両の足に四つも付けたせいで普段より重く、締め付けられ動きづらくもある。

 足をねらった攻撃を普段よりも力を込めて飛んだディルクは、自分の跳躍した高さに驚愕した。二メートル程の身長があるニーコの頭上よりも高く飛び、ニーコの後方に着地しよろけた。

「もらった!」

 ニーコの低い声とともに繰り出された右拳を、後ろに下がりながら左手で防いだ。ディルクは左手を押さえながら狂騒の中へと飛び込んだ。銃弾の飛び交う中を身を低くし、ニーコの視界から隠れるように走る。

 第一摧滅群を数機、無力化した兵士の一人が走るディルクに目を付けた。周りの第一摧滅群が自分に狙いを定めてないことを確認し、ディルクに向けて発砲した。金属音が響く。

 ディルクが音を耳にし足を止め振り返ると、銀色をした菱形の浮遊物が飛来するのが兵士越しに見えた。兵士の首をかすめ、ディルクの近くに拉げた銃弾とともに転がっていた同種の菱形、第二守護群(セカンド・クラスター)と同調して一つの銀のナイフを形造った。ディルクは数歩戻りそれを握り、倒れた兵士を一別してから駆けだした。

 視界から脱したディルクを探して、狂乱の中をキョロキョロと見渡しているニーコの背後に回ったディルクは、足を止めた。ニーコを見定め、ナイフを強く握り込む。一呼吸。深く息を吸い込み、一瞬息を止める。周りの騒音を意識からシャットアウトし、ニーコだけを鮮明に、動きを細かくとらえる。そして静かに細く長く息を吐いた。

 ディルクはニーコに向かって走り込む。砂利を蹴り上げ、倒れている兵士を飛び越して、ニーコへと迫る。腕の届く距離まで加速してナイフをつかんだ右手を突き出した。と同時に、足音に気付いたニーコが振り向いた。

 ディルクはナイフを手放した。ニーコが自身に刺さったナイフを乱暴に抜き取り投げ捨てる。地面を滑りディルクの足下へと滑っていきディルクの靴先に当たると静止した。ニーコは自身の右目を押さえながら、喚き叫ぶ。そして、ディルクを睨め付けると狂乱の中へと姿を消した。ディルクは呼吸を整えながら未だ収まらぬ、煙の上がる機械と人間の戦いを見つめていた。


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